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碧の邂逅
第三百九十一話 水中遺跡④
しおりを挟む「ここってどういうところなんだろう?」
遺跡内部をサナと二人歩いているヨハン。
通路らしき部分を歩いている。
(にしても不思議なところだなぁ)
ヒートレイクの中島の大きさと水中遺跡の深さからして空気があるなどということは考え難い。水面よりも高いとはとても思えなかった。
『出ていけッ!』
サナの脳裏に再び聞こえる声。さっきよりも鮮明に聞こえた。
「っ!」
改めて聞いてもやはり女性のような声。
「サナ? もしかして」
僅かに額を押さえて顔をしかめていることで察する。
「う、うん」
どうしてサナにだけその声が響くのだろうか。考えてもまるで思いつかない。サナ自身にも全く覚えがなかった。
「よ、ヨハンくん」
「うん」
思考を巡らせている中でピタと足を止め、前方に視線を向ける。
天井から滴り落ちている先にある水たまりがモコっと盛り上がるとすぐさま人型を形作った。
「サナは下がってて」
「……うん」
サナを制止させるために手の平を水平に伸ばしたヨハンは一歩前に出る。
(うーん)
目の前の水人間からは威圧感はない。
(どうする?)
とはいえ、どこか敵意に似た感覚を得ていた。
恐らくサナの脳裏に響いた声の主が影響している存在。
そう考えていると、水人間は片腕をヨハンに向けて真っ直ぐ水平に上げる。
「?」
そのまま指を一本伸ばした。
「ヨハンくん」
「うん。引き返せってことだよね?」
なんとなく目の前の様子から判断する。
(やっぱりサナには意思が伝わってる?)
チラリと肩越しに見る背後のサナの表情。再び頭痛に襲われているのか、顔を青くさせていた。
「サナ、やっぱり帰ろう」
「…………――」
どういう理由があるにせよ、このまま進むよりも今ならまだ引き返せる。
だからこそ水人間は敵意を見せながらも行動で示していた。
「――……ヨハンくんはさ」
「サナ?」
僅かに考え込む様子を見せているサナはヨハンとは視線を合わさないでいる。
「ヨハンくんはさ、ここがどういうところなのか、この先に何があるのか気にならないの?」
そのまま周囲を見回したあと真っ直ぐにヨハンを見るサナが問い掛けた。
(……確かに気にはなるけど)
答えは決まっている。
「大丈夫だよ。別に今すぐに調べなければいけないわけじゃないしさ」
「…………」
「それに、たぶんだけどこの先に何があるにしても、たぶんレイン達はそこにはいないと思うからさ」
引き返すように示すのならば、恐らくこの先が遺跡の中枢であるのだと考えられる。
それに、ただ追い出したいだけであるならばレイン達が中枢にいるわけではないことも同時に考えられる。僅かながら可能性としてはその中枢らしき場所にいるかもしれない可能性もあるにはあるのだが、恐らくという程度でそれはないだろうとそう判断出来た。
「…………うん、そうだね」
サナもその考えに同意を示す。加えて、何故だかサナにはそれが間違いないと確信を持てた。
「だから今は引き返そう」
結論を口にすると振り返り水人間に背を向ける。引き返しさえすれば危害は加えられない不思議な感覚がヨハンにもあった。
事実その通り、ヨハンの動きを確認した水人間は伸ばした指をゆっくりと下ろす。
「ダメだよヨハンくん」
「え?」
俯きながら小さく呟くサナの声。
直後、ダンッとサナは地面を踏み抜いてヨハンを追い越し、大腿に差していたナイフを両手で取り出すなりすぐさま投擲した。
「サナっ!?」
ナイフは水人間を貫通するのだがまるでダメージを負っていない。
(やっぱり水でできているから)
ヨハンの目に映る通り、水人間に物理攻撃は効かない。
サナが何をするのかわからないが、サナを追うようにヨハンも駆け出そうと地面を踏み抜く。
「サナ!」
サナは水人間の前に到達すると、グッと拳を水人間の体の中に突き出した。
「っ!」
ゴポッと音を立て、途端に腕へ感じる魔力の収縮。ギュッと締められる感覚。
「はあっ!」
押し広げるように魔力を水人間の中で解放する。
直後、ブクッと水人間は身体を膨張させ、すぐさまドパンと爆ぜた。
「ふぅ」
ピチャピチャと水音を立てる中、サナは振り返る。
「……サナ」
水人間がその体を再生させないことを確認する様に視界の端に捉えたのだが、どうにもわからない。
「どうしてサナ」
問い掛けようとしたのだが、サナの顔を見ていると思わず言葉に詰まる。
その笑みを浮かべた表情は晴れやかでありつつもどこか憂いを帯びていた。
「ヨハンくんはさ、ここで引き返してもきっとまたここへ来るよね?」
笑顔のままの問いかけ。
「…………うん」
サナがどういう意図で問い掛けて来ているのかわからないが、恐らくここにもう一度踏み込みに来る。今はサナの体調とレイン達が気掛かりだから。
「やっぱり、気になるから」
「だよね」
「もしここにいる意思のある何かが本当に僕たちが踏み込むことを拒否しているならまた違うんだけど」
それならそれでその理由もまた気になる。
好奇心の方が勝るとはいえ、何者かがこの場所への介入を拒否しているのは明らか。一体何がいるのか。これだけの遺跡に存在する者など、恐らく人智を越えた何か。
「その時って、私をもう一度連れて来てくれる?」
「えっと……」
返答に困る。
もう一度訪れた時にサナが今回の様な変調をきたすことがあるのかないのか定かではない。
しかし、サナの水中呼吸魔法がなければ遺跡に踏み入ることのできなかったのだが、それに関してはシェバンニを筆頭に他の使用者を探して協力してもらえばいいだけ。
「……ごめん、わかんない」
「そう、だよね」
笑顔のままサナは言葉を詰まらせた。
「それって、やっぱり私が頼りないだからだよね」
エレナやナナシーみたいに頼りにならない。隣に立てない。守らなければいけない対象。
その不甲斐無さからくる歯痒さがまた情けない。
「そういうわけじゃないよ」
「だってそうじゃない!」
声を荒げるサナ。真剣な眼差しで目が合っている。
「……違うよサナ」
「だって、だって…………」
「僕はサナが大切だから傷付く姿を見たくないんだよ」
今のような状態になるのであればどういう理由があるにせよ危険であることは明らか。
それはまさしく本音。
「…………」
掛けてもらえる言葉は嬉しい。素直な気持ちだと、嘘偽りのない言葉なのだということは理解できる。
「だからできることならサナが危険な目に遭って欲しくないんだよ」
しかし欲しい言葉はそんな言葉ではない。求めていない。本来の望みとはかけ離れていた。
「やっぱり優しいね、ヨハンくんは」
「…………」
「……あのね、ヨハンくん」
「…………」
フッと微笑むサナが何を口にするのか、ただその言葉を待つ。
「私はね、ヨハンくんと違うパーティーでこうして学校に通っているじゃない?」
「うん」
「自分の実力の無さや力不足なんていうのはわかっているの」
「…………そんなこと――」
久しぶりに会ったサナは間違いなくその実力を大きく底上げしていた。あんなに強くなっているなんて思ってもみなかった。
「あの初めて会った時のこと、覚えてる?」
「?」
不意に問い掛けられる言葉。
もちろん覚えている。わくわくとしながら入学した冒険者学校での初めての野外実習。
ビーストタイガーに襲われていたサナ達を助けた時のこと。
「正直、あの時は心の底から死ぬのが怖かったの。ううん、それは今も変わらない。でもね、ヨハンくんが、同い年の男の子があんな化け物にたった一人で立ち向かっていったことが信じられないの」
俯き加減に言葉を紡ぐサナ。上目遣いでヨハンを見る。
「…………」
ヨハンにはそれが今の状況と上手く結びつかない。どう関係するのか。
「それだけじゃない。ヨハンくんは飛竜にも一人で向かって行ったわ。あんなの、普通の学生になんて絶対できない」
ニコッと満面の笑みを浮かべるサナ。
「例え違うパーティーだったとしても、私の目標はいつもヨハンくんなの! こういうの、憧れっていうのかな?」
「……サナ」
「だからね、せっかくこうしてヨハンくんと一緒に行動できる貴重な機会なんだから、みすみす無駄にしたくないの」
「でも、サナ――」
「さっきの私を見たでしょ? 大丈夫、まだ私はやれるから」
もう頭痛は感じていない。いつまた頭痛に襲われるのか不安はあったのだが、ここで見放されるよりはよっぽどマシ。
「どうしようもなく我慢できなかったらその時は絶対に退くようにするから、お願いヨハンくん」
「……う、ん」
もしそれが約束できるならもう少し踏み込んでもいいかもしれない。
「それにヨハンくんもこのまま引き返したら困るんじゃないかな?」
顎に指を一本当てるサナは首を傾ける。
「え?」
「だってシェバンニ先生コレを知ったら怒りそうじゃない?」
「あぁ……いやぁ、それはまぁ、うん」
もうその辺りは覚悟していた。
これ程の事態に遭遇することになると思ってもみなかったというのは予見性に欠けていたと、反省もしているので怒られるのは仕方がないと。
「だったらさ……――」
振り返り背を向けるサナは手を後ろに組んで肩越しにヨハンを見る。
「――……どうせ怒られるならせめてここがどういうところなのか判明させた後の方がいいんじゃない? その方がきっと怒られるにしてもまだマシだって」
「サナ……――」
ニコッと微笑むサナを見てヨハンは小さく息を吐いた。
「――……ふぅ。わかったよ。サナには負けたよ」
「ほんとっ!?」
バッと振り返るサナ。
「うん。でも約束してね。どうしても危ない目に遭いそうな時はさっきの約束を絶対に守るってことを」
「ありがとうヨハンくん!」
その笑顔を見て抱くのは、一層の守らなければいけないという気持ち。
同時に周囲を見回しながら考える。
(それにしても、本当にここって……)
どこまで掴めるかはわからないが、疑問を抱かずにはいられなかった。
(ヨハンくん、私、頑張るから)
ジッと見つめられている視線に気付かない。
(いつかヨハンくんの隣とまではいかなくても、その背中を追いかけ続けるために)
見失わない場所に居続けることができれば、と。
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