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碧の邂逅

第三百八十 話 意地

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「来るっ!」
「私が前に出るわ! ユーリはアレをお願い!」

明らかに気配が変わったエルフの二人を視界に捉えながら応戦するために前に出るサナ。

「へぇ……――」
「ぐっ、くぅっ!」
「――……やるじゃない」

繰り広げられる近接戦の応酬。
ナナシーとサイバルは共に無手。対してサナは短剣での応戦。
さらにナナシーが感心を示すのは、小柄のサナのどこにそんな力があるのかというほどの力強さ。

(この子、もうすぐ使えるかもね)

闘気を扱えていないのは見てすぐにわかっていたのだが、実際に身体を突き合わせると実感するその片鱗。確かに得る感覚。

(いつまで持ちこたえられるかな?)

思わず笑みがこぼれる。

(あっちも何かしようとしてるみだいだし)

魔力を練り上げているユーリの動向にも十分注意を払いながら何を仕掛けられるのかと。
そのナナシーの様子を仕方なしと付き合うサイバルは小さくため息をついた。

「ヨハンさんはどう見ますか?」

目まぐるしく攻守が入れ替わる打撃戦が繰り広げられる中のエレナの問いかけ。

「うん。やっぱりナナシーは強いね。あの頃よりずっと強くなってると思うよ」

初めて会った時のことを思い返す。
あの当時のナナシーであれば今の自分であれば勝てると思っていたのだが、現状見る限り勝てるとは断言できない。

(でも今の私なら)

それはあの当時太刀打ちできなかったモニカにしても同じ。当時は完全に負けていた。
悔しさを噛み締めながら現在の力量差を見極めるために注視している。

「おい、見ろよ」
「ええ。仕掛けるわね」

レインの言葉通り、そこで戦局が大きく動いた。

(どういうつもりか知らないけど、私たちを侮ったあなた達の負けよ!)

時間稼ぎをしているというよりも、時間稼ぎをさせてもらったという印象の強い感覚。
身体のあちこちに打撃による打撲を負いながらも、それでも最終的に勝てば良いのだと。

「はっ!」
「ふっ!」

ナナシーが足払いを掛けるとサナは少し跳躍する。

「むやみやたらに飛ぶものではない」

宙に浮いたサナに対してサイバルがその胴体目掛けてグッと踏み込んだ右手正拳突きを放った。

「!?」

しかしサナはその突きに自身の両手を差し出し、両の掌で受け止める。
そのままサイバルの手を包み込むように捕えてその手首をしっかりと握った。

「はぁっ!」

手を引き込みながらサイバルの左側頭部に大きく蹴りを放つ。

「なるほど」

先程まで見せていなかった身のこなし。予測を上回る行動。

「だが甘い」

サイバルはサナの蹴りに対して左手を上げてしっかりと受け止めた。ドンッと衝撃を得ながらも次にはサイバルが放たれた蹴りのその足首を掴むとさらに上空に放り投げる。

「っ!」

上空から眼下に捉えるのは自身に向けて手をかざしているナナシーの姿。

「ウインド」
「きゃっ!」

巻き起こる突風によって身体にいくつもの切り傷を負う。
しかしそれでも痛みを堪えながら大腿からナイフを取り出してすぐさま眼下の二人に目掛けて投擲した。

(油断したわね)

後方に飛び退き回避するナナシーとサイバルを見てサナはニヤッと笑みを浮かべる。

「今よ! ユーリッ!」

今二人の注意は間違いなく自分に集中していた。
一瞬だけ気を引くことができればそれで良かった。

「あっ……」
「ちっ」

ナナシーとサイバル、二人して振り返る先はユーリ。
ユーリは地面に両手を着いており、見回す周囲に変化は見られない。しかし変化は起きている。自分たちの足下に。

「サイバル!」

そこでユーリとサナ、二人の狙いを初めて理解した。
ビュルッと地面から伸びる蔦がナナシーとサイバルを捕らえる。

「や、やった!」
「サナっ!」

地面に落ちるサナは落下して片膝を着いた。
確信を抱く確実に躱しきれないタイミングでの捕縛。上空に目を向けさせてからの足下。

「やるじゃねぇのあいつら!」
「そうね」

観戦しているレイン達もユーリの意表を突いた攻撃に感心する。

「ええ、ですが……――」
「うん」

しかし尚も戦局は覆らないのだという見解を抱いていた。

「――……どうやら相性が悪かったようですわね」

蔦でぐるぐるに巻かれていた二人なのだが、ミチッと音を立てる。

「え?」

バンッと大きく蔦が吹き飛んだことにユーリは思わず目を見開いた。

「ユーリ! 後ろよ!」

破裂すると同時に瞬時に動く影を目で追うサナ。

「うしろ?」

一体何が起きたのかと理解するよりも先に掛けられた声のままに振り返る。

「惜しかったな」
「おえっ」

腹部に深々と拳を突き刺されたユーリはぐるんと白目を剥いて地面に前のめりに倒れた。

「ユーリっ!」
「よそ見をしている暇はないわよ?」

思わず気を取られた瞬間すぐ近くから聞こえるナナシーの声。

「あっ……――」

もう目の前には大きく振り切られた蹴りが迫っている。躱すことなどとてもできない。

「――……あぐっ」

ドガッと鈍い音が響いてサナは大きく吹き飛ばされた。
ナナシーの蹴りをまともに受けたサナはゴロゴロと地面を転がる。

「ぅ…うぅ……」

意識を失ったユーリとうめき声を上げるサナ。

「どうやら決着がついたようですわね」
「…………」

圧倒的なまでの力の差。

「あんなに呆気なく?」
「サナ……ユーリ……」

アキとケントはあまりにも違いがあった実力差に呆然としていた。

(……サナ)

ヨハンが視界に捉えるのは、うつ伏せに倒れながらも立ち上がろうと必死に指を動かしているサナ。

(…………そうだよね。負けたくないよね)

その様子を見る限り、まだ諦めていないのだということはわかっている。
顔だけ動かし、ナナシーを見るサナの表情には絶望が映し出されていない。

「ごめんなさい。私も思わず本気でいっちゃった」

倒れているサナに屈んで声を掛けるナナシー。

(……つ、強い)

本気とは口にしているものの余裕が見える。どう見てもあくまで一時的な力の放出だけで、まだまだ底が見えない。

(……ここまでの……差が、あるの?)

事前に聞いていたとはいえ、圧倒的なまでの力の差を見せつけられた。

(け、けど……)

チラと見るユーリは意識を失っており、立ち上がることが出来そうもない。
そのまま視界の奥に映る観戦している同級生達。視界に捉えたのは仲間のアキとケントであり、そのまま隣にいるヨハンの姿をはっきりと見た。

(よ、ヨハンくん…………)

みっともない姿を見せてしまったとは思うものの、このままでは終われない。
グッと地面に手の平を押し当てて身体を起こそうと力を込める。

「無茶をしてはダメよ」
「くっ、ぐぅぅっ、ま……まだよ!!」

上体を起こそうとするのだが上手く立ち上がれない。

「ほら。もうこれで終わりましょ」

立ち上がるナナシーにニコリと向けられる笑みを見て抱く感情は悔しさ。
必死に身体を起こすために持てる力を総動員した。

「えっ!? まだ立ち上がれるの? まともに入ったはずよ!?」

ゆっくりと、フラフラと身体を揺らしながらだが、それでもなんとか立ち上がる。

「すごいわね。どうしてそこまで?」

もう誰の目に見ても明らか。戦局は覆らない。立ち上がる必要性などない。

「……あなたにはわからないわ」

ギリッと奥歯を鳴らしながら抱く感情は慈愛。
誰が見ていようとも、誰に負けようとも折れない心を抱くための信念。

「どうして笑っているの?」
「え?」

問いかけの意味がわからない。
笑ったつもりなどなかったのだが、サナは無意識の内に笑みをこぼしていた。

(それに、この子……――)

明らかな変化。仄かに黄色い光を身に纏っている。
それは闘気と呼ぶには決して十分ではないのだが、しかし確かな闘気の片鱗。

(――……あはっ。もしかして今ここでその才能が開花したの?)

それ以外に考えられない。

「いえ、才能ではないのかもしれないわね」
「私に才能なんてものはないわ」

本当に才能がある者とはどういう者を差すのかということはこの二年近くで嫌という程に目にしている。適わないことなど当然のようにあることも理解している。

「何があなたをそこまで突き動かしているのか知らないけど、あなたにも譲れない何か…………そうね、意地のようなものがあるみたいね」
「…………」

その言葉を聞いてサナは思わず目尻に涙を溜めた。

「あなたには、わからないわ」

瞬きすることなく見る目の前のエルフ。それはサナから見れば間違いなく才能の塊。

「ええ。私にはわからないわ」

サナを見ながらナナシーは内心で考える。

(やっぱり人間って面白いわ)

剥き出しの感情。
敗色濃厚の状態の相手を前にして尚も揺るがないその眼に思わず惹き込まれた。闘う意思を失わない意志の力。それは見つめ合いながらも決して衰えていない。にも関わらず、瞬きをすることのないサナのその瞳からは一筋の雫が頬を伝い地面に流れ落ちる。

「これから色々と教えてね」

興味が尽きない。
これほどまでに突き動かす感情が一体何なのかと。
しかしサナにはそんなことは関係なかった。

(私はもう二度と逃げないと誓ったのよ!)

グッと握る手に持てるだけの全ての力を込める。

「あぁあああぁぁああああ!!!!!」

行うのは戦略も何もないただの拳。
次の瞬間、サナの意識はプツリと途絶えた。

「できれば仲良くしたいから」

意識を失う前に聞こえたエルフの少女の声を残響として残しながら。

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