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再会の王都
第三百五十四話 アトムの密約
しおりを挟む「は、はははっ、そうか、そりゃ驚いた」
ラウルも否定しないことと隣に立っているカレンが恥ずかし気な表情を浮かべていることからしてもそれ以上聞く必要もない。
「……ってぇと、そうだな。まずどこから話そうか」
アトムの視線の先はローファス。わなわなと肩を震わせている。
「ま、まぁそんなこともあるって」
その言葉を聞いた途端、ローファスは目を見開いた。
「ふざけるなラウル! 貴様は何をしにヨハンを連れて行ったんだ!?」
途端に響き渡る怒声。
「元々は王国の騒ぎを落ち着かせるためとヨハンの修行だな」
「それがどうして婚約者を連れての帰還になるんだ!?」
「それは結果だ。意図したものではない。こっちも色々と大変だったんだ」
何食わぬ顔で話すラウル。この反応はラウルからすれば想定済み。
突然大声を上げるローファスにヨハン達が呆気に取られる中、アトムは考える。
(……ははは。なんてこった。エリザになんて説明しようか)
内心苦笑いしていた。しかし問題にしているのはヨハンがカレンを婚約者として連れて帰って来たことではない。視線の先に捉えているのは暇そうにしているニーナの顔。
(あれがリシュエルんとこの娘か)
旧知の間柄である竜人族の友。その娘がヨハンとラウルに付いて王都を出て行ったらしいというところまでは聞いている。
(いやぁ、まさかヨハンもこの歳にして婚約者が二人か。さーて、どうしよ。リシュエルがあの約束を忘れてくれてたら助かるんだけどな)
既にエリザにはその話を聞かせている。
十数年前、王宮の大広間で行われていたパーティー。そこでニーナの父、リシュエルと交わした約束を。
『アトムよ』
『んだ? ひっく』
『確かお前のところは息子が生まれたのだったな』
『ひっく なんだ突然、それがどうした? ひっく』
『オレのところももうすぐ子が生まれる』
『へぇ、そりゃめでてぇな』
『もし生まれた子が娘であれば婚約を結んでくれないか?』
『ああ。んなことか。全然かまわねぇよ。』
『助かる。竜人族の子となれば貰い手など限られるのでな。オレのように里を出れば尚更』
『だっはっは! なーにを暗いことを考え込んでんだテメェは! 柄にもねぇ! んなことはいいから飲もうぜ今日は! ローファスのとこに子どもが生まれためでてぇ日じゃねぇか。ただ酒だぜ? 飲まねぇと損だよほらっ』
ぐびぐびと浴びるように酒を飲み、朧気に記憶している会話。その後のことは正直全く覚えていないのだがそこだけはなんとなく覚えていた。
ローファスとジェニファーの子、エレナが生まれた生誕祭で訪れていた時のこと。お互いの子が別性であれば婚約を交わそうと言っていたことを。
(やっべぇな……――)
口約束のつもりだったのだが旅に出たリシュエルがニーナを自分のところに一人で来させたことからしても間違いなくその約束を覚えていてのことだろう、と。
(――……とりあえずローファスには黙っていよう)
ローファスがどうして頑なにヨハンを王国の貴族に目を付けられないように配慮して帝都に同行することを許可したのかを知っている。というよりもそれ自体には感謝している。元々の原因は自分(アトム)なのだから。
(こんなの知られたらあの親父さん、またキレるだろうからな)
エリザの父、カールス・カトレア侯爵。
エリザの意思を尊重したとはいえ、半ば自分のせい。結果エリザは家出同然で自分と結婚している。貴族間では褒められるようではない身分違いの婚姻。自分がエリザを娶るために提示された条件、爵位を受けることを断固として拒んだ結果。それがまさか侯爵令嬢が冒険者と結ばれているのだから。
それだけならばまだ良かった。問題はここから。
最近になってようやくエリザと父親の関係も元に戻って来ている。アトムも気まずいながらもなんとか侯爵邸に顔を出す程度には受け入れられ始めている。
(とりあえず様子を見るしかねぇな)
帝国で何が起きてそうなったのか、これからローファスとカトレア卿がどうするのか、その対応と経過を見てからニーナのことを話そうと心の中で決めていた。
「――……はぁ。もういい。その問題は後だ。まずこっちの話をさせてもらう。ヨハン、また後で呼び付けるから今はエレナ達に顔を見せに行ってやれ」
呆れて額を押さえているローファスが小さく言葉にする。
「……わかりました。なんだか申し訳ありません」
状況的に謝罪を口にしてみるものの、どうしてローファス王がこれほど怒っているのか理解できない。
「いや、お前のせいではない。こっちの事情だ」
「はぁ。えっと、じゃあカレンさん、ニーナ、行こうか」
そうして二人を連れて部屋を出ようとしたところでヨハンはピタと足を止めた。
「あの、ローファス王?」
振り返り、ローファスの顔を見る。
「なんだ、話なら後ですると言っただろう?」
「いえ、たぶんラウルさんから聞くことになると思うんですが、これだけはどうしても僕から言わないといけない気がして」
帝国での出来事はこの後ラウルがローファスや父に伝えるはず。その上でそれよりも前に言っておかなければならないことがあった。
「なんだ?」
「帝国でシトラスと戦い倒すことができました」
「なんだと?」
王国でも脅威を振るったその人物。これまでも都度捜索していたのだが手掛かりが掴めないでいた。
「それで、その時のことなんですが、詳しいことはまだ何もわかりませんけど魔王がもうすぐ甦ると、魔族と関係のあった人からそう、聞きました」
サリーから聞いたこと、ラウルにも話しているそれは自分の口から伝えないといけない。
何故そう思ったのかわからないのだが、何故だかそんな気がした。
「!?」
ヨハンの言葉を聞いて目を見開くローファスとピクリと眉を動かすアトム。その二人の反応を逃すことなく目で追うラウル。
「……そうか、わかった。報告すまない。あとはラウルから詳しい話を聞こう」
「はい、失礼します」
軽く頭を下げて部屋を出る。
「で? 一体どういうことだ? 宝玉をわざわざ持って来させた理由を教えてもらおうか」
そのままアトムの隣の椅子に座るラウルと同じようにしてラウルの正面に座るローファス。
「単刀直入に話すぞ」
「ああ。さっきの話が関係しているのか?」
「その通りだ。さっきヨハンが言っていたこと、魔王の復活に関することだ」
「魔王の復活は世界樹の輝きが落ちてきてからのことだろう?」
「そのことだけどさ、俺もこの目で見るまでは信じられなかったが、確かに世界樹の光は小さくなってた」
二人の間に差し込むように言葉を放つアトム。
「見に行ったのか?」
「ああ」
「となると、本当に魔王というのが復活するんだな。原因は?」
「……俺のせいだ」
ラウルの言葉を聞いて途端に表情を曇らせるローファス。
「ローファス?」
「そ、間違いなくお前のせい」
責め立てるような言葉を吐き捨て、アトムは不快感を露わにした。ローファスはグッと奥歯を噛み締める。
「アトム?」
「どうやらこいつの娘が関係しているらしい。その魔王の復活にな」
「どうしてそんなことがわかる?」
「こいつ、俺達に隠してやがったんだぜ。娘の中に魔王の因子が入っているかもしれないってことをさ」
「なんだと!?」
突然聞かされた衝撃的な話。しかしその中に引っ掛かりを覚える部分もあった。
「だが、『かもしれない』とはどういうことだ?」
「それを調べるのにお前にも俺達に手を貸して欲しいんだ」
「なるほど、な」
背もたれに目一杯もたれるラウル。
詳細を事細かに説明されなくとも状況がそれだけ切迫しているのだということは理解できる。でなければ活動を休止しているアトムがこの場にいるはずがない。付け加えるならば、ガルドフが王都を不在にしていることにもようやく納得が出来た。
「その俺達、というのはスフィンクスのことでいいんだよな?」
「ああ」
アトムたちが再びその活動を再開したのだと。
「なら詳しい話を聞こう」
「ああ。全てを話す。あの日、俺らの子が生まれた日のことを……――」
そうしてローファスはラウルに包み隠さず全てを話し始める。
『そんなまさか!? 嘘だろジェニファー!?』
『いいえ。嘘ではありません。確かに私には感じられました。不穏な何かが私達の子の中に入っていったのを』
『……そうか。だが、まだそれが魔王の呪いだと断言できん。しばらく様子を見ても構わないだろう』
『それでよろしいのですか? せめてアトム様やエリザ達には話しておいた方が』
『いや、その必要もない。アイツらはもう腰を下ろしたのだからな。幸い世界樹でそれを確認できるし、もしそうだったとしても動き出すのはそれからでも遅くはないだろう』
『…………だといいのですが』
出生に関するその話を聞き終えたラウルは難しい顔をして考え込む。
(まさかそんなことが? いや、だがいくら悪ふざけが過ぎるコイツラでもこんなつまらない嘘をつくはずがない)
アトムたちと出会って以降、日常的に何度となく嵌められてきたのだが流石に冗談では済まない内容。魔王因子を娘が取り込んでいるのだということは。
(アトム達が活動を再開しているのだから尚更、か)
あのスフィンクスが動き出すのだからそれ相応の理由があるのだろうと思っていたのだがまるで想像以上。雲を掴むような話。
「わかった。俺は何をすればいい?」
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「時見の水晶?」
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「バカなことを言うな。せっかくスフィンクスがまた動いているというなら当然俺も一緒に行くに決まっているだろ」
「ははは。お前ならそう言うと思ったぜ。だったらじゃあその大賢者ってやつのとこに行く前に確認だけはしとかねぇとな」
「確認?」
「ああ。俺の息子がどれだけ強くなりやがったのかってことをさ」
ニカっとまるでいたずらを思いついた子どもの様な笑みを浮かべてアトムははにかんだ。
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