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帝都武闘大会編

第三百二十六話 意外な助太刀

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「お、落ち着いてください皆さま!」

慌てふためくカルロス。
観客の不満と疑念を解消できずにいた。

「おいおい審判よぉ。いい加減判定を下してくれよ」

余裕の笑みを浮かべてその場に立つゴルドーラ。

(フハハッ! 上層部は俺の味方だ。こいつがどんな手を使ったのか知らねぇが反則負けになりゃあ何も問題ねぇ)

この話を持ち掛けられたのはハーミッツ・シール将軍。その背後はアイゼン次期皇帝。どのような沙汰が下ろうともこちらに有利に働くに違いない。

「いやいや。僕、本当に反則なんてしてないですよ?」

ぽかんとした顔をするヨハンを目にしてゴルドーラは苛立ちを覚える。

「んなわけねぇだろ。あの離れた距離でどうやって俺に傷を負わせたってんだ?」
「えっと、闘気を凝縮してあなたの鎧の隙間に刺したんですけど?」
「ハッ! ほらみろ。そんなことできるはずねぇじゃねぇか。何言ってんだテメェ」

剣閃の極意の派生である刺突一閃。S級冒険者であるジェイドが決め技に持っているそれ。威力はジェイド程に高められていたわけではないのだが、それでも扱える者自体が限られていた。

「俺が説明してやろう」

スタッとその場に舞い降りた剣聖ラウル・エルネライのような人物でもない限り。

「ラウルさん!」
「え? ら、ラウル様?」

ヨハンとゴルドーラの間に飛び降りたラウルに二人は目を丸くさせる。二人だけでない。カルロスも観客も皆同じようにして呆気に取られた。

「審判。拡声器を」
「え? は、はいっ!」

差し出された手の意図に対する理解が一瞬遅れたのだが、カルロスは慌てて拡声の魔道具を手渡す。

「あの? ラウル様?」
「突然割り込んですまない。先程の一連の攻防に関して説明しに来た」

会場中に向けて声を発するラウルに全員がしんと静かに聞いていた。

(なるほど。そういうことか。まさかラウル様まで俺に手を貸してくれるとはな)

ニタッと笑みを浮かべるゴルドーラの視線の先にいるラウルがゆっくりと口を開く。

「問題の争点はこの子が魔法を使ったかどうかだが、結論から言おう」

ゴクッと息を呑む観客。

「先程の攻撃には魔法の一切の使用は認められない」

堂々と声を大きく宣言した。

「え? な、何言ってんですかラウル様?」
「聞いての通りだが?」
「いやいやいやいや。おかしいでしょ。だって魔法でもなければ俺に傷を負わすことなどできないでしょ?」
「それがあるんだよ」

スッと腰に差していた剣を抜くラウル。その仕草に思わずギョッとするゴルドーラ。

「お前も帝国兵なら俺が魔法を得意としていないことは知っているだろ?」
「え? あっ、いや、はい、ま、まぁ…………」

どう答えたらいいものかわからないのだが、剣聖ラウルが魔法を得意としていないことなど帝都内であれば誰もが知るところ。それを本人を前にして口にする勇気があるのかどうなのかという問題なのだが、ここに至っては肯定する以外の選択肢はない。

「なら……――」

グッと剣を握るラウルは重心を低く構え、外壁の中に埋め込まれている蝋燭に向かって真っ直ぐに剣を突き出す。
シュンッと素早く伸びる光線。バスッと音を立てて蝋燭の炎を消し、そのまま外壁に穴を穿った。

「――……これがこの子がやった技だ。もちろん簡単な技ではない上に、針の穴を通すような精度が求められる」

剣を鞘に納めながらラウルが説明を終える。
静まり返っていた観客は一斉に沸き立った。

「すげええええっ!」
「さすがラウル様!」
「魔法なんて使えなくたってラウル様には剣一本あれば十分なんだよッ!」
「ってかおいおい、あの子供が今のと同じことしたっての、凄くないか?」

まさか剣聖ラウルの至高の剣技をその目にすることができるとは思ってもみない。

「さて。観客は納得したようだな」
「ら、ラウル様? 一体どういうおつもりで?」

意味がわからない。味方をしてくれるはずでないのか。ゴルドーラは信じられないといった眼差しでラウルと、続けてヨハンを見る。
信じられないのはラウルの行いだけでない。まさか先程目の前の子どもが口にしていた技が事実その通りなのだということを証明されたのだ。

「俺は単に違反はなかったって言いに来ただけだ。さて審判。邪魔してすまなかったな」
「いえ。とんでもありません。お手を煩わせました」
「仕方ないさ。こちらにも責任の一端があるのだからな」
「え?」
「いや。なんでもない」

カルロスが疑問符を浮かべる中、ラウルは通路に姿を消していく。
責任の一端とは、黒曜石の鎧の持ち出しとそれに対してヨハンが刺突一閃でしか対応できなかったことを差していた。だがカルロスがそれを知る由もない。

「さて皆さま。予想外の事態が起きてしまいましたが、皆様にとっても、いえ、私にとってもとても貴重な至福の時間を過ごせましたこと、感謝いたしましょう。では疑いも晴れたことですので試合の再開を致します。お二人とも準備はよろしいですね?」

カルロスが声を掛ける中、ヨハンはグッと剣を引き闘気を剣の先端に練り上げる。

「良かった。でもまだ倒しきれてないし、これかなり難しいんだよね」

武器の形状が違う上に闘気を細く凝縮して真っ直ぐに押し出す感覚がどうにも掴めない。ジェイド程の技量があれば鎧の隙間を狙わずとも穴を穿つことさえできるはずだろうとも思えたのだが、中空で闘気が霧散するヨハンの刺突一閃では不十分。幸い威力はそこそこで狙いさえしっかりとすればまだダメージを負わせられるのだからそれで十分。

(おいおいマジかよ。こんな小僧があれだけの技をしていたってのか?)

ゴルドーラがチラと見るのはラウルが穿った外壁に向けて。

(アレを俺の鎧の隙間に? つまりあの痛みを何度も味わうってのか? いやいや冗談じゃねぇぞ!)

同時に脳裏を過るのはラウルが目の前の子ども、ヨハンを気に入っているという話を耳にしたこと。一笑に付していたのだが先程のやり取りからしても否定できない。

(ど、どうせ俺はここで勝ったとしても次で負けることに決まってるんだ)

「では始めっ!」

カルロスが再開の為に腕を振り下ろすと同時にズンッと地面が大きく音を立てたのは、ゴルドーラの斧が地面に落ちていた。

「え?」

ヨハンは思わず突き出そうとしていた剣を途中で止める。

「俺の負けだ」

斧を手放したゴルドーラは両手を上げて戦う意志のない仕草。降参を示していた。

「ご、ゴルドーラ選手、よろしいのですか?」
「ああ。俺に勝ち目がねぇのはわかった。やめだやめだ」
「は、はぁ」

斧を拾い上げてヨハンに背を向け通路に向かって歩くゴルドーラ。

(ならここで負けたところで結果同じじゃねぇか)

息を吐きながら引き上げる。

(少将は惜しいが勝てる保証もないんだ。だったら割に合わねぇ。痛い目に遭うなんてゴメンだからな)

もう一つ考えるのは次の試合のこと。その可能性が妙に楽しみになる。

「おい。貴様ふざけているのか?」
「いえ、ふざけてないですよ。アレク様。あれは俺には勝てませんよ」

腕を組みながら壁にもたれ掛かっているアレクサンダー・シール。もう既に準決勝進出を決めているアレクが次にヨハンと戦うことになるのだから。

「チッ! 使えない奴め」

吐き捨てるようなゴルドーラに向けられる言葉。ゴルドーラはアレクサンダーの横を通り過ぎると笑みを浮かべた。

(むしろこの高慢で高飛車なアレクがその鼻っ柱を叩き折られるのを見れるかもと思うと妙にわくわくするぜ)

会場に一人取り残されたヨハンに向けて憎々し気に視線を向けているアレクサンダーとヨハンの試合を楽しみにする。

「えっと、僕の勝ちでいいんですよね?」
「そのようですな」

とにもかくにもこれで残る試合は優勝まであと二試合。
準決勝で五英剣最有力候補者であるアレクサンダー・シールと戦うことになった。

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