277 / 724
禊の対価
第二百七十六話 変化
しおりを挟む「家が……」
カレンとニーナと一緒になって建物を出ると、ゴゴゴと地響きを上げたかと思えば直後には建物が倒壊する。
「どうやらあれだけの戦いの規模に耐え切れなかったみたいね。生き埋めにならなくて良かったわ」
地下、その中にはまだサリナスの複製体、それが容器にいくつか入ったままだったのだが地下が崩れ落ちたのならもう無事では済まない。
「さようならサリーさん」
小さく呟くカレンの横顔には哀愁が漂っていた。
「……ごめんなさい。お兄ちゃん。カレンさん」
申し訳なさげに俯いているニーナの頭の上にポンっと手の平をヨハンが乗せる。
「いや、やっぱりこれで良かったんだよ」
サリーが最後に言っていたように、当人がそれで良いと言っているのだからこれ以上他者が介入すべきではない。
「そう、なの?」
サリーの最期のあの顔が物語っていた。全てを終わらせてくれたことへの感謝。
「じゃあ帰るわよ。ドグラスについても話さないといけないから」
「それは、つまりドグラスが魔族だったってことですか?」
神妙な面持ち。カレンのその様子から察する。
「……ええ」
サリー……――サリナスの記憶の中に姿を見せていたドグラス。レグルス侯爵と共にこの農園を訪れていたこともそうなのだが、それよりも遥かに前、シトラスと会話をしていたその男がドグラスに他ならない。
「ルーシュが危ないわ」
その狙いが何にせよ、ルーシュに近付いたことには何か目的があるはず。
真っ直ぐにドミトールへと戻ることになった。
◇ ◆ ◇
ドミトールに戻るまでの間に、カレンとセレティアナによってその過去の話を聞かされる。
そこにはレグルスと一緒になって農園の屋敷を訪れていたドグラスの姿。
「カレンさん。そのドグラスって実際どういう人なんですか?」
「優秀な男よ。メイデント領近郊の生まれだとは聞いてはいたけど、この分だとレグルスとの繋がりは最初からあったみたいね」
ルーシュの側付きになったのはここ数年の話。それ以前はメイデント領で官僚をしていたのだと。それがいつからか帝都に来た後に外交官へ任命されたのはメイデント領のこともよく知っているということから。
「でも、この分だと全て仕組まれていたみたいね」
旧ドミトール王国の再建。
レグルスが提示してきたその話の裏にドグラス、魔族であるドグラスが関与しているのであればただの独立話では済まないはず。
「どうしてそんなことを?」
「レグルスは利用されているのよ」
記憶の中から得られたその情報。シトラスと会話をしているドグラス。
「アイツの本当の名前はガルアー二・マゼンダ」
唇を噛み締めながらカレンはその名前を口にした。
「それが……魔王の復活を示唆していた」
ヨハンが小さく呟くのをカレンが横目にチラッと見る。
「そういえば魔王がどうのこうの言っていたわね?」
その言葉を拾い上げたカレンは疑問に思い問い掛けた。
「それは…………」
思わず口籠るのは、シグラム王国に伝わる伝承。魔王というそれはエルフの森にある世界樹に封印されたという不確かな存在。ローファス王やエレナがその呪いを受けているという話らしいのだが、実際のところは定かではないどころか口外するのも憚られる。カレンにどう説明すればいいのかわからなかった。
「――……世界を統べる悪しき存在。それが魔王さ」
不意に言葉を吐くのはセレティアナ。
「ティア? あなた知っているの?」
「もちろんだよ。魔王はボクらと似たような存在だからね」
「ティアと、ということはその魔王っていうのも精霊なの?」
「精霊とはまた別さ。アレはアレで唯一無二の存在だからね」
実体を持たない精霊と同じような存在である魔王は似て非なるもの。精霊とは一線を画す。
「まさか現代でアレが目覚めるなんてね」
腕を組み、セレティアナは思案に耽っていた。
「でも僕が聞いた話では、まだ目覚めるのは先のことだと」
「それはそうだね。さすがに今すぐにでも復活するとなればボクもその存在を認識できるはずだから。でも今はまだソレを感じない」
セレティアナによると、規格外の存在である魔王の復活はセレティアナ達のような精霊には認識できるらしいのだと。
「そぅ。よくわからないけど、要はとんでもないことが起きるかもしれないということね?」
「……はい」
目線が合わないヨハンの小さな返事を受けたカレンはその横顔をジッと見る。
「(何かありそうねこの様子は)」
「(エレナ、無事だといいけど)」
思わず魔王に関連させてエレナの笑顔が脳裏を過った。そのため思わず気のない返事をしてしまっていたことをカレンは見抜いている。
「そういえばお兄ちゃんありがとね」
「なにが?」
突然のお礼。ニーナは満面の笑みを浮かべていた。
「お兄ちゃんがあたしのことを考えていてくれたのわかってたよ」
肩を寄せて来た途端にギュッと腕を組まれる。
「あー……もしかして、あの時のこと?」
「当り前じゃない!」
グッと顔を近付けるニーナ。
あの時のこと。サリナス達の記憶がニーナに入った結果、ヨハンと敵対してしまっていたこと。
「嬉しかったなぁ。お兄ちゃんも大変だっただろうに、あたしのことを考えてくれたんだから。それに、お兄ちゃんはやっぱりすっごい強かったしねぇ。自分で言うのもなんだけど、あの時のあたし、相当強かったはずだよ?」
「いやいや、実際めちゃくちゃ強かったよ。さすがニーナって感じだった」
「えへへ」
ヨハンの言葉を受けたニーナは破顔した。
「ちょ、ちょっとあなたたち、近付き過ぎじゃないかしら?」
あからさまに不服そうなカレンはヨハンと腕を組むニーナの反対の腕をグイっと引っ張って引き離す。
「何するのさっ!」
「兄妹でいちゃいちゃするんじゃないわよっ!」
「なんでよ! お兄ちゃんのことが好きなんだからいいじゃないっ!」
「す、好きって! あなたとヨハンは本当の兄妹じゃないでしょ! だからそんなにひっつくのもおかしいじゃない!」
「好きだから別にいいじゃないさっ!」
カレンの腕を振りほどいたニーナは再度ヨハンの腕を取った。
「(ちょ、ちょっとニーナ。あ、当たってるから)」
ふんわりとした胸の感触を得ることで妙な恥ずかしさがヨハンを襲う。
「それに、カレンさんがどうしてそんなに怒るのさっ!」
「ぅぐっ!」
ニーナの言い分にカレンは言葉を返すことができない。
「あー。わかった。カレンさん、お兄ちゃんのこと、好きになったんでしょ?」
「なっ!?」
にんまりと笑いながら口にするニーナの言葉を受けたカレンは途端に赤面させた。
「そそそそ、そんなわけないでしょ! どうしてわたしがこんな子どもにっ! いたっ!」
早口で捲し立てたことで思わず舌を噛んでしまう。
「いったぁ」
「ほらっ、動揺しているじゃないのさ!」
舌をチョロッと出しながら痛みを堪えるカレンに対してニーナは追い打ちをかけるようにフフンと追及した。
「な、何言ってるのよ! わわ、わたしには兄さんがいるのだからねっ!」
「「「…………」」」
慌てて口にしたことでニーナはおろか、ヨハンもセレティアナも黙ってしまう。
「カレンちゃん?」
「な、なによっ!」
「わかってるのかな。それ、特大のブーメランだよ?」
「ブーメランって、何が?」
セレティアナの言葉を聞いて疑問符を浮かべた。
「…………あっ」
しかしそれにすぐに気付く。
自分が今何を口にしたのか、改めて冷静になって考えてみた。
先程ヨハンにニーナがくっついたことに言及した理由が兄と妹なのだと言っているのだが、それを自分が今正に全く同じことを口にしてしまっている。それも、ラウルとカレンは半分血が繋がっていた。
「――っぅ!」
「あっ、カレンさん!」
すぐに理解したカレンはバッと走り出す。そのまま少し前で立ち止まるとプルプルと肩を震わせながら僅かに顔だけ振り返った。
「もうっ! 知らないわよっ!」
半べそを掻きながら再び前方に向けて走り出す。
「ねっ。可愛いでしょ、カレンちゃん」
セレティアナが嬉しそうに話した。
「……そうですね」
軽く同意してみたのだが、確かに可愛らしくもある。
「いや、どっちかというと面白いんじゃないかな?」
ニーナの言葉にも頷けた。
コロコロと変わるその態度。公務とそうでない時のその差があまりにも大きい。
そうした一幕を挟みながら程なくしてドミトールに着こうとしていた。
◇ ◆ ◇
ドミトールの外の平原には数百人もの帝国兵が陣取っている。その中には帝国兵だけに留まらず、レグルスの私設兵に加えてアッシュ達やドミトールの現地冒険者の姿もあった。
「なにかあったのかな?」
何の気なしに疑問を口にするニーナ。
「いや、違うみたいだね」
野営をするにしては妙な組み合わせ。
「もしかして、非常事態かしら?」
どうにもその様子がおかしい。兵たちは明らかな戦闘準備に入っている。
「来たぞッ!」
前方の兵がヨハン達の姿を認識するなり、指揮官らしき男に耳打ちしていた。
「弓兵、かまえぃッ!」
そのまま後方の弓兵部隊に号令を掛けている。
「えっ?」
一体どういうことなのか。
キョロキョロ見回しても周囲にはヨハン達以外の誰の姿も見当たらない。それどころか、その弓がどう見てもヨハン達のいる方角に向けられていた。
「はなてぃッ!」
指揮官が軽く腕を振り下ろすのと同時に、弓兵達が一斉に弦を放す。
そのまま放たれる矢は雨の様にヨハン達へ降り注いだ。
0
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~
アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。
金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。
俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。
そして毎日催促をしに来る取り立て屋。
支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。
そして両親から手紙が来たので内容を確認すると?
「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」
ここまでやるか…あのクソ両親共‼
…という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼
俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。
隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。
なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。
この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼
俺はアパートから逃げ出した!
だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。
捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼
俺は橋の上に来た。
橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした!
両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される!
そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。
ざまぁみやがれ‼
…そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。
そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。
異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。
元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼
俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。
そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。
それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。
このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…?
12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。
皆様、ありがとうございました。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる