266 / 724
禊の対価
第二百六十五話 獅子=
しおりを挟む「それとも、また逃げるのか?」
剣をシトラスに向けたまま問い掛ける。
「いーえいえ。こーこがバレてしまっては、私はもう逃げるわけにはいーきませんよ」
それは予想通りの返答。
以前対峙した際のシトラスは二度とも想定外の事態になると姿を消していた。
だが恐らくシトラスの全てがあるこの場所。
「ならもう諦めて大人しくニーナを返すんだな!」
ここで逃げられることはないのだというのはわかっている。
「ふっ、フフフ。フハハハハハッ!」
「何がおかしい?」
不意に笑われたことで首を傾げた。
「いえいえ。油断はいけませんよ、油断は」
「えっ?」
シトラスが二本の指をクイッと上に向けると、カレンの真下にズズッと影が浮かび上がる。
「きゃっ!」
直後、影に足を取られたカレンは引きずり込まれるようにその身体を沈めた。
「しまっ――」
対象がカレンなのだと知るや否や、ヨハンは振り返りカレンに向かって慌てて走る。
「――だから、舐めないでって言ったでしょ?」
「えっ?」
「ティア!」
冷たく言い放たれる凛としたその声は直前の反応と違い至って冷静そのもの。
声と同時に、カレンが居た場所はピカッと一際大きな光を放った。
「なッ!?」
突然光を放ったカレンと、次に目にした光景にシトラスは驚きに目を見開く。
「急に足下が沈んだから驚いたけど、残念だったわね」
カレンに駆け寄ったヨハンの目の前、視界を覆い尽くす程の白と赤を織り交ぜた体毛をした獣の体躯。
「えっと…………」
思わず見上げてしまう程のその大きな。そこには巨大な獅子が姿を見せていた。その背にカレンが堂々とした様子で乗っている。
「……もしかして、これってティア?」
一瞬何か他の生き物を召喚したのかと思い問い掛けたのだが、この獅子がティアなのだということに確信を持っていた。しかしまるで違うその風貌。
「そうだよ。いやぁ、急にカレンちゃんが魔力を流すからびっくりしたよ」
「だって今のは仕方ないじゃない。それにいつでもいけるように準備しといてねって言っておいたわよ?」
「そうだけどさ、このすがたってカワイクないのよねぇ。なるべくなら可愛いボクのままでいたかったよ」
「何言ってるのよまったく」
軽快に会話を交わすカレンとセレティアナ。
「ははは……」
獅子がその体躯に似つかわしくない声を出す。紛れもなくセレティアナの声。思わずヨハンは呆気に取られる。
「な、なーんですかソレは!?」
驚愕するシトラス。
「何言っているのよ。あなたさっき言っていたじゃない。ティアはわたしの契約精霊よ」
「変貌する精霊なーど、聞いたことありませーん」
「それはあなたの常識でしょ?」
「…………」
シトラスを見下ろしながら、どうだと言わんばかりに声を放つカレン。
「さーて。早めに決着付けないとこっちもしんどくなるのよヨハン」
「そうなんですか?」
「当り前じゃない。これだけのことしてるのよ」
「なるほど」
これだけのこと。
召喚した精霊に魔力を流し込みその姿を劇的に変えた。そうなると当然カレン自身の魔力をただ使用するだけでなく、その状態の維持にも相当量の魔力が必要とされるというのは当然。
「なら……」
「そこは任せなさい。いくわよ! ティア!」
「りょーうかい!」
セレティアナはカレンを背に乗せたまま軽く跳躍する。
「ヨハンはティアの動きに合わせて! さっきの感じで良いから!」
「わかりました!」
上空から声を掛けられ、チラリと前に顔を振るカレンのその意図を受けてシトラスに向けて走った。
「ぐっ!」
シトラスは正面のヨハンと上空のカレンとセレティアナ、そのどちらの対処を優先しようかと僅かに怯むのだが、すぐさま直線的ですぐにでも到達される距離にあるヨハンを標的にする。
そのままヨハン目掛けて手をかざすと黒弾を連続で放った。
「ふっ! はっ!」
しかし蜿蜒たる動きを見せるヨハンはその左右の動きで綺麗にそれを躱す。
「はあッ!」
間合いを十分に詰めた後、シトラスに向かって横薙ぎに剣を一閃した。
「ぐぅっ!」
「今よ、ティア!」
後方に飛び退くシトラス目掛けて、獅子のセレティアナが大きな口をガパッと開ける。
そのままセレティアナの口からは猛々しい炎が轟音を伴って吐き出された。
「チッ!」
着地と同時に勢いよく迫る炎を寸でのところで横に回避するシトラスはそのままドンっと壁を背にする。
「面倒な」
「あっ!」
声を上げるカレン。
シトラスはそのまま壁の影の中へ溶け込むように入ろうとした。
「逃がさないっ!」
ヨハンはシトラスに向けて手をかざし、即座に魔力を練り上げる。
「氷結壁」
シトラスが入り込もうとした壁全体に向けて魔法を放つと、壁一帯はパキパキと音を立てて覆い尽くすようにして凍り始めた。
「なッ!?」
本来、防御壁として使用される氷の魔法。それを今ここでは壁に溶け込むシトラスを逃がさないために使用する。一瞬の判断。
「へぇ、こんなに機転も利くのね。凄いじゃない。それに魔法も中々、いえかなりのものね」
「カレンさんっ!」
「わかってるわよ!」
呼吸を合わせるように声を発するヨハンに対して、カレンはヨハンの行動の意図を察していた。既に準備は整っている。
「ティア!」
セレティアナが再びシトラスに向かって口を開け、即座にシトラスに向けてゴアッと炎を吐き出した。
「がああああああ――――」
熱気が部屋中を充満させ、業火を全身に浴びて呻き声を上げるシトラス。
凍った壁や床、その一帯を一瞬で溶かすほどの威力を伴っているセレティアナの炎は正に灼熱。
「どう?」
土の床や壁も赤色を灯して僅かにとろみを帯びている。
「……ぐ、ぐぅっ」
だが全身を焦がしながらもシトラスはそこに立っていた。
「しぶといわね」
「でも相当なダメージを与えました」
「そうね。諦めてニーナを返しなさい。でないと……」
ヨハンの横に着地するセレティアナが再びガパッと口を開ける。
「……もはやここまでか」
小さく呟くシトラスは近くの部屋の入り口、多数のサリナスの複製体が入った部屋の方角を見た。
「あともう少しというところで、このような者に邪魔をされようとは」
見込みではサリナスが生き返るまであと僅か。
竜人族であるニーナの魔力、その稀有な魔力があればサリナスを生き返らせることが叶ったかもしれない。
「あ、あの――」
唐突にカツっと音が鳴る。
ゆっくりと恐る恐る、音を立てて部屋の中を覗き込む一人の女性の姿。
「ど、どうしたのヨハンくんにカレンさん? な、なんだか物凄い音がしたけど…………。そ、それに、あの私にそっくりなアレのことだけど……――」
なんとか現状を目にしたことから身体を起こしたサリーがヨハンとカレンを探して部屋の中を覗き込んでいた。
「――……あっ」
「来たらダメだサリーさん!」
「えっ!?」
急いで声を掛けたのだが、シトラスの動きの方が早い。入り口近くのサリーへ素早く到達する。
「動くな」
そのままサリーの後方に回り込んだシトラスはそのままサリーの首筋にピトッと黒く光る刃を押し当てた。
「えっ!?」
突然の出来事、サリーは全く理解出来ていない。
「くっ!」
「どうするヨハン?」
ポンっとセレティアナが姿を戻しながら地面に着地するカレンはヨハンの耳元で小さく問いかける。
「たぶん、今はまだシトラスもサリーさんに危害は加えにくいと思います」
事実を知らないサリーに現状をどう伝えるのかなどといった問題はあるのだが、シトラス自身がここでサリーを人質に取ることのその意味。この場をやり過ごす為に取った人質を殺しては意味がない。
「それには同意するわ。でも……」
「……切羽詰まればどうなるかわかりません」
「そうね」
先程目にした日記の中には見た目はサリナスであっても記憶がない複製体は処分してしまっている。その手に持つ凶刃を最終的にどうするのか、判断がつかない。
「なにっ!? 一体なんなのよっ!?」
次から次に起こる出来事。わけもわからない事態に陥っていることに動揺を隠せないサリーは困惑した。
「残念でーしたねぇ」
「えっ?」
耳元で聞こえる声に対してサリーは瞬間的に真顔になる。
「こーれで形勢は逆転しーましたよ」
「うそ……。もしかして……その、声…………お、とうさん?」
口調は違えども、妙に聞き覚えのある懐かしい声がサリーの耳を通っていった。
0
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~
アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。
金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。
俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。
そして毎日催促をしに来る取り立て屋。
支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。
そして両親から手紙が来たので内容を確認すると?
「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」
ここまでやるか…あのクソ両親共‼
…という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼
俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。
隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。
なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。
この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼
俺はアパートから逃げ出した!
だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。
捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼
俺は橋の上に来た。
橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした!
両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される!
そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。
ざまぁみやがれ‼
…そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。
そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。
異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。
元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼
俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。
そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。
それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。
このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…?
12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。
皆様、ありがとうございました。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる