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禊の対価
第二百五十六話 肖像画
しおりを挟む「どうしたの二人とも?」
サリーが口にした言葉にヨハンとカレンは動きを止めジッとサリーを見ていた。
ほんの一瞬だけだが、思考を停止させてしまっていた。
何故なら、今回メイデント領に来ることになった件の手がかりになるであろう名前がたった今、目の前の女性の口から聞こえたのだから。
「ヨハン。魔道具の製作者はシトラスで間違いないのよね?」
「……はい」
間違えようのないその名前。
シグラム王国で二度戦った相手。国家転覆を目論んだオルフォード・ハングバルムからもその名前を聞いている。
「魔道具の製作者?」
首を傾げているサリーを見て疑問しか浮かばない。
「偶然と思う?」
サリーに不自然な様子は見当たらず、ゆっくりとヨハンの隣に歩いてくるカレンは小さく確認する様にヨハンに問い掛けた。
「わかりません。でも偶然の可能性も否定できません」
「……そうよね」
しかし、内心では偶然ではないのでは、と。むしろ同一人物ではないかと。何故だかその可能性の方が高いのではないかとすら考えてしまう。
「(こんなところでシトラスの名前があるなんて……――)」
それほどまでにどこか言葉では表現できない妙な感覚に襲われた。
しかし、仮にそうだとしてもわからないことだらけ。どうしてここでその名前を耳にすることになったのか、探していた情報がようやく掴めたのかもしれないのだが、目の前のサリーを見ていると勘違いなのかと思えてくる。
「(――……サリーさんのこの様子)」
敵意は感じないのだが、ほんの僅かに警戒心を高めた上で目の前のサリーを見る限り、全く身に覚えがない様子で笑顔のまま首を傾けている様子が疑問でしかない。
「あの、確認しますけど、サリーさんのお父さんの名前はシトラスっていうんですか?」
「ええそうよ。さっきそう言わなかったっけ?」
迷うことなく肯定された。
「なら、あなたのお父さんは魔道具を作れるのかしら?」
「えっ? 魔道具を?」
サリーは腕を組んで考え込む。
何度か首を捻りながら、父のことを思い返している様子を見せた。
「さぁ。どうだろう? もしかしたら作れたらかもしれないわね。手先が器用な人だったから」
「……そう」
その反応も至って普通。
「あの、サリーさんはお父さんのことを覚えてないのですよね?」
「ええ」
「まったく覚えてないのですか?」
「そうねぇ。この農園を私に預けて亡くなったことぐらいしかわからないわ。名前とか、性格とかは知ってるけど、それでもぼんやりとしか思い出せないわね」
「ふぅ。それだけじゃ何もわからないわね」
「あっ、でも似顔絵ならそこにあるわよ? 誰が描いたのか知らないけどね」
そのままサリーは反対側の本棚、その上に額縁に入って飾られていた絵を指差す。
ヨハンはサリーの指差した方向を見上げた。
「――っ!?」
そこで見た物に驚愕を示す。
「…………シトラス」
額縁に飾られていた笑顔の人物画。
ヨハンの目線の先にあるその肖像画、小さく呟いたそこには間違いなく以前二度対峙したシトラスが描かれていた。
「あれが……シトラス?」
「はい。雰囲気は微妙に違いますけど、恐らく同一人物だと」
「間違いないのね?」
「はい」
シトラスの顔を知るヨハンが大きく頷いたことでカレンは深く息を吸って大きく吐く。
「こうなるともう探り合いは不要ね」
カレンの表情が真剣そのものに変わるのを見たサリーは疑問符を浮かべた。
「サリーさん。正直に答えてください。あなたは……。あなたは……、魔族、なのですか?」
核心的な一言をカレンはサリーに向かって投げかける。
カレンからすれば、突然攻撃を受けるかもしれない可能性を危惧して手に力を入れて身構えていたのだが、問いかけられた当のサリーは目をパチパチとさせた。
そのままゆっくりと口を開く。
「ま……ぞく?」
「えっ?」
返ってきた答えはまるで予想もしていなかった。全く身に覚えがない様子で再度首を傾げられる。
「(本当に知らないのか、それともとぼけているのかどっちなの?)」
カレンにはおよそ判断がつかない。
魔族など、一部でしか知られていない種族。その実態や生態に関してはほとんど不明。わかっているのは過去にそれが間違いなく存在したという事実のみ。城の中の書物で以前ほんの少し目を通したことがあったという程度で正確に把握できていない。
「その、まぞくというのがお父さんのことと何か関係あるのかしら?」
未だに疑問符を浮かべているサリー。
「……いえ、知らないようでしたら大丈夫です」
「そう?」
「少し、ヨハンと話をさせてもらってもいいですか?」
「ええ。あっ、なら私はその間にお茶を入れて来るわね」
ニコリと微笑んでサリーは書斎を出て行った。
「今の話、どう思う?」
廊下からサリーの足音が遠ざかるのを確認して、カレンが思案気に口を開く。
「正直なところ、僕には嘘をついているようには見えませんでした」
「……そうよね。わたしもそう感じたわ」
ヨハンとカレンは共通見解を抱いていた。
仮にサリーがシトラス、引いては魔族と繋がりがあるのであれば先程の問い掛けに何らかの反応があってもいい。しかしその一切が見られない。
「ならやっぱり別人なの?」
額縁に飾られた肖像画に目を向けるカレン。
「いえ。もしかしたらサリーさん自身が知らないだけかもしれません」
「……そうか。貰い子や捨て子とかの可能性ね」
「はい」
もしそうであるのならばサリーが知らないのも納得できる。
「……ティア?」
不意にカレンが小さく呟くと、白く光を放ってセレティアナがその姿を現した。
「どうしたの? 急に出てきて」
セレティアナは姿を現すなりカレンの前に浮かび上がる。
「カレンちゃん。ここ変な感じがする」
「うん。なんか懐かしい感じ、もしかしたらここにあるのかも」
「アレがここに?」
「うん。あとそれに、そこからあのニーナって子の魔力を感じるよ」
「えっ!?」
そのまま肖像画の飾られた本棚の方角を指差した。
「ニーナの魔力って、それどういうことよティア!?」
ガシッと両の手でセレティアナを掴む。
「ぼ、ボクにそんなこと聞かれても知らないよ! でも、確かにソコからあの子の魔力が……――」
そこまで言ったところで廊下から足音が聞こえてきた。
サリーがお茶の用意を終えて戻ってきている。
「と、とにかく! そういうことだからっ!」
それだけ言い残してセレティアナはすぐに姿を消した。
「お待たせ。ってどうしたの二人とも?」
紅茶を入れたカップを運んで来たサリーは疑問符を浮かべてヨハンとカレンを見る。
「い、いえ……なんでもないわ」
微妙に口籠るカレンなのだが、ヨハンはその横で思考を巡らせていた。
「(ニーナが、ここにいる?)」
昨日より姿を見せていないニーナがここにいるのだと、魔力を感じ取れるセレティアナが言うのだから恐らくそれに間違いはない。特にニーナの魔力は竜人族の魔力で特徴的なのだと以前セレティアナは口にしていた。
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