上 下
257 / 724
禊の対価

第二百五十六話 肖像画

しおりを挟む

「どうしたの二人とも?」

サリーが口にした言葉にヨハンとカレンは動きを止めジッとサリーを見ていた。
ほんの一瞬だけだが、思考を停止させてしまっていた。
何故なら、今回メイデント領に来ることになった件の手がかりになるであろう名前がたった今、目の前の女性の口から聞こえたのだから。

「ヨハン。魔道具の製作者はシトラスで間違いないのよね?」
「……はい」

間違えようのないその名前。
シグラム王国で二度戦った相手。国家転覆を目論んだオルフォード・ハングバルムからもその名前を聞いている。

「魔道具の製作者?」

首を傾げているサリーを見て疑問しか浮かばない。

「偶然と思う?」

サリーに不自然な様子は見当たらず、ゆっくりとヨハンの隣に歩いてくるカレンは小さく確認する様にヨハンに問い掛けた。

「わかりません。でも偶然の可能性も否定できません」
「……そうよね」

しかし、内心では偶然ではないのでは、と。むしろ同一人物ではないかと。何故だかその可能性の方が高いのではないかとすら考えてしまう。

「(こんなところでシトラスの名前があるなんて……――)」

それほどまでにどこか言葉では表現できない妙な感覚に襲われた。
しかし、仮にそうだとしてもわからないことだらけ。どうしてここでその名前を耳にすることになったのか、探していた情報がようやく掴めたのかもしれないのだが、目の前のサリーを見ていると勘違いなのかと思えてくる。

「(――……サリーさんのこの様子)」

敵意は感じないのだが、ほんの僅かに警戒心を高めた上で目の前のサリーを見る限り、全く身に覚えがない様子で笑顔のまま首を傾けている様子が疑問でしかない。

「あの、確認しますけど、サリーさんのお父さんの名前はシトラスっていうんですか?」
「ええそうよ。さっきそう言わなかったっけ?」

迷うことなく肯定された。

「なら、あなたのお父さんは魔道具を作れるのかしら?」
「えっ? 魔道具を?」

サリーは腕を組んで考え込む。
何度か首を捻りながら、父のことを思い返している様子を見せた。

「さぁ。どうだろう? もしかしたら作れたらかもしれないわね。手先が器用な人だったから」
「……そう」

その反応も至って普通。

「あの、サリーさんはお父さんのことを覚えてないのですよね?」
「ええ」
「まったく覚えてないのですか?」
「そうねぇ。この農園を私に預けて亡くなったことぐらいしかわからないわ。名前とか、性格とかは知ってるけど、それでもぼんやりとしか思い出せないわね」
「ふぅ。それだけじゃ何もわからないわね」
「あっ、でも似顔絵ならそこにあるわよ? 誰が描いたのか知らないけどね」

そのままサリーは反対側の本棚、その上に額縁に入って飾られていた絵を指差す。
ヨハンはサリーの指差した方向を見上げた。

「――っ!?」

そこで見た物に驚愕を示す。

「…………シトラス」

額縁に飾られていた笑顔の人物画。
ヨハンの目線の先にあるその肖像画、小さく呟いたそこには間違いなく以前二度対峙したシトラスが描かれていた。

「あれが……シトラス?」
「はい。雰囲気は微妙に違いますけど、恐らく同一人物だと」
「間違いないのね?」
「はい」

シトラスの顔を知るヨハンが大きく頷いたことでカレンは深く息を吸って大きく吐く。

「こうなるともう探り合いは不要ね」

カレンの表情が真剣そのものに変わるのを見たサリーは疑問符を浮かべた。

「サリーさん。正直に答えてください。あなたは……。あなたは……、魔族、なのですか?」

核心的な一言をカレンはサリーに向かって投げかける。
カレンからすれば、突然攻撃を受けるかもしれない可能性を危惧して手に力を入れて身構えていたのだが、問いかけられた当のサリーは目をパチパチとさせた。

そのままゆっくりと口を開く。

「ま……ぞく?」
「えっ?」

返ってきた答えはまるで予想もしていなかった。全く身に覚えがない様子で再度首を傾げられる。

「(本当に知らないのか、それともとぼけているのかどっちなの?)」

カレンにはおよそ判断がつかない。
魔族など、一部でしか知られていない種族。その実態や生態に関してはほとんど不明。わかっているのは過去にそれが間違いなく存在したという事実のみ。城の中の書物で以前ほんの少し目を通したことがあったという程度で正確に把握できていない。

「その、まぞくというのがお父さんのことと何か関係あるのかしら?」

未だに疑問符を浮かべているサリー。

「……いえ、知らないようでしたら大丈夫です」
「そう?」
「少し、ヨハンと話をさせてもらってもいいですか?」
「ええ。あっ、なら私はその間にお茶を入れて来るわね」

ニコリと微笑んでサリーは書斎を出て行った。

「今の話、どう思う?」

廊下からサリーの足音が遠ざかるのを確認して、カレンが思案気に口を開く。

「正直なところ、僕には嘘をついているようには見えませんでした」
「……そうよね。わたしもそう感じたわ」

ヨハンとカレンは共通見解を抱いていた。
仮にサリーがシトラス、引いては魔族と繋がりがあるのであれば先程の問い掛けに何らかの反応があってもいい。しかしその一切が見られない。

「ならやっぱり別人なの?」

額縁に飾られた肖像画に目を向けるカレン。

「いえ。もしかしたらサリーさん自身が知らないだけかもしれません」
「……そうか。貰い子や捨て子とかの可能性ね」
「はい」

もしそうであるのならばサリーが知らないのも納得できる。

「……ティア?」

不意にカレンが小さく呟くと、白く光を放ってセレティアナがその姿を現した。

「どうしたの? 急に出てきて」

セレティアナは姿を現すなりカレンの前に浮かび上がる。

「カレンちゃん。ここ変な感じがする」
「うん。なんか懐かしい感じ、もしかしたらここにあるのかも」
「アレがここに?」
「うん。あとそれに、そこからあのニーナって子の魔力を感じるよ」
「えっ!?」

そのまま肖像画の飾られた本棚の方角を指差した。

「ニーナの魔力って、それどういうことよティア!?」

ガシッと両の手でセレティアナを掴む。

「ぼ、ボクにそんなこと聞かれても知らないよ! でも、確かにソコからあの子の魔力が……――」

そこまで言ったところで廊下から足音が聞こえてきた。
サリーがお茶の用意を終えて戻ってきている。

「と、とにかく! そういうことだからっ!」

それだけ言い残してセレティアナはすぐに姿を消した。

「お待たせ。ってどうしたの二人とも?」

紅茶を入れたカップを運んで来たサリーは疑問符を浮かべてヨハンとカレンを見る。

「い、いえ……なんでもないわ」

微妙に口籠るカレンなのだが、ヨハンはその横で思考を巡らせていた。

「(ニーナが、ここにいる?)」

昨日より姿を見せていないニーナがここにいるのだと、魔力を感じ取れるセレティアナが言うのだから恐らくそれに間違いはない。特にニーナの魔力は竜人族の魔力で特徴的なのだと以前セレティアナは口にしていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~

アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。 金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。 俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。 そして毎日催促をしに来る取り立て屋。 支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。 そして両親から手紙が来たので内容を確認すると? 「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」 ここまでやるか…あのクソ両親共‼ …という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼ 俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。 隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。 なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。 この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼ 俺はアパートから逃げ出した!   だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。 捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼ 俺は橋の上に来た。 橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした! 両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される! そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。 ざまぁみやがれ‼ …そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。 そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。 異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。 元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼ 俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。 そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。 それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。 このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…? 12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。 皆様、ありがとうございました。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

処理中です...