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禊の対価

第二百四十五話 馬車に揺られて

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「それでは向かいますぞ」

翌日、ドミトールから出て周辺にある農業地帯の視察に赴くことになった。
用意されている馬車は三台。

前方を帝国兵団の兵士が百名、後方をレグルス侯爵の私設兵団五十名で警護する。
間に挟まれる馬車の一台目にペガサスのジェイドとバルトラ、それにドグラス外交官とノーマン内政官が乗り込む。
後方の馬車にはヨハンとニーナにシンとローズが乗り込むこととなっていた。

「不満そうですね」

中央の馬車に乗り込む予定のカレンを見届けようとしているのだが、明らかに機嫌の悪そうなカレンの姿。

「そう見える?」
「はい」

そこでカレンはチラリと顔を向けるのは、中央の馬車の前で、笑顔で談笑をしているレグルス侯爵とトリスタン将軍に見知らぬ金髪の青年。

「なら間違ってはいないわ。原因はあれよアレ」

金髪の青年を見てはため息を吐く。

「あの人がどうかしましたか?」
「ああそっか。ヨハンは昨日途中で抜けたものね。彼はレグルス侯爵の息子のアダム・レグルスよ」

それがどうしてカレンの不機嫌に関係しているのかわからない。

「えっと……」

疑問符を浮かべていると、カレンは左右に首を振った。

「あのね、レグルス侯爵は遠巻きに彼をわたしに近づけようとしているのよ」
「あっ、なるほど」

つまり、カレンと同じ馬車に乗り合わせることでその親睦を図ろうとしているのだと理解する。

「でもわたしの立場はわかるよね?」
「ええ。まぁ……」

継承権を持たないが故の扱い。皇族ではあるので一定以上の敬意は払われているのだが、上級貴族ともなると、言葉では取り繕っていてもほとんど同程度の立場として扱ってこられていた。

「要はめんどくさいってことでいいですか?」
「一言で言うとそうね」

そこでカレンの不機嫌の理由を理解すると、ルーシュがカレンの方を向いて手招きする。

「呼ばれたわね。じゃあわたしはあっちに乗るから」
「わかりました」

そうして中央の馬車にはカレンとルーシュにトリスタン将軍、そしてレグルス親子が乗っていった。

「やっぱああなるよな」
「あっ、シンさん」

背後に立つシンとローズ。

「まぁ権力者ならではのめんどくささだな」
「みたいですね」
「とりあえず話は馬車の中でゆっくりとすればいいから私たちも乗るわよ」
「あいててっ。わかったから引っ張るなっての」

ローズによって耳を引っ張られながら、シン達は馬車に乗り込んでいく。そのままヨハンとニーナも馬車に乗り、一行は視察に向けて動き出した。

天気の良い街道を歩兵の歩く速度に合わせてゆっくりと進む。

「昨日はごめんなさいね。このバカがまた調子に乗ったみたいで」
「いえ、とんでもないです。僕も楽しかったですし」

シンの頭を押さえ、頭を下げさせて謝らせるローズ。

「でも驚いたわ。まさかシンにけ――もがっ」

そこでシンがローズの口を慌てて塞いでいた。

「け?」
「いや、なんでもねぇ。かなり剣の腕が上達したって話してたんだ」
「ありがとうございます」

急いで早口で捲し立てるシンなのだが、隣のローズにギロリと睨みつけられ、肘で脇腹を小突かれる。

「まぁいいわ。でもそうね。その調子ならカレン様の護衛もきちんとやれそうね。あの人、結構肩身が狭そうでちょっと可哀想なのよね」

前の馬車を見ながらローズは寂しそうな目を向けた。

「何か知っているんですか?」
「まぁそんなに詳しくないけど、やっぱり継承権がないから城では扱いがひどいというか、雑みたいでね」
「ほらっ、俺たちルーシュ様の護衛をしてるだろ? だから城の中もいくらか出入りしてたし、兵からも色んな話を聞けるしな」

カサンド帝国の皇女とは名ばかりなのはヨハンも知るところ。
その容姿端麗な美貌も併せて有力貴族たちからの婚姻の話が尽きないのだと。一般の兵からは憧れの存在として見られているのだが、城の中の従者、特にメイドからは同情に近い声が上がっていた。

「それで私も一人の女として、やっぱりカレン様には幸せになって欲しいとは思うけど、余計な口出しできないしね」
「へぇ。ローズにそんな殊勝な気持ちがあるなんて初めて知ったわ」
「あんたは黙ってなさい」
「ぐえっ!」

再びシンはローズに肘で小突かれる。

「そっか。昨日ティアが言っていたのはそういうこともあるのかな?」

『カレンちゃんを守ってあげてね』

そう言われたセレティアナの言葉を思い返していた。

「なに?」
「あっ。いえ、なんでもないです」

小さく呟いた言葉。慌てて手を振り誤魔化す。

「(けど、そんなことに僕が口出しできるはずもないしなぁ)」

物理的に外敵からその身を守ることは目の前のシン達ペガサスがいることや、例えいなくともニーナもいることだしある程度自信はあった。
しかし、権力者たちの思惑があるのなら一学生の自分には何かをする力などありはしない。

「(ラウルさんはどう思っているんだろう?)」

ふとラウルがどう考えているのか気になる。別行動によってメイデント領を目指しているという話なのだが、ここまで一切その姿を見せていない。

「そういやラウルの旦那は継承権をどうするつもりなんだろうな?」
「えっ?」

ふと飛び込んできたシンの言葉。

「それって、どういうことですか?」
「ん? いやなに――」
「ちょっとシン! 勝手なことを言わないでよ!」
「おいおい。おめぇだってカレン様のことを言っていたじゃないかよ」
「だって、それとこれとは……」

思わずローズは口籠り、困惑した。

「それにこいつらに話したところでどうもならんだろ」
「それはそうだけど」
「ラウルのおっちゃんがどうかしたの?」

「「えっ!?」」

小首をかしげるニーナの疑問にシンとローズは思わずその動きを止める。

「おいおい。おっちゃんってどういうことだ?」
「あなたたち、ラウル様と知り合いなの?」
「そういえば言ってなかったですね。僕たちをカレンさんの護衛に推薦したのがラウルさんとアリエルさんなんですよ」
「アリエルって、帝都のギルド長のか?」
「はい。一応他にアッシュさん達のパーティーも一緒だったんですが、アッシュさん達は断りましたので、僕とニーナの二人だけってことに」
「あっ。へぇ……。その話、もう少し詳しく聞いてもいいか?」
「えっ? はい」

驚き戸惑うシンとローズに、ここまで来た経緯、カレンの護衛をするに至った経緯を詳しく話して聞かせた。
話を進める度に、シンとローズは目を丸くさせる。

「そか。なるほどねぇ。だったら剣閃が使えたのも納得だわ。へぇ。旦那に目をかけてもらったのか」
「てっきり私はシェバンニ先生の手引きがあったのだと思ってたわ。いくらなんでも先生にもカレン様の護衛に見ず知らずのあなた達をあてがえるわけないがないと思っていたけど、まさかラウル様だったなんてね」

話し終えると、二人とも納得の表情を浮かべていた。
ペガサスのメンバーも以前、帝国を訪れた際にラウルとも顔を合わせたことがあるのだと。当初は冒険者同士で顔を合わせて共同依頼を受けたことがあるとのことなのだが、ラウルが皇子だと後で知って驚愕したのだと。

「それで、ラウル様は今どこに?」
「それがわからないんですよ。近くには来ているとは思うんですけど」
「相変わらずフラフラしているんだな旦那は。そんなだから継承権を放棄するんじゃないかって言われるんだよな」
「あっ、シン!」

不意を突いて口から漏らしたシン。

「ラウルさんが継承権を放棄?」
「あっ、まぁうわさよ噂。あの人、帝国にいないから城の中でそんな噂が出てるって程度の」
「そうなんですね」

皇帝の病状が思わしくないのは帝都では有名な話。
継承権一位であるラウルはそのために帝国に帰還しているのはヨハン達も知っている。

「そうなると、あのルーシュっていう子か、もう一人のアイゼンって人のどっちかが次の皇帝になるのかな?」
「その辺りが今回ややこしい話みたいだな。俺にとっちゃどっちでもいいけどな」
「だから私たちはルーシュ様が今回の視察で暗殺されないように護衛に入っているのよ」
「そうだったんですね」

ペガサス程のS級が護衛に入っている理由を理解した。

「あっ、お兄ちゃん見て! きれいな畑だよ」

そこでニーナが外を指差す。
外の景色は綺麗な田畑が広々と遠くまで続いている。

「着いたみたいだな」

そこで一度馬車を降りて、兵たちの休息も兼ねて周辺の説明を受けることになっていた。

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