上 下
239 / 724
禊の対価

第二百三十八話 メイデント領領主

しおりを挟む
「これはこれは、わざわざこんな辺境までご足労いただきましてまことにありがとうございます」

領主官邸の談話室。
外はしとしとと雪が降り始めている中、二十人は余裕で腰かけられる長テーブルを中央に置いたその場所で口を開くのはメイデント領の領主である中年の男、キンドール・レグルス侯爵。

レグルス侯爵が中央に座り、間を挟むようにしてルーシュに次いでドグラスと金髪の内政官であるハリー・ノーマンに帝国兵団の将軍を務めるガリアス・トリスタンが座っており、そのままシン達ペガサスの四人が続く。

対面にはカレンが座り、その横にヨハンとニーナが座っていた。

「それにしても、やはり帝国は継承権を持たない者には中々厳しい扱いをされているようで……――」

チラリと視線をルーシュの周囲に向け、そのまま対面のカレンと見比べる。
視察に訪れているのだから外交官や内政官が同行しているのはまだしも、まだ幼いルーシュにはそれ以外に屈強な将軍やS級冒険者が護衛に付いており、女性であるカレンとのその違いを差していた。

「お気になさらずレグルス侯爵。わたしはルーシュの公務を補佐するために来ているだけですので、これぐらいの扱いの方が落ち着きます。それに、S級冒険者を護衛に付けられる程の地位もありませんから」

ニコリとカレンはレグルスに笑みを向ける。

「そうですか。それだけの美貌を持ち合わせているのですから、ルーシュ様の補佐だけでは物足らないでしょう。よければ息子のところに嫁いで来て頂けたらどれほど喜ばしいか」
「そうですね。そういったお話は皇帝に直接されればよろしいかと」

笑みを浮かべ舐めるようにカレンの顔から身体を見て口を開くレグルスに対して、カレンは顔色一つ変えずに冷静に言葉を返した。

「そうですな。ではそうさせて頂きましょう」

そのやり取りを微動だにしないでただ座っているペガサスのジェイドとバルトラに対して、シンは退屈そうに欠伸をしており、横にいるローズに太ももをつねられていた。

「(貴族にも色々いるもんだね)」

ヨハンも言葉を発することはないのだが、レグルスのその態度はとても印象のいいものではない。部屋の中の雰囲気がどうにも重苦しく感じる。その横でニーナはシンと同じように欠伸をしており、目が合ったシンに親指を立てられていた。

「それでレグルス。ここドミトールで起きている問題のことで調査に踏み込むことになったのは、先の手紙で記した通りだ」

ジッとレグルスを見るルーシュの眼差しは、先程カレンに見せていたような無邪気さは一切なく真剣そのもの。公人としての凛々しさを十分に伴っている。

「ええ。存じております。なにやら摩訶不思議な魔道具がメイデント領、特にここドミトールから生まれているのではないかというお話ですよね?」

レグルスもまたそれまで見せていた笑みの一切を消し、見定めるようにしてルーシュを見た。

「ですが、ルーシュ様たちがここに来るまでの間にいくらか調べさせて頂きましたが、それらしい情報は何も出てきませんでした。無論、通常の魔道具、領内に流通している既存の魔道具でしたらいくらでもありますがね」

そうして調べがつかないことに小さく首を振る。

「そうか。実際帝都でも実態が掴めているわけではないのでなんとも言えない話なのだ。しかし、どうにもその情報の信憑性がそれなりに高いようなのでな」
「ルーシュ様。そこまでは私はもうしておりません」

ドグラスがルーシュの言葉の後、宥めるように付け足した。

「……左様でございますか」
「またなにかわかればどんなことでもいいので報告してくれ」
「かしこまりました」

レグルス侯爵は小さく頭を下げる。

「では続きの話、市政につきましては明日にでもゆっくりと時間を取らせて頂きまして、本日のところは旅の疲れを取るためにごゆっくりなされてはいかがですかな?」

そのまま顔を上げると、ニコリと笑みを浮かべてルーシュに提案した。

「お言葉に甘えましょうぞルーシュ様」

ドグラスがそっと口添えをする。

「……そうだな。兵もかなり歩き疲れている。では兵たちは明日一日休暇を与えてのんびりと過ごしてもらうとしよう」
「その方がよろしいかと」

ドグラスがルーシュに同調しレグルスをチラッと見た。

「ではそのように」

レグルスは小さく頷きながら部屋の入り口にいる兵を見る。

「おいっ!」
「はっ!」

部屋の入口に立っていた衛兵が扉を開き、部屋の外に待機していた衛兵に同じようにして声をかけると、衛兵は廊下を駆けていった。

「すぐに案内の者を寄越させますので今しばらくお待ちください。それと、皆様のお部屋に関しましては十分なお部屋をご用意致しましておりますが……――」

そこでレグルスはカレンの横にいるヨハン達を見る。

「――……生憎、お嬢さんの方はカレン様の護衛ということで相部屋にさせていただくということで対応可能ではありますが、お坊ちゃんの方はご用意しておりませんでした」
「一緒で構わないわ」

差し込むようにカレンが言葉を放った。

「いえいえ、まさかそういうわけにはいきませんよ」
「わたしが問題ないと言っているのだから問題ないわ。それとも、まさかこんな子どもがわたしに手を出すとでも思っているのかしら?」
「そんな。滅相もございません」

カレンの言葉を受けた途端、レグルスは僅かに下唇を噛む。

「わかりました。ではもう一つばかり大きい部屋をすぐに手配致しますので」
「ええ。それでお願いね」

レグルスに対してニコリと微笑むカレン。


◇ ◆ ◇


「やっぱり魔道具の件は何も知らないみたいですね」
「いえ、まだわからないわ」

案内された部屋は三人用の客室。
ベッドが三つ並べられたその部屋の中。ヨハンとカレンが腰かけおり、ニーナはふかふかのベッドに顔をうずめて十分に堪能していた。

「もし仮に知っていたとしても、領主が関わっていたとすれば素直にはい知っていますとでも言うと思う?」
「……言わないですよね」

ただでさえ特殊な魔道具。それを魔族が作っているとなれば誰がそれをおいそれと口にするだろうか。

「だから明日は街の中で聞き込みをするわよ。もちろん治安のことや流通のことを調べるという口実で」
「わかりました」
「はぁい」
「ちょっとニーナ! あなた本当にわかっているのよね!?」
「もっちろんですよぉ。ふわぁ、このベッドほんと気持ち良いっ」

ふわふわベッドを堪能しているニーナの姿にカレンは額を押さえて呆れてしまう。

「もうっ。ほんとに大丈夫かしら」

そう言いながら、カレンは徐に手のひらを上に向けた。

「ティア」

直後、カレンの手の平がポワッと小さな光を放つ。

「呼んだ?」

すぐにポムっと姿を見せるのはカレンの契約精霊であるセレティアナ。

「ええ。どうかな? 何か感じるかしら?」
「んー、ちょっと待ってねぇ」

セレティアナは目を瞑り、ぐーっと何かに集中しだした。

「なにをしてるんですか?」
「しっ!黙って!」

指を口元に持っていき、ヨハンの問いを遮る。
セレティアナはブツブツと小さく何度も呟いていた。

「……むぅん。うーん。どうなんだろうねぇ」

そこで目を開けたセレティアナは腕組みをする。

「確かに妙な魔力は感じるかもしれないけど、果たしてこれがどうなのかってところじゃないかな」
「なによ。はっきりしないわね」
「しょうがないじゃないの。これぐらいならそう珍しい反応じゃないからね。その変な魔道具をボクは知らないし、微精霊みたいな視覚的に捉えにくいものもこんな感じの魔力反応なんだから」
「しょうがないわね。ならまた場所を変えてお願いね」
「わかったわよ。じゃあまたね」
「ええ」

そうして小さく笑いながらセレティアナは姿を消した。

「あの……」
「ああ。今のよね。ティアに周囲の魔力を感じ取ってもらっていたのよ。もしここの人間が関係しているようなら可笑しな反応が、その魔道具が魔素を溜め込むのなら、ティアなら感じ取ることができれば何かわかるかもしれないと思ってね」
「あっ、なるほど、そういうことだったんですね」
「そういうわけで、明日からティアにも手伝ってもらいながら調べていくわ。もちろんそこの竜人族の子の魔眼も使ってね」

カレンがニーナを見ると、ニーナはもう既にすーすーと寝息を立てて寝てしまっている。

「そっか。ニーナの魔眼なら僕たちにはわからない何かが視えるかもしれないですもんね」
「そういうことよ。だから会談はルーシュに任せて……っていうよりも、わたしは必要ないでしょうから街の方で聞き込みをすることにするわ」

そうしてシトラスかもしくはそれに類することを翌日より調査することになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~

アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。 金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。 俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。 そして毎日催促をしに来る取り立て屋。 支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。 そして両親から手紙が来たので内容を確認すると? 「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」 ここまでやるか…あのクソ両親共‼ …という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼ 俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。 隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。 なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。 この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼ 俺はアパートから逃げ出した!   だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。 捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼ 俺は橋の上に来た。 橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした! 両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される! そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。 ざまぁみやがれ‼ …そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。 そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。 異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。 元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼ 俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。 そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。 それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。 このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…? 12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。 皆様、ありがとうございました。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。 勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。 事態は段々怪しい雲行きとなっていく。 実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。 異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。 【重要なお知らせ】 ※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。 ※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

処理中です...