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エピソード マリン・スカーレット
第二百三十二話 閑話 マリンの疑問⑥
しおりを挟む「ふむ。これは滾る。懐かしいなこの感覚。やはり勝負は真剣になってこそ心躍るというものよ」
前に並ぶエレナ達三人の姿を見ながらシルビアは薄く笑う。
「こっからどうするよ?」
「そうね。魔法戦だとあの人にはとても敵わないわ」
「だから肉弾戦に持ち込もうとしたけど、そもそも近寄れないじゃねぇかよ」
「……となれば、やはりあの人の裏をかかなければいけないようですわね」
レイン達はどうすればシルビアを崩せるかの相談を小さく話していた。
「(あの子達、どうする気かしら?)」
マリンよりもさらに後方、そこからエリザもまたその動向を注視していた。
「(私とアトムは役割分担が明確だったからまだやり易かったものね)」
思い返す当時のシルビアとのやりとり。
それでも相当な思いをさせられたのを思い出すと苦笑いが漏れ出る。
「――来るか」
目の前で目つきを変える三人。すぐさまモニカとレインは左右に散開した。
「何を狙っておる?」
目をキョロキョロと見まわし、その動きを確認する。
右手方向にはレイン、左手方向にはモニカ、正面にはエレナ。
「なるほど、挟撃か。基本だの」
例え三方向から同時に攻撃を加えられようとも対応することは十分に可能。
両手に魔力を練り上げ、迎撃態勢に入った。
「いくわよ!」
「おうっ!」
「ええ!」
モニカの声に同調する様にレインとエレナも地面を踏み込む。
グンッと勢いよくシルビア目掛けた突進。
「しかしこの程度では……――」
まだまだだなと小さく息を吐いて突進を跳ね返すよう魔力を放とうとした。
「だっ!」
「やっ!」
「はっ!」
「――……むっ?」
だがシルビアはそれを途中で止める。
三方向から、エレナ達はその持ち得る武器をそれぞれ高々と上空へ放り投げていた。
一瞬それをどうするのかと目線を奪われる。
「しまっ――」
た、と思った次の瞬間には、もうモニカが目の前にいた。
「たあっ!」
足払いを掛けられ、シルビアの身体が宙に浮く。
「油断したわね!」
「ぐうっ!」
そのまま地面を背にして、両足で上空にシルビアを蹴り上げた。
「……小癪な!」
蹴り上げられながら、眼下にいるモニカ目掛けて杖を向ける。
「きゃっ!」
パンッと音が響くその雷は真っ直ぐモニカ目掛けて直撃した。
「むっ!?」
直後、チラッと視界に入って来るのはいくつもの炎弾。
モニカに向けていた杖をすぐさま方向を変えて炎弾の方に向ける。
ドンドンっといくつもの音が響き、黒煙が立ち込めた。
「レインか。だがこの程度、威力がまだまだ低いわ。これはこう使うのよ」
炎弾を相殺したシルビアは、レインが放った数より多くの炎弾をレインに放つ。
「知ってますよ。俺のはあくまでもシルビアさんに魔法を使わせるためだけですから……――」
避ける間がないのは理解していた。
諦めてシルビアの魔法の直撃を受ける。
「――……ぐっ、ってぇっ。あとは頼んだぜエレナ」
炎をその身に受けて、痛みを堪えながらエレナに声を掛けた。
「ええ。任せてくださいませ」
背後からの声。
「なっ!? いつの間に!」
そこは蹴り上げられた場所よりさらに上空。
身体ごと振り返り上空を見る。
「複数の魔法をこれだけ立て続けに使ったのですからこれは防げませんわね?」
「ふむ。やりおる」
上空に放り投げた薙刀を手にしていたエレナはもう既に大きく振りかぶっていた。
ドゴッと激しい音が響いてシルビアはエレナによって地面に叩きつけられる。
「ぐっ、ぐうっ!」
そのままシルビアは呻き声を上げた。
「うわぁ、エレナさん容赦ねぇ……」
その一切の遠慮を見せない無情な一撃にレインは呆気に取られる。
「油断しませんこと。まだ終わっていませんわよ」
着地すると同時に、エレナは落下してきたモニカとレインの剣を放り投げた。
「そのようね」
パシッと受け取り、疑問符を浮かべながら土煙の中心部を見る。
「……フフフッ。やりおるやりおる。興が乗って来たわ。これはアトムとエリザの番が与えてやれんかものぉ」
小さくだが、耳に入って来るその言葉を聞いてレインは背筋をゾクッと寒くさせた。
「(おいおい。俺、生きて帰れるんだろうな?)」
苦笑いするしかない。
「――…………」
マリンはその戦いにただただ魅入られてしまっている。
いつのまにかすぐ後ろ、背後に立っているエリザに一切気付かない程。
「凄いでしょ、あの子達」
「えっ!?」
「じゃあいってらっしゃい」
突然耳元で声が聞こえたことで慌てて振り返ろうとしたのだが、それよりも早く背中を押された。
「きゃっ!」
「あの人、あのままじゃ収まりつかないからあなたが中和してきてね」
振り返りながら見た顔によって背中を押されたのが笑顔のエリザなのだと理解するマリンなのだが、脚の踏ん張りがきかずに前方に倒れるようにして飛び出てしまう。
「は?」
「あれ? あの子……」
「そんなところで何をしていますのマリン? それにそんな格好で」
「え? いや、あの、その……――」
エレナ達から疑念の眼差しを向けられ、マリンはしどろもどろになった。
「余所見をしておるでない!」
シルビアは不意の乱入を意に介す事無く、杖全体を覆い尽くす程の魔力を練り上げる。
「むっ? この魔力はエリザか? 何をするつもりじゃ?」
だが地面から感じ取る魔力に疑問を抱き、魔力を練り上げただけに留めた。
直後に響いたのは激しい地響き。
「きゃっ!」
マリンは激しい揺れに耐えられず体勢を崩し、すぐそこの崖下に落ちそうになる。
瞬間、遥か下に広がる崖下を見て、ゾッと背筋を寒くさせた。
このまま落ちれば確実に即死。
グッと踏ん張り、落下するのを必死に堪える。
「――えっ?」
直後、ビュウッと突風が巻き起こった。
フワッと身体を浮かせる先は崖下。
落下の恐怖に思わず目を閉じてしまう。
「なにやってんだ。ったくよぉ」
思わず死を覚悟したその瞬間に、フッと身体を軽くさせた。
「……あっ」
「大丈夫か?」
「…………」
目を開けた先、目の前のそこにはレインの顔が見える。
背中と膝裏には力強い腕の感触。
しっかりと抱きかかえられているのはわかった。
「おい、聞いてるか? それとも漏らしたか?」
「――――なッ!?」
パチンと鋭い破裂音が辺り一帯に響く。
「ってぇっ!なにすんだ!」
「あ、あなたが、そ、その、も、漏らしたとか言うからでしょう!」
「なんだ。ちゃんと元気みたいだな」
小さく息を吐かれると、そっと足から地面に下ろされた。
「んなところでなにしてんのか知らねぇけど、そんなとこに立ってたらあぶねぇから離れてろよ」
目線を合わせることなく投げかけられた言葉。
レインの視線はエリザに向いている。
「エリザさん。どういうつもりすか?」
「なにがぁ?」
エリザは一連のやりとりを見ており、ニコニコとしていた。
「さっきの、エリザさんですよね?」
「そうかしら?」
「しらばっくれちゃって。今の、あのままじゃこの子真っ逆さまでしたよ?」
「ええ。その通りね」
「殺すつもりだったんすか?」
レインは怒気を含めてエリザを見る。
「そんなわけないじゃない。レインが助けなければ私が助けていたわよ?」
「はぁ。つまりこういうことですわレイン」
呆れながらエレナがレインに向かって歩いて来ていた。
「あなたは試されたということですわ」
「さすがエレナちゃん。言ったわよね?レイン。 今日はより実戦的な模擬戦をするって」
「はい。それぐらいわかってますよ」
疑問符を浮かべてエリザを見るレイン。
「なら不測の事態は常に付きまとうわ。戦場では見ず知らずの他人の命を救えないことも多くある。それどころか知っている人の命が目の前で失われてしまう。今は助けることができたけど、その覚悟がないと戦場には出れないわ」
「……わかってますよ、それぐらい」
エリザとレイン達の会話を聞いているとマリンもようやく理解できた。
「(つまり、エレナ達はより実戦的な模擬戦をしているということね)」
冒険者学校の授業でもそれなりに扱う内容だが、わざわざここで行っている理由も理解する。
「(確かにこのレベルは誰も相手にできないわ)」
下手をすれば教師陣でさえもついていけない可能性があった。
「(でも……)」
それでも疑問に思うのは、エリザの立ち位置。
大魔導士の称号を得ているシルビアがこのレベルの相手をするのはわかるのだが、どうしてカトレア侯爵の娘がこの場にいるのか理解できない。
「――おい、聞いてんのか?」
「えっ?」
「だから。マリン様の役目はもう終わったみたいなんで、後は大人しくあそこで見ていてもらえますか?」
レインはアトムが座っている場所を指差す。
「あそこなら安全なんで」
「わ、わかったわ……」
そこでチラリと見たエレナと目が合ったのだが、すぐに逸らされた。
その反応に若干の苛立ちを感じたのだが、ここに至っては邪魔をしているのは間違いない。それぐらい判断出来る。
「じゃ、じゃあ、頑張ってください」
「ん?俺か?」
「ここにあなた以外誰がいるのよ!」
「(なんだぁ? 昨日と違って妙にしおらしいな)」
不意に怒られた。
しかし声色と目線を合わせようとしないマリンの態度。昨日とのその違いにレインは戸惑いを感じつつも、今はそれどころではない。
「そっか。あんがと」
軽く笑みを返すだけに留める。
「――――ッ!」
レインからニコリと屈託のない笑みを向けられた。
チラリと見えるその笑顔を見てマリンは赤面させる。
「い、いいですのよ! 平民を鼓舞するのも王家の務めですので!」
「その言葉、エレナにも言ってやりてぇよ」
「何をしていますのレイン! 早くこっちに来なさい!」
「ほらなっ。扱いが雑だろ? じゃあな」
「――……あっ」
再び笑いかけられると、会話を交わすことなくレインは一足飛びに駆け出していった。
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