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帝都訪問編
第百八十七話 買い物の先で
しおりを挟む「ねぇ、ニーナ」
孤児院の外でアイシャと他の子ども達と遊んでいるニーナに声を掛けた。
「何?お兄ちゃん。ラウルのおっちゃんならさっき出て行ったよ?」
立ち上がり小首を傾げるニーナ。
「うん知ってるよ。そのことと関係あるんだけど、僕もちょっと買い物に行って来るね」
「あたしも行く!」
目をキラキラと輝かせる。
「いや、今はアイシャと一緒に居てあげて。すぐに帰って来るから」
「う、うーん……」
不思議そうにニーナを見上げるアイシャに視線を送り思案した。
「わかった。早く戻って来てね」
「うん」
と言って、すぐにアイシャの隣に座る。
「お待たせヨハン君」
丁度そこにミモザがメモを持って建物から出て来た。
「いえ。それで何を買ってきたらいいんですか?」
「えっとね、この紙に書いてあるのだけど、今日はせっかくだからお鍋にしようと思うの。君達の歓迎も兼ねてね。それで、マリルクス草とシシカバのお肉を買ってきてくれるかな?お店の場所が書いておいたから」
「わかりました」
地図を見てみると、中央通りにある店が記されている。
そうして孤児院を後にして、中央通りに向かって歩き始めた。
◇ ◆ ◇
「特に変わりはないようだな」
およそ一時間後、ラウルは帝国城内の入口に立っていた。
周囲にいる兵士たちは皆ラウルの姿を確認するとピシッと敬礼をしている。
「ラウル様、お帰りになられましたか」
城を入ってすぐにアイゼンの従者であるベニオスに声を掛けられた。
「それではいつものように会議をさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ。それは構わないが、父上は今どこに?」
「皇帝は現在寝室にておられます。ラウル様のお帰りをお待ちしておりました」
「俺を待っていた?」
「ええ。皇帝は今病で床に臥せておられます」
重篤な病に侵されているという報せを受けて帰還している。
「それは聞き及んでいる。だから帰って来たのだ」
「そうですか」
まだ幾ばくかの猶予は残されているが、それほど余裕を持てるほどでもないということも合わせて知らされていた。
「まず父上の顔を見に行ってから会議に顔をだすよ」
「かしこまりました」
そうしてベニオスに背を向けて城の頂上、皇帝の寝室がある場所に向かおうと歩き出そうとする。
「ああそれとラウル様?」
「ん?」
「カレン様のことですが」
「カレンがどうかしたのか?」
「いえ、どうやらラウル様が戻って来られたとお聞きして城下に向かわれたそうで。お会いになられませんでしたか?」
「いや?」
ここに戻るまで見知った間柄のいくらかとは顔を合わせていたが、妹であるカレンの姿は一度も見ていない。
「そうですか……でしたら行き違いになられたようですね」
「そうか。まったく、カレンももう十六だろう?そろそろ落ち着いた頃かと思っていたのだが」
記憶の中の幼いカレンはいつも後ろを追いかけて来ていた。
もう随分と会っていないのだが、お転婆だった印象が強く残っている。
「いえ、お言葉ですが、公務の方でしたらカレン様が行える範囲ではありますが、全て完璧にこなされていますよ」
「ほぅ。どうやらその辺りはしっかりしてきたようだな」
自分が不在であったとしても、自身の立場をしっかりと自覚して取り組んでいるようなその評価にいくらか安堵した。
「わかった。カレンは兵に探してもらい、俺は城にいることを伝えておいてくれ」
「かしこまりました。ではそのように手配しておきます」
ベニオスがラウルに深々と頭を下げる。
「(アイゼンがカレンの教育をしたのか?それとも義母上(ははうえ)が?どちらにしてもルーシュはまだまだだろうな)」
そうして城内を歩いた。
「お帰りなさいませラウル様」
「ああ。ありがとう」
城内を歩いていると、兵士に度々敬礼される。
「ラウル様!またお菓子をお持ちしますね!」
「ははっ。楽しみにしているよ」
軽く手を挙げ応えると、メイドは途端に顔を赤くさせた。
一様にして笑顔で迎え入れられている。
◇ ◆ ◇
ヨハンはミモザから手渡された買い物リストを片手に帝都の大通りを歩いていた。
「帝都と王国ではちょっとだけ売っている作物は違うんだね」
そんな独り言を言いながら帝都を歩く。シグラム王国とカサンド帝国を比較して見ていた。土地と気候により作物の実りは異なる。
街並みは一目見てすぐにわかるほどに違っているのだが、売っている作物もの違い。カサンド帝国では葉物の野菜と穀物が多い。果物も同じものでも僅かに大きかった。
しかし人通りが多く、街中が賑わっているということは、王都も帝都もそう大きくは変わらない。
「これで内乱とか起きることがあるんだもんね」
多くの人々が笑顔で往来していた。
「さてっと、これで大体は買い終えたかな?」
買い物袋を手に持ち、ミモザから渡されたリストと照らし合わせる。
「よしっ。大丈夫。じゃあ帰ろうか」
指示された物は全部買い揃えた。
「あれ?どこから来たんだったっけ?」
初めて来た場所。
それだけで終わらないのは大通りから横道に入る通路が多くあり、そのどれもが似たような形をしている。
大通りから路地裏に入る構造はどれも似たり寄ったり。景観を損なわないようにするためのその構造なのだが、目的地を目指して横道に入るとなれば見分けがつきにくい。
「うーん。まぁ方向だけ合わせれば帰れるよね」
地図を見ながら帝国城を見る。
街の東側にある孤児院は帝都の端の方。
一際目立つ目印が堂々と視界に入っているので、真逆の方に向かうことなどまずない。
結果、方角だけ合わせるようにして大通りから横道に入っていった。
そうして歩くこと十数分。
「――……あれ?行き止まりだ」
周囲を見渡しながらなんとなく進んでいたはずなのだが慣れない帝都。
大通りから路地裏に入る道は似たようなものだったのだが、入り組んだ道に入ってしまい、帰り道で迷ってしまう。どう見ても迷子。
「困ったなぁ」
小さく呟くのは辺りに道を尋ねられるような人が見当たらない。
「仕方ないか。一度来た道を戻るかな」
人気がない薄暗い路地道。
空を見上げると徐々に日も暮れ始めていた。
これ以上暗くなると元来た道もわからなくなる。
大通りに向かって戻ることにした。
「待てや、こらっ!」
そうして足早に引き返そうとしていたところ、どこかから怒声が聞こえてくる。
「えっ?」
一瞬何の声かと思ったが、すぐにその声の正体がわかった。
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