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廻り合い、交差

第百三十一話 マリン・スカーレット

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「(フッ、フフフ。マリン様とエレナ様の前で恥をかくが良い! これでどっちがより優秀な魔導士かということをお二人とも理解されるだろう…………)」

自分が魔石の力を用いたことなどなかったかのように振る舞うカニエスの視線は、ゆっくりと前に進むヨハンに釘付けだった。

「えっと、本当にいいんだよねエレナ?」

念のためにもう一度だけ確認をしておく。

「ええ。もちろんですわ」
「(んん?)」

ニコリと微笑むエレナの表情にヨハンは覚えがあった。
それは、良からぬことを考えている時のエレナであり――。

「(えっ、なに? エレナはどうするつもりなの?)」

その場でマリンは寒気を覚えて身震いし、二の腕を掴む。

「んー、まぁいっか。考えても仕方ないし、エレナが良いって言ってるなら」

そこでヨハンは両の手の平を真っ直ぐ案山子に向けた。

「フッ、いくらなんでも私より凄い魔法などとは――――」

いかないだろうと余裕を持ってカニエスがヨハンを見ている。


ヨハンは手の平に魔力を集中させ、魔法を発動させた。
すぐに具現化するのは無数の細長い氷の塊。自身の周囲、中空に小剣程の氷の矢を無数に繰り出す。

「ほぅ」
「えっ!?」

カニエスとマリンの二人は対照的な反応を示した。

「凄いじゃないあの子! あんなにいっぱい……どうやって?」
「あれだけの氷を一度に捻り出すとは、やはり中々やるようだな。だが……」

マリンが口に手を当てて驚きを示す中、カニエスはそれだけではあの案山子は壊せても二体だろうという見解は尚も変わらない。

魔法は魔力量に応じてその規模が比例するのが一般的。
火の玉、水の塊、風の刃、土石流などといったような単属性のものは魔力量が多いだけでその破壊力は増していく。
魔法障壁が張られた案山子を壊すためには先程のカニエスが行った様に純粋な破壊力を増すことが単純に効果的である。

しかし、それはあくまでも一般的な話であり、他にも方法はあった。

小さな力が密集する様に集まれば一つの大きな力に対抗できる。
これほどの氷の塊、矢をいくつも繰り出すのは精密な魔法操作を必要としていた。

中空に漂っているその氷の矢、それを無数に繰り出したことだけでもヨハンの魔法に関する技術が相当に高水準にあるのだということは魔法の知識があれば誰もが理解できる。

「しかし、あれだけの魔法を使えばヤツの魔力はほとんど残らないだろうな」

その氷の矢を集中的に案山子へ浴びせれば案山子を破壊することもできるだろうとカニエスは考えていた。

だがそれでも壊せるのは二体まで、だと。

氷乱舞アイスダンス

ヨハンが右手をギュッと握り、ググっと背よりも後ろに引く。

「いくよ」

すぐさま前方に押し出すように腕を払うと、氷の矢は勢いよく案山子に向かって飛んでいった。
ヒュンっと風切り音を上げながら勢いそのままに氷の矢は案山子を貫くのだが、カニエスが考えていたような状態にはならなかった。

「…………は?」
「えっ?」

カニエスとマリンが呆気に取られる。

それというのも、案山子に刺さったのは、案山子に散らすように刺さった氷の矢。
案山子を貫いたこと自体は十分に評価に値するのだが、それだと魔法操作が未熟なのではという風にしか見えない。

貫かれた案山子は氷の矢が刺さった場所が僅かに凍り付いているのみ。
一体も壊さないことを不思議に思い、カニエスとマリンの二人ともヨハンを見る。

「ハハハッ。 いやいや、一体どういうつもりですか? あれだけでアレを壊せると思っていたのですか? せめて集中的に攻めないと」

せめてそうすれば案山子を壊すことはできただろうという程度には見て取れた。しかしこれではまるで評価できない。
カニエスはヨハンの判断がまるで期待外れだと言わんばかりに、嬉しそうに口にする。

「いえ、まだ終わっていませんわ」
「エレナ様、何を言っておられるのですか? 見ての通り終わりですが?」
「ならあなたの目は節穴ですわね」
「……えっ?」

ヨハンは未だに案山子に向けて手をかざしている。

「「……えっ?」」

マリンとカニエス共にそこに繰り広げられた光景に思わず目を疑った。

ヨハンは再び手を引くのだが、そこには先程とは比較にならない程の氷の矢が再度作り出されており、腕の振りと同時にすぐさま案山子に向かって射出された。

「は?」

ズバババッ、と息つく暇もないほどに氷の矢が作り出される度に、何度も何度も案山子を穿っていく。

「すご……い」
「そ、そんなまさか!? これだけの魔力量があるなどとは…………まさか、なにか仕込んでいたのか?」

最初の氷の矢だけでも相当な魔力を消費していたはず。でないと案山子を穿つ程の威力は出せない。それほどの密度を用いなければならないのは魔法に対する少しの造詣があれば理解出来る。

そんな一発で案山子を穿つだけの威力があるその氷の矢が目の前で何度も何度も作り出されては射出され、立て続けに突き刺さっていった。
そのまま案山子を穿ち続け、案山子はもう既に半壊状態。

「あ……あ、あぁ…………」

もうやめてくれ、このままでは全部壊れてしまうのではないか、と。とんでもない焦燥感に襲われる中、カニエスの耳にヨハンの声が跳び込んで来る。

「これで、終わりだッ!」

まだ案山子が辛うじて立っている様子を見てカニエスはホッと息を漏らした。
やっと終わったと下を向いたのだが――。

「カニエスッ! あそこ!」

マリンの声に反応してカニエスが顔を上げた。
まだなにかあるのかとヨハンの方に目を向けるが、ヨハンの周囲には目立った変化は見られない。

「えっ?」

そこでエレナと目が合うのだが、エレナはニコリと笑みを浮かべ、顎で案山子を差す。
あっちだと言わんばかりのその仕草を見て、ゆっくりと案山子に目をやると、案山子が立っている地面が薄っすらと赤みを帯びていた。

獄炎インフェルノ

ヨハンが口にした途端、最後の氷の矢が突き刺さるのと同時に案山子が立っている地面から炎が立ち上がる。

次の瞬間にはけたたましい音を立てて案山子が爆発した。

「あ、あぁ……――」
「……うそ…………」

マリンは口元に手を当てて、目の前の光景を信じられないでいる。

「き、キサマァッ!」

カニエスがヨハンに向かってドカドカと近寄ったかと思えば、突然胸倉を掴んだ。

「な、なに?」
「どんな卑怯な手を使った! 言えッ!」
「えっ? 卑怯って?」
「今の魔法についてだ! ほとんど時間差のない状態で二属性同時使用など、どんな強力な魔石を使ったんだッ!」
「魔石なんて使ってないよ?」
「なら特殊な魔道具や魔具を使ったんだろ!?」
「だから使ってないって。僕が二属性を同時に扱えるだけだよ」
「嘘をつくなッ!」
「嘘じゃないって」

いくらヨハンが否定しようともカニエスは疑いの目を向けたまま。

「な、ならッ――」

でないと氷の矢をあれだけ作り出した尋常ではない魔力量もさながら、同時に獄炎インフェルノなどという相反する属性の魔法をあれだけの高威力で繰り出すことなど出来ようはずもない。

「――ヤメなさいッ!」

どうにかして口を割らせようと考えたのだが、そこでマリンの声が響き渡る。

「マ、マリン様?」
「その子が言っていることは恐らく本当のことよ。私の魔法を視る目は確かですのよ」

事実、マリン自身にはこと戦闘に関する実力はそれほど備わってはいないのだが、魔法を見極める眼にはそれなりに自信があった。

「えっと、あなた確かヨハンといいましたね?」
「えっ? はい」
「先程の魔法、物凄いモノを見せてもらいました。エレナの付き人をしていることが物凄く悔しいですが、エレナに愛想をつかせばいつでも私のとこに来て下さいませ。高待遇で歓迎しますわ」

「……はぁ」

何を言っているのかよくわからなかったのだが、とにかく返事だけをしておく。
マリンは笑顔をヨハンに向け、背を向けた。

「今回の勝負、こちらの負けですわね」
「で、ですが……」

カニエスはヨハンがこれほどの魔法を行使した理由を問いただしたい。

「カニエス!」
「は、はい!」
「帰るわよ」
「えっ?」
「聞こえなかったの? 帰る、と言ったのよ」
「は、はっ!」

マリンは振り返ることなく鍛錬場を出て行くのだが、カニエスは部屋を出る前に一度だけヨハンを憎々しく一瞥する。

「――プッ、プクク……」

マリンたちの姿が見えなくなったところでエレナを見ると、エレナは口に手を当て俯き加減に笑いを堪えていた。

「いやぁ、マリンのあの顔、面白かったですわね」
「ねぇ、ほんとにあれで良かったの?」
「えっ? ええ、もちろんですわ」

目尻の涙を拭いながら笑い終えたエレナはさも当然とばかりに向き直る。

「流石ヨハンさんですわね。わたくしもこれほどとは思っていませんでしたので流石に少々驚きましたわ。これでマリンもしばらくは構っては来ないかと」
「そう? なら良いけど……」
「ですが」

それに続く言葉は何なのかと聞いていると、エレナはヨハンの耳に顔を近づけた。

「あのカニエスという人、恐らくヨハンさんを目の敵にしましたので、これから絡まれるかもしれませんのでお気を付けくださいませ」
「えっ? えええっ!?」

驚きエレナを見る。

「それほど驚かなくとも、あれだけあの人のプライドを傷付けたのですから仕方ありませんわね」
「だ、だってエレナがやれって……」
「実際に行ったのはヨハンさんですわ」
「いやいや……」

そこでエレナの顔が妙にニヤニヤとしていることが気になった。

「あのさ、もしかしてエレナ、面白がってない?」
「わかります?」
「うん、だって物凄く楽しそうな顔してるもん」

それは、どう見てもエレナの表情は嬉々としていたのだから。

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