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エピソード スフィア・フロイア
第百十五話 閑話 騎士団入団⑥
しおりを挟む騎士団本部、第一中隊詰所にて。
「さて、彼女らの今後の対応についてだ。本来なら君達の意見を聞いて、どの隊に配属するのかを決めなければいけないのだが、彼女らに限っては私の一存で決めることにする」
慣例にない対応をしようとしているアーサーの独断に誰も意見はしない。
固唾を飲んでアーサーの判断を聞き届けるのは、小隊長たち八人。
その場には他にはスフィアとアスタロッテしかいなかった。
他の一般騎士達は新人騎士達の治療と介抱に動いている。
小隊長たちがチラチラとスフィアとアスタロッテを見て悩みを抱いているのは、一体どの隊に彼女らが配属されるのか気になって仕方がない。
どの小隊長も歓迎するどころか、持て余してしまうと、自分のところには来るなと念じていた。
「(あんな子達、とても面倒みれないぞ)」
「(頼む、俺のところにはくるな!)」
小隊とはいえ、配属早々の新人騎士が隊長である自分達より圧倒的に強いとなればまるで立場がない。
そうなると、アーサーの決断如何ではどうなってしまうのか先が見えない。
「――さて、彼女らの所属する小隊だが、私が直接彼女らの面倒を見よう」
アーサーの決断を聞いた途端、小隊長たちは目を丸くさせる。
「えっ?」
「……隊長自らが?」
思わず疑問の声を発してしまったのだが、アーサーは眉をひそめた。
「どうした?聞こえなかったのか?」
「い、いえ、聞こえましたが、そ、その、彼女らをアーサー隊長自らが面倒を見る、と?」
「だからそう言っただろう?何度も言わせるな」
「す、すいません!」
そこでアーサーは全体を見渡し、異論がない様子を確認して頷く。
「それで、だ。 それに伴って他にも何人か合わせて面倒を見ることにするので、君達の隊の編成も新たに組み直そうと思っている。これに異論がある者はいるか?」
アーサーの問いに小隊長たちはお互いに顔を見合わせ確認するのだが、異論はなくすぐにアーサーを真っ直ぐに見た。
「よし、ではこれより編成会議に移る」
「「「ハッ!」」」
小隊長たちの大きな声が同調する。
「やったねスフィアちゃん!ウチら隊長に直接面倒を見てもらえるんだって!いやぁ、まさかこんなことになるなんてねぇ」
「…………」
嬉しそうにしているアスタロッテに対してスフィアはただただ苦笑いをすることしか出来なかった。
「(えっ?あの人が私の直属の上司になるの?)」
不快感を露わにするのは、つい今しがた目が合ったアーサーにウインクされたから。
まだ小隊長を挟んでの配属ならまだしも、まさかアーサー自身が小隊長も兼任することになるとは思ってもみなかった。
「すまんが聞いての通りこれから会議をするから君達は退室してくれ」
「はーい!」
「……わかりました」
対照的な反応を示す二人。
「あっ、それとだね」
部屋を出ようとしたところで再び声を掛けられるので、まだ何かあるのかと振り返ると笑顔を向けられていた。
「聞いての通り、君達の配属は私になるのは決まっているので、今日のところはこれで帰ってくれて構わないよ」
「やった!」
「わかりました」
「明日、朝九時にここへ再び来てくれたまえ」
「りょーかいでぇす!」
「はい。では失礼します」
スフィアとアスタロッテ、二人でお辞儀して部屋を出て行く。
そうして騎士団の詰所を二人して出るのだが、廊下を歩いていると入団式の前よりも遥かに多くの視線が向けられていた。
「お、おい!あの子達だよ!」
「配属初日に他の新人全員を叩きのめしたってんだろ!?」
「いや、それがどうやら一人でやったらしいんだ……」
「マジでかッ!?どっちだ?」
「あっちの水色の髪の方だとよ」
「なんでも鬼の様な強さで、キリュウ様に匹敵するって噂だぞ!」
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ!?」
スフィアとアスタロッテを見るなり好奇の眼差しを向けられ、陰でひそひそと話をされる。
「いやぁ、スフィアちゃん相変わらず人気者だねぇ」
「どの口が言ってるのよ!どの口が!」
「……この口?」
アスタロッテが唇を指差すと、スフィアはアスタロッテの唇の両端を指で摘まんだ。
「悪いのはこの口ね!このっ!このっ!」
「い、いひゃいよ、す、すふぃはちゃん」
それだけ見ている分には女の子同士が可愛らしく遊んでいるようにしか見えないのだが、周囲で噂している騎士達との温度差があまりにも激しい。
そこにカツカツと足音が聞こえて来たので顔だけ振り向く。
「こんなところで遊ぶな。邪魔だ、どけ」
「えっ?あっ、すいません」
アスタロッテとじゃれていたところで、見下ろされるように立つのは豪華な鎧の男。
慌てて端に寄り、男が通る道を作る。
「フンッ、何が鬼人だ。しょうもないことを吹聴しおってからに。それがよりにもよってあの小僧の隊などと、一体上は何を考えてるんだ」
侮蔑の眼差しをスフィアたちに向けながら男は通り過ぎて行った。
「態度悪いねぇ……って、あれ? 今の人って確か……」
「ええ。第六中隊の中隊長、グズラン・ワーグナーだったかと」
「へぇ、あれが…………」
二人してグズランの後ろ姿を見送るのだが、アスタロッテは舌を出した。
「ちょ、ちょっとアスティ!」
上司に向かっての不敬を行ったので、誰も見ていないかと慌てて周囲を確認する。
「――ほっ、誰も見てなかったようね」
ただでさえ色々と噂される中、これ以上揉め事は起こしたくない。
「でも、ウチらあの人の隊に配属されなくて良かったね。アレ、絶対部下をいびるタイプよ」
「まぁ、それはそうかもしれないけど」
人を視る目に肥えているアスタロッテのグズラン評を否定できない程度に、通り過ぎる時に向けられた侮蔑の眼差しが、気分の悪かった程度に印象的だった。
それから騎士団の詰所を出て、そのまま足を向けたのはアスタロッテの自宅である伯爵邸。
通い慣れた伯爵家へ行き、食事を同席して帰宅することになる。
陽が沈む頃に帰ることになるのだが、アスタロッテと同じ中央区にある家に帰ると、腰に手を当てて怒っていたのは父親であるジャン。
「えっ?お、お父さん?」
どうして怒っているのか、理解出来ない。
「スフィアよ、今日起きた出来事を話してみろ」
それだけ聞いて、すぐに理解出来た。
早速父の耳に入っていたのだと。
「あ……あー、えー、えーっと、流れでつい叩きのめしちゃった、かな?」
「そこまではよくやった!それは褒めている!」
「――えっ!?」
何故か褒められたのに、同時に怒られていることの理解が出来ない。
「だが、そこまでやったのならそれこそ全員を相手にして倒さないと意味がないだろうッ!」
「……えっと、お父さん?」
「なんだ?」
「確認のために聞くけど、全員って、もしかして中隊全員のことを言っているの?」
「おかしなことを聞く娘だな。それ以外に何がある?」
「…………」
怒っている理由が全くの見当違いだったのと同時に、最近まで学校にいたことで忘れていた。
「(…………そういえばこういうお父さんだった)」
一部では戦闘狂と評されている父のことを思い出した。
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