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水面下の陰謀編
第八十一話 後処理
しおりを挟む「オルフォード・ハングバルム伯爵。シグラム王国第一王女エレナ・スカーレットの名においてあなたを捕縛、連行致しますわ!」
モニカがニーナのところに向かっている間に、エレナは毅然とした様子でオルフォードの前に立つ。
「(エレナも相当疲れてるはずなのに、凄いな)」
ヨハンはレインに肩を借りながら、同様に疲労困憊なはずのエレナがそれを感じさせずに立っている姿を感心して見ていた。
炭鉱の入口で力なく両膝を着いて生気の抜け落ちたような状態で呆けていたオルフォード・ハングバルムに声を掛けると、オルフォードはゆっくりと顔を上げ、そこでエレナと目が合う。
「…………かまわん。好きにしろ」
言葉少なげに答えるオルフォードはもう抵抗の意思を示していない。
そうして小さく呟くのは自分がどうなるのかを全て悟っていた。
「なるほど、王家の力は噂に違わなかったというわけだな。過去の幾多の謀反がどれも失敗に終わるというのも納得するというものよ」
サイクロプスが倒されるその様をオルフォードはまざまざと見せつけられた。
オルフォードの目論見では、サイクロプスの圧倒的な力でこの場を突破するつもりだった。
確信を持ってサイクロプスがエレナ達を蹂躙する様を見るつもりだったのだが、あろうことかそれは失敗に終わる。
そしてそれが意味するものは、自分の人生が終わるということを同時に告げた。
「それにしても、あいつは何が目的だったんだ?」
「さぁ、あとは王国の人に詳しく聴きだしてもらわないことにはね。とにかく僕たちの役目はもうすぐ…………」
終わりになる、と口にしようとしたところで、エレナの後ろ姿を見ていたヨハンはそこで疑問に思う。
視線の先はオルフォードが持っている右手に向けられていた。
「(あの笛……あれを吹いたことでサイクロプスが姿を見せた…………あれは一体――――)」
どう見ても普通の魔道具とは一線を画すその道具。
魔物を召喚するものなど聞いたことがない。それは造詣に長けるエレナの様子から見てもわかる。
「(何者かがオルフォード伯爵に謀反の手引きをしたのか?)」
そうなるとそこがどうしても引っかかってしまった。
「それにしても、人攫いの何人かには逃げられちまったな」
「そうだね」
サイクロプスが召喚された混乱の中で全員を捕まえたわけではない。
そこに背後から馬の蹄の音が複数聞こえて来るので後ろを向くと、遠くから複数の騎馬がこちらに向かって来ていた。
「ハッ!全体、とまれっ!」
「えっ!?」
そのどこかで聞いたことのある掛け声と共に、先頭の騎馬が兜を脱ぐと綺麗な水色の髪が靡く。
女性の後ろには、十頭の馬とそれに跨る女性と同じ鎧を着ている一団がいた。
「久しぶりですね、ヨハン。それにレインも」
「「スフィアさん!?」」
レインと思わず声が重なる。
目の前に現れたのが冒険者学校を卒業して王国騎士団に入団したと聞いたスフィアなのだから。
その格好は以前の学校生活時と違い、銀色の鎧を身に纏って、肩の部分にはシグラム王国の紋章が掘られている。
「スフィア!?どうしたの、こんなところへ?」
エレナもスフィアに気付き驚いて駆けて来た。
「あらっ?せっかく助太刀に来たのにその言い方はないんじゃないのですか?」
「よく言いますわ。全部が終わったあとに悠々と来ていますのに」
「そうみたいですね。でもここの廃坑ってこんなに…………――――」
スフィアは周囲を見渡し、サイクロプスが暴れ尽くしてあちこち倒壊した現場の状況を見て唖然とする。
「一体何があったらこんなことになるんですか?」
「詳しい事は道すがら話しますので、とにかく残っている者を捕縛して連れて帰りますわよ」
「わかりました。聞こえましたねあなたたち」
「…………」
スフィアが背後にいる騎士達に声を掛けるのだが、騎士達は呆然と周囲を見渡しながらその様子をただただ眺めている。
「あ・な・た・たち!? 聞こえてますか!?」
「――えっ!? は、はい! 聞こえてあります!」
大きな声で全体に向けて発して騎士達はハッとなってようやく動き始めた。
「まったくもう!」
スフィアは呆れ交じりに騎士達の動きを見るのだが、騎士達は廃坑の様子が聞いていたよりも遥かに損壊していることに驚きを隠せないでいた。
そうして戸惑いながらも生き残った人攫い達を縄で縛っていき繋いでいく。
「ちょっと失礼します」
スフィアは馬から降りてオルフォードに近付く。
「まさかオルフォード伯爵が関与していたなんてね。覚悟は出来ているのですよね?」
「フッ、王家の犬が。どこへなりとも連れていくがいい」
スフィアはオルフォードの顔を確認してエレナを見ると、エレナも小さく首肯してヨハンを見た。
「さて、ではこれでわたくし達の役目は終わったようですわ」
いくらか表情を和らげて話し掛けてくるエレナはスフィアが来たことでいくらか肩の荷が下りたみたいに見え、ヨハンも微笑み返す。
「みたいだね。じゃあモニカとニーナと合流して帰ろうか」
「はい」
エレナは満面の笑みで答えた。
あとの細かい処理はスフィアが連れてきた王国騎士団に任せることにする。
帰りにスフィアに聞いたところ、元々そのつもりで駆け付けて来たらしいのだと。
事情を話していたついでに聞いた話なのだが、スフィアが率いているのは王国騎士団に入団したあと、少しの期間を置いて小隊を任される小隊長に就いているのだという。
後ろに付いて来ていたのはスフィアを小隊長とすることを認めたその騎士団員なのだと。
「――お兄ちゃーん!」
モニカとニーナが待っているところに行くと、ニーナに勢いよく抱き付かれたのだが勢いの良さと疲労から上手く受け止められなかった。
その表情は喜びに満ちている。
「さっきの戦い!凄かったよ!あたしもうすっごい興奮した!」
「ありがとう。でももうヘトヘトだよ」
ニーナに笑顔を向けるのだが、その表情はくたびれてしまっていた。
「それにエレナさんも凄かったです!」
「ありがと」
「もちろんお姉ちゃんもレインさんも! レインさん、思っていた以上にカッコよかったですよ」
「一言余計だっつの」
にひっと笑いながらレインに声を掛けるニーナ。
「でもニーナ、よくここから見えてたね」
「あたし耳も鼻もいいんだけど、目は特にいいんだよね」
「へぇ、そうなんだ」
両目の前に指で輪っかを作り覗き込むニーナを見て感心した。
攫われた子ども達の安全の為にかなり遠く離れていたはずなのにヨハン達の動きを目で追えていたのだということに。
「まぁとにかくさっさと帰ろうぜ」
「そうよ、まだ色々と片付けないこともあるでしょ?この子達のこととか」
ニーナとモニカによって子ども達は意識を取り戻しているのだが、わけもわからない場所に連れられ、子ども達はどう見ても不安気な様子を見せている。
「そうだね、じゃあ帰ろうか」
「おう」
「ええ」
「うん」
「はいっ!」
帰りはスフィアが騎士団員に馬車を取りに行かせて、子ども達と馬車に乗って帰ることになった。
そうしてスフィアと合流して王都への帰還を果たす。
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