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エルフの里編
第四十七話 別れと帰路
しおりを挟むエルフの里を出ると、少しばかりの光に覆われる。
光が収まったあと、目の前の視界は最初に入って来た森と変わらず鬱蒼とした様子を醸し出していた。
後ろを振り返ると、先程まであったエルフの里の街道や木造建ての建物がなくなっており、周囲と変わらず同じ様な森が広がっている。
「次はいつ来れるかなぁ」
「そんなに珍しい何かがあるわけでもないですけどね。それよりも、私は王都に行ってみたいなぁ」
ナナシーは人間の世界といっても小さな村に滞在しているのみ。
遠くを見つめるように王都への憧れを口にしていた。
繋いでいた馬車に乗り込み来た道を戻っていく。
目的地はフルエ村。
村まで来ると、ナナシーが馬車から飛び降りヨハン達に向かって笑顔を向けた。
「みんなありがとう!本当に少しの間だったけど楽しかった。それに、久しぶりに里に帰ることもできたのも良かったし。私一人で帰るとこんなに素直に里を出させてもらえるかなんてわからなかったし」
ナナシーは笑いながら言う。
少しの寂しさを滲ませて感じさせるのだが、それがどういう感情なのかわからない。
「いつ来られることになるかわからないけど、きっと必ずまたナナシーに会いにこの村に来るわ!」
「ええ、エルフの方にはスフィアの治療をして頂いたお礼もありますしね。必ず来ますわ」
「ナナシーさん、私も今回受けた恩は必ず返します」
「いえ、スフィアさんも無事で良かったです。スフィアさんは強いみたいですので次に会う時に手合わせをお願いしますね」
「ええ、喜んで」
女性陣がそれぞれ思い思いにナナシーと別れの言葉を交わした。
一通り別れの言葉を述べた後、ナナシーはヨハンとレインに向き直る。
「ヨハン、あなたが友達になってくれるって言ってくれた時、本当に嬉しかったわ。ありがとう」
「そんな、別にお礼を言われることじゃないよ。だって友達になるのにお礼が必要だなんて変じゃない?だから、また会った時も遠慮なんていらないからね」
「そっか……うん、ありが――違った。ふふっ、なんか変な感じね。じゃあまたね」
「うんまたね」
目尻に涙を浮かべナナシーは笑った。そして意地悪い笑いに表情は移る。
「ヨハン。次は本気の仕合をしようね!」
「いやぁ、それはどうだろう……友達としてそういうのはありなのかな?まぁでも、僕もナナシーの本気を見てみたい気はするか、な?」
「って、そんなことばっか言ってハメ外し過ぎた結果、里にばれて連れ戻されるようなことにならねぇといいがな」
「いーっだ、レインと違ってそんなへましませんよーっだ!レインはもっと強くならないと他の皆に置いてかれるぞよ?」
「なっ!?誰がだ!それに、次に会った時は俺ももっと強くなって……るかもしれねぇだろ」
「そうだといいね!期待して待ってるよ!」
「お、おう!じょ、上等だよ!楽しみに待ってな!」
レインはナナシーに向けられる笑顔に思わず顔を逸らしてしまった。
「(な、何だこれ?――か、可愛いじゃねぇか……)」
顔を赤らめ、ナナシーの顔がまともに見れない。
チラッと視線を向けるとナナシーは既に他を向いていた。
「――――じゃあみんなまたねー!」
フルエ村を出発した馬車に対してナナシーが大きく手を振り叫ぶ。
またここを訪れた時には今と変わらない関係のまま再会できることをお互いに信じて。
別れの感傷も多少はあるが、王都に戻るまでの間に今回の出来事を整理する。
「えっと、まず依頼内容の世界樹の輝きが落ちているのじゃないのかってことは間違いなかったね」
「そうね、あれでも十分綺麗だったけどね」
「だよなー」
あれで輝きが落ちているのだというのだから、本来の輝きはどれほど凄いのか。
「あとは一応フルエ村の件とナナシーのこと。それとエルフの里長から聞いた昔話。ただ、直接関係はないけど、あのジャイアントベアとシトラスのことはどうしよう?」
そこまでヨハンが言うと、エレナとスフィアが同時にピクリと反応する。
反応した理由はそれぞれ別なのだが。
スフィアは自身の油断があったこともあり、瀕死の重傷を負ったことに責任を感じてしまっていた。
本来旅慣れないキズナを引っ張っていく立場と責任があったにも関わらず、意図的ではないにしてもそれを途中で放棄せざるを得ないことになってしまったのだから。
僅かばかり唇を噛み締める。
「ええ、そうですね。関係ない話でも旅の中で起きた出来事は詳細に説明するべきです。ですのでジャイアントベアに関しても報告の必要があります。それに、そのシトラスという者も、もしかすれば今後王国に害成す存在かもしれませんしね」
だからといって、それを内々に隠してしまい、報告しないわけにはいかない。
「そのことですが、少しばかり思うところがありますの」
「思うところって?」
「詳しくは王都に帰ってから話すことにはなりますが、そのシトラスと名乗った男ですけれども、もしかしたらわたくし、知っているかもしれません」
「「「えっ!?」」」
知っているとはどういうことだろうか。
あの時点で知り合いといった様子はエレナの方にもシトラスの方にもなかった。
「いえ、厳密には直接知っているわけではありませんわ。スフィアのことがあってあまり考える時間がありませんでしたが、エルフの里ぐらいから少し考えていたのです。実はそのシトラスという名前に聞き覚えがありまして」
「そういえばエレナ、あいつが名乗った時なんかおかしかったものね」
「あの時ははっきりと思い出せませんでしたが、そのシトラスという名前がかつて王国にいた魔法研究者と同じ名前なのですわ」
「同じ名前?それだけ?」
「ええ。ですがそのシトラスという男は異常な男だったようだと記憶していますわ。わたくしの記憶では――――」
エレナが語るその『シトラス』という王国の魔法研究者は、今よりも数世代前の人物で優れた研究者だったらしい。
ただ、その性格が破綻していた。
元々はそんな性格破綻者ではなかったみたいだったが、いつからか、人が変わったように研究に没頭するようになっていった。
それだけだと良かったのだが、研究に没頭した末に遂には人体実験にまで手を染めてしまったが故に当時の国王によって処刑されたと記載されていた。
「それ、かなり昔の話だよな?あいつと関係ないんじゃねぇの?」
御者台から手綱を引いていたレインが別人じゃないかと言うが、エレナの顔色は思わしくない。
「ええ、偶然同じ名前なだけなのかもしれませんわ。ですので、あまり推測で話していいことかわからないので詳しい話は帰ってからさせてもらいますわ。お父様……ではありませんでした。王に、報告してからということで」
考え込む表情をするエレナ。
「ただ、全く無関係とも思えないので…………」
小さく呟いた。
そうして一通りの話を終える。
数日後、久しぶりだと感じる程の密度を伴った旅を終えてシグラム王都に帰って来た。
「――――おい!本当にこんなところに姐さんいるんかよ!?」
アトムは標高の高い岩肌が剥き出しの山をよじ登りながら文句を言っていた。
「それはわからぬ。だが、眼下の町の者がこの山の頂上付近で変な天候変化が見られると言っていたではないか。情報とも一致する」
「あー、あの人ならあり得ますものねー」
ガルドフとエリザも同じように山をよじ登っている。
並の冒険者ならとっくに滑落してもおかしくない高さを登っている三人だが、その表情には言葉とは裏腹に余裕が窺えた。
「くっそ、ほんとあの変わり者はなんだってこんな所に住んでやがるんだ!」
「それはあの者が変わり者であるが故であろうな」
「まああの人ですからねー」
アトム達が言う変わり者『シルビア』とは。
大陸最強パーティーと云われたスフィンクスが何故またこうして集おうとしているのか。
ヨハン達の知らないところではもう一つの動きがある。
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