33 / 724
入学編
第三十二話 閑話 モニカの幼少期
しおりを挟む
「冒険者学校に入ってもうこんなに経ったのね。お父さんもお母さんも元気にしているかな?今度の休暇にでも一度帰るつもりだったけど、どうしてかエルフの里に行くことになってしまっちゃったしなぁ…………。まぁその次の長期休暇には帰れたらいいか」
モニカは学生寮の自室のベッドに横になりながら故郷のことを思い出していた。
――――王都から遥か遠くの街で私は育った。
初めて実戦的な戦闘を目にしたのは8歳の頃、母と仕事で街の居酒屋に行った時のこと。
「――お母さん、今日はどこに行くの?」
「あぁ、モニカ。うーん、そうねぇ、今日はレイモンドさんのところに商品を卸した後、その次にペドロさんのお店に卸しに行くぐらいかな?それがどうかしたの?」
幼い頃の私は毎日母の仕事に付いて回っていた。
私は母のことが大好きでたまらなかった。優しくて可愛くてどこか芯が強くて男の人にも言い負けない気の強さも尊敬していた。
母の髪の色は黒いのに私は金だったことにちょっとだけがっかりもした。でもそれを言うとお父さんが泣いたことがあったのであれ以来口に出来なかった。
そんな母の予定を毎朝確認していた。母の手が空く時間を知りたかった。
「モニカ?女に秘密は付きものよ」
母の口癖。
笑顔でそう話す母は神秘的な何かを感じさせた。
詳しい年齢を教えてくれなかったけど、私の年齢を考えてもかなり若く見えた。最近では並んで歩いているとパッと見は姉妹にさえ見られることもあった。
私が育った家は、父が商品の買い付けを行い、母が街のお店に卸しにいっていた。
街の輸入品のほとんどを担っていたのでそれなりに裕福な家庭だったのだと思う。レインの家も商家らしいけど、レインの王都で商人をしているレインに比べたらきっと大したことはないんだろうけど。
「……でも、あれがなかったらきっと私はここにいなかったんだろうなぁ」
そうして王都に来るきっかけになった出来事を思い出す。
「――そっか、じゃあ夕方には一緒に買物にいけるね!今日の晩ご飯は私が作りたい!」
「もう、モニカったらぁ。この間もそんなこといいながら結局お母さんが作ったじゃない?」
「だってぇ、料理って難しいんだもん」
「それじゃあいいお嫁さんになれないわよ?」
「うぅっ。で、でも大丈夫!今日はきっと大丈夫だから!」
不貞腐れながらも幼いモニカは母に決意表明をする。
「もうこの子ったら。いいわ、いっぱい失敗しなさい」
母がくすりと笑った。
お昼を過ぎた頃、レイモンド邸に商品を卸したあとにペドロの居酒屋に向かった。
「……ねぇ、お母さん?」
「なぁに?」
「……ペドロさんのお店って大人の人がお酒を飲みにいくところよね?」
「そうよ?それがどうかした?」
「ううん、時々怖い人達がいるからあんまり行きたくないなぁって」
「あぁ、あの人達のことね。あの人達は冒険者よ。あの人達がいるから私たちは安心して生活ができるのよ。それに、お父さんの仕入れも冒険者の護衛がなかったら安全にできないのよ」
「そうなんだぁ。じゃあ良い人達なんだね!」
母の話を聞いて、心配はいらないのだとモニカの表情がパッと明るくなる。
「いや、まぁ中にはちょっと問題のある人もいることにはいるのだけれどね…………」
少し俯きながら母が呟いた。
「えっ?なに?」
「ううん、なんでもないわ。さ、早くしないと料理をする時間がなくなるわよ」
「うん!」
街には小さな冒険者ギルドがあり、荷物の搬送には護衛を依頼することもあるのだが、父の仕事には専属の冒険者が荷物の護衛を行っていたので大きな問題は起きなかった。
街に出入りする冒険者も小さな街だ。それほど傍若無人な冒険者もいない。基本的には街の人と良好な関係も保てていた。幼いモニカには母の話のほとんどがちんぷんかんぷんだったのだが、母が安心するように声を掛けてくれたので不安は払拭される。
「こんにちはー、ペドロさん今日の商品持ってきたわよ」
いつも通りに店の中に入ろうとしたところでガチャンと金属音が鳴った。
「なんっじゃ、このくそまずい飯に酒は!?どうなってやがんだこの街は!」
突然の怒鳴り声にモニカがびくっと体を震わせる。
「すすすすいません、お客様!」
店内をそうっと覗きこむと椅子に踏ん反り返って顔を赤らげた大柄の男が店の男の胸ぐらを掴んでいた。
「あぁあぁせっかく長旅の疲れを取ろうとこの街に来たのにろくな飯がでねぇ。酒もまずい。こんなんじゃあ疲れなんて全く取れねぇなぁ。おい、もちろんただになんだろな?」
「そんな、お客様。それはちょっと――――」
「んだっ!?文句あんのか!?おめぇ誰のおかげで毎日平和に暮らせていると思ってんだ!?なぁおい?」
大柄の男は周囲を見渡す。
周囲に座っている一部の男たちがゲラゲラ笑っていた。他の何人かはただただ静かにテーブルを見ている。
「そ、それは、お客様達冒険者の皆様が日々体を張って仕事をして頂いて――――」
「そうだろう!?その通りだ!それをてめぇはこんな不味い飯で金を取ろうとすんのか!?」
店の男に畳みかけるように言葉を掛けた。
「で、ですが料理の味はそれほど…………」
「うるせぇ!ぶっとばすぞ」
「ひぃ!」
「――やめなさいっ!」
大柄の男が拳を振り上げた瞬間、店の入り口で固まっていたモニカの目の前で母は大声で制止をする。
モニカは再度体をびくっとさせた。母の怒鳴り声など初めて聞いたのだから。
「んだ?」
「ヘ、ヘレンさん!?」
「いい加減にしなさい!あなた達冒険者が日々危険を冒して仕事をしてくれるおかげで私たちが安心して暮らせるって言いたいのはわかったわ。けど、今あなたが行っている行為はただ力で言い聞かせようとしているだけで、私たちの生活を脅かす行為にしかならないわ!」
語気を強めて母ヘレンが大柄の男に訴える。
「それに、普通にしていればこちらも精一杯のおもてなしをして労います。その方が気持ち良くお酒を飲めるのではありませんか?」
少し口調を和らげたヘレンは言葉を続ける。
それまで黙っていた周りの一般客も「そうだそうだ!」とヘレンに合わせて声をあげた。
「……うぐぐっ」
至極真っ当な意見をぶつけられ大柄の男が反論出来ずにいる。
「そうですか。では労っていただくとしましょうか。ふむ、そっちのお嬢さんは妹さんですかね?」
大柄の男が反論できずにいると近くにいた細身の男が話し掛けてきた。
「この子は私の娘よ」
「ふむ、娘さんとな?とても子どものいる人にはみえないですねぇ。まぁいいでしょう。ではお約束通り労っていただきましょうかね」
「ええ、労いますわ。よければ今から厨房を借りて私の自慢の料理を作りましょうか?」
「いえいえ、そういうのはいいのです。そういうことではなくてですねぇ…………いや、とても良いお身体をしていますので、この後私たちをお楽しみさせていただければそれで十分です」
下卑た表情をしながら男が舐めまわす様にヘレンの身体を凝視する。
「……それは私を辱めるということですか」
「いえ、精一杯のおもてなしと伺ったものですのでね」
「お断わりします!」
「そうですか。では、そちらのお嬢さんに代わって頂いて――――」
男の手がモニカに対して伸びてくる。
スパンッと鋭い風切り音が響いたかと思えば男はドサッとその場に横倒れになった。
「モニカに手を出すのは絶対に許さないわ!」
ヘレンが男の側頭部に蹴りを入れていたのである。蹴られた男は一瞬で泡を吹いて意識を失っていた。
「てめぇ、なにしやがんだ!?――うげっ」
大柄の男は一瞬呆気に取られたのだが、すぐに拳を振り上げ、ヘレンに殴りかかろうとする。
ヘレンは素早く身を屈め、拳を躱すと同時に足払いをした。
大柄の男が前のめりに倒れる。
「ふんっ、私はまだしもモニカに手をだそうとするからこうなるのよ」
腕を組んで大柄の男を見下ろした。
見たことのない強さで相対する母の様子をぼーっと見ていると、母の後ろで剣を抜いた持った男が母に向かって走る。
「――お母さん危ないっ!」
慌てて咄嗟に近くのテーブルにあったフォークを手に持ち投げつける。
無我夢中だったのだが、フォークは剣を持って走った男の手に当った。
「ぐぎゃぁぁぁぁ!いてぇいてぇ!いてぇよぉ!――ぐふぅ!」
フォークが手の甲に刺さり剣をポロっと床に落とす。フォークは刺さったままで手から血が滴り落ちていた。
ヘレンはモニカの声に反応し、すぐさま後ろを振り向き回し蹴りをする態勢に入って男を蹴り飛ばした。
そして驚愕する。自分の蹴りよりも早くモニカのフォークが投げられ、それどころか見事なまでに当てていたことに驚いた。
それも寸分違わず剣を持った手に当てていたのだから。
しかし、咄嗟のこととはいえ、自身の手で初めて人に危害を加えた恐怖でモニカはすぐに恐怖にぶるぶると震えだす。
「はい、まだ続けるようなら本気でボコボコにします。あらっ?それが元々のお望みだったのよね?違ったっけ?」
途端に店内から笑い声が起こった。
その様子を見た母は手をパンパンと叩く。
「わかった!わかったから勘弁してくれ!飯代も払う!こ、これでいいか!?」
大柄の男が慌てて硬貨を取り出し、チャリンと机の上に投げ乗せた。
男達の他の仲間達は、意識のない男を担ぎ出すと逃げるように居酒屋を後にする。
母はその後を追った。
「あっ、言い忘れてたけど、あなた達!報復なんて考えないことね!先に忠告しとくわよ!」
母が大きく手を振りながら男たちに注意を促す。
返事はないのだが、あの様子だと大丈夫だと確信が持てた。
店内に戻ったヘレンは無言で震えていたモニカを抱きしめる。
「……ごめんね、怖い思いさせてしまって」
母に抱きしめられたモニカは次第に震えが止まり、冷静になる。
「ち、違うの、怖かったのはあの人たちじゃないの…………」
ヘレンは驚き目を丸くさせモニカを見る。
「――あっ、ごめんなさい、お母さん――――」
「お母さんが怪我をするかもしれないって思ったら怖くなったの…………」
お母さんが怖かったよね、と問おうとしたところ、予想もしていない返事が返って来た。
「モニカは優しいね」
「ううん、あの人に怪我をさせちゃった……」
「モニカは何も悪くないわ。悪いのはあの人たちとお母さんよ?」
「ううん、お母さんは全然悪くない!お母さんすっごい強かった!」
ヘレンは再び驚く。
「ふ、ふふっ、そうね、お母さん強いのよ?あんな人達には負けないんだから。知らなかった?」
目尻に涙を浮かべながらヘレンは笑った。
「ねぇお母さん、私も強くなりたい!もっとみんなを守れるぐらいに!」
「そうねぇ、モニカは強くなれると思うわ。なんたってお母さんの子なのだから。でも、これだけは覚えておいて」
ヘレンはモニカの顔をしっかりと見る。
数秒、ジッと目が合い、母の顔を逸らすことなく見つめた。母の真剣な眼差しを逸らすことなどできない。
「あのね、強さは力で相手を屈服させるものじゃないのよ?」
「……うん」
「だけどね、時にはそれが必要になることもあるの。状況を見て力を使う場面を選ばないといけませんよ?」
「うん!」
「あとね…………」
少しばかりの逡巡が窺える。
「な、なに?」
「料理みたいに途中で投げ出したらダメよ!?」
「もう!お母さんったら!」
「「ふふっ」」
二人で見つめ合って笑った。
後で聞いた話しなのだが、母は街のああいう手合いに対して何度かこういうことがあっていつも最終的には打ちのめしていたらしい。
なるべくなら争い事がなく話し合いで穏便に済まそうとはするのだが、冒険者の中には勘違いして力でなんでも思い通りにいかそうとする人もいるらしい。
そのため、止むに止まれずそういった者には母がその場を収めていたのだと。
本当は冒険者学校には入らず、母に習っているだけでも良かったのだった。
だが、母より「モニカ?世の中は広いわ。私だけでは教えられることにも限界があるのよ。それに、広い世界を知る事でこれからモニカの選択肢が一杯広がる方がお母さん嬉しいわ」
と。
そんなことを言われてしまっては仕方ない。我儘を言って残りたかった気持ちはあるのだが、我慢して冒険者学校へ行くことにした。
そうしてモニカの入学が決まったのだった。
少しだけ気になることといえば、母の強さの根源が何かまでは教えてもらえなかったこと。
しかし、幼いモニカにとっては些末なこと。母が憧れの象徴には変わらない。特に疑問に思うことはなかった。
こうして冒険者学校へ入学するために王都へ向かった馬車が途中で立ち寄った村でヨハンと出会うことになる。
ちなみに、父は特に強くはないとことは母から聞かせられていたのであった。
モニカは学生寮の自室のベッドに横になりながら故郷のことを思い出していた。
――――王都から遥か遠くの街で私は育った。
初めて実戦的な戦闘を目にしたのは8歳の頃、母と仕事で街の居酒屋に行った時のこと。
「――お母さん、今日はどこに行くの?」
「あぁ、モニカ。うーん、そうねぇ、今日はレイモンドさんのところに商品を卸した後、その次にペドロさんのお店に卸しに行くぐらいかな?それがどうかしたの?」
幼い頃の私は毎日母の仕事に付いて回っていた。
私は母のことが大好きでたまらなかった。優しくて可愛くてどこか芯が強くて男の人にも言い負けない気の強さも尊敬していた。
母の髪の色は黒いのに私は金だったことにちょっとだけがっかりもした。でもそれを言うとお父さんが泣いたことがあったのであれ以来口に出来なかった。
そんな母の予定を毎朝確認していた。母の手が空く時間を知りたかった。
「モニカ?女に秘密は付きものよ」
母の口癖。
笑顔でそう話す母は神秘的な何かを感じさせた。
詳しい年齢を教えてくれなかったけど、私の年齢を考えてもかなり若く見えた。最近では並んで歩いているとパッと見は姉妹にさえ見られることもあった。
私が育った家は、父が商品の買い付けを行い、母が街のお店に卸しにいっていた。
街の輸入品のほとんどを担っていたのでそれなりに裕福な家庭だったのだと思う。レインの家も商家らしいけど、レインの王都で商人をしているレインに比べたらきっと大したことはないんだろうけど。
「……でも、あれがなかったらきっと私はここにいなかったんだろうなぁ」
そうして王都に来るきっかけになった出来事を思い出す。
「――そっか、じゃあ夕方には一緒に買物にいけるね!今日の晩ご飯は私が作りたい!」
「もう、モニカったらぁ。この間もそんなこといいながら結局お母さんが作ったじゃない?」
「だってぇ、料理って難しいんだもん」
「それじゃあいいお嫁さんになれないわよ?」
「うぅっ。で、でも大丈夫!今日はきっと大丈夫だから!」
不貞腐れながらも幼いモニカは母に決意表明をする。
「もうこの子ったら。いいわ、いっぱい失敗しなさい」
母がくすりと笑った。
お昼を過ぎた頃、レイモンド邸に商品を卸したあとにペドロの居酒屋に向かった。
「……ねぇ、お母さん?」
「なぁに?」
「……ペドロさんのお店って大人の人がお酒を飲みにいくところよね?」
「そうよ?それがどうかした?」
「ううん、時々怖い人達がいるからあんまり行きたくないなぁって」
「あぁ、あの人達のことね。あの人達は冒険者よ。あの人達がいるから私たちは安心して生活ができるのよ。それに、お父さんの仕入れも冒険者の護衛がなかったら安全にできないのよ」
「そうなんだぁ。じゃあ良い人達なんだね!」
母の話を聞いて、心配はいらないのだとモニカの表情がパッと明るくなる。
「いや、まぁ中にはちょっと問題のある人もいることにはいるのだけれどね…………」
少し俯きながら母が呟いた。
「えっ?なに?」
「ううん、なんでもないわ。さ、早くしないと料理をする時間がなくなるわよ」
「うん!」
街には小さな冒険者ギルドがあり、荷物の搬送には護衛を依頼することもあるのだが、父の仕事には専属の冒険者が荷物の護衛を行っていたので大きな問題は起きなかった。
街に出入りする冒険者も小さな街だ。それほど傍若無人な冒険者もいない。基本的には街の人と良好な関係も保てていた。幼いモニカには母の話のほとんどがちんぷんかんぷんだったのだが、母が安心するように声を掛けてくれたので不安は払拭される。
「こんにちはー、ペドロさん今日の商品持ってきたわよ」
いつも通りに店の中に入ろうとしたところでガチャンと金属音が鳴った。
「なんっじゃ、このくそまずい飯に酒は!?どうなってやがんだこの街は!」
突然の怒鳴り声にモニカがびくっと体を震わせる。
「すすすすいません、お客様!」
店内をそうっと覗きこむと椅子に踏ん反り返って顔を赤らげた大柄の男が店の男の胸ぐらを掴んでいた。
「あぁあぁせっかく長旅の疲れを取ろうとこの街に来たのにろくな飯がでねぇ。酒もまずい。こんなんじゃあ疲れなんて全く取れねぇなぁ。おい、もちろんただになんだろな?」
「そんな、お客様。それはちょっと――――」
「んだっ!?文句あんのか!?おめぇ誰のおかげで毎日平和に暮らせていると思ってんだ!?なぁおい?」
大柄の男は周囲を見渡す。
周囲に座っている一部の男たちがゲラゲラ笑っていた。他の何人かはただただ静かにテーブルを見ている。
「そ、それは、お客様達冒険者の皆様が日々体を張って仕事をして頂いて――――」
「そうだろう!?その通りだ!それをてめぇはこんな不味い飯で金を取ろうとすんのか!?」
店の男に畳みかけるように言葉を掛けた。
「で、ですが料理の味はそれほど…………」
「うるせぇ!ぶっとばすぞ」
「ひぃ!」
「――やめなさいっ!」
大柄の男が拳を振り上げた瞬間、店の入り口で固まっていたモニカの目の前で母は大声で制止をする。
モニカは再度体をびくっとさせた。母の怒鳴り声など初めて聞いたのだから。
「んだ?」
「ヘ、ヘレンさん!?」
「いい加減にしなさい!あなた達冒険者が日々危険を冒して仕事をしてくれるおかげで私たちが安心して暮らせるって言いたいのはわかったわ。けど、今あなたが行っている行為はただ力で言い聞かせようとしているだけで、私たちの生活を脅かす行為にしかならないわ!」
語気を強めて母ヘレンが大柄の男に訴える。
「それに、普通にしていればこちらも精一杯のおもてなしをして労います。その方が気持ち良くお酒を飲めるのではありませんか?」
少し口調を和らげたヘレンは言葉を続ける。
それまで黙っていた周りの一般客も「そうだそうだ!」とヘレンに合わせて声をあげた。
「……うぐぐっ」
至極真っ当な意見をぶつけられ大柄の男が反論出来ずにいる。
「そうですか。では労っていただくとしましょうか。ふむ、そっちのお嬢さんは妹さんですかね?」
大柄の男が反論できずにいると近くにいた細身の男が話し掛けてきた。
「この子は私の娘よ」
「ふむ、娘さんとな?とても子どものいる人にはみえないですねぇ。まぁいいでしょう。ではお約束通り労っていただきましょうかね」
「ええ、労いますわ。よければ今から厨房を借りて私の自慢の料理を作りましょうか?」
「いえいえ、そういうのはいいのです。そういうことではなくてですねぇ…………いや、とても良いお身体をしていますので、この後私たちをお楽しみさせていただければそれで十分です」
下卑た表情をしながら男が舐めまわす様にヘレンの身体を凝視する。
「……それは私を辱めるということですか」
「いえ、精一杯のおもてなしと伺ったものですのでね」
「お断わりします!」
「そうですか。では、そちらのお嬢さんに代わって頂いて――――」
男の手がモニカに対して伸びてくる。
スパンッと鋭い風切り音が響いたかと思えば男はドサッとその場に横倒れになった。
「モニカに手を出すのは絶対に許さないわ!」
ヘレンが男の側頭部に蹴りを入れていたのである。蹴られた男は一瞬で泡を吹いて意識を失っていた。
「てめぇ、なにしやがんだ!?――うげっ」
大柄の男は一瞬呆気に取られたのだが、すぐに拳を振り上げ、ヘレンに殴りかかろうとする。
ヘレンは素早く身を屈め、拳を躱すと同時に足払いをした。
大柄の男が前のめりに倒れる。
「ふんっ、私はまだしもモニカに手をだそうとするからこうなるのよ」
腕を組んで大柄の男を見下ろした。
見たことのない強さで相対する母の様子をぼーっと見ていると、母の後ろで剣を抜いた持った男が母に向かって走る。
「――お母さん危ないっ!」
慌てて咄嗟に近くのテーブルにあったフォークを手に持ち投げつける。
無我夢中だったのだが、フォークは剣を持って走った男の手に当った。
「ぐぎゃぁぁぁぁ!いてぇいてぇ!いてぇよぉ!――ぐふぅ!」
フォークが手の甲に刺さり剣をポロっと床に落とす。フォークは刺さったままで手から血が滴り落ちていた。
ヘレンはモニカの声に反応し、すぐさま後ろを振り向き回し蹴りをする態勢に入って男を蹴り飛ばした。
そして驚愕する。自分の蹴りよりも早くモニカのフォークが投げられ、それどころか見事なまでに当てていたことに驚いた。
それも寸分違わず剣を持った手に当てていたのだから。
しかし、咄嗟のこととはいえ、自身の手で初めて人に危害を加えた恐怖でモニカはすぐに恐怖にぶるぶると震えだす。
「はい、まだ続けるようなら本気でボコボコにします。あらっ?それが元々のお望みだったのよね?違ったっけ?」
途端に店内から笑い声が起こった。
その様子を見た母は手をパンパンと叩く。
「わかった!わかったから勘弁してくれ!飯代も払う!こ、これでいいか!?」
大柄の男が慌てて硬貨を取り出し、チャリンと机の上に投げ乗せた。
男達の他の仲間達は、意識のない男を担ぎ出すと逃げるように居酒屋を後にする。
母はその後を追った。
「あっ、言い忘れてたけど、あなた達!報復なんて考えないことね!先に忠告しとくわよ!」
母が大きく手を振りながら男たちに注意を促す。
返事はないのだが、あの様子だと大丈夫だと確信が持てた。
店内に戻ったヘレンは無言で震えていたモニカを抱きしめる。
「……ごめんね、怖い思いさせてしまって」
母に抱きしめられたモニカは次第に震えが止まり、冷静になる。
「ち、違うの、怖かったのはあの人たちじゃないの…………」
ヘレンは驚き目を丸くさせモニカを見る。
「――あっ、ごめんなさい、お母さん――――」
「お母さんが怪我をするかもしれないって思ったら怖くなったの…………」
お母さんが怖かったよね、と問おうとしたところ、予想もしていない返事が返って来た。
「モニカは優しいね」
「ううん、あの人に怪我をさせちゃった……」
「モニカは何も悪くないわ。悪いのはあの人たちとお母さんよ?」
「ううん、お母さんは全然悪くない!お母さんすっごい強かった!」
ヘレンは再び驚く。
「ふ、ふふっ、そうね、お母さん強いのよ?あんな人達には負けないんだから。知らなかった?」
目尻に涙を浮かべながらヘレンは笑った。
「ねぇお母さん、私も強くなりたい!もっとみんなを守れるぐらいに!」
「そうねぇ、モニカは強くなれると思うわ。なんたってお母さんの子なのだから。でも、これだけは覚えておいて」
ヘレンはモニカの顔をしっかりと見る。
数秒、ジッと目が合い、母の顔を逸らすことなく見つめた。母の真剣な眼差しを逸らすことなどできない。
「あのね、強さは力で相手を屈服させるものじゃないのよ?」
「……うん」
「だけどね、時にはそれが必要になることもあるの。状況を見て力を使う場面を選ばないといけませんよ?」
「うん!」
「あとね…………」
少しばかりの逡巡が窺える。
「な、なに?」
「料理みたいに途中で投げ出したらダメよ!?」
「もう!お母さんったら!」
「「ふふっ」」
二人で見つめ合って笑った。
後で聞いた話しなのだが、母は街のああいう手合いに対して何度かこういうことがあっていつも最終的には打ちのめしていたらしい。
なるべくなら争い事がなく話し合いで穏便に済まそうとはするのだが、冒険者の中には勘違いして力でなんでも思い通りにいかそうとする人もいるらしい。
そのため、止むに止まれずそういった者には母がその場を収めていたのだと。
本当は冒険者学校には入らず、母に習っているだけでも良かったのだった。
だが、母より「モニカ?世の中は広いわ。私だけでは教えられることにも限界があるのよ。それに、広い世界を知る事でこれからモニカの選択肢が一杯広がる方がお母さん嬉しいわ」
と。
そんなことを言われてしまっては仕方ない。我儘を言って残りたかった気持ちはあるのだが、我慢して冒険者学校へ行くことにした。
そうしてモニカの入学が決まったのだった。
少しだけ気になることといえば、母の強さの根源が何かまでは教えてもらえなかったこと。
しかし、幼いモニカにとっては些末なこと。母が憧れの象徴には変わらない。特に疑問に思うことはなかった。
こうして冒険者学校へ入学するために王都へ向かった馬車が途中で立ち寄った村でヨハンと出会うことになる。
ちなみに、父は特に強くはないとことは母から聞かせられていたのであった。
10
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
【完結】異世界転移特典で創造作製のスキルを手に入れた俺は、好き勝手に生きてやる‼~魔王討伐?そんな物は先に来た転移者達に任せれば良いだろ!~
アノマロカリス
ファンタジー
俺が15歳の頃…両親は借金を膨らませるだけ膨らませてから、両親と妹2人逃亡して未だに発見されていない。
金を借りていたのは親なのだから俺には全く関係ない…と思っていたら、保証人の欄に俺の名前が書かれていた。
俺はそれ以降、高校を辞めてバイトの毎日で…休む暇が全く無かった。
そして毎日催促をしに来る取り立て屋。
支払っても支払っても、減っている気が全くしない借金。
そして両親から手紙が来たので内容を確認すると?
「お前に借金の返済を期待していたが、このままでは埒が明かないので俺達はお前を売る事にした。 お前の体の臓器を売れば借金は帳消しになるんだよ。 俺達が逃亡生活を脱する為に犠牲になってくれ‼」
ここまでやるか…あのクソ両親共‼
…という事は次に取り立て屋が家に来たら、俺は問答無用で連れて行かれる‼
俺の住んでいるアパートには、隣人はいない。
隣人は毎日俺の家に来る取り立て屋の所為で引っ越してしまった為に、このアパートには俺しかいない。
なので取り立て屋の奴等も強引な手段を取って来る筈だ。
この場所にいたら俺は奴等に捕まって…なんて冗談じゃない‼
俺はアパートから逃げ出した!
だが…すぐに追って見付かって俺は追い回される羽目になる。
捕まったら死ぬ…が、どうせ死ぬのなら捕まらずに死ぬ方法を選ぶ‼
俺は橋の上に来た。
橋の下には高速道路があって、俺は金網をよじ登ってから向かって来る大型ダンプを捕らえて、タイミングを見てダイブした!
両親の所為で碌な人生を歩んで来なかった俺は、これでようやく解放される!
そして借金返済の目処が付かなくなった両親達は再び追われる事になるだろう。
ざまぁみやがれ‼
…そう思ったのだが、気が付けば俺は白い空間の中にいた。
そこで神と名乗る者に出会って、ある選択肢を与えられた。
異世界で新たな人生を送るか、元の場所に戻って生活を続けて行くか…だ。
元の場所って、そんな場所に何て戻りたくもない‼
俺の選択肢は異世界で生きる事を選んだ。
そして神と名乗る者から、異世界に旅立つ俺にある特典をくれた。
それは頭の中で想像した物を手で触れる事によって作りだせる【創造作製】のスキルだった。
このスキルを与えられた俺は、新たな異世界で魔王討伐の為に…?
12月27日でHOTランキングは、最高3位でした。
皆様、ありがとうございました。
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる