上 下
54 / 81
二章ー止まない街ー

54 二日後

しおりを挟む
 止まない街レアルでは、相も変わらず雨が振り続けている。
 そんな雨音のメロディを聞きつつ、俺は借りている宿の一室で、鏡の前に立っていた。
 鏡と言っても俺の世界のものほど精巧では無く、映る姿はややグレーだがそれでも無いよりはマシだ。
 俺は目の前の包帯塗れの自身を眺めつつ、生唾を呑み込んで包帯を取る。

 目線を身体から鏡に移すと、そこに居たのは傷だらけの上裸の男だった。
 左肩からへそ近くまで痛々しい傷が残り、脇腹付近にも点状の傷跡が刻まれている。
 そんな自分の身体を見て、意外な事に酷い喪失感に苛まれた。
 特にこの体を気に入っていた訳では無いのに、何故こうも切ない気持ちになるのだろうか。
 やはり、もう二度とこのキズのない身体に戻れないからだろうか。

「タクマぁー。……あ」

 考え事をしていると、ノックも無しにユズリが入室してくる。
 直ぐに謝って出て行くかと思ったが、彼女は予想外の行動に出た。

「そうだよね。傷、残っちゃったよね……」

 ユズリは俺の左前に立つと、縦に刻まれた傷に指を這わせた。
 申し訳なさそうに口を結ぶ彼女に対し、俺は小さく首を振る。

「ユズリのせいじゃないんだからさ、そんな気にしないでよ。それより、そっちだってかなり傷負ってたでしょ。大丈夫だったの?」

 男の俺なんかより、女性であるユズリの方がずっと痕を気にするハズだ。
 そう思っての発言に、彼女は左手で自らの身体を抱いた。

「いや、私は元々傷だらけだからさ、いいんだ」

 声色は確かに明るげだったが、表情が晴れていない辺りやはり気にしているのだろう。
 過去の傷は騎士時代のものだと思われるが、その仕事を選んだのは彼女自身だ。
 そういえば、何故ユズリは傷を負うと分かっていて騎士の道を選んだのだろう。センシティブな話題なので避けてきたが、そろそろ聞いても良いのでは無いだろうか。

「あの、さ。ユズリはどうして騎士になったの? 辛い事だっていっぱいあるだろうに」

 俺の質問に、彼女は目を丸くしつつ答えた。

「実はね、昔モンスターに襲われたことがあって……その時、凄く強い騎士の人に助けてもらったの。アルティっていう有名な人なんだけど、タクマは知らないかな」

 実際全く存じ上げない人だったので、申し訳なさそうに首肯する。

「えっと、それから助けてもらった日の事が忘れられなくて、いつの間にか騎士になりたいって思うようになったの」

 彼女の言葉を聞いて、素直に感嘆した。
 この時代では女性が騎士を目指すのはかなり稀なハズだ。
 そんな中、自らの目標を追い見事エリート騎士として成り上がった。
 きっと並々ならぬ努力の結果なのだろうと、改めて彼女に尊敬の眼差しを贈る。

「やっぱり凄いな。ユズリは」

 それに比べ、俺はまだまだだ。
 こんなチート能力を貰っておいて、彼女に新たな傷を負わせてしまった。
 もっと、もっと精進せねば。

「でも、タクマもさ、嫌だよね。身体中傷だらけの女なんてさ」

 何の話をしているんだろうと彼女に顔を向けると、何やら苦い顔を浮かべていた。
 そんなユズリに向け、俺は本心を語る。

「なぁに言ってんだよ。その傷はどれも、誰かを守るためにユズリが戦ってきた証でしょ。俺はかっこいいと思うけどね」

 そうだ。常に何かから逃げてきた俺と違って、挑み続けてきた彼女は格好良いのだ。
 俺のそんな言葉を受け、彼女は顔を背けた。あれ、イマイチ伝わらなかったかな。と思うも、すぐに「ありがと……」と返ってくる。

「さ、俺の傷も大体完治したし、ショーゴの顔でも見に行ってやるか」

 不安や心配といった感情に一旦蓋をし、無理やり活気を掘り起こす。

「うん。レジスタンスの皆に挨拶したら、出発しよっか」

 気持ち新たに、俺たちは顔を見せあって頷いた。


 待ってろよショーゴ。
 顔を引き締め、胸中で強く想った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです

熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。 そこまではわりと良くある?お話だと思う。 ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。 しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。 ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。 生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。 これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。 比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。 P.S 最近、右半身にリンゴがなるようになりました。 やったね(´・ω・`) 火、木曜と土日更新でいきたいと思います。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大
ファンタジー
科学が進みすぎた日本の荒廃。 そんな中最後の希望として作られた時空転移プログラムを用い歴史を変える為に一人敵陣に乗り込んだフォースハッカーの戦闘要員、真。 だが転移した先は過去ではなく、とても地球上とは思えない魔物や魔法が蔓延る世界だった。 返る術もないまま真が選んだ道は、科学の力を持ちながらその世界でただ生き、死ぬ事。 持ちうる全ての超科学技術を駆使してそんな世界で魔法を凌駕しろ。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界辺境村スモーレルでスローライフ

滝川 海老郎
ファンタジー
ブランダン10歳。やっぱり石につまずいて異世界転生を思い出す。エルフと猫耳族の美少女二人と一緒に裏街道にある峠村の〈スモーレル〉地区でスローライフ!ユニークスキル「器用貧乏」に目覚めて蜂蜜ジャムを作ったり、カタバミやタンポポを食べる。ニワトリを飼ったり、地球知識の遊び「三並べ」「竹馬」などを販売したり、そんなのんびり生活。 #2024/9/28 0時 男性向けHOTランキング 1位 ありがとうございます!!

処理中です...