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二章ー止まない街ー

43 飛んで火に入る夏の虫

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「ユズリーッ!」
「タクマっ!」

 突如床からせり上がる氷壁。
 離れ離れにならないよう、俺と彼女は手を伸ばすが……。
 まるで絆を断ち切るかのように、巨大な氷が俺達を分断させた。

「ぐっ……!」

 彼女の間を隔てる氷壁に左手を押し当て歯噛みする。

「おやおや、老骨であるとはいえ、私に背を向けるとは随分と余裕でございますな」

 老人の言葉に耳を傾けず、黒剣を握る手に力を加えて振り返る。

「……じーさん。あんたを倒さないと、この先へ進めないんだな?」

 俺の問いに対し、執事は頬を上げ右手を胸に置いた。

「えぇ、勿論……。ですか手合わせの前に仕来りですので名乗らせていただきます。私の名はリリバー。僭越ながら今宵は私がお相手致します」

 彼の名乗りが終わる頃には、右足で床を蹴り出し黒剣を振りかぶっていた。








 私の眼前には、部屋を半分に隔てる氷壁が聳えている。
 この向こう側には勇者であり旅の相棒とも言える一人の少年、タクマが敵の執事と戦っている筈だ。
 今更彼の実力、実績を否定する気は無いが、だからと言って加勢しない理由にはならなかった。

「待ってて……!」

 向こう側にいる彼に対し氷に呟くと、即座に翻してこの部屋の出口を探す。
 数秒で一つだけ扉を発見し、そこに向かって駆け出した。
 しかし数歩進んだ時点で、黒いフードを被った何者かがその扉より入室する。
 見たところレジスタンスでは無い。敵だ。
 そう思ったが、目の前の人物がそのフードを後ろに払った。
 彼の素顔を見て、私は目を剥く。

「う、そ……? テンソー、先輩……?」

 そう。彼は新人時代少しお世話になった、ディッセル騎士団のテンソーその人だった。

「久しぶりだな、ユズリ」

 テンソーの顔は、以前見た時とはかなり違っていた。茶髪はそのままだが、肌は色白く、緑に輝いていた瞳は今や血のような赤みを帯びている。
 一体彼に、何が……?
 しかし今は、彼の身の丈よりもタクマが気がかりだ。ここは強引にでも切り抜けたい。

「あの、この館に侵入捜査……なわけないですよね。……魔王軍に寝返った、つまり敵として認識して良いのですよね」

 同じ騎士団の仲間として、テンソー先輩を斬り伏せたくは無い。だが、敵として現れれば個人の感情を殺して迎え撃つこともまた騎士の務めだ。

「ふむ、まぁ、お前から見たらそうなるよな……だが」

 彼は考えるような仕草をしつつそう口にした後、両手を音が鳴るほど徐に広げる。

「この強大な力を手に入れれば、お前も考えが変わるぞ! なぁ、ユズリよ……俺と共に魔王軍の軍門に降らないか? ガンゾルド様からは殺害を頼まれたが、お前には特別に俺から話をつけてやる」

 そんな彼の演説を聞いて、私は……。

「巫山戯ないでくださいッ!」

 部屋に鳴り響くほどの怒号を放った。

「騎士としての誉れだけでなく、人としての誇りを失った貴方は……もう私の知っているテンソー先輩じゃない。だから、私は騎士として……貴方を討ちます!」

 言葉を繋げつつ、剣を抜刀しその切っ先を向ける。
 すると、彼の表情は見るからに曇り、直ぐに憎悪を表に出てきた。

「そうか……残念だ。残念だよ」

 テンソーも抜刀し、ゆらゆらと身体を揺らしながらこちらに視線を向ける。
 そして、次の瞬間。

「本当に残念だ。後輩を斬るのは」

 一瞬で背後を取られたと悟った私は、その攻撃を受ける前に前方へ跳ぶ。
 しかし完全には避け切れず、右肩から斜めに斬られる。急いで身体を半回転させ、テンソーに向き直った。
 傷は浅いが、攻撃を受けたという事実と痛みが身体全体を緊張させる。

「そうだ、しまった……頭に血が登ってしまってつい忘れてしまっていた」

 切っ先を向けあっていると、ふと彼がぶつぶつと呟き始める。

「これはパーティー……戦闘を行う前に名乗るのが仕来りだったな。では、改めて……」

 彼は姿勢を正すも、隙は一切見せずに名乗り出した。

「我が名はテンソー。ガンゾルド・ホーツ・ブリッシュ様の命に依り、ユズリ……君を始末する」

 彼の言葉に、部屋の温度が数度下がった気がした。
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