雇われ者の小唄

杉田杢

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殺しの流儀

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 ゴミが散らばり悪臭漂う路地裏で、俺は一人の男を左手で羽交い絞めにしていた。
「頼む……見逃して、見逃してくれ」
 俺は口で答える代わりに、左手の銃を男の後頭部に押し付けた・
「頼む。頼む頼む頼む、頼む!」
 男の懇願の悲痛さがいや増す。
「見逃すと俺にどんないいことがあるんだ?」
 聞きながら、銃を押し付けたまま右手をといた。
「金! 金がある!」
 俺の質問と解かれた腕に男の声に微かに希望の色が混じる。
「ほう……」
 生返事を返しながら、右手はコートのポケットを探る。
「いくらだ?」
 質問自体に意味はない。この路地裏は汚い。しかし、この男はもっと汚い。
「いくら……いくら欲しい?」
 出せる額を言わない。この期に及んでまだ値切れる、と踏んでいる。
「欲しくない」
 そして俺はもっと、もっと汚い。
 右手が目当てのものを見つけた。
「聞いてみただけだ」
 あたりをつけていた男の急所に俺は勢いよくナイフを差し込んだ。
 男のくぐもった声をきき、噴出す血を眺めながら、何度も、その動作を繰り返す。何度も。
 男の動きがなくなったのを確かめて、手を止める。何度繰り返しても慣れない仕事だ。
 こんな汚い男を殺しても自分の業がしっかり一回分、黒ずみ、汚れていくのが解る。
 ハンカチで顔に着いた血を拭い、着けていたコートを脱いで包むように丸める。銃をーーただのモデルガンだーーズボンの間につっこみ、俺は足早にその場を後にした。



 早足でしばらく歩くと、仕事にかかる前に目星をつけておいたホームレスのキャンプに辿りついた。
 7、8人の顔馴染みのホームレスがドラム缶に火を起こして、囲んでいる。
「寒いね、今日も」
 挨拶をしてコートを火に投げ入れる。そのまま何食わぬ顔で火に当たった。
 ナイフは手作りだ。他に足がつきそうなものもない。誰にも見られてはいない。治安の悪いこの場所では男のくぐもった声など、猫の鳴き声よりよく音だ。
「浮かない顔だね」
 気遣わしげに右隣のホームレスが声をかけて来た。気を使われるほど顔色を悪くしていては世話はない。俺はまだまだだ。
「寒いからね……それに一仕事してきたからかもしれないね」
「仕事があるのは、いいことだよ」
 真向かいのホームレスがやはり気遣わしく言った。
「ない方がいい仕事もあるんだよ」
 しゃくりあげてくる感情に気づかれぬよう、俺はなるたけぶっきらぼうに言った。
 俺に気を使ってもらう資格などないのに。
 職業に貴賎無しと人は言うが。
 俺の仕事は最悪だ。
 いつの頃からだったか。こんな仕事がまかり通るようになってしまったのは。
 あれは。そう。超人類が現れてからだ。普通人にはとてもできない芸当の数々を息をするように。あるいは当人の意志を離れて発現させる連中が現れたのだ。
 最初は当人たちもそれが何なのかわからず困惑していた。しかし、一部が、それが有用な能力であると気づくと、自分や周りの生活向上のために有効活用し始めたのだ。良きにつけ悪しきにつけ。
 これに驚いた普通人のままだった人々は善良なやつも、悪党も、十把一絡げに弾圧した。
 これがいけなかった。
 そっから先は血みどろの種族間闘争になって法の秩序はほとんど崩壊してしまった。
 その闘争はぐだぐだのなあなあで普通人と超人類の軋轢を残して終わったんだか終わってないんだかよくわからないままだ。
 そしてその時の負の遺産が俺のような汚れ仕事の量産だった。
 あの闘争の中、どさくさ紛れに仲の悪いやつらが、こっそりお互い殺しまくった名残が今の無法状態の中で生き続けてるわけだ。
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