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第二章
奇襲
しおりを挟む「おぉ! 久しぶりじゃの。クロード様は水に濡れても男前じゃ」
急ぎ戻ったクロードとエルシアは謁見の間にいた。
サンマリア国王からの親書を持ち、嬉しそうに笑うゾフィア王女。
彼女の対面には両陛下もいるが、二人とも顔色が悪い。
「……お久しぶりですね、王女」
纏わりつこうとするゾフィアを押し返し、クロードは距離を置こうとするが。
「素っ気ないのぉ。だが、妾にそんな態度をとっていいのか?」
クロードが庇うようにして、彼の後ろに立っていたエルシア。
そのことに気づいたゾフィアは、途端につまらなさそうな顔をした。
「なんだ、そなたは呼んでおらぬぞ。妾が話したいのはクロード様だけじゃ」
「だが、クロードの婚約者はエルシアなのでな」
国王は青ざめながらも、反論する。
それを聞いてゾフィアはニタリと嘲笑った。
「ふん、偉そうな事を言うの。サンマリア国に密偵を放つ事だけはあるわ」
スッ
ゾフィアが手に持っていた扇を閉じ、指した先。
大きな布がかかった山があり、よく見ると歪なそれをゾフィアの合図で親衛隊が布を剥ぐ。
王家の影、と呼ばれている精鋭達が血みどろになって転がっていた。
(……なんてことを)
エルシアは、血の気が引くのを感じる。
クロードが支えてくれていなければ、よろけていたかもしれない。
「妾は危うくあの者達に手籠めにされそうになったのじゃ。親衛隊が気付いてくれたからよかったものの、王女へのこの様な振る舞いが許されるとでも思うのかえ?」
「なっ! 影達がそんなことをする訳がない。そもそも指を贈るなんて不気味なことをしたのは、そちらだろう」
うふふ
クロードの腕に絡み付きながら、ゾフィアは言う。
「……指? 妾の指はちゃんとついておるわ。それに、その贈り物がサンマリア国からだと言う証拠はあるかの?」
「……!」
言葉に詰まるクロードの頬に、ゾフィアは嬉しそうに指を滑らせる。
そして、国王に向き直った。
「証拠もなしに国王陛下ともあるものが、他国に密偵を放つのはマナー違反ではないかの?」
ゾフィアは勝ち気に嗤う。
彼女は指を贈る、という不気味さ故にクロード達がサンマリア国に探りを入れて来るのを待っていたのだ。
いくら影と呼ばれる精鋭達とは言え、サンマリア国の全ての兵力がわざと罠を張り待ち構えていたのでは叶わない。
「サンマリア国に送り込まれたコヤツらの無礼と引き換えに、黒死麦の遺伝子が紛れ込んでいた件については不問に致せ」
「……分かった」
「父上!」
「陛下!」
クロードとエルシアの声が重なる。
力無くうなだれる国王はこちらを見ようとしない。
国王は既に心を決めてしまったようである。
「安心なされ。クロード様のお心次第では、小麦の格安輸入は続けてもよいと我が父王も言っておる。勿論、安全性に問題もない」
「……何をさせる気だ」
エルシアを庇いながら、一歩後ろに後退するクロード。
けれど、逃げた分だけゾフィアも距離を縮めてくる。
「簡単なこと。妾と口づけるだけじゃ。そうすれば、次期にエルシアとか言う女のことも忘れて妾に夢中になろう」
ゾフィアがクロードの襟首に手をかける。
振り解こうとしたクロードは、自国の騎士達によって手と頭を固定され。
そしてーー。
(やめて…!!)
「……何をする! 騎士達よ、ゾフィア王女を止めないかっ」
耐えきれず、クロードは指示を飛ばすが。
「……不甲斐ない父を許せ、クロード。エルシア。我が国の何万という国民を生かす為にはこれしかないのだ」
縋り付くような目で見るクロードに向けて、国王は首を横に振った。
「何故です、父上!」
グイッ
ゾフィア王女の手に力が入る。
堪らずエルシアが止めよう動くのさえ、騎士達に阻まれた。
(いや! いや、いやぁぁぁーー)
ーーんうっ
彼女の唇が、クロードの口を塞いだ。
時間にすれば、ほんの数秒。
けれど、永遠にも感じた時間。
唇を離されたクロードは、頭を抱えて座り込んむ。
「……殿下!?」
「薬が効いているだけじゃ。効果はすぐには出ないからの。仕方ないがその間は、妾は婚約者として滞在しよう」
(薬?)
ーー殿下に何を飲ませたの?
エルシアは、ゾフィアに殺意が湧く。
それから両陛下への怒りも。
(これはサンマリア国が仕掛けた奇襲なのね)
クロード達が仕掛けた影を捕まえて、他国への狼藉だと反撃を封じ。
小麦の輸入をチラつかせて意のままに操る。
ーー自国での成功するか分からない小麦の改良よりも、確実な利益を提示されたのだろう。
「妾はこれでもクロード様のことをよくよく知っているつもりでの」
ゾフィアは、エルシアを見下げて言う。
「……何?」
掠れた声が出た。
「愛だの恋だの言っても、クロード様は生粋の王族じゃ。最後には政略結婚を受け入れて下さるはずじゃ。潔く去るがよい」
「……そんな事しないわ」
一泊の呼吸の後で。
ピクリ
思い通りの返答が聞けなかったゾフィアは、眉を動かす。
「なんとまぁ。可愛げのない女じゃ。ここで引くなら、クロード様に纏わりついたことも許してやろうと思ったのに」
ーーハッタリだと思われているのかの
それだけ言うと、彼女は国王にこう言った。
「ならば、妾は今日から無期限の国賓として滞在することにしよう。その間はこの女が婚約者でも構わぬ。すぐに貴族達に周知してたもれ」
それだけ言うと、エルシアの顔に扇を投げ捨て、ゾフィアは出て行く。
「……エルシア、すぐに城を出ていきなさい。王女にはとりなしておく」
「出来ません」
ーー殿下の側を離れるなんて、出来ない
「王女の提案がどう言うことか、分かっているのか。側にいるほうがずっと辛い目に合うのだぞ」
「……それでも、嫌なんです」
エルシアの意思に国王は折れた。
「耐えきれなくなったら、離宮に逃げなさい」
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