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第一章

断罪の時〜死にゆく者

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「では、これより沙汰を下す」



 国王は壇上で玉座に腰掛けながら、階下に居並ぶ一人一人を見据える。

 

 右端には大罪人として、引っ捕らえられ、縄で縛られたマリーと孤児院のカナ。

 中央には王家への報告を怠ったとして、罰を受ける男爵。


 そして左端には、関係者としてエルシアが小さなバケットを手に臣下の礼を取って跪いている。


 クロードは、療養中のため欠席だ。


 主要な貴族達は、そんな彼らの周りを取り囲むようにして裁決を見守っている。



「まず、男爵。貴様は爵位を取り上げたうえ、只の町医者として医師のおらぬ辺境で生涯尽くすように」


 男爵は、覚悟していたのだろう。
 
「……寛大なお言葉をありがとうございます」


 そう言って、マリーと自分以外の家族や領民に咎がないことを感謝した。


 国王は悲しそうな目で彼を見る。


「儂は、誠実な男爵を評価していた。だが、男爵が誠実だったのは王家ではなく、医療に関してだけであったのだな」


 男爵は申し訳なさに涙しながら、出立の為に兵士に挟まれて出ていく。

 彼は扉を出る寸前、今生の別れになるであろう娘を見つめた。


ーーだがマリーは、唇を噛みしめるだけで。


 父と目もあわせず、一言も発しなかった。




「では。次はお前だ、マリー元男爵令嬢」

 ギロッ。

 国王の言葉も聞かず。


 この場で間違いなく、最も思い罪を犯したマリーはエルシアを睨みつけた。


「全部全部! 悪いのはエルシアよ!!」


ーーこんなの、間違ってる!


 そう言って泣き叫ぶマリーは、半狂乱で縄を解こうと暴れまわる。


(……こんなになっても、まだ謝らないのね)


 エルシアは冷めきった目で睨み返した。



「黙れ!!!」

 びくっ

 マリーに呆れ返った国王が威圧的な一声を出す。

 マリーは驚いたのか、動きを止めた。



「……貴様はその有り余る罪で死罪だ」

 流石にその言葉は効いたようだ。


「い、イヤ! イヤよ! そ、そう。悪いのは黒死麦を持ってきた奴よっ」
 
 それまで頑なに出処を話さなかったマリーは、庭先で出会った民族衣装の男について話し出す。


ーーやはり、サンマリア国の手のものか


 国王は、これまでの王家の影の報告を思い出した。


 影は、マリーが部屋から抜け出した所までは連絡を寄越していた。


 だが、それ以降、雲隠れしたかのようにマリーの所在が突き止められなくなり。

 クロードが倒れるとともに、簡単に騎士団に見つかったのだ。


ーーこの女はサンマリア国に切られたか。


 ならば、わざわざ儂が手を下す必要はないだろう。



「なるほどな。では、一つお前に良い知らせをやろう」

 その言葉にマリーの目が輝く。

 助かると思っているのだ。
 


「話しは変わるが、お前の元恋人が立てた勲章を知っているか?」


 キョトンとするマリーに構わず、国王は語る。


「カザルスは、黒死麦患者を救い、寒冷地でも小麦が育つ可能性を見つけた男だ」
 

ーーだから、儂は1代限りの公爵位をやろうと辺境に早馬をだしたのよ


 マリーは途端に、嬉しそうに身を乗り出す。


(……公爵夫人にでもなれると思っているのかしら)


 どこまでも楽観的なマリーにエルシアは、怒りを通り越して呆れた。



「だが、彼は何と言ったと思う? 公爵位の代わりに医者と薬が欲しいと言うんだ」


ーー何が、そこまであの男を変えたんだろうな


 不思議そうにする国王だったが、彼は早馬の使者に聞いて知っている。


 蛇の毒から回復した老人に、カザルスは泣いて抱きついたそうだから。


 けれど、マリーは途端に興味を失ったようだった。


「だからな。儂はこれからの、辺境での小麦栽培の対価として公爵位をやろうとしたが、それでも要らんと言うだよ」


ーーだから、代わりに大罪人マリーの命を助けて欲しいそうだ


 自分の知る誰かが、死ぬのが嫌らしい。



「あら、カザルス様ったら素敵」


 それを聞いて、どうやら命は助かると思ったマリーは余裕の表情で頷く。


 ははははは。

 心底面白そうに国王は笑うと、こう言った。


「そうだろう。だから、お前は国外追放だ。サンマリア国との国境でな」


(……何か、裏がある仰りようだわ)


 まだクロードの婚約者段階のエルシアは、影の報告については聞かされていない。


 けれど、マリーの命が長くないことは、何となく悟った。


 反対に兵士に連行されるマリーはエルシアに、舌を出して見せる。


「エルシア! あんたが無実だったとしても、口さがない貴族達はきっとコソコソ噂話するわね」


 エルシアは何も、言い返さない。

 代わりに努めて冷静に、寧ろ少し微笑んで見せる。


(誰が何と言おうとも。わたくしは、貴女とは違うわ)


 それを見て、マリーは更に何か言おうとするが、兵士に口を塞がれて扉の向こうに消えていくのだった。


 


「では。最後はお前だ、カナ。王太子に毒を渡しその婚約者を陥れた罪についてだ」

 

 国王の睨みに、カナは震え上がる。


「ごめんなさい、ごめんなさい。本当に何も知らなかったんです」


 小さなリスのようなカナが泣きながら謝罪する姿に、エルシアは『もういい』と言ってあげたくなった。


 だか、それはまだダメだ。


「クロードはこの場にいないが、此処には冤罪をかけられたエルシアがいる。お前については、彼女が罰を与えるそうだ」


「ありがとうございます、陛下」


 国王の言葉を合図にエルシアは、カナに歩み寄った。


 一歩近付く度に、カナは震え声で謝り続ける。


(怖い思いをさせて、ごめんなさいね)


 エルシアも心の中では謝りながら、けれど顔には怒りを滲ませて、カナの前に立った。


 そして、バケットの中から一つの小さな、真っ黒のパンを取り出したのだ。


「これはね。貴女が殿下に渡したのと同じ麦を使って作ったパンなの。おまけに致死量を超えた毒も仕込んであるから、きっと苦しまずにすぐに死ねるわ」


 ニッコリ

 嬉しそうに話すエルシアは美しい。

 カナには彼女が死の女神に見えた。


「コレ、わたくしが作ったの。だって、どうせ死罪になるなら殿下が苦しんだ黒死麦がいいと思ったのよ」


 はい、どうぞ。

 けれど、カナは恐怖で動けない。

 誰だって死ぬと分かっているものを手にするのは怖い。


 おまけにカナはまだ小さな子供なのだから。

 受け取らないカナに、エルシアは続ける。


「反省してるんでしょう? それに、同じ死に至るなら、殴り倒されたり餓死したりするよりこちらの方が貴女もマシなハズよ」



(……お願い! 受け取って!!)

 エルシアは願う。


 カナは、このパンを食べなければ、見せしめの為に本当にそうなってしまうのだから。


「……は、はい」


 願いが通じたのか。

 消え入りそうな声でそう言うとカナは、エルシアの手からパンを受け取ったのだった。
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