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第一章
孤児院とカイン視点〜麦の脅威
しおりを挟む孤児院にて。
「あーー! エルシアさまだ!!」
「ほんとだっ。クッキーもある!」
子供達がエルシアの元に駆け寄ってくる。
彼女は一人一人を順番に抱き上げた。
「皆が元気で良かったわ!」
動きやすい格好を意識した二人は、王太子とその婚約者とは思えない程、軽装だ。
特にエルシアは、町娘のようなワンピース姿である。
マナーに厳しいサリー夫人が見たら、卒倒するかもしれない。
(でも、この格好じゃないと思うように動けないもの)
美味しそうにクッキーを頬張る少年の頭を撫でながら、エルシアは思う。
孤児院は、ただでさえ人手が足りてない。
エルシアが来たところで遊び相手や、厨房の手伝いくらいしか出来ないかもしれない。
それでも、ドレス姿でお客様のように座ってお酌されているだけなら来ないほうがマシと言うものだろう。
「……ねぇ、エルシアさま。でんかって、すごいね」
少年が指差す方に目を向けると。
「なるほど、雨漏りしているのか。早急に手配しよう」
真剣な目で院長と修繕について語るクロードがいた。
背にはグズる幼児をおぶり、前は赤子を抱いてミルクをあげながら。
「……すごいわね」
クスッ
シュールな絵面に思わず笑ってしまう。
ーー殿下はわたくしなんかより、もっともっと子供達と関わってきたのね。
クロードはミルクを飲み終わった赤子を肩に乗せ、ゲップさせ始めた。
(ファンの令嬢達が見たら、なんて言うのかしら)
けれど、エルシアはそんなクロードを尊敬する。
「でも、負けていられないわっ。お昼ごはんは、わたくしに任せて!」
そう言って、エルシアは厨房に向かったのだった。
★
同じ頃。
「……恐ろしい事が分かってしまったよ、姉上」
カインは誰もいない研究室で呟いた。
そしてもう一度、顕微鏡を覗き込む。
この顕微鏡は遠方の先進国から、伯爵家への品質保持費の大半を費やして購入したものだった。
エルシアの婚約がなければ、貧乏伯爵家には手に入れることなど出来なかっただろう。
「サンマリア産の小麦に黒死麦の遺伝子が含まれている……!」
サンマリア産の小麦は、祖父の代から格安で輸入され、今では民衆の大半が口にしている。
そして、黒死麦は半々の確率で死に至ると言う代物だ。
その恐ろしさから、この国では大昔に『死の麦』と呼ばれ全て焼き尽くしたと聞く。
(……伯爵領の小麦の改良をしている場合じゃなくなった)
サンマリア産は黒死麦のように、いきなり死の賭けが始まる訳じゃない。
ーーけれど、コレを口にすれば確実に体の免疫は弱るだろう。
「もし今、お祖父様の時のような病が流行ったら……」
カインの背筋が凍る。
一体、この国でどれだけの人間が生き残る事が出来るのだろうか。
これは只の偶然なのか。
いや、サンマリア国の長い時間をかけたテロなのではないか。
「けれど、研究発表した所で……」
カインは思う。
生活に余裕のない者が未来のあるかどうか分からない脅威のために。
ーー倍以上の値段を付ける国内産の小麦を買うとは思えない。
いや、そもそもサンマリア産の小麦が無くなれば。
先々代の頃から考えると、遥かに領土の広がった国中に行き渡る小麦がないかもしれない。
ーー輸入を止めれば、小麦不足が国を襲うだろう。
なぜなら、国王は先々代が決めた、貴族から買い受ける持ち分量を増やしていないからだ。
広がった領土と増加した人口に比率して。
今では、国内生産量は僅かな物となっている。
王家が貴族から買い取った小麦の行き先は新たに領土に加わった広大な辺境地帯だ。
寒冷地では小麦が育たないそうだから。
(……とにかく、今の僕に出来ることは!)
「研究結果を王家にお伝えしなければ。姉上っ」
カインは馬を駆け、城に辿り着く。
だが、両陛下は不在、クロードもエルシアを連れて伯爵領の孤児院に向かったという。
「……くそっ」
カインはここまでやって来た道を、再び戻り孤児院目指して駆け抜けたのであった。
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