11 / 52
第一章
カザルス視点
しおりを挟む「こっのぉっ馬鹿息子! お前は何て事をしてくれたんだっ」
カザルスがマリー男爵令嬢との浮気現場を見られ、エルシアと婚約破棄をしたことを遅まきながら耳にした公爵は怒りに震えていた。
「ち、父上? そんなに怒らなくても。エルシアなんて居なくても問題ありませんよ」
久々に見る父の激怒に腰が引けるカザルス。
「ほぉ? ではエルシアの代わりが、あの尻軽男爵令嬢に務まるとでも言うのかね、カザルス」
公爵が此処まで怒るのは、エルシアを見込んでいたからである。
ハッキリ言って息子は次期公爵の器ではない。
だが、カザルスは無能でもなかった。
つまり長子相続が一般的な貴族社会で、敢えてカザルスよりも優秀な弟を跡取りに指定し、あれこれ詮索されるよりも。
カザルスと優秀なエルシアとの婚姻がベストだと考えたのである。
「マ、マリー男爵令嬢ですよ、父上。彼女はそれ程賢くはありませんが僕を癒やすと言う妻に一番必要な務めを果たしていまーー」
ドンッ
カザルスが最後まで言い終わらない内に、公爵の拳が机に落ちた。
(こっっっわっ)
鋭い眼差しで射殺すようにカザルスを睨みながら、公爵は言う。
「そんな事はどうでもいいっ。尻軽男爵令嬢が出来ないなら、お前は一人で次期公爵の仕事をこなせる自信があるんだな?」
「は、はい」
(仕事ったって。面倒だから全部エルシアに押し付けていたが、以前は僕一人でやっていたんだし)
だが、そんなカザルスの心中を読み取ったかのように公爵は溜め息をつく。
「ふぅ。お前は今の仕事を見てもいないのか。どうせ前は自分でやっていたとでも考えているのだろう」
(……うっ)
エルシアに仕事を手伝わせていたのではなく、ほぼ全てを押し付けていた事がバレて冷や汗が止まらないカザルス。
「ならば今日一日、次期公爵の仕事を一人でやってみるといい」
そう言って公爵は、書類の束を取り出す。
(なんだ、大した量はないじゃないか)
確かに以前自分でやっていた、公爵家の息子の一人としての書類よりは次期公爵の物は確かに多い。
(それでも、倍もないじゃないか。父上も大袈裟な)
カザルスは無能ではない。
だが、やはり有能でもなかった。
ーー同じ書類仕事でも質が変われば、かかる時間も格段に変わるのである。
★
その日の夜。
(こんなの……とても無理だ)
父に報告に行かなければならない時間は、刻一刻と迫っているのに、捌けた書類はおよそ3分の1。
(エルシアは、コレを毎日一人でやっていたのか……)
カザルスが昔やっていた仕事は、主に公爵家の内部の話しだった。
だが、今渡された仕事は、領地経営や外部に関わる重要な物。
カザルスの知識量ではとても簡単に決裁出来る物ではなかった。
ちなみに、マリーにも手助けを頼んだが秒で断られた。
『えぇ~~。マリー、難しいこととか分かんないんだもん』
ただ、判子を押すだけの流れ作業さえ断られた瞬間には殺意が湧いたものである。
(誰のせいでっ。こんな事になってると思ってるんだっ)
カザルスは元々、エルシアと別れる気などなかったのである。
エルシアは面白味に欠ける女だが、顔とスタイルも良かったし、有能でよく働く。
ーー妻として、ちょうどいい。
反対にマリーは愛人でも良い、と最初から言っていたし何より魅力的な女だ。
(結婚してからも上手くやるつもりだったのに)
エルシアに浮気現場が見つかったあの日。
カザルスはマリーからプレゼントされたワインを口にしてから、妙に気が大きくなっていたのだ。
エルシアへの劣等感と、薬入りのワインが作り出した昂揚感。
ーー浮気ぐらいで騒ぎ立てて面倒くせぇ女だ。
そんな気持ちだけで後先考えず、カザルスは婚約破棄をしてしまったのであった。
こうして彼は、アッサリと白旗を上げざるを得なかった。
そんな彼に公爵は言う。
「エルシアなら例え、間に合わなかったとしても期限の延長を頼みに来る。やはりお前では公爵家当主は務まらん」
「父上……それだけはっ!」
カザルスは縋り付くが、公爵の眼光に威圧される。
「公爵家の恥を晒して、跡取りの変更を発表する。王家に謁見も申し込まなければ」
「お、お待ち下さいっ。エルシアとよりを戻します!」
公爵は哀れみの目で息子を見る。
ーーエルシアがどれ程、カザルスに尽くしてくれていたのか。
そのありがたみに気付かないから、こんな事になるのだ。
彼は王太子とエルシアの婚約については知らなかった。
だが、あのエルシアがカザルスと別れたとなれば周りの子息達が放っておく訳がない、と分かっていたのだ。
「よりを戻せるなら、やってみるといい。ただし、期限付きだ」
公爵は開催される来月の王太子の婚約者お披露目パーティーを期限に決める。
カザルスはそれから毎日のように伯爵家にエルシアとの面会を申し込むが一向に取り合っては貰えなかった。
何故なら、エルシアは既に王太子と偽装婚約の契約を結んでいたのだから。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
【拝啓、天国のお祖母様へ 】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
望まない結婚を回避する為に、美青年、文武両道、王太子の側近、公爵家嫡男の将来有望過ぎるレンブラントと偽の婚約をする事になった侯爵令嬢のティアナ。
だが偽りの婚約者であるティアナを何故か彼は、本物の婚約者として扱ってくれる。そんな彼に少しずつティアナは惹かれていき、互いの距離は縮まっていくが、ある日レンブラントを慕っているという幼馴染の令嬢が現れる。更には遠征に出ていたティアナの幼馴染も帰還して、関係は捩れていく。
◆◆◆
そんな中、不思議な力を持つ聖女だと名乗る少女が現れる。聖女は王太子に擦り寄り、王太子の婚約者である令嬢を押し退け彼女が婚約者の座に収まってしまう。この事でこれまで水面下で行われていた、王太子と第二王子の世継ぎ争いが浮き彫りとなり、ティアナやレンブラントは巻き込まれてしまう。
◆◆◆
偽婚約者、略奪、裏切り、婚約破棄、花薬という不老不死とさえ言われる万能薬の存在。聖女と魔女、お世継ぎ争い……。
「アンタだって、同類の癖に」
ティアナは翻弄されながらも、運命に抗い立ち向かう。
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる