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第一章
モヤモヤと、弟とのお茶会
しおりを挟むその日の夜。
はぁ~~。
エルシアは大きく息を吐くと、自分の家のベッドにゴロン、と飛び込び伸びをする。
誰かに見られたら、はしたないと叱られる動作だが今日くらいはいいだろう。
彼女は左手に嵌まった婚約指輪をシャンデリアの光に照らす。
(キラキラして綺麗……)
両陛下への謁見の後、改めて決まったことがあった。
それは、正式な婚約はお披露目パーティーの直前に結びそれまで二人の関係は外部に秘密にする、と言う事だ。
そして、婚約後は忙しくなるからとか、しばらくはゆっくり休んでとか言われ自宅に帰されたエルシア。
(何だかモヤモヤするわ……)
エルシアは再び大きく息を吐く。
すると、コンコンと扉を叩く音がした。
バッ
エルシアは飛び上がり、急いで身なりを整え、ドアを開ける。
少し髪が乱れているのはご愛嬌だ。
「夜分にごめんね、姉上」
「カイン?」
そこには、お茶とお菓子を持った弟の姿があった。
★
「ふ~~ん。それでモヤモヤするんだ?」
ルイボスティーに、小さなクッキー。
夜のお茶会にピッタリなそれをエルシアは口にし、頷いた。
「それって殿下は仕事なのに、姉上だけしばらくお休みだから?」
エルシアは小さく頭を振る。
「違うと思うわ。だって、今までもお手伝いしか出来てなかったもの」
そう答えたエルシアに、カインは笑いを含んだ声で聞く。
「もしかしたら、殿下にしばらく会えない、から?」
(……え?)
エルシアは数秒固まる。
「ち、違うわ」
「そうなの? 婚約者同士だし、会えなくて寂しいなんて普通の感情だと思うけど」
エルシアを優しく見守るカイン。
だが、動揺した彼女は言葉が出て来ない。
(違う、違うわ。それじゃまるで、わたくしが殿下に恋してるみたいじゃないっ)
何も答えないエルシアを見て、カインは続ける。
「そうなの? じゃあ、もっと早く婚約を世間に知らせたかった? 姉上って意外に独占欲もあるんだね」
クスクスとからかうように言うカインに、赤くなりながらもエルシアはハッとする。
世間に知れ渡れば、当然カザルスやマリーの耳にも入るだろうということに改めて気づいたのだ。
(わたくし……この婚約で頭が一杯で、あの二人のことを忘れていたわ)
ーー殿下のおかげ、ね。
「そう、そうね。カインの言う通りかもしれないわ」
エルシアは思い出したかの様に頷く。
今は得体の知れないモヤモヤの事よりも。
偽装婚約の事は弟にも秘密なのだから、彼に余計な心配までかけたくないと彼女は思う。
「なら、よかった。姉上ずっと心ここにあらずって感じだったよ。殿下は令嬢の憧れだし、姉上の安全のためにも婚約発表はギリギリがいいよ」
そう言って笑うカインに合わせて、エルシアも微笑んだ。
「ええ、そうね」
「だけど殿下は心配だなぁ。ケインさんから聞いたんだけど、更に仕事量、増えたらしいよ」
言わずもがな、婚約指輪の代金分の働きである。
それをコッソリ聞いたカインは、姉上愛されてるなぁ、と嬉しそうだ。
だが理由を知らないエルシアは、と言うと。
「あれ以上の仕事!? わたくし、やっぱり明日からまたお手伝いに行ってくるわ」
再び、城へ通うことを心に決めたのであった。
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