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第一章

クロード視点

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 ガチャン

 ドアノブを開け、自室に向かうクロードの顔には疲労が浮かんでいた。

(やけに疲れたな……今日も会えなかったし)

 偽装婚約をする契約を結んだと言えども、正式な婚約がまだの彼はエルシアと思うように会うことが出来ない。

 そのため、ケインが気を利かせてエルシアが仕事を覚えるために、と彼女をクロードの自室へ何度か向かわせている。

 だが、多忙の彼とはすれ違っているのだ。


『13ページまで終了しました。残りは次回必ず』

 エルシアの残したメモを手に取るクロード。

(エルシアの匂い……って俺は変態か)

 苦笑しながら、それでもクロードはその長い指先でメモを辿る。


 一つ分かったことがある。

 彼女はとても真面目だ。
 こうしていつも律儀にメモを残して行く。

(こういう所も好きだな)

 クロードが初めてエルシアを見たのは、伯爵令嬢としてデビュタントの挨拶に来た時である。
 すみれ草のような女性だな、と思った。

 儚げなのに凛として、自分を持っている。

 恋に落ちるのは一瞬だった。

 それからの彼は周りにいる女性は皆、同じようにしか見えなくなったのだ。

 だが、それまで自分からアプローチ等したことのないクロードは気恥ずかしさから彼女と話すことは勿論、視線すら合わせることすら出来ず。


 そうしてエルシアのことを気付かれないように目で追う内に。

 彼女がカザルスを、自分がエルシアを追うように見つめていることを知るのに時間はかからなかった。

『この気持ちを周りに悟られてはいけない、絶対だ』

 そのことに気付いた時、クロードは自分の気持ちに蓋をすることを決意する。
 いつも側にいるケインにはバレてしまったが。


 王太子である彼が婚約者を持たないことを心配している周囲がクロードの気持ちを知れば、彼が望まぬともエルシアを王太子妃にしようと画策するだろう。

(エルシアには幸せになって欲しい)

 それが例え自分の隣ではなかったとしても。

 だからクロードは、カザルスとエルシアの婚約を何食わぬ顔で祝福したつもりである。


 コンコン

「あの、殿下はいらっしゃいますか?」

(控え目だが、耳に残るこの声は!)

 クロードは急いで自室のドアを開け、愛しの人をしっかりと見つめた。
 もう、気持ちを隠す必要はないのだ。
 

 最近、クロードと目が合うことを単純に嫌われていないのかも?と喜んでいるエルシアは、にっこりと微笑みを返す。


 カザルスは馬鹿な男だーー。


 彼女が手を伸ばせば届く距離にいる幸せを簡単に手放すなんて。

「エルシアに会えて嬉しい」

 クロードは好意を精一杯、言葉に乗せる。

「わたくしもですわ、殿下」

 エルシアの言葉に、飛び上がりそうな程喜んだクロードであったが、彼女はそのまま話続ける。

「日程調整の件で早くお目にかかりたいと思っておりましたの。お忙しい殿下にお会い出来て幸運でしたわ」

「日程……調整?」

 クロードはガクっと肩を落としながらも、部屋の中にエルシアをエスコートする。

「ええ。偽装婚約なのに申し訳ないのですが。婚約者のお披露目パーティーの件で」

「ああ、こちらこそすまないな。日程に何か不都合があったか?」

 そう言えば数日前に、ケインに婚約者のお披露目パーティーの日取りが決まったと言われたよな、とクロードが考えていると。

「不都合と言うか……殿下は大変お忙しくケインさんでも把握しきれていないと聞きまして。わたくしと直接調整してきて欲しいと頼まれましたの」
 
(グッジョッッブ! ケインーー!!)

 クロードは確かに忙しいが、有能なケインは全ての予定を把握していた。
 寧ろクロードが忘れていたのをケインが教えてくれる、というのが日常ですらある。
 すれ違う二人を引き合わせるために、ケインが多少強引に用事を作り、エルシアに頼んだのだろう。

「そうだな、では来月の25日はどうだ?」

 恐らくは既に調整されているであろう日をクロードがあげて見ると。

「まぁ。その日は丁度わたくし側も両陛下も空いているのです!」

 嬉しそうにエルシアが笑った。

(か、可愛いっ。ずっと見ていたい)

 思わず見惚れるクロードであったが、数秒後、これで彼女の用事が終わったことに気が付く。

(ああ……やってしまった)

 だが、クロードの愛しの人は女神であった。

「あの。もし宜しければ殿下のお仕事をもう少しお手伝いさせて頂けませんか?」

 エルシアはあの有能なケインすらついて行けないクロードの多忙ぶりを聞き、過酷な激務に追われていた自分を思い出しての提案であったが。

「よろしく頼む!!」

 クロードにとっては二人の時間が増えるのが嬉しい提案である。

 こうして直接、エルシアに業務を手伝って貰ったクロードはホクホクであった。

 そして同時に、彼女が一を聞いて十を知るタイプであり、ケインが認めるだけの優秀さがあることを肌で感じて惚れ直したのであった。
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