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第一章

婚約破棄を報告したら、偽装婚約を申し込まれるとか聞いてません!

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 伯爵家に戻り事と次第を両親に報告したエルシア。

「儂の可愛いエルシアに何てことをっ」

(怒ってくれてありがとう、お父様)



「エルシアちゃん、お母様が公爵夫人に話してみますわっ。せめてその男爵令嬢は社交界出禁くらいにならないと気が済みません!」

「それは辞めて下さい、お母様」

(お母様が行くと余計にややこしくなりそうだもの)

母を止めるエルシアとは対象的に彼女の弟であり、跡取り息子であるカインは唆す。

「どうして止めるんです、姉上? それくらいやるべきですよ、母上!」

 こうしてエルシアよりも、泣き怒り。

 挙句の果てには復讐計画まで立てだした両親と弟を止める内に、エルシアの中にあった憤りも少し薄らいだようだった。


 それでも色んなことがありすぎて、深夜になっても眠れないエルシアは宙を見つめる。

 


(お父様もお母様も、弟のカインも。慰めてくれたけれどーー)

 そうは言っても貧乏伯爵家は火の車。

 家督を継ぐ弟は、お金なんて心配しないで姉さん。と優しく言ってくれた。

 けれど、彼女が席を外した所で家族が公爵家からの持参金がなくなることに頭を抱えてしまっているのをエルシアは見てしまったのだ。

 いつまでも失恋気分に浸る余裕は我が家にはないのである。

(やっぱり、婚約破棄されましたって、わたくしだけで報告に行かなきゃ)

 カザルスが報告してくれるなら良いが、あの調子だと期待出来ない。

 家の為に次の婚約者を探さなければいけないが、王族に未報告のままでいる度胸はエルシアにはなかった。

 そして不名誉な噂に家族を巻き込みたくもなかった。

 そのため、次の日には正装をしてたった一人で王城に向かったのである。


 

「クロード殿下、愛しのエルシア嬢が控えの間におりましたが」


 ブホッ

 次々に訪れる貴族達の言葉が影の報告と偽らざる物か、一つも漏らさず頭の中で確認していた王太子クロードは思わず紅茶を咳き込んだ。

 彼の内面をよく知る側近ケインは笑いながらハンカチを差し出す。

「そんなんじゃない。だが、噂の的にされるのも可哀想だ。早く呼んでやれ」

 クロードは少し赤くなった顔を見られないように、プイッと横を向く。

 彼はデビュタントでエルシアに一目惚れしてから、彼女だけとは全く目を合わせられなくなったのだ。

 何とも思っていない令嬢達には優しく出来るのに。

 そうこうしている内にカザルスとエルシアが婚約してしまい、二人の謁見後にはケインを誘ってやけ酒を飲んだものである。

 まぁ、そんな心中を察していたケインには深酒は止められてしまったが。

「ふふ。畏まりました。お任せ下さい」

 ケインは控えの間で俯いているエルシアに、声をかけた。



「次はエルシア嬢、いらっしゃいますか?」

(えっ。もう呼んで貰えるの?)

 謁見の間に居合わせた貴族達は、殿下の予想通りであった。

 既に噂になっていた婚約破棄の話を根掘り葉掘り聞こうと、エルシアを取り囲んでいたのである。

 顔を上げた彼女は、そのままケインに連れられて謁見の間に入る。

「と、突然申し訳ありません! この度カザルス公爵子息に婚約が破棄されましたので、ご報告にあがりました」

 真顔で視線も逸した殿下は無言のままである。

(やっぱり、口を聞いては貰えないよね)


シーーーン

 エルシアは、無言の殿下にどのような挨拶をして帰るべきか考え出した、その時。

 
「……公爵家の業務からは手を引くのですか?」

 横に控えていただけのケインから突然、質問された。

「は、はい。もう彼とは赤の他人ですので」

(そうだわ。そう考えると何だか前向きになれる気がする)

 毎日公爵家の仕事に追われていたエルシアは、婚約破棄のお陰であの激務から解放されることに気が付いた。



「どうしてお前が声をかけるっ」


(で、でんか!?)

 初めて聞く強めの口調に狼狽えるエルシアとは反対に、ケインは平静に言葉を返す。

「殿下が話さないからでしょう。ところでどうです? エルシア嬢に婚約者になっていただく、と言うのは?」

(わたくしが、こ、婚約者? だ、誰の!?)

「ケイン! いきなり何を言う!?」

 まぁまぁ、とケインはクロードを片手で制すると、エルシアの有能さについて語り出した。

「彼女が公爵家の領地経営に関わるようになってから、公爵家の業績はうなぎ上りですよ」

「それは……認める。が、本人の希望もあるだろうっ」

 クロードはエルシアの返事が気になって仕方ないのだろう、チラチラと彼女を伺う。

 明らかに満更でもない様子のクロード。

 これを見ればエルシア嬢にも伝わるだろう、と考えたケインであったが。
 

 (婚約者って殿下の? これって求婚!?)



「で、出来ません! 婚約者って次期王妃ですよね!? 荷が重すぎます、そもそも領地経営もお手伝い程度でしたし!」

 ブルブルと首を横に振るエルシアに、ズーーンと一人闇落ちするクロードであった。

 ケインといえば。

 手強いなぁ。失恋直後でもこれかぁ。と誰にも聞こえない独り言を呟いた後で、何事もなかったかのようにエルシアに提案する。

「大丈夫、大丈夫。婚約者ったって、契約上のだし。仕事は出来る範囲でいいよ? 殿下は王太子の癖に有能で、おまけにこのルックスでしょ?」

(け、契約? そ、そりゃあそうよね。殿下はわたくしがお嫌いだもの。勘違いだなんて恥ずかしいっ)

 青くなったり赤くなったりしているエルシア。

 ケインは演説でもするかのように大袈裟な身振り手振りをしながら、エルシアの横からクロードの隣に移動する。

「国内外からモテモテなんだけど。な、ぜ、か婚約者を作らないもんだから、周りからの圧力が大変なんだ。ね、殿下?」

 そして、エルシアに聞こえないようにそっと耳打ちした。

 偽装婚約の間に口説いてみたら、どうですか?

 悪魔の囁きのようなソレはクロードには効果的面だった。
 彼はこのチャンスを逃さないよう、腹を括ったようである。

「あ、ああ! そうなんだ、俺は実に困っている!! エルシアさえ良ければ俺と婚約してほしいっ」

 ビシッと背筋を伸ばしたクロードの視線の先にはエルシアがいた。

(初めて、目があった……)

「で、でも」

「あ、ちゃんと期限付きだよ。一年、いや三年にしようか! 勿論、お給金も弾むし一生困らない退職金も出すよ?」

 畳み込むように、ケインは付け足す。

 一年と言わず婚約としては長い三年としたのは、クロードの性格を考慮してのことである。


(お給金と退職金……)

 それはエルシアにとってパワーワードだった。

 表立って貴族令嬢が働く事など出来ないこの国で。

 困窮した実家のために出来ることは持参金を沢山くれる家との結婚だと彼女は考えていた。

 だが、お給金を貰って偽装婚約をすれば少なくとも三年間は気の進まない婚約をしなくてもお金を送ることが出来る。

 それに、一生困らないとまで言う退職金があれば実家も立ち直るかもしれない。


「分かりましたわ。殿下、よろしくお願い致します」

「ああ、こちらこそよろしく頼む!」

 こうして、二人は契約書を取り交わし偽装婚約を結んだのであった。
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