2 / 52
第一章
婚約破棄は突然に。こちら浮気現場です
しおりを挟む「エルシアも殿下のファン? みっともなく見つめたりして。君は僕の婚約者だと胸に刻むように」
「も、申し訳ありませんでした。カザルス様」
先程までとは違い、二人っきりの空間になった途端に、エルシアを責めるカザルス。
彼はとてつもなく嫉妬深い。
まず、朝起きてから夜眠るまでの行動を彼女に毎日提出させている。
そして、親戚であったとしても男性がいる空間にエルシアがカザルスなしでは行かせないし、二人で行けば彼女にピッタリで離れない。
エルシアも、少しづつ彼の異常性には気が付いてきていた。
(それでも、わたくしはカザルス様が好き)
それだけ愛されているってことだものーー。
エルシアにとってカザルスは初恋の人である。
本来なら身分違いのこの婚約は、公爵夫妻がエルシアの有能さを見込んでのことだった。
だが、カザルスは一度足りとも彼女に愛の言葉を囁いてくれたことがない。
そのためエルシアは、彼の束縛は愛の証拠のように受け止めていた。
(わたくしに出来ることは、頑張ってカザルス様を支えること)
だから公爵邸に着いたエルシアは今日もまた、ソファに寛ぐカザルスの隣で書類仕事に明け暮れる。
(これは、納期が迫っている。こっちも農民達からの陳情書だから急がなきゃ)
カタカタカタカタ
「ふぅ。カザルス様、終わりましたわ」
夕暮れ時に仕事を終えたエルシアが顔を上げると、ソファ寝ているはずのカザルスが居ない。
(どこかに行かれたのね、気が付かなかったわ。仕方ないわよね、一人で帰りましょう)
でもその前に。
エルシアは空になった水差しを見る。
何故だか今日の彼女は喉が乾いて堪らないのだ。
忙しい夕暮れ時に侍女を呼びつけるのも気が引けるため、いつも通る通路とは反対側にある厨房で水を貰ってから帰ることにする。
コソコソコソ
厨房に声をかけようとしたエルシアは、手前のわずかに開いた客室から聞こえるヒソヒソ声に思わず足を止めた。
(侍女達かしら……?)
「えーーうっそぉ。カザルス様ったら婚約者に仕事押し付けてマリーのとこ来たのぉ」
甘ったるく媚を含んだ声。
(あの声は……行儀見習いで来た、マリー男爵令嬢!!)
「大丈夫だ、バレてないから。愛してるよ、マリー」
(本当にカザルス様? 何……それ)
エルシアは震えている自分の両手を抱きしめる。
「あいつは、父上に後継者として認定される為に必要なんだ。僕も意外に目移りしないよう、厳しくしているから心配ない」
(だからカザルス様は、わたくしを束縛していたの?)
あんなに欲しかった愛の言葉を何度も何度も、マリーには惜しげもなく囁いているカザルスの声。
バタン
堪らず、エルシアはドアを押し開けた。
「な、エルシア!?」
そこに居たのは着崩れだ格好で抱き合う二人。
動揺しているのはカザルスだけで、その横にいるマリーの口角は上がっている。
それを見たエルシアは確信した。
やたら渇く喉も、わずかに開いたドアも全部侍女見習いのマリーなら簡単に仕組める小細工だ。
「カザルス様……わたくしの他にマリー様ともお付き合いされてますの?」
エルシアのドレスに隠れた足はガクガクしているし、声も震えている。
(お願い……! 何かの間違いだと言って!)
それでも彼女は、一抹の期待を捨てきれない。
「はぁ。バレたなら仕方ないか」
カザルスは溜め息をつくと、胸元を直してエルシアの方に近づいて来ると、指先で彼女の顔を持ち上げる。
「最初、エルシアは僕好みの顔とスタイルだと思ったんだけどなぁ。お前、仕事ばかりで可愛げがないんだよ」
(何……どうして、わたくしが責められるの)
「ちょうどよかったよ。今日の婚約報告で僕が正式な跡取りだと父上は世間に公表された。だから、もう用済みだ」
カザルスはスッとエルシアから離れるとマリーの肩を抱く。
マリーの得意げな顔が、エルシアの脳裏に焼き付いた。
「婚約破棄だ。理由は僕を夢中にさせられなかったから。原因はお前なんだから、婚約破棄されましたって憧れの殿下に報告しとけよ」
(何か喋ったら泣きそう。ううん、泣いたら負けよーー)
エルシアは、唇に力を入れて涙だけは見せない様に二人に背を向けて部屋から走り出たのであった。
そんな彼女の背後から追い討ちをかけるように二人が声をかけてくる。
「貧乏伯爵令嬢なんて、殿下に会ってもらえるかも怪しいがな!」
ハハハ。
クスクスクス。
「まぁ、カザルス様ったら。魅力のないエルシア様がお気の毒ですわ」
(ーー何なのよ。わたくしがあなた達に何をしたって言うのっ)
嘲りの声に見送られ、エルシアは公爵家を飛び出したのである。
0
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
【拝啓、天国のお祖母様へ 】この度、貴女のかつて愛した人の孫息子様と恋に落ちました事をご報告致します。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
望まない結婚を回避する為に、美青年、文武両道、王太子の側近、公爵家嫡男の将来有望過ぎるレンブラントと偽の婚約をする事になった侯爵令嬢のティアナ。
だが偽りの婚約者であるティアナを何故か彼は、本物の婚約者として扱ってくれる。そんな彼に少しずつティアナは惹かれていき、互いの距離は縮まっていくが、ある日レンブラントを慕っているという幼馴染の令嬢が現れる。更には遠征に出ていたティアナの幼馴染も帰還して、関係は捩れていく。
◆◆◆
そんな中、不思議な力を持つ聖女だと名乗る少女が現れる。聖女は王太子に擦り寄り、王太子の婚約者である令嬢を押し退け彼女が婚約者の座に収まってしまう。この事でこれまで水面下で行われていた、王太子と第二王子の世継ぎ争いが浮き彫りとなり、ティアナやレンブラントは巻き込まれてしまう。
◆◆◆
偽婚約者、略奪、裏切り、婚約破棄、花薬という不老不死とさえ言われる万能薬の存在。聖女と魔女、お世継ぎ争い……。
「アンタだって、同類の癖に」
ティアナは翻弄されながらも、運命に抗い立ち向かう。
【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる