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陛下の沙汰と新たな婚約者

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 パチクリ

 あーー。久しぶりに頭がスッキリしてる。

 最近は寝不足だったからなぁ。

「お目覚めですか? カタリナ様」

 少し離れた所立っている侍女があたしに声をかけてきた。その後ろには騎士団長もいる。

「え、ええ」

 カタリナ様、って呼ばれたってことは二十四時間たって王太子との入れ替わりが解消したのかな。

 あの注射に入ってたのは睡眠薬って所だね。

 そんなことを考えながら身を起こそうとして、異変に気付いた。

 あたしの身体が手足ともに細い紐でぐるぐる巻にされている。

 え、あたしって囚人だっけ?

 痛くはないが、身動き一つ出来ない状態で、あたしは思わず侍女を見返した。

「申し訳ございません。これは公爵子息アーサー様がなさったことでして。陛下からカタリナ様が目覚めたら、紐解くように指示がなされております」

 気まずそうにしながら、侍女は紐を解いてくれた。

ーーアーサー、確かにそんなこと言ってたわ。

 ぐるぐる巻だったのに、跡一つついてない手首が不思議でマジマジ見ちゃう。

 反対に、王太子の体であたしが殴った脇腹はめちゃめちゃ痛い。

 発想がちょっと微妙だけど、アーサーってやっぱりデキる男だわ。

 惚れ直しちゃう。惚れたばっかりだけど。

 むふふ

「聖女カタリナ様! 目覚めたら広間に来るようにと陛下のお申し付けです。これにて失礼!」

「あ、はい」

 ニヤけたあたしの顔がよほど不快だったのか、顔を強張らせた騎士団長は怒鳴るように告げると、足早に部屋を出ていった。

 バタンッ

 すごい音を立てて閉まるドア。

 あ、めっちゃ怒ってる。

 聖女がだらしない顔とかイヤだよね。

 騎士団長、真面目そうだし。

 ちゃんとしないと!

 

 あたしはいつもより、シャンと背筋を伸ばして湯浴みを済ませると、侍女が白銀のドレスを着せてくれた。
 いつもは王太子の髪色である茶色か目の色である緑色で、こんな色のドレスは初めてだ。

「まぁ! 本当によくお似合いですわ。女同士でも惚れ惚れしちゃいます」

 侍女が目一杯褒めてくれる。

 エヘヘ

 うん、自分で言うのも何だけど似合ってると思う。

 思わず、鏡を覗き込むと。

 鏡の中にアーサーが映っているではないか。

 肩が温かくて優しい手に包み込まれた。

「ああ、本当に美しいよ。カタリナ。僕の髪の色だね」

 優しい眼差し。
 想いが通じてから呼び捨てって言うのもトキメクわぁ。

 それに、愛しい人の色を纏うとこんなにも綺麗になれるのね。

 よく見るとアーサーもあたしの髪色の黒いタキシードに身を包んでいた。

 ちゃんとしないと、なはずなのに思わずニヤける頬を止められない。

「ありがとうアーサー。でも、なぜ此処に?」

 あたしは、死罪だ!とか言われたけど、正式な書類上はまだ王太子の婚約者なはずだ。

 そんなあたしの所に来るのはいくらアーサーでも、危険では?

「大丈夫。君が眠ってから陛下と話し合いが済んだんだ。だから安心して僕にエスコートさせて下さい、カタリナ」

 いたずらっ子のようにウインクするアーサーが可愛いんですけど。

 でも、話し合いって?

 尋ねようとしたのに、彼の笑顔に誤魔化され、優しい手にエスコートされる。

 ああ、幸せすぎるんですけど。

 でも、陛下はアーサーの東国行きの破棄は約束して下さったと言え油断ならないし大広間には行くのはヤダなぁ。

 ずっとこのまま時が止まればいいのに、と願うけれど時間は残酷で。

 あっという間にあたし達は広間前に着いた。

 アーサーの手が扉を開ける。





 大広間ーー。

 そこは、初めて聖女として挨拶に出向いた時に入ったことがある場所だった。

 その時の倍以上の貴族達が、ひしめき合うようにざわめいた。

 そりゃあそうだろう。

 仮にも王太子の婚約者が公爵家子息にエスコートされて入場してきたら、スキャンダルこの上ないよね。

 でも、身分的に怖気づいたのか誰かが話しかけてくるコトもなく皆、陛下のお越しを待っているようだ。

 あたしは言われた通り、聖女として最前列の中央に備え付けられた席に腰を下ろす。
 隣には王太子がその隣に自称聖女のリリーが手を恋人繋ぎにしながら座っていた。

 一応、ここは公の場なんですけど。

 バカップルって人の目を気にしないからすごいよね。

「ほぉ。僕の婚約者をエスコートするなんて、偉くなったなアーサー」

 あたしの視線に気付いた王太子が立ち上がり、鼻を膨らませて息巻く。

「本当にそうです! カタリナみたいなフシダラな女に隠しキャラで一押しのアーサー様は似合いません!」

 つられて立ち上がったリリーは、憎々しげにあたしを睨みながら指差してきた。

 フシダラってあんたにだけは言われたくないんだけど。
 って言うか、また後半は意味不明だし。

 そもそも王太子はあの陛下の子供なのに、何でこんなに小物感満載なんだろう。

「陛下のお申し付けですので」

 アーサーはそれだけ言うと、何か言い返してやろうとしたあたしに笑いかける。

 そして優雅な物腰であたしのもう片方の隣の席に腰を下ろした。

 その仕草はあまりに洗練されていて、あたし達の周りから感嘆の溜め息が漏れ聞こえてくる。

ーー身に付けた教養は時に人を制する。

 王太子妃教育でアーサーに習った言葉。

 その言葉の威力を初めて実感した。

 周囲の空気感に罰が悪くなったのだろう、王太子とリリーも不貞腐れた顔をしながら席に着く。


 思わず彼とチラリと視線を交わした。

 それだけでこんなにも心強いなんて不思議。

「国王陛下のお越しです!」

 音楽が鳴り響き、国中の貴族礼をとる。

 頃合いを見計らうように陛下は悠然と壇上に姿を現せた。

 あたしやアーサーには目もくれず、広間全体を見渡して見せる陛下は、あたしが以前まで善政の鏡だと信じていた、好々爺とした国王の顔をしている。



「皆の者、待たせたな。此度は宰相が謀反を起こすという異常事態ゆえ、在住する全ての貴族に集まって貰った」

 ああ、それでこんなに人が多いんだ。

 あたしの時は伯爵家以上、とかだったかも。

 そんなことを考えている間にも陛下の話は続く。

「宰相は東国の女王と手を組み、儂を亡き者にせんと謀った。だが、女王は政よりも見目好い血統書付きの若い男が欲しいらしいく、こちらに寝返ったのだ」

 考え込むようなポーズで陛下は、数秒固まって見せた。
 あたしには陛下の考えが読めない。

「おかげで我が国は属国にならず助かったのだから、誰か子息を差し出せる者はおるか?」

 え、ここで募集する感じ?



 あたしの動揺に気付いたアーサーがこちらに大丈夫、とでも言うように軽く頷いてみせる。

 ザワザワザワ

 事情の知らない貴族達は一斉にざわめき出した。

 中央や力のある貴族達は一様に押し黙っているが反対に、新興貴族や地方の者達の中には、自分の家が東国と繋がる好機と考えたのだろう。

 我先に、と陛下の元へ馳せ存じる勢いだ。

「ああ、一つ付け加えると女王は大層気難しい。これまでに消えた妾は五十二人になるそうだ」
 

 シーーーン

 その一言で水を打ったように静まる広間。

 誰だっていきなり自分や家族が死ぬ覚悟なんて持ち合わせていないだろう。

 さっきの勢いはどこへやら、皆視線を床に落とし互いに目が合わないようにしている。

 そんな中、アーサーの隣に座る公爵が席を立ち、声を上げた。

「では、我が息子アーサーが参ります。陛下の居られない間に国を守れなかった貴族の一人として責任を取らねばなりません!」

 えぇ、やめてよ!

 せっかくあたしがアーサーの無事を勝ち取ったのに何言ってくれちゃってんの!?

 ってか、そんな理由ならここにいる貴族、皆そうじゃない!

「それはならん。アーサーは悪事を見抜き、宰相を打ったいわば功労者だ」


 そうだそうだ!

 陛下の制止の声に思わず心の中で激しく同意する。

「ああ。だがその理屈だと、儂の不在時にこの国の代表者であるお前に一番責任を取らさねばならぬな? 我が愛息子よ」

 陛下はヒゲに手を添えて王太子をチラリと見た。

 え、王太子が東国に行くの!?

 思わず隣を見返して、ハッとする。

 あ、王太子真っ青じゃん。

 父上のことはいつも怖がってたもんね。

「は、はい。ですが! 僕はそ、そう! カタリナの口づーー」

 動揺してます、って声だけど何とか声を張り上げて責任逃れを主張しようとする王太子。

 けれど、あたしとの入れ替わりの話はトップシークレットだ。

 陛下はダン、と拳を玉座の肘掛けに強く打ってみせて、王太子に最後まで言わせなかった。

「では、お前はその長すぎる下まつげを切ってから東国へ向かえ。さすれば少しは見られる顔になる。また今この時を持って、王太子の地位も廃嫡とする」

 口元に手を当てながら、目に涙を溜めてみせる陛下。
 周りからは息子ですら公平に責任を取らせようとする陛下が、その親心から涙を堪えているように見えるだろう。

 だけど、間近に居たあたしには、陛下の指の隙間からその口角がしっかり上がっているのが見えた。

ーー陛下はやっぱり自身の息子すら、愛しているわけではないのかもしれない。
 
 一方で王太子といえば、あまりのことに真っ白な顔で固まっている。

「そんなのひどいと思います!」

 王太子廃嫡に慌てたのか、それまで自分の髪をクルクルいじっていただけのリリーが反論し始めた。

「ああ、君は確か異世界から来た聖女だと主張している子だね。そもそも君は誰の許しを得てそこに座っているのかな?」

「王太子殿下が聖女として座っていいって言ったんです! 私達は愛し合ってますからっ」

 陛下の目がスッと細くなる。

「実は面白い話があるんだがね。君が寝ている間に教会関係者が調べた所、君には聖女の信託が下ってはいないらしい」

「そ、それは! 異世界では聖女だったんです!」

 ぷるぷる震える小動物感を演出しながら、リリーはしっかり谷間を強調していた。
 王太子なら簡単に鼻の下を伸ばしそうな動作だが、この曲者の陛下には色仕掛は効かないだろう。

「なるほど。だが、この世界ではただの少女と言うわけだ。そんな君に二つの道を用意しよう」

 案の定、少し苦笑しながら陛下は話を続ける。


 一つは、厳しい修道院で修道女として過ごす道。
 異世界の聖女という主張はともかく、修道女になるならば衣食住は保証しよう。

 もう一つは、平民として元王太子殿下の愛妾として、東国に着いていく道。
 女王の怒りを買ってすぐに殺されるだろうがね。

「そんなのどっちも嫌です!」

 今度は泣き真似をしながら飛び込む勢いで陛下に抱きつくリリー。

 わぁお。
 陛下の恐ろしさを知った今となっては、色仕掛を諦めないリリーをある意味、尊敬する。

 王太子といえば恋人が父上に抱きついてるのに、放心したままだった。
 よっぽど廃嫡と東国行きが応えてるんだろう。

 ちょっと可哀想になってくる。

「そうか。ならば、元王太子を誑かした女として、ここで処刑されるのが望みか?」

 案の定、全く色仕掛に反応していない陛下はにこやかに処刑宣告をしてきた。

 さすがのリリーも後ろ姿が本気で震えている。

「い、いえ! 修道院に行きます! 行かせて下さい」

「よかろう。では、二人ともそれぞれの行き先に早急に向かいたまえ」

 王太子は放心したまま。
 リリーは陛下から離れた途端にブツブツ文句を言いながら。

 それでも二人は、大人しく兵士達に引きづられるように大広間を去っていった。

「さて、では沙汰を続けるとしよう」

 会場のざわめきが一段落した所で陛下は続ける。


「儂は、公爵家子息アーサーは本日より我が息子として養子縁組致し、王太子とする。儂の弟の子なのだから、王族としても申し分ないだろう」

 異議のあるものは申し出よ、の言葉に反論するものは居なかった。

 アーサーはあらかじめ知らされていたのだろう、冷静な顔をしているし、その隣の公爵も深く頷いている。
 恐らく、アーサーの東国行きうんたらかんたらは王太子に責任を負わせるために予め、公爵家と口裏合わせがされていたのだろう。

 そこまで考えた所で、初めてあたしにも声がかかった。

 「聖女カタリナよ。そなたは王太子と婚約しているのだからアーサーが次の婚約者となる。異論はないか?」

「ございませんわ」

 ニッコリ

 恐らく今日一番の笑顔であたしが返答すると。

 陛下は満足そうに、ならば良い、とだけ答えた。



 まるで全てのピースがピッタリはまったかのように、くだされた沙汰。



ーーアーサーの言ってた通り、本当に底が知れない。





 これにて閉会!





 陛下の宣言に誰も彼もが席を立ち、噂話に華を咲かせながら家路に急ぐ。

 おそらく数時間後には、王太子廃嫡の話は国中を駆け巡るはずだ。



 そしてきっと、貴族達は明日には初めからアーサーが王太子であたしはその婚約者であったかのように振る舞うのだろう。

 

 陛下は今回の宰相の企みを利用したに過ぎないのだ。



 愚かすぎる息子の始末と、ある程度有能な次期王太子になるアーサー、聖女であるあたしを自在に操るための借りを作らせるために。



「僕達も戻ろう? カタリナ」



 ハッ



 優しく澄んだ水のように綺麗なブルーの目で、こちらに笑いかけるアーサー。



「ええ。もちろんよ、アーサー」



 あたしは思わず微笑んだ。



 そうだった。



 例え陛下がどんなに恐ろしくたって、貴族社会がどんなに冷酷な場所であったて。



 あたしには愛してやまない婚約者がいる。



ーーだから、絶対に誰にも彼の隣は渡さない。



 あたしはアーサーの手にエスコートされながら、それだけを心に誓ったのだった。
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