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アーサーサイド

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 僕はこの国の王弟を父に持つ。

 臣下に下る際に公爵位を賜った公爵家の双子の兄として産まれた。

 僕の名前はアーサー。妹はアンネローゼ。

 僕達は幼い頃から見た目はそっくりで何でもソツなくこなすタイプだけど、性格は全く正反対だ。

 

 アンネローゼは悪い子じゃないけど、かんしゃく持ちでとにかく新しい物好き。
 僕はパッと見は大人しく優等生だが、実はそれなりに何でも出来る能力と何でも手に入る公爵家の権力に毎日飽き飽きしていた。

 そんな僕達が入れ替わりを始めたのは、アンネローゼが王太子の婚約者に選ばれた頃だ。

 アンネローゼはすぐに王太子妃教育がつまらなくなった。
 一目惚れした王太子の前では淑やかに振る舞いながら、家ではもうやりたくないとかんしゃくを起こす。

 父も母も。そして僕も。

 ワガママなアンネローゼに疲れた僕らは、人前ではそれっぽく振る舞えるんなら無理にやらせることもないかと考えた。



 僕達はまだ少年少女で、背格好も似ていたし僕は長髪だったからね。
 試しに僕らが入れ替わっても父と母以外は気が付かないくらいだった。

 だから、アンネローゼが王太子と会えないお勉強の日を中心に、僕らの入れ替わり生活が始まったんだ。

 中々、刺激的な毎日だったよ。

 それはアンネローゼも同じみたいで、剣や乗馬の練習をしながらバレないかワクワクしていたそうだよ。

 でも、僕はすぐ陛下にはバレて、黙っていて頂く代わりに罰として授業の後に鍛錬を課せられることになったんだけどね。

 そして、そんな楽しい日々は数年続いたんだけど、成長期に差し掛かった僕らはそろそろ限界だとは感じていたんだ。
 だけど、スリルを手放せなくてズルズル続けていたある日、突然終わりが来たんだ。

 そう、君だよ。聖女カタリナが現れた。

 君の美貌に王太子はすぐに夢中になり、本物のアンネローゼはデート中に公衆の面前で婚約破棄されたんだ。

 妹は、自信のあるタイプだったし一目惚れした王太子殿下をまともに変えてみせる、と意気込んでいたから落ち込んでいた。

 僕は確かに、婚約破棄を公衆の面前でなさるなんて殿下は中々厳しいことを、とは思ったよ。

 でも、聖女が現れたなら仕方がないじゃないか、とアンネローゼを慰めていたんだ。

 話が変わったのは、ベッドから出たくないと泣く妹の代わりにアンネローゼとして当城した日。

 殿下から、カタリナの望みで王太子妃教育をお前にやらせたいと言われた日だ。

 僕は生まれてはじめて、信じられないくらいに腹が立った。

 聖女カタリナはそんなに偉いのか。

 婚約者だけでなく、アンネローゼの公爵家の令嬢としてのプライドまで奪いたいのか。

 だから、僕は妹の代わりに教育係をやりたいと陛下に願い出た。
 アンネローゼは気落ちしていて、役目を果たせないから、と。

 
 けれどカタリナ様、君に初めて会った時に意気込んでいたはずの僕は見惚れてしまっていたんだ。

 溶けるような黒髪に猫のようにイタズラな目、白雪のような肌。

 濡れたように朱が差している唇。

 

 

 自分にそっくりな妹を褒めるのは気が引けるけれど、アンネローゼだって美しい娘だ。

 ちょっと気が強いけれど、アンネローゼに憧れている子息も一人や二人じゃない。

 だけど、その時、僕は妹を簡単に捨ててカタリナ様に求婚した殿下のことを恨むよりも。

 貴女と結婚できる殿下がただ羨ましい、と思ってしまったんだ。

 そう、君のおかげで僕は初めて何かに夢中になるという気持ちを知ったんだよ。

 


 でも王家に仕える筆頭公爵家の僕が王太子の婚約者に懸想するなんて、絶対に許されない。

 陛下は表面上は優しい方だが政治に関して、こと国に関わることに関しては非常に厳しいし、怒らせると底が知れない方だ。
 

 僕の気持ちがバレたら、見逃して貰えるとは限らない。
 王太子への裏切りだと見なされ公爵家ごと咎を受けるかもしれない。


 だから余計に、君には今まで使ったことのないような嫌味を沢山言ってしまったし、通常の二倍も三倍も厳しい王太子妃教育をやらせてしまった。

 けれど、カタリナ様は時には城の中の誰よりも早起きしてマナーを自主練していたし、誰よりも遅くまで起きて語学の本を読んでいた。

 教育係の話が、殿下の差金だと知った今は自分が恥ずかしくて仕方ない。

 僕は気が付けば、君の全てに恋していたんだ。

 それでも、王太子妃教育が終わる今日。

 誰にも恋心を悟られないようにアンネローゼとして聖女カタリナの前から消える予定だった。

 未来の殿下には期待出来ないけれど、君になら。王太子妃になら命を捧げると誓えると思ったからだ。

 けれど、殿下が君を死罪にすると言い出した。

 僕は生まれてはじめて王太子に、王族に逆らった。

 その上、実はご無事だった陛下から耳打ちされた宰相の企みを逆手にとって、独断で騎士団長が裏切ったように見せかけてまで、こうして貴女の元に駆けつけてしまった。

 おまけに王太子が目覚めても何も出来ないように、カタリナ様の体を縛り付けて騎士団長と侍女達に見張らせている。

 騎士団長も男だからね。一人だと信用ならない。

 

 これだけで重罪だし、本来、知ってはならない聖女のギフトについても知ってしまった。

 だから、僕は東国の女王の五十三番目の妾として喉を潰されてから贈られる。

 この度の宰相の反逆は、既に陛下と女王が手を組んだことで防げたんだ。
 そのお礼としてね。

 女王はお年の割に、若い見目の良い男性がたいそうお好みらしい。
 最近は身分のある男性を集めているらしいから、僕でもこの国のお役に立てるそうだ。

 この声が出せるうちに、カタリナ。

 最後に呼び捨てにしてもいいかい?

「カタリナ、君を愛している。どうか君は幸せに」

 ★

「あたしもアーサーのことを愛している! お願い、どこにも行かないで!!」

 けれど、あたしの悲痛な叫びは陛下の笑い声に遮られた。

「ははっ。いやぁ。若い二人の熱い場面を見せられでしまったな」

 心底面白いとでも言うように笑う陛下の足元に跪く。
 あたしには貴族のご令嬢のようなプライドはない。
 靴を舐めろと言われても平気だ。

「陛下! あたし何でもします、だからアーサーに何もしないで」

 けれど、陛下は途端につまらなさそうな顔をした。

「アーサーの話を聞いていたかな? 私はね、愛するこの国の為ならどんなことでもするんだよ。甥を失うのは悲しいがね」

「だから、情で動かそうとしても無駄だ。君はもう少し賢いと思ったのだがな」

 どうやら、陛下の好々爺とした姿に惑わされてはいけないらしい。
 だが、条件次第ではアーサーを助けても良いとも聞こえる。

 考えろ、あたし。

 陛下は何が欲しくて、何を失いたくない?

「では、入れ替わりが解消した後、召使いとしてアーサーについて行くことをお許し下さい」

「カタリナ!」

 静止にくるアーサーを押しやる。
 今から大事な交渉の時間だ。


「許さない、と言ったら?」

「教会にこの度、王太子に死罪を申し付けられたことを報告します」

 王家と教会は一枚岩ではない。

 昔からの取り決めだから、と泣く泣く教皇はあたしを手放したと聞いた。

 王族の醜聞は教皇が聖女を囲う立派な理由になるはずだ。
 それは王家の損失になる。

 それがイコールこの国の損失になるかは分からないが、陛下の手駒が減るのは確かだ。

「ふむ。報告する時間を与えないようにするとは考えないのかね? 手段はいくらでもあるのだが」

「陛下!!」

 ジロリ

 アーサーが今度は陛下を止めようとするが、視線で威圧されている。

 やっぱり彼はいいトコのお坊ちゃんだ。

 あたしには分かる。

 ここで怖気づいたらあたしの負け。


ーーまぁ、手段なんていくらでもあるよね。

 優しい手段ならあたしを監禁するって所だし、キツイ手段なら手足をもいで戦意喪失って所だよね。

 でも、今のあたしにはコレがある。

 腰についてる飾りに等しい剣に手を添えてみせた。

「ならば、ここでこの首を刎ねます。聖女のギフトは魂に宿るもの。陛下は息子の身体とギフトを失うことになります」

 剣を握る手が汗ばむ。

 こんなのハッタリだ。

 隣にいるアーサーは止めに入るだろうし、万一空気を呼んで止めに入らなくても、あたしには死ぬ覚悟なんてない。

 けれど、あたしが持っている物で陛下とっても価値があるのは聖女のギフトくらいだから。

「なるほど。息子の身体はともかく、君に死なれるのは確かに惜しいなぁ」

 陛下は白く伸ばしたヒゲに手を当てて、少し俯きながら、よかろう、と呟いた。

 力が抜ける。

 足はガクガクしているし、腰から下の感覚もない。

「君達は我が愚息よりは役に立ちそうだしな。だが、これは貸一つだ。忘れてもらっては困るよ」

 その言葉を合図にアーサーとあたしは頭を下げて臣下の礼をとった。
 陛下の重圧感に冷や汗が伝う。

 背中がゾワゾワして気持ち悪い。

 陛下がこちらに近づき、あたしの頭上に立つ。

「二人とも後で大広間に来なさい。公爵家子息と聖女カタリナしてね」

 その言葉を合図にあたしの首に衝撃が走る。

 陛下に注射針のような物を打たれたのだ。


 カタリナ! カタリナ!!

 

 アーサーがあたしを呼ぶ声を微かに聞きながら、あたしは襲ってくる睡魔に身を委ねるしかなかった。

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