聖女のキスは特別製です!〜死罪だと言われたので王太子と入れ替わろうと思います~

ゆーぴー

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アンネローゼが男の子だった件について

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「こ、これはどう言うことだ!!」

「やっぱり殿下は陛下から何も聞かされてはいないのですね。お可哀想に」

 それだけ言って、あたしはあたしの顔をした王太子を殴る。
 思いっきり、男の力でみぞおちに入れてやった。

 一瞬で王太子であるカタリナは倒れる。

 これは後で痛いだろうなぁ。

 ヤダなぁ。はぁ~~。

「殿下ったら心配したじゃない! カタリナを殴るなんて素敵!!」

 後ろで嬉しそうにギャンギャン喚いているリリーと放心しているアンネローゼ。

「何を言っている、リリー。カタリナは疲れが出て倒れたんだ。そうですよね、アンネローゼ様調?」

 アンネローゼは、カタリナの口調で話すあたしを見てハッと気を取り戻したようだ。
 こちらにしっかりと頷いてみせた。

ーー賢い彼女なら、これで全て伝わっただろう。

 そう、あたしが神から貰ったギフトは口づけした相手との入れ替わり。
 口づけに思いを込めて神に祈ると、相手の魂と入れ替わることが出来るのだ。

 タイムリミットは二十四時間。
 ただし、どちらが死ねば魂は元の場所に戻らず、相手の体に入ったままになるらしい。

 まぁ、陛下がお戻りになるまでの時間稼ぎにはなるだろう。

「リリー。君も変なことを言い出すなんて、疲れが溜まっているんだろう。誰か! 医師を呼べ」

 扉の向こうに声をかけると、さすがは国王代理の王太子。
 サッと宰相が医師を連れて現れた。

「医師よ。疲労回復のためにカタリナとリリーに睡眠薬を投与せよ。そうだな、丸一日は目覚めない強力な物が良いだろう」

「畏まりました」

 医師が気絶しているカタリナには睡眠薬を点滴で、リリーには丸薬を差し出す。

「嫌よ! 何言ってるの、殿下!!」

 あたしの腕に絡みつき、うねうねと動くリリー。

 残念だけど、その手は女同士では効かないよ。

「聞こえなかったのかな。僕は睡眠薬を飲め、と言っている。リリー、僕は国王代理だから僕の命令は絶対だと言ったのは君だよ?」

 右手を挙げると宰相は頷き、命じられた兵士達が入室して来た。

 権力者ってすごいね。片手で人を操れるんだね。

 宰相は、絶対零度の眼差しと口元に冷ややかな笑みを浮かべ、リリーに優しく話しかけた。

「リリー様。ご自分で丸薬を飲まれますか? それとも強制的に飲まされることをご希望でしょうか?」


「う。の、飲めばいいんでしょっ」

 宰相に威圧されたリリーが睡眠薬を手にすると、あっという間に眠りに落ちる。
 さすが、王宮の医師が処方した薬は違う。

 おかげで当分、自由に動けるはずだ。

 あたしはテキパキと指示を出す。

「まず、アンネローゼの首の怪我を治療せよ。守り刀で少し傷つけたようだ。カタリナとリリーについては貴人室にて様子を見るように」

「それと、暴れたりした時のために兵士にも見張らせよ」

 さっきまでの王太子とは、全く違う態度で接しているのに、宰相は不信感も見せず粛々とあたしの命に従った。

 この様子だと、陛下から聖女のギフトについては聞いてるみたいね。

 ってことは、聖女のギフトについて知ってたのは教皇と国王陛下、それと陛下から聞いた宰相って所かな。


「カ、いえ、殿下! わたくしにも何か出来ることはございませんか!」

 治療しようとする医師を押しのけ、アンネローゼが顔に焦りを滲ませた様子で駆け寄って来た。

 優しいわぁ。

 あたしのことを心配してくれている。

 全部解決したら、アンネローゼとお友達になりたいなぁ。
 
「ありがとう、アンネローゼ。ではカタリナに付いていてくれないか? 万が一、早めに目覚めたら何をするか分からないから」

 王太子はあの長すぎる下まつげだけでなく、女好き過ぎてキモい奴だ。
 あたしと入れ替わったことを周りに訴える心配より先に、あたしの体の貞操の危機である。

 アンネローゼならその辺りを上手くやってくれるだろう。

 目線を交わすと彼女は心得たように頷いた。

「おまかせください。カタリナ様はわたくしがお守り致しますわ」

 あたしは、頼んだよとだけ返答すると早々と宰相を連れて部屋を出た。
 あまり長々と元婚約者のアンネローゼと話すのは、周りの兵士達に違和感を与えるかもしれないから。

「宰相、詳しい説明はいるかな?」

「不要でございます。最初から扉の向こうで控えておりましたゆえ、経緯も心得ております」

「そうか」

 あたしは思わず渋い顔になる。

 控えてたなら、死罪だなんだとの騒ぎの時に助けに来てよ。
 そうしたら、あたしのファーストキスを守れたのに。

「仲裁に入れず申し訳ごさいませんでした。ですが、陛下が東国で倒れたと言う知らせが来たのは事実でして」

「陛下のおられない今、宰相たる私がいませんと国が回りません。それに貴女様ならどうにか切り抜けられるかと」

 

 なるほど。

 あの王太子なら逆ギレして宰相幽閉!とか言いそうだもんね。

 そりゃあ当座の国民の生活と、聖女のファーストキスなら国民の生活だよなぁ。


 ふぅ。

「それで? 陛下の詳しい容態は?」


 とりあえず陛下さえお戻りになれば、丸く納めて下さるだろう。

「それが、、。何度も使者を立てているのですが、一向に返答がなく」

「……それは。何事かあったのかもしれない。すぐに王太子が自らが迎えに行くと先触れを」


「……畏まりました。して、貴女様は何をお望みでしょう」

「? 陛下が無事に帰還なされること願うだけだが?」

 チラリとこちらを伺う宰相が薄く笑ったような気がした。

 何とも言えない違和感。

 宰相ってこんな笑い方をする人だっけ。


 タタタタタッ

 突然、会話を遮るように被り物をした側近の一人が宰相に耳打ちする。
 
 ニャリ

 途端に口の端だけを歪めた宰相は、人払いを命じるとゆっくりこちらに向き直った。

 

「いやぁ。ご立派なことですな。ギフトの力を私利私欲に使わないとは」

「下賤な産まれとは言え、さすがは聖女カタリナ様! 馬鹿な王太子とは違ってまともなご指示ばかりだ」

 口調が砕け、偉そうに語る宰相は両手を広げ演説でもするかのように大げさに言う。

 彼の纏う上品な雰囲気は消え、残るのは老いた老人の汚い笑みだけだ。

「だが、少々時間が足りなかったようですな。騎士団長がこちらに寝返ったおかげで、今この城の支配者は私になったようですよ」

 はぁ?

 騎士団長が寝返る?

 あの王家に忠実な??

 あり得ない事実に、あたしはヒヤリとした悪寒が走った。
 これはとんでもない陰謀に巻き込まれているのかもしれない。

「……どういうこと」

「簡単な話です。私と東国の女王は手を組んだ。一世一代の賭けですよ。元・国王陛下は東国で毒を盛られ、その隙に私は武力を担う騎士団長に詰め寄った」

 この先、愚行しか犯さない王太子か私か、どちらにつくのか、とね。

 そう言って腰をおり、耐えられないように笑いながら、宰相はこちらを見る。

「彼は随分と聖女カタリナに肩入れしていたようで、王太子が貴女を死罪にすると言い出したお陰で私はこの国の王になれるようです」

「貴女には感謝せねばならなりませんねぇ」

 えぇぇ。

 あたし、騎士団長と話したことすらないんですけど。
 
 この話は本当?
 それとも実はこの人の妄想で、頭イッちゃってる?

 「まぁ、東国の属国にはなりますがね。それでも私はこの国の王だ!!」
 
 まるで目の前にいるあたしが見えないかのように、興奮しながら身をよじり喜びに震えている宰相。

 あたしはジリジリと後ろに下がる。

 こわい。怖いよ、この人。

 なんかもう気が狂っちゃってない?

 ムリムリムリ。

 逃げだしたい!!


 けれど、そんなあたしの儚い希望は、打ち砕かれた。
 頭おかしい宰相としっかり目が合っちゃったから。

「逃げようなんて悪い子ですねぇ。で、ん、か。貴女はここで王太子として死なねばなりません」

 一歩、また一歩とこちらにジリジリ近づいてくる宰相。

「ご安心下さい。聖女カタリナの体も今頃、私の部下が手にかけています」

 逃げようにも、後ろにはいつの間にかさっき宰相に耳打ちしてた側近がいて、あたしは肩を押え付けられた。



「はなして! やめてよ!!」


「いやぁ。実に私は運がいい。元々、不確定要素の聖女には消えてもらいたかったのですよ。教会には馬鹿王太子と聖女の無理心中だと報告しましょうか!!」

 振り上げられた剣先に鈍い光が当たる。

 

 だが、本能的に目をつぶったのに予想していた痛みは襲ってこなかった。

 なぜならあたしを押さえつけていたはずの側近が、宰相を一突きにしていたから。

 宰相から吹き出した血しぶきと、錆びた鉄のような匂い。
 悲惨で残酷な一場面のはずだ。

 けれど、あたしは震えることも怯えることもしなかった。

 だって、被り物がとれてこちらを振り返った人は、あたしが大好きになっちゃった人だったから。

「アンネローゼ!」

 アンネローゼの無事を確かめたくて、思わずその腕の中に飛び込む。


「怪我はありませんか? カタリナ、様」

 少し照れくさい顔をしたアンネローゼも可愛いんだから、もう。


「ない! それよりも髪は? 髪はどこいったの!?」

 そうなのだ。

 アンネローゼのあの美しい白銀の長い髪が、ない。
 いや、あるにはあるけど、まるで青年のような短さになっている!

「不要になったので切りました」

 え。不要になりませんけど。

 サラサラヘアがもったいない!


 ってか、アンネローゼの喋り方が変じゃない?

 貴族的ではあるけど、男性みたいな……



 ギュッ

 力強い腕に抱きしめられる。

「アンネローゼって、意外に力がある」

 ちょっと痛くて身をよじったあたしをからかうように、アンネローゼは笑う。

 うふふ。

 今、絵面的には髪の短い青年みたいなアンネローゼと王太子が抱き合ってるんだ。

 そう思うとあたしも笑えてきた。

 けれど。

 アンネローゼはすぐに少し緩めた優しい強さで一度だけギュッと抱きしめると、あたしを離してしまった。

 そして、ごめんね、と悲しそうに目尻を下げる。

 なんだろう、なんだか急に不安になった。

 あの、とか、ねぇ、とか何でもいいから声をかけようとしたその時。

 パチパチパチーー

「見事な剣筋であった。惚れ惚れしたよ、アーサー。ついでに人払いも済んだ。最期の時間を楽しみなさい」

「陛下。陛下の厳しい鍛錬のおかげでございます。お心遣いありがとうございます」

 あれ?

 何で東国で病に倒れたはずの陛下がここにいるんだろう。

 いや、それよりも。

 はて? アーサー様とは??

「申し訳ありません、カタリナ様。貴女を騙しておりました。僕の名前はアーサー。そして令嬢ではなく公爵子息です」

「え?」

 アンネローゼが男の子だったってこと?

 どうしよう。

「よければ少しだけ僕の話に付き合ってくれますか」

「は、はい」

 どうしよう。

 どうしよう、どうしよう。

 生まれてはじめてお友達になりたいと思った女の子が実は男の子で。

 だけど、その子が好きな気持ちは全然変わらなくて。

 もしかしたらこの気持ちは友情じゃなくて、恋心?

 胸がドキドキして苦しい。

 もしかしたら、もしかして。

 アンネローゼも同じ気持ちだったりして。

 けれどそんな淡い期待は、次の一言で粉々になった。

「全て話終えたら、僕は東国に行くことになるでしょう。カタリナ様、貴女と出会えてよかった」

 目の前が真っ暗になる。

 立っているのがやっとだ。

 けれど、そんな体とは正反対に。

 あたしの耳だけは、一生懸命にアーサーの言葉を拾っているようだった。

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