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1巻
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プロローグ 黄昏時の出会い
「小日向、出かけるのか?」
十一月の午後、自身が勤める建築設計を担う神田デザインのオフィスで、レザーのトートバッグに資料を詰めていた小日向莉子は、そう声をかけられ顔を上げた。
見ると先輩社員の雨宮和也が、デスクチェアに背中を預けてこちらを見ている。
所長をはじめ、うるさい先輩社員がいないのをいいことに、仕事をサボっているらしい。
怠そうにこちらに顔を向ける雨宮のやる気のなさに、莉子は内心眉をひそめる。
「新規リフォームの打ち合わせです。その帰りに、次回のコンペの現地視察に行ってきます」
雨宮の態度に思うところはあっても、相手は先輩だ。感情を抑えて話す莉子に、雨宮がチッと舌を鳴らす。
「次回のコンペって、あれだろ? KSデザインも参加するやつ。そんなのまた加賀弘樹が、加賀設計のご威光で受注を取るんだから、現地視察なんて時間の無駄だ」
雨宮が人の仕事にケチをつけるのは、今に始まったことではない。
なんだかんだと言い訳をして努力を放棄するだけでなく、頑張っている他の社員のやる気を削ぐようなことを言ってくる。
以前、そんな彼の態度をやんわりと正したところ、その後、かなりの嫌がらせを受ける羽目になった。そのため最近は、彼の発言は聞き流すことにしている。けれど、湧き上がる不快感までは抑えられない。
「そうですね。でも、今後の勉強のために視察はしておきます」
無表情でそう返してオフィスを出ていく莉子の背中に、雨宮の聞えよがしな声が飛ぶ。
「アイツ、ホント可愛げがないよな。女として、マジ終わってる」
コンプライアンス教育の参考事例として、そのまま利用できそうなハラスメント発言だが、わざわざ相手にする時間が勿体ない。
莉子は聞こえなかったフリをして、オフィスを出た。
予定どおりリフォームの打ち合わせを終えた莉子は、その足で老朽化の進んだ商業施設を訪れた。
昔は地域の生活を支えていたその商業施設は、近くに新たな大型複合施設ができたことで、今年役目を終える。
跡地には、大手企業が経営母体の飲食店が建つ予定になっており、そのテナント設計は複数の設計事務所が参加するコンペで決められることになっていた。
莉子が勤める神田デザインも、コンペに参加する予定だ。すでに下見は終えて、ある程度の草案はできているのだけど、よりよいものにするために再度現地を見に来たのだった。
冬の夕暮れは早い。
まだ十七時前なのに、僅かに夕日の名残を残した濃い藍色の空には宵の明星が輝いている。
寒い中デジカメを片手に周囲を散策していると、不意に脳裏に雨宮の言葉が蘇る。
『そんなのまた加賀弘樹が……』
彼の意見を肯定するつもりはないけど、そう言いたくなる気持ちが少しだけわかる。
雨宮の言う「加賀弘樹」とは、KSデザインの社長のことだ。
神田デザインとは事業規模や得意分野が似ているためか、コンペで競うことが多く、最終候補で顔を合わせることが度々ある。しかし悔しいことに、選ばれるのは高確率でKSデザインの方だった。
数少ない神田デザインが勝った案件は、どれも所長の神田が率先して手掛けたもので、莉子や雨宮が任されたものは全てKSデザインに負けていた。
その原因はもちろん、自分たちの力不足にある。
だから莉子は、雨宮のように、どうせ負けるのだからと最初から試合を放棄するのではなく、今できる努力を精一杯して臨みたい。
そしていつかは、加賀弘樹を唸らせるような企画を提案して勝利を勝ち取ってみせる。
そうでなくては、若手育成のためにコンペに参加させてくれている神田所長に失礼だ。
特に今回のコンペは、莉子や雨宮といった若手に全件を委ねてくれているので、いつも以上に気合が入る。
――今度こそ、ウチが勝つ!
そう自分を鼓舞して、莉子は宵闇に沈む街並みへレンズを向けた。
――バッグ、邪魔かも……
撮りたいアングルに合わせてカメラを構えると、資料の詰まったバッグが肩から落ちてきてバランスが取りにくい。
かといって地面に置くのも嫌で、カメラを構える度に肩からずり落ちてくるバッグに悪戦苦闘していると、不意にそれが軽くなった。
「え? ――っ!」
驚いて振り向いた莉子は、背後に立つ人の姿に息を呑んだ。
――どうして彼がここに……
「神田デザインさんの子だよね。写真撮る間、バッグを持ってるよ」
そう言って、にっこり微笑みかけてくるのは、先ほど静かな対抗心を燃やしていたKSデザイン社長の加賀弘樹、その人だった。
弘樹は、莉子のバッグの持ち手を握って軽く浮かせてくれている。
「君も視察? 俺もだよ」
彼は人好きのする笑みを浮かべて言う。そして莉子の肩から、スルリとバッグを取り上げると自分の肩にかけた。
そしてキョトンとしている莉子に、写真を撮るように顎の動きで促す。
「あの……」
「黄昏時のこの感じ、いいよな。万人の郷愁を誘う風情がある」
こちらの戸惑いなど眼中にない感じで、弘樹は莉子がレンズを向けていた方角へ視線を動かす。
彼方へ目をやる彼の表情は穏やかで、ただそこにいるだけで映画のワンシーンのように様になる。
それにつられて莉子もそちらに視線を向けると、柔らかな闇に浮かぶ住宅の灯りが広がっていた。夕暮れから夜へ向かう景色は、彼の言葉どおり不思議とどこか懐かしい。
生まれ育った街でもないし、故郷に似ているわけでもない。それなのに、次第に暗くなる景色に浮かび上がる街灯や家々の灯りは、不思議なほど郷愁を誘う。
「冬の夕暮れは早いよ」
景色に見惚れていると、弘樹にポンッと背中を押された。
それで本来の目的を思い出した莉子は、シャッターチャンスを優先することに決めた。弘樹にバッグを預けたことで身軽になった莉子は、そのまま景色に意識を集中させていく。
街並み、建設予定地、近くの街路樹、資料として残しておきたい風景を、様々な角度から写真に収めていると、ファインダーの中に弘樹の姿が飛び込んできた。
莉子のバッグを肩にかけ、細身のスーツの上にダウンジャケットを羽織った彼は、ポケットに両手を突っ込み、モデルのような佇まいで遠くに視線を向けている。
弘樹は自分にレンズが向いていることに気付くと、白い息を吐いてクシャリと人懐っこい笑みを浮かべた。ついでといった感じで、わざわざポケットから左手を出してピースサインまでつけてくれる。
コシのある黒髪を適当に遊ばせている彼は、形のよい二重で目力が強い。年齢より若く見えるが、背が高く甘さを含んだビターチョコを連想させる大人の男の魅力に溢れている。
そんな彼に視線を向けられ、莉子は思わずシャッターを切ってしまった。
「す、すみません! 後できちんと消しておきますので」
「ああ、ごめん。データーの無駄使いをさせたね。消しておいて」
莉子の言葉を違った意味に捉えた弘樹が、申し訳なさそうに言う。
莉子としては、彼の社会的地位を考えての発言だったのだが、本人はそういうことは気にしていないらしかった。
加賀弘樹――年齢は確か、二十七歳の莉子より八歳年上の三十五歳。学生時代から海外の有名な賞を授与し、将来有望な若手建築家としてその名を響かせていた。その上、今は加賀設計という大手設計事務所の子会社であるKSデザインの社長を務めている。
若く才能に溢れたイケメン社長――それだけでも十分なモテ要素であるが、彼は加賀設計の創業家直系であり現社長の孫ときている。
社長が元気なうちは、子会社であるKSデザインで自由に腕を振るうと共に、経営に必要なノウハウを学んでいるのだとか。
これまでは、なんとなく自分とは違う特別な存在のように思っていたので、彼の気さくな態度を意外に思った。
――加賀さんって、こういう人なんだ……
そこで、ずっと彼にバッグを持たせたままでいたことを思い出し、莉子は慌てて手を差し出す。
「バッグ、ありがとうございました」
「この後、まだこの辺を見て回るのか? もし帰るなら、軽くどうだ?」
莉子のバッグを返すことなく、弘樹は手の動きで飲みに誘ってきた。
そんな滅相もないと、莉子は首と手を振る。
「残念ですけど、今から会社に戻らないといけないので」
莉子が当たり障りのない断りの言葉を口にすると、弘樹は残念といった感じで肩をすくめる。
でも別に、本気で残念がっている雰囲気ではなさそうだ。
その反応も含めて、社交辞令のようなものだろう。
「それなら、車で事務所まで送ろう」
腕時計で時間を確認して弘樹が言う。
その申し出に、それこそとんでもないと、莉子は激しく首を横に振った。
莉子の反応を見た弘樹は、それならばと、すぐに別の提案をしてくる。
「じゃあ、暗くなって危ないから駅まで送るよ」
弘樹はそう言うと、莉子の返答を待つことなく歩き出した。
「あ、バッグ……」
「重たいから駅まで持つよ」
手を差し出して背中を追いかける莉子に、弘樹が言う。
そんなわけにはいかないと、莉子は頑張って早足で彼を追い越し、その前に立ちはだかる。
「そんなの、悪いです」
肩で息をする莉子がそう眉尻を下げると、弘樹も負けじと眉尻を下げて困り顔を見せた。
「俺としては、自分より明らかに小柄な女性に荷物を持たせて歩かせる方が、心苦しくて困るんだけど」
「……っ」
仕事の兼ね合いで時折見かける彼は、経営者として隙のない精悍な表情をしていることが多い。だからこんな人間味に溢れた表情を見せられると、自分の方が悪いことを言ったような気分になってしまう。
「だから、これは俺が持つよ」
「あっ!」
彼の表情にひるんだ隙に、弘樹は莉子の頭をクシャリと撫でて再び歩き出す。
チラリとこちらを振り返った弘樹は、どこか得意げだ。
どうやらさっきの表情も、彼の作戦だったらしい。
「……」
なんだか彼にしてやられた気分になりつつ、莉子はその背中を追いかけた。
並んで歩いてすぐに、自分を駅まで送らなければ済む話ではないかと気付いたが、提案したところで言い負かされそうな気がするのでやめておく。
――なんだか、加賀さんには勝てる気がしない。
それは、この小競り合いのことを言っているわけじゃなく、人生の全てにおいて、加賀弘樹という人に勝てる気がしなかった。
雨宮はコンペで神田デザインが加賀弘樹に勝てないのは加賀設計のご威光だと主張していたが、そうでないことは彼の手掛けた仕事を見れば一目瞭然だ。
――加賀さんのデザインは、とにかくいい。
きっと彼は可能な限りヒヤリングを繰り返し、今日のように、こまめに現地に足を運んで、周囲の環境やその場の空気を直接肌で感じてプランを立てているのだろう。
まだまだ新米の域を出ない莉子でも、彼の企画を見れば、それを察することができた。
おまけに、こうして直接弘樹の人柄に触れたことで、彼の魅力は企画力に限ったものではないと実感する。
弘樹には気取ったところがなく、年下の莉子にも自然体で接してくれる。
彼は人の心を引き付ける魅力に溢れていて、ライバル会社の莉子でさえ「この人と一緒に仕事ができたら楽しいだろうな」などと考えてしまうくらいだ。
これが、世に言うカリスマ性というものなのかもしれない。
――そういえば加賀さん、どうして私のことを知っていたんだろう?
莉子にとって弘樹は、尊敬に近い憧れの感情を抱く相手だけど、その感情は一方的なものだ。
コンペで顔を合わせることはあっても、まさか自分の存在を認識されていたとは思わなかった。
「どうかした?」
忙しなく思考を巡らせていた莉子に、隣を歩く弘樹が不思議そうな顔を向ける。
いつの間にか夕日の名残も消え、すっかり暗くなった空には白い月が浮かんでいた。完全に日が沈み、下がった気温のせいか吐く息が白い。
街灯に溶けていくそれを見るともなしに見ていた莉子は、ふと彼の左手の薬指で鈍く輝くものに気付いた。
手袋をしていない彼の左手の薬指には、銀色の指輪が嵌まっている。
「ご結婚、されているんですね」
莉子が左手に視線を向けて言うと、弘樹も自分の指に視線を向ける。
一度指輪を確認した弘樹は、莉子に向かってはにかむような笑顔を見せた。
「正式に……というわけじゃないけどね」
そこで、弘樹が国際結婚をしていて、海外で暮らす妻とは別居状態にあるらしいといった噂を耳にした記憶が蘇る。
――国際結婚だと、色々難しいのかな?
なんにせよ、正式ではなくても、彼は既婚者ということだ。
こんな大人の色気に溢れたイケメン御曹司が、もし独身だったとしたら、きっと周囲の女性が放っておかないだろう。
彼を射止めた女性は、さぞや素敵な女性に違いない。
連想ゲームのように次から次へと出てくる考えに、莉子はそっと笑う。
「どうかしたか?」
控えめな微笑みに、目ざとく気付いた弘樹が尋ねる。
その声には、とても自然な親しみが込められていて、二人の間にも話しやすい空気が生まれる。だから莉子は、素直に今感じていることを口にした。
「なんだか加賀さんが、人間、人間していてホッとしました」
「人間、人間……?」
少しキョトンとした表情を浮かべる弘樹もまた、莉子の心を和ませる。
「建築家としての加賀さんは、私なんかとはまったく違う特別な存在のように感じていたんです。だけどこうやって話してみると、普通の人なんだなって感じて安心しました」
軽やかな足取りで彼を追い抜かした莉子は、くるりと踵を返して弘樹を見上げる。
「加賀さんの設計が素敵なのは、加賀さんが浮世離れした特別な存在だからじゃないって、実感していたところです」
「そりゃそうだろ。普通の人が普通に利用する場所を提案するんだから、その視線がなきゃ、いい図面は描けないよ」
それを聞いた莉子は、一度背後を振り仰ぎ、空に浮かぶ月を見上げてから小さく握り拳を作って続けた。
「それなら、努力すれば私も、いつか加賀さんに追いつけるってことですよね」
もちろんそれは、並大抵の努力ではないだろう。
それでも雨宮のように、最初から勝てるはずがないと努力を放棄するよりずっといい。
やる気に満ちた表情でそう話す莉子に、弘樹は一瞬、目を見開く。でもすぐに、その目を優しく細めた。
「ああ。そうだな」
そんなことを話している間に、駅に到着した。
「バッグ、ありがとうございました」
莉子が手を差し出すと、弘樹は肩にかけていたレザーバッグを外した。
それを莉子に差し出しながら言う。
「今度また、食事に誘ってもいいか?」
「……?」
動きを止めた莉子が「なんのために?」と視線で問いかけると、弘樹が困ったように笑う。
「同業者として、若手の意見を聞いてみたい」
――このお誘いは、社交辞令かな?
もしかしたら、本当にそう思ってくれてのことかもしれないけれど、彼のような人が自分の意見を聞いて得るものなどあるのだろうか。
もっと話をしてみたいという気持ちはあるけれど、的外れな発言しかできなかった場合、忙しい彼の貴重な時間を無駄にさせることになる。それはさすがに申し訳ない。
とりあえず社交辞令には、社交辞令を返しておくのが無難だろう。
「機会があれば是非」
「じゃあ、次の機会を楽しみにしているよ」
お互いそつのない笑顔で挨拶をして、莉子は弘樹と別れた。
改札を抜けてホームに続く階段を上る前に振り向くと、見送ってくれていた弘樹が律儀に小さく手を振ってくれた。
年上相手に失礼ではあるが、その姿をなんだか可愛く思う。
女としての可愛げゼロの自分と、既婚者でイケメン御曹司――それも、自分が同業者として尊敬している相手だ。そんな二人に、この先なにか起きるとは思わないけれど、彼を見ると不思議と心がくすぐったくなる。
そっと小さく手を振り返した莉子は、弾む足取りで階段を上っていった。
1 王子様との再会
年が明けた一月。神田デザインとKSデザインが共に参加した件のコンペティションは、大方の予想どおりKSデザインの案が採用されて終わった。
その結果に、雨宮は憤懣やるかたない様子で「できレースだ」と騒いでいたが、莉子は当然の結果として受け止めている。
神田デザインのプランは、外観を雨宮、内装を莉子が主導して制作してきたが、雨宮は新規参入の飲食店の存在感を強く主張するような外観を提案していた。
それに対し、KSデザインが提案した図面は、地域の景観に不思議と馴染むものだった。
どちらも老朽化した商業施設の面影を残すことなく新しく作り替えているのに、描かれたプランは正反対のものになっていた。
たとえて言うのであれば、雨宮が描いた図面は、穏やかな川の流れに石を投げ込んだようなインパクトがあるのに対し、弘樹が描いた図面は、川に笹舟を浮かべてその流れに沿っていく姿を連想させた。内装もまたしかりである。
――加賀さんのデザインは、やっぱりいい。
今回のKSデザインの図面を見て、莉子は再度そう認識した。
十一月の黄昏時、偶然遭遇した弘樹と自分は同じ景色を見ていたはずなのに、彼に見えていて自分に見えていなかったものはなんだったのだろうか。
あの日、弘樹は「普通の人が普通に利用する場所を提案する」と話していた。当たり前で簡単なことだけど、それをうまく表現するのは難しい。
――もし加賀さんの目を通して世界を見ることができたら、今見えている景色はどんなふうに変わるだろう。
そんな疑問を素直に言葉にして所長の神田に投げかけたところ、神田から「直接本人と話してみれば、そのヒントが見えてくるかもよ」と返してくれた。そして、同業者が多く参加する、賀詞交換会に自分の代役として出席してはどうかと勧めてくれたのだ。
そのありがたい申し出に飛びついた莉子は、一月某日、都内の老舗ホテルのパーティールームを訪れていた。
「すごい人……」
立食形式の賀詞交換会に参加している顔ぶれを眺め、莉子は静かに唸った。
参加者は全体的に年配者が多く、男女問わず上品で洒落た装いをしている。それだけでも気後れしてしまうのに、参加者の中には業界紙でよく見かける顔もあるので、より一層緊張してしまう。
軽い気持ちで参加してしまったが、かなり場違いなところに紛れ込んでしまった気がして仕方がない。
莉子がいつものシンプルなパンツスーツで来たことを後悔していると、大きな手に肩を叩かれた。
「神田デザインの子、また会ったね」
ポンッと軽く触れる手の感触と共に、低く甘い男性の声が聞こえる。
心地よいバリトンに、相手が誰であるかを察して視線を向けると、思ったとおりの人が立っていた。
「加賀さん、お久しぶりです」
今日の弘樹は、洒落っ気のあるデザインの三つ揃いのスーツを品良く着こなしている。
甘さを含んだ端整な顔立ちも相まって、まるでファッション誌から抜け出してきたモデルのようだ。そんな彼の佇まいに一瞬見惚れてしまう。
でもすぐに神田の名代としてこの場に参加させてもらっていることを思い出し、莉子は丁寧に頭を下げて、弘樹と形式的な新年の挨拶を交わした。
「今日、神田さんは?」
「所長は別件で地方に赴いており、本日は私が……」
顔を熱くしながら必死に言葉を紡ぐ莉子の姿に、弘樹が柔らかな表情を浮かべて言う。
「俺相手に、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「……」
そんなことを言われても、莉子としては、相手が弘樹だからこそ余計に緊張してしまうのだ。
どうしたものかと難しい顔をしている莉子に気付き、弘樹が話題を変えた。
「神田さんから聞いたけど、この間のコンペの内装は、小日向さんが担当していたんだってね。あれよかったよ」
「えっ!」
「小日向、出かけるのか?」
十一月の午後、自身が勤める建築設計を担う神田デザインのオフィスで、レザーのトートバッグに資料を詰めていた小日向莉子は、そう声をかけられ顔を上げた。
見ると先輩社員の雨宮和也が、デスクチェアに背中を預けてこちらを見ている。
所長をはじめ、うるさい先輩社員がいないのをいいことに、仕事をサボっているらしい。
怠そうにこちらに顔を向ける雨宮のやる気のなさに、莉子は内心眉をひそめる。
「新規リフォームの打ち合わせです。その帰りに、次回のコンペの現地視察に行ってきます」
雨宮の態度に思うところはあっても、相手は先輩だ。感情を抑えて話す莉子に、雨宮がチッと舌を鳴らす。
「次回のコンペって、あれだろ? KSデザインも参加するやつ。そんなのまた加賀弘樹が、加賀設計のご威光で受注を取るんだから、現地視察なんて時間の無駄だ」
雨宮が人の仕事にケチをつけるのは、今に始まったことではない。
なんだかんだと言い訳をして努力を放棄するだけでなく、頑張っている他の社員のやる気を削ぐようなことを言ってくる。
以前、そんな彼の態度をやんわりと正したところ、その後、かなりの嫌がらせを受ける羽目になった。そのため最近は、彼の発言は聞き流すことにしている。けれど、湧き上がる不快感までは抑えられない。
「そうですね。でも、今後の勉強のために視察はしておきます」
無表情でそう返してオフィスを出ていく莉子の背中に、雨宮の聞えよがしな声が飛ぶ。
「アイツ、ホント可愛げがないよな。女として、マジ終わってる」
コンプライアンス教育の参考事例として、そのまま利用できそうなハラスメント発言だが、わざわざ相手にする時間が勿体ない。
莉子は聞こえなかったフリをして、オフィスを出た。
予定どおりリフォームの打ち合わせを終えた莉子は、その足で老朽化の進んだ商業施設を訪れた。
昔は地域の生活を支えていたその商業施設は、近くに新たな大型複合施設ができたことで、今年役目を終える。
跡地には、大手企業が経営母体の飲食店が建つ予定になっており、そのテナント設計は複数の設計事務所が参加するコンペで決められることになっていた。
莉子が勤める神田デザインも、コンペに参加する予定だ。すでに下見は終えて、ある程度の草案はできているのだけど、よりよいものにするために再度現地を見に来たのだった。
冬の夕暮れは早い。
まだ十七時前なのに、僅かに夕日の名残を残した濃い藍色の空には宵の明星が輝いている。
寒い中デジカメを片手に周囲を散策していると、不意に脳裏に雨宮の言葉が蘇る。
『そんなのまた加賀弘樹が……』
彼の意見を肯定するつもりはないけど、そう言いたくなる気持ちが少しだけわかる。
雨宮の言う「加賀弘樹」とは、KSデザインの社長のことだ。
神田デザインとは事業規模や得意分野が似ているためか、コンペで競うことが多く、最終候補で顔を合わせることが度々ある。しかし悔しいことに、選ばれるのは高確率でKSデザインの方だった。
数少ない神田デザインが勝った案件は、どれも所長の神田が率先して手掛けたもので、莉子や雨宮が任されたものは全てKSデザインに負けていた。
その原因はもちろん、自分たちの力不足にある。
だから莉子は、雨宮のように、どうせ負けるのだからと最初から試合を放棄するのではなく、今できる努力を精一杯して臨みたい。
そしていつかは、加賀弘樹を唸らせるような企画を提案して勝利を勝ち取ってみせる。
そうでなくては、若手育成のためにコンペに参加させてくれている神田所長に失礼だ。
特に今回のコンペは、莉子や雨宮といった若手に全件を委ねてくれているので、いつも以上に気合が入る。
――今度こそ、ウチが勝つ!
そう自分を鼓舞して、莉子は宵闇に沈む街並みへレンズを向けた。
――バッグ、邪魔かも……
撮りたいアングルに合わせてカメラを構えると、資料の詰まったバッグが肩から落ちてきてバランスが取りにくい。
かといって地面に置くのも嫌で、カメラを構える度に肩からずり落ちてくるバッグに悪戦苦闘していると、不意にそれが軽くなった。
「え? ――っ!」
驚いて振り向いた莉子は、背後に立つ人の姿に息を呑んだ。
――どうして彼がここに……
「神田デザインさんの子だよね。写真撮る間、バッグを持ってるよ」
そう言って、にっこり微笑みかけてくるのは、先ほど静かな対抗心を燃やしていたKSデザイン社長の加賀弘樹、その人だった。
弘樹は、莉子のバッグの持ち手を握って軽く浮かせてくれている。
「君も視察? 俺もだよ」
彼は人好きのする笑みを浮かべて言う。そして莉子の肩から、スルリとバッグを取り上げると自分の肩にかけた。
そしてキョトンとしている莉子に、写真を撮るように顎の動きで促す。
「あの……」
「黄昏時のこの感じ、いいよな。万人の郷愁を誘う風情がある」
こちらの戸惑いなど眼中にない感じで、弘樹は莉子がレンズを向けていた方角へ視線を動かす。
彼方へ目をやる彼の表情は穏やかで、ただそこにいるだけで映画のワンシーンのように様になる。
それにつられて莉子もそちらに視線を向けると、柔らかな闇に浮かぶ住宅の灯りが広がっていた。夕暮れから夜へ向かう景色は、彼の言葉どおり不思議とどこか懐かしい。
生まれ育った街でもないし、故郷に似ているわけでもない。それなのに、次第に暗くなる景色に浮かび上がる街灯や家々の灯りは、不思議なほど郷愁を誘う。
「冬の夕暮れは早いよ」
景色に見惚れていると、弘樹にポンッと背中を押された。
それで本来の目的を思い出した莉子は、シャッターチャンスを優先することに決めた。弘樹にバッグを預けたことで身軽になった莉子は、そのまま景色に意識を集中させていく。
街並み、建設予定地、近くの街路樹、資料として残しておきたい風景を、様々な角度から写真に収めていると、ファインダーの中に弘樹の姿が飛び込んできた。
莉子のバッグを肩にかけ、細身のスーツの上にダウンジャケットを羽織った彼は、ポケットに両手を突っ込み、モデルのような佇まいで遠くに視線を向けている。
弘樹は自分にレンズが向いていることに気付くと、白い息を吐いてクシャリと人懐っこい笑みを浮かべた。ついでといった感じで、わざわざポケットから左手を出してピースサインまでつけてくれる。
コシのある黒髪を適当に遊ばせている彼は、形のよい二重で目力が強い。年齢より若く見えるが、背が高く甘さを含んだビターチョコを連想させる大人の男の魅力に溢れている。
そんな彼に視線を向けられ、莉子は思わずシャッターを切ってしまった。
「す、すみません! 後できちんと消しておきますので」
「ああ、ごめん。データーの無駄使いをさせたね。消しておいて」
莉子の言葉を違った意味に捉えた弘樹が、申し訳なさそうに言う。
莉子としては、彼の社会的地位を考えての発言だったのだが、本人はそういうことは気にしていないらしかった。
加賀弘樹――年齢は確か、二十七歳の莉子より八歳年上の三十五歳。学生時代から海外の有名な賞を授与し、将来有望な若手建築家としてその名を響かせていた。その上、今は加賀設計という大手設計事務所の子会社であるKSデザインの社長を務めている。
若く才能に溢れたイケメン社長――それだけでも十分なモテ要素であるが、彼は加賀設計の創業家直系であり現社長の孫ときている。
社長が元気なうちは、子会社であるKSデザインで自由に腕を振るうと共に、経営に必要なノウハウを学んでいるのだとか。
これまでは、なんとなく自分とは違う特別な存在のように思っていたので、彼の気さくな態度を意外に思った。
――加賀さんって、こういう人なんだ……
そこで、ずっと彼にバッグを持たせたままでいたことを思い出し、莉子は慌てて手を差し出す。
「バッグ、ありがとうございました」
「この後、まだこの辺を見て回るのか? もし帰るなら、軽くどうだ?」
莉子のバッグを返すことなく、弘樹は手の動きで飲みに誘ってきた。
そんな滅相もないと、莉子は首と手を振る。
「残念ですけど、今から会社に戻らないといけないので」
莉子が当たり障りのない断りの言葉を口にすると、弘樹は残念といった感じで肩をすくめる。
でも別に、本気で残念がっている雰囲気ではなさそうだ。
その反応も含めて、社交辞令のようなものだろう。
「それなら、車で事務所まで送ろう」
腕時計で時間を確認して弘樹が言う。
その申し出に、それこそとんでもないと、莉子は激しく首を横に振った。
莉子の反応を見た弘樹は、それならばと、すぐに別の提案をしてくる。
「じゃあ、暗くなって危ないから駅まで送るよ」
弘樹はそう言うと、莉子の返答を待つことなく歩き出した。
「あ、バッグ……」
「重たいから駅まで持つよ」
手を差し出して背中を追いかける莉子に、弘樹が言う。
そんなわけにはいかないと、莉子は頑張って早足で彼を追い越し、その前に立ちはだかる。
「そんなの、悪いです」
肩で息をする莉子がそう眉尻を下げると、弘樹も負けじと眉尻を下げて困り顔を見せた。
「俺としては、自分より明らかに小柄な女性に荷物を持たせて歩かせる方が、心苦しくて困るんだけど」
「……っ」
仕事の兼ね合いで時折見かける彼は、経営者として隙のない精悍な表情をしていることが多い。だからこんな人間味に溢れた表情を見せられると、自分の方が悪いことを言ったような気分になってしまう。
「だから、これは俺が持つよ」
「あっ!」
彼の表情にひるんだ隙に、弘樹は莉子の頭をクシャリと撫でて再び歩き出す。
チラリとこちらを振り返った弘樹は、どこか得意げだ。
どうやらさっきの表情も、彼の作戦だったらしい。
「……」
なんだか彼にしてやられた気分になりつつ、莉子はその背中を追いかけた。
並んで歩いてすぐに、自分を駅まで送らなければ済む話ではないかと気付いたが、提案したところで言い負かされそうな気がするのでやめておく。
――なんだか、加賀さんには勝てる気がしない。
それは、この小競り合いのことを言っているわけじゃなく、人生の全てにおいて、加賀弘樹という人に勝てる気がしなかった。
雨宮はコンペで神田デザインが加賀弘樹に勝てないのは加賀設計のご威光だと主張していたが、そうでないことは彼の手掛けた仕事を見れば一目瞭然だ。
――加賀さんのデザインは、とにかくいい。
きっと彼は可能な限りヒヤリングを繰り返し、今日のように、こまめに現地に足を運んで、周囲の環境やその場の空気を直接肌で感じてプランを立てているのだろう。
まだまだ新米の域を出ない莉子でも、彼の企画を見れば、それを察することができた。
おまけに、こうして直接弘樹の人柄に触れたことで、彼の魅力は企画力に限ったものではないと実感する。
弘樹には気取ったところがなく、年下の莉子にも自然体で接してくれる。
彼は人の心を引き付ける魅力に溢れていて、ライバル会社の莉子でさえ「この人と一緒に仕事ができたら楽しいだろうな」などと考えてしまうくらいだ。
これが、世に言うカリスマ性というものなのかもしれない。
――そういえば加賀さん、どうして私のことを知っていたんだろう?
莉子にとって弘樹は、尊敬に近い憧れの感情を抱く相手だけど、その感情は一方的なものだ。
コンペで顔を合わせることはあっても、まさか自分の存在を認識されていたとは思わなかった。
「どうかした?」
忙しなく思考を巡らせていた莉子に、隣を歩く弘樹が不思議そうな顔を向ける。
いつの間にか夕日の名残も消え、すっかり暗くなった空には白い月が浮かんでいた。完全に日が沈み、下がった気温のせいか吐く息が白い。
街灯に溶けていくそれを見るともなしに見ていた莉子は、ふと彼の左手の薬指で鈍く輝くものに気付いた。
手袋をしていない彼の左手の薬指には、銀色の指輪が嵌まっている。
「ご結婚、されているんですね」
莉子が左手に視線を向けて言うと、弘樹も自分の指に視線を向ける。
一度指輪を確認した弘樹は、莉子に向かってはにかむような笑顔を見せた。
「正式に……というわけじゃないけどね」
そこで、弘樹が国際結婚をしていて、海外で暮らす妻とは別居状態にあるらしいといった噂を耳にした記憶が蘇る。
――国際結婚だと、色々難しいのかな?
なんにせよ、正式ではなくても、彼は既婚者ということだ。
こんな大人の色気に溢れたイケメン御曹司が、もし独身だったとしたら、きっと周囲の女性が放っておかないだろう。
彼を射止めた女性は、さぞや素敵な女性に違いない。
連想ゲームのように次から次へと出てくる考えに、莉子はそっと笑う。
「どうかしたか?」
控えめな微笑みに、目ざとく気付いた弘樹が尋ねる。
その声には、とても自然な親しみが込められていて、二人の間にも話しやすい空気が生まれる。だから莉子は、素直に今感じていることを口にした。
「なんだか加賀さんが、人間、人間していてホッとしました」
「人間、人間……?」
少しキョトンとした表情を浮かべる弘樹もまた、莉子の心を和ませる。
「建築家としての加賀さんは、私なんかとはまったく違う特別な存在のように感じていたんです。だけどこうやって話してみると、普通の人なんだなって感じて安心しました」
軽やかな足取りで彼を追い抜かした莉子は、くるりと踵を返して弘樹を見上げる。
「加賀さんの設計が素敵なのは、加賀さんが浮世離れした特別な存在だからじゃないって、実感していたところです」
「そりゃそうだろ。普通の人が普通に利用する場所を提案するんだから、その視線がなきゃ、いい図面は描けないよ」
それを聞いた莉子は、一度背後を振り仰ぎ、空に浮かぶ月を見上げてから小さく握り拳を作って続けた。
「それなら、努力すれば私も、いつか加賀さんに追いつけるってことですよね」
もちろんそれは、並大抵の努力ではないだろう。
それでも雨宮のように、最初から勝てるはずがないと努力を放棄するよりずっといい。
やる気に満ちた表情でそう話す莉子に、弘樹は一瞬、目を見開く。でもすぐに、その目を優しく細めた。
「ああ。そうだな」
そんなことを話している間に、駅に到着した。
「バッグ、ありがとうございました」
莉子が手を差し出すと、弘樹は肩にかけていたレザーバッグを外した。
それを莉子に差し出しながら言う。
「今度また、食事に誘ってもいいか?」
「……?」
動きを止めた莉子が「なんのために?」と視線で問いかけると、弘樹が困ったように笑う。
「同業者として、若手の意見を聞いてみたい」
――このお誘いは、社交辞令かな?
もしかしたら、本当にそう思ってくれてのことかもしれないけれど、彼のような人が自分の意見を聞いて得るものなどあるのだろうか。
もっと話をしてみたいという気持ちはあるけれど、的外れな発言しかできなかった場合、忙しい彼の貴重な時間を無駄にさせることになる。それはさすがに申し訳ない。
とりあえず社交辞令には、社交辞令を返しておくのが無難だろう。
「機会があれば是非」
「じゃあ、次の機会を楽しみにしているよ」
お互いそつのない笑顔で挨拶をして、莉子は弘樹と別れた。
改札を抜けてホームに続く階段を上る前に振り向くと、見送ってくれていた弘樹が律儀に小さく手を振ってくれた。
年上相手に失礼ではあるが、その姿をなんだか可愛く思う。
女としての可愛げゼロの自分と、既婚者でイケメン御曹司――それも、自分が同業者として尊敬している相手だ。そんな二人に、この先なにか起きるとは思わないけれど、彼を見ると不思議と心がくすぐったくなる。
そっと小さく手を振り返した莉子は、弾む足取りで階段を上っていった。
1 王子様との再会
年が明けた一月。神田デザインとKSデザインが共に参加した件のコンペティションは、大方の予想どおりKSデザインの案が採用されて終わった。
その結果に、雨宮は憤懣やるかたない様子で「できレースだ」と騒いでいたが、莉子は当然の結果として受け止めている。
神田デザインのプランは、外観を雨宮、内装を莉子が主導して制作してきたが、雨宮は新規参入の飲食店の存在感を強く主張するような外観を提案していた。
それに対し、KSデザインが提案した図面は、地域の景観に不思議と馴染むものだった。
どちらも老朽化した商業施設の面影を残すことなく新しく作り替えているのに、描かれたプランは正反対のものになっていた。
たとえて言うのであれば、雨宮が描いた図面は、穏やかな川の流れに石を投げ込んだようなインパクトがあるのに対し、弘樹が描いた図面は、川に笹舟を浮かべてその流れに沿っていく姿を連想させた。内装もまたしかりである。
――加賀さんのデザインは、やっぱりいい。
今回のKSデザインの図面を見て、莉子は再度そう認識した。
十一月の黄昏時、偶然遭遇した弘樹と自分は同じ景色を見ていたはずなのに、彼に見えていて自分に見えていなかったものはなんだったのだろうか。
あの日、弘樹は「普通の人が普通に利用する場所を提案する」と話していた。当たり前で簡単なことだけど、それをうまく表現するのは難しい。
――もし加賀さんの目を通して世界を見ることができたら、今見えている景色はどんなふうに変わるだろう。
そんな疑問を素直に言葉にして所長の神田に投げかけたところ、神田から「直接本人と話してみれば、そのヒントが見えてくるかもよ」と返してくれた。そして、同業者が多く参加する、賀詞交換会に自分の代役として出席してはどうかと勧めてくれたのだ。
そのありがたい申し出に飛びついた莉子は、一月某日、都内の老舗ホテルのパーティールームを訪れていた。
「すごい人……」
立食形式の賀詞交換会に参加している顔ぶれを眺め、莉子は静かに唸った。
参加者は全体的に年配者が多く、男女問わず上品で洒落た装いをしている。それだけでも気後れしてしまうのに、参加者の中には業界紙でよく見かける顔もあるので、より一層緊張してしまう。
軽い気持ちで参加してしまったが、かなり場違いなところに紛れ込んでしまった気がして仕方がない。
莉子がいつものシンプルなパンツスーツで来たことを後悔していると、大きな手に肩を叩かれた。
「神田デザインの子、また会ったね」
ポンッと軽く触れる手の感触と共に、低く甘い男性の声が聞こえる。
心地よいバリトンに、相手が誰であるかを察して視線を向けると、思ったとおりの人が立っていた。
「加賀さん、お久しぶりです」
今日の弘樹は、洒落っ気のあるデザインの三つ揃いのスーツを品良く着こなしている。
甘さを含んだ端整な顔立ちも相まって、まるでファッション誌から抜け出してきたモデルのようだ。そんな彼の佇まいに一瞬見惚れてしまう。
でもすぐに神田の名代としてこの場に参加させてもらっていることを思い出し、莉子は丁寧に頭を下げて、弘樹と形式的な新年の挨拶を交わした。
「今日、神田さんは?」
「所長は別件で地方に赴いており、本日は私が……」
顔を熱くしながら必死に言葉を紡ぐ莉子の姿に、弘樹が柔らかな表情を浮かべて言う。
「俺相手に、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「……」
そんなことを言われても、莉子としては、相手が弘樹だからこそ余計に緊張してしまうのだ。
どうしたものかと難しい顔をしている莉子に気付き、弘樹が話題を変えた。
「神田さんから聞いたけど、この間のコンペの内装は、小日向さんが担当していたんだってね。あれよかったよ」
「えっ!」
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