恋をするなら蜜より甘く

冬野まゆ

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1巻

1-1

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   プロローグ 恋をするなら


 四月の日曜日、待ち合わせのカフェで、和倉美月わくらみつきはスマホ画面をスクロールさせ、フッと頬を緩ませた。
 画面では、見目うるわしい少年が、臆面おくめんもなく愛の言葉をささやいている。

「美月、お待たせ?」

 目を輝かせて画面をスクロールさせていた美月は、向かいに人が座る気配で顔を上げた。

「ああ舞子まいこ、遅かったね」

 学生時代からの友人、阿部あべ舞子の姿に美月が表情をやわらげると、向かいに腰掛けた舞子がひょいと彼女の手からスマホを取り上げた。

「あっ」

 小さな声を上げる美月を気にすることなく、画面をスクロールさせた舞子は、すぐにつまらないといった顔でスマホを返してきた。

「ニヤニヤしながら読んでいるから、男の人からのメッセージかと思ったのに……」

 そのスマホ画面には、漫画が映し出されている。
 それも美月が学生時代に流行はやった高校生の男女が主人公の少女漫画だ。少女漫画をこよなく愛する美月のスマホの電子書籍アプリには、恋愛物を中心とした少女漫画が多数蔵書されている。

「舞子を待っている間暇だったから、昔の漫画を読んでいたの」

 二十五歳にもなってお洒落なカフェで漫画本を開くのは少し恥ずかしいが、覗き見防止フィルムを貼ったスマホを眺めている分には少しも恥ずかしくない。
 美月は画面を指で数回タップして、アプリ画面を閉じた。

「そんなんだから、恋人いない歴イコール年齢なんて悲惨なことになっちゃうのよ」

 呆れたように笑う舞子は、水を持ってきた店員に注文をする。
 高校が同じだった舞子だが、親しく話すようになったのは、大学進学のために上京してからだ。高校時代は、学校ヒエラルキーのトップに位置するグループにいる舞子と、中間層で無難に学生生活を送る美月に接点はほとんどなく、話をした記憶もない。
 そんな彼女から、上京後、突然連絡をもらい、最初はとにかく驚いた。
 高校時代からなにかと目立つ存在だった舞子のことは当然知っていたが、彼女が自分を知っているとはまったく思っていなかった。
 だから舞子が自分の連絡先を知っていることにも驚いたし、彼女が高校時代の共通の知り合いを探してまで、わざわざ連絡してきてくれたことにも感動した。
 話していると価値観の違いを感じることが多い舞子だけど、数少ない同郷の友達ということもあり、その関係は互いに就職した今も続いている。
 スマホを鞄にしまった美月と入れ替わるように、注文を済ませた舞子が自分のスマホを鞄から取り出す。
 綺麗にネイルでいろどられた指先でロックを解除した舞子は、数回画面をスクロールさせ、ずいっと美月の鼻先にスマホを突き出してくる。

「せっかく都会にいるんだから、美月ももっと楽しみなさいよ。ずっと職場と自分の部屋を往復してるだけの暮らしをするんだったら、地元に帰れば? って思うよ」

 スマホの画面には、誰かの誕生パーティーらしい写真が映し出されている。火花の飛び散る花火がささったケーキを前に、華やかな数人の女子が微笑んでいた。
 遠くの打ち上げ花火を眺める気持ちでそれを見る美月の鼻先で、舞子はどんどん画面をスクロールしていく。
 ニューイヤーパーティー、ハロウィン、ヨガにバーベキュー、四季折々のリア充写真の中で、舞子はとても楽しそうだ。

「舞子、いつもお洒落だね」

 スマホの向こう側は完全な他人事ひとごとと割り切っている美月に、舞子が不満そうに頬を膨らませる。

「都内に暮らす女子として、このくらい標準装備。高校の頃から地味だったけど、大学含めて七年も東京にいるのに、ダサダサな美月がヤバすぎなのよ」
「ダサいかな?」

 苦笑いして、美月は自分の姿を見下ろす。
 今日は舞子にバーゲンに付き合ってほしいと頼まれていたので、動きやすさ重視のパンツルックにローファーという服装をしている。だが、目的に合わせてお洒落はしているつもりだ。
 それでも、常にお洒落に気を配っている舞子には、会う度に駄目出しされてしまうが。
 美月が困り顔を浮かべると、舞子は可愛くネイルでいろどられた指先をヒラヒラさせた。
 小さな印刷会社に勤める美月と違い、大手企業の受付をしている舞子の指先は綺麗に整えられている。それこそ、指の先まで女子力があふれていた。

「あ、でも美月の流行はやりに染まらない感じは、私的にやしだから。他の女友達とじゃ、こんなに気を抜いてられないもの」

 慌ててなぐさめてくる舞子に、美月はお礼代わりにクシャリと笑った。

「美月はつり目だけど、それなりに可愛い顔立ちをしているんだから、もっとお洒落すれば少しはマシになるのに」

 美月の目尻は、少しつり気味だ。人によってはアーモンドアイと評価してくれるが、美月としてはきつい印象を与えてしまうので好きではない。

「そしたら、恋人もできるかもよ」

 それはあり得ないと美月が首を横に振ると、ちょうど、舞子の頼んだパンケーキが運ばれてきた。
 柔らかそうな生地きじにたっぷりの生クリームとフルーツが載り、パウダーシュガーがまぶされたそれは、華やかで食べごたえがありそうだ。

「すご~い」

 はしゃいだ声を上げる舞子は、角度を調節しながらパンケーキの写真を撮る。
 そして一口だけフォークでつつくと、皿を美月の方へと押し出す。

「……?」
「太っちゃうから、美月半分食べてよ」

 そう言って可愛く小首をかしげる舞子に、美月は「またか」と、内心嘆息する。
 舞子はよく、SNSえするメニューを注文して写真を撮ると、役目を終えた食事を美月に押し付けてくる。
 押し付ける……という表現になってしまうのは、自分で持て余しておきながら、お会計のタイミングになると「ほとんど美月が食べたんだから」と、支払いを美月に任せてくるからだ。
 数少ない同郷の友達とギクシャクするのが嫌で、結局、美月はそのままケーキを食べ始めた。

「そういえば、どこのお店に行くの?」

 甘すぎるクリームの味をフルーツの酸味で中和させながら美月が聞くと、舞子がなにかたくらんでいそうな笑みを浮かべた。

「ああ。それなんだけど、友人として、美月の出会いの場所を作ってあげようと思って」

 予想外の回答にキョトンとする美月に、舞子が指を頬に添えニンマリ微笑む。

「美月のためだよ」

 その表情に、なにかしらよからぬものを感じてしまう。

「私、もう合コンとかはパスだよ。男女の出会いとか、求めてないし」

 美月は素早く断りを入れる。
 これまでにも同じようなことを口にした舞子に、合コンに連れ出されたことが数回あった。
 その場の雰囲気に馴染なじむことも、上手く会話に参加することもできない美月は、結局、皆の料理を取り分けたり、飲み物の注文を取ったりとスタッフ状態になっていた。しかも、最後に連れていかれた合コンの帰り際、酔った男性の一人に絡まれ散々な目に遭った。
 それ以降、どんなに舞子に誘われても、合コンは断るようにしている。
 そもそも少女漫画のような恋に憧れている美月が、ああいう場所で上手く立ち回れるはずがないのだ。

「大丈夫。今回はそういうのじゃないから」

 そう言って微笑む舞子の顔に、嫌な予感しかしない。

「私、恋愛とか興味ないから……」

 そう返すものの、それが嘘だという自覚はある。
 本当は、自分が恋に落ちる日を夢見ている。
 偶然出会った王子様が、冴えない自分に気付いてくれて恋に落ちる――そんな、長年愛読している少女漫画のようなキラキラ輝く恋がしたい。
 二十五歳にもなってなにを言っているのだか……という自覚はあるので、それを誰かに話したりはしないが。

「モテないからって、諦めるのはよくないよ」

 屈託くったくのない微笑みを向けられて、美月は曖昧あいまいな微笑みを返した。
 そんな美月に、舞子は今日のイベントには予約も済ませてあるので、今さら断るなんてできないと主張する。
 美月のために……と、不機嫌な顔をする舞子に、美月はそっとため息を漏らした。
 どうやら今日の予定は、舞子の中では変更不可能な決定事項のようだ。
 合コンでないことを再度確認して、美月は舞子の予定に付き合うことを承諾した。



   1 王子様が振り向いたなら


 カフェを出た美月は、舞子に連れられ大きな複合駅近くの商業施設を訪れていた。
 美月も以前に訪れたことがあるが、都心のオアシスがコンセプトのその商業施設には、広大な敷地の要所要所に世界の珍しい植物が植えられている。お洒落なテナントの並ぶ歩道を散策しながら、自然とそれを楽しめるようデザインされている。

「はい。これつけて」
「これは?」

 差し出されたビニール製のブレスレットを、美月はまじまじと見つめた。
 とりあえず聞いてしまったが、その答えは渡されたブレスレットにも、さっき五千円の参加費を支払わされた受付にも書かれていた。

「この施設、今年いっぱいで一度閉鎖して、全面リニューアルするんだって。だから、今年は記念イベントが色々あるの。これも、その一つよ。……年末に、最後のカウントダウンイベントをやるから、そこにも参加したいんだよね」

 そう話す舞子は、ご機嫌な様子で、『春恋街コン』と印字されたブレスレットを左手に巻き付ける。
 そして美月の持つブレスレットを取り上げると、それを彼女の手首に巻き付けてきた。

「だから私は、合コンには興味ないって。それに、買い物って聞いてたから服装だって……」

 周囲を確認すれば、同じブレスレットをした女性たちは、誰もが可愛く着飾っている。女性だけでなく男性たちも、スタイルがよくラフだが洒落たよそおいの人が多い。
 動きやすさ重視で服を選んだ美月は、どう考えても周囲から浮いていた。
 美月だって、それなりに可愛い服を持っている。舞子やここにいる他の女性たちには劣るかもしれないけど、それでも今の服装よりはマシだったはずだ。
 でも舞子は、渋る美月の全身に視線を走らせ、うふふとほがらかに笑う。

「こういう場所では、自然体の子の方が男性ウケいいのよ」
「そりゃ、舞子はいつも可愛くしているからいいけど……」

 控えめな美月の苦情に、舞子は誇らしげに笑う。
 そんな舞子に視線で抗議すると、舞子が頬を膨らまして文句を言う。

「美月のために申し込んでおいてあげたのに、そういう態度って失礼だよ」
「……ごめん」

 舞子にそういう顔をされると、無条件に謝らなくちゃいけない気がしてしまう。
 不機嫌さを残したまま、舞子はそれでよしといった感じで表情を明るいものに変える。

「私くらいしか、美月をこういう場所に連れ出してあげる人はいないんだから、もっと感謝してよね」
「……」

 私のためというのであれば、事前にちゃんと伝えておいてほしかった。そんな不満を呑み込む美月の腕を引き、舞子は施設内へと入っていく。
 二人で連れ立って歩きながら、舞子は今日の街コンの流れを簡単に説明していった。
 施設を全て貸し切っているわけではないので、他の買い物客も利用していること。ただしこの商業施設に併設されている高級レストランだけは、この会の貸し切りとなっていること。
 そしてそのレストランは大人気で、普段ならまず予約は取れないため、そこで洒落た写真を撮るのが、舞子の目的だということ。
 街コンの最初と最後はそのレストランに参加者全員が集まるが、それ以外の時間はフリータイムで、施設内やその周辺を自由に散策して同じブレスレットをした気の合う人との会話を楽しめばいいとのことだ。
 人気の高級レストランが会場となったこの街コンは、参加費が割高であっても人気があり、女性陣の倍額の参加費を払い街コンに参加する男性陣はハイクラスに違いないと舞子は語った。
 嬉々ききとした顔でそんなことを語る舞子の表情を見れば、料理だけでなく新たな出会いにも期待しているのだとわかる。

「なるほど……」

 今まで幾度となく舞子の合コンに付き合わされてきた美月は、諦めた顔で頷き、自分の手首を確認する。
 自由時間が多く、合コンのような窮屈きゅうくつさはなさそうだ。
 それならば、こういった場所ではいつも浮いてしまう自分が無理して参加することはない。フリータイムの間は、買い物気分で施設内を散策して楽しめばいいだろう。
 そう考えをまとめた美月は、来てしまったものはしょうがないと気持ちを切り替えるのだった。


 街コン会場であるレストランは、入ってすぐの壁一面に、生花が圧倒的な迫力で生けられていた。
 その前で、さっそく自撮りを始めた舞子を待つ間、美月は花と一緒に壁に生けられている多肉植物を興味深く眺める。

「美月も一緒に撮ろうよ」

 ひとしきり自撮りを済ませた舞子が、壁に顔を近付け、奥の仕組みを調べていた美月に声をかける。

「えっ、私はいいよ……ッ」

 慌てて舞子から距離を取る美月の背中が、誰かにぶつかった。それに驚いて体のバランスを崩した美月の両肘を、大きな手が包み込むように支えた。

「失礼」

 突然肘に触れた手の感触に身を強張こわばらせると、低く落ち着いた声が耳に降りてきた。低くて、微かに掠れているそれは、耳に優しい。
 その声に誘われるように体をひねって相手を見上げると、声の主と目が合った。
 背の高い細身の男性が、少し驚いたような表情でこちらを見ている。

「……ごめんなさい」

 一瞬、ポカンとした表情で相手を見上げていた美月は、慌てて謝罪の言葉を口にした。
 咄嗟とっさに声が出なかったのは、相手の姿に見惚れてしまったからだ。
 一歩下がり頭を下げた美月は、吸い寄せられるように眼鏡姿の男性を見つめる。長身の彼は、それほどに魅惑的な姿をしていた。
 切れ長の目に、スッキリとした高い鼻筋、左目の下に二つある印象的な小さな泣きボクロ。
 フレームの細い眼鏡をかけた端整な顔立ちは、一見、理知的で冷たく感じる。だが、その泣きボクロがあることで、どこかつやっぽい印象を与えていた。

「美月、気を付けなきゃ駄目よ。ごめんなさい、この子いつもこうなんです」

 慌てて駆け寄ってきた舞子が、そう詫びつつキラキラした眼差しを相手に向ける。
 そんな舞子に、彼は薄い唇をゆっくり動かして微笑み、軽く手を上げて離れていく。
 その左手首にも、美月たちと同じブレスレットが巻かれていた。

「この街コン、当たりね」

 指先で無音の拍手をする舞子は、さっき美月がぶつかった彼をロックオンした様子だ。
 そして美月の腕をつかんで軽く体をひねると、美月にだけ聞こえる声で「向こうも、まんざらじゃないみたいだし」と、ささやいた。
 どういうことかと彼の方へ視線を向けると、まだこちらに視線を向けている。
 すそがアシンメトリーになっている黒のサマーニットを着こなし、つやのある黒髪をワックスで無造作に遊ばせている彼は、遠目に見ると非常に均整の取れた体付きをしていた。
 細身で背が高く、黒を基調としたファッションに身を包んだ姿は、美しい猟犬を思わせた。
 せているのに華奢きゃしゃなイメージがまったくない。
 子供の頃、近所で猟犬を飼っていた人が、犬は対話のできる狼だと話していた。
 普段はおとなしく従順だが、狩り場に出て獲物を定めれば、狼の血が色濃く現れる。利口で理性が利く分、その変貌ぶりはある意味狼よりたちが悪いかもしれない。
 普段どれだけ従順で紳士的でも、猟犬という生き物は、貪欲に獲物に食らいつく荒々しさを持っていることを忘れてはいけないと。

「写真撮りたいの?」

 二人で彼に視線を向けていると、背後で声がした。
 振り返ると、癖毛で明るい髪色をした細いつり目の男性が手を差し出している。

「……」

 さっきの人が大型の猟犬なら、この人はキツネといった感じだ。

「僕が撮ろうか?」

 そう言ってキツネの彼が手を差し出してくる。

「いえ。大丈夫……」
「お願いします」

 遠慮する美月の声に、はしゃぐ舞子の声が重なる。
 舞子はキツネ目の彼の手に自分のスマホを預けると、美月の腕を引いて壁の前に立ち、ポーズを決める。
 二人の写真を数枚撮った彼は、スマホを舞子に返した。

「モデルがいいから、可愛く撮れたよ」

 涼しい顔でお世辞を言う彼は、人なつっこい笑みを浮かべて舞子と軽い会話を交わすと、にこやかに手を振り離れていく。
 そんな彼の手首にも、ブレスレットが巻かれている。
 二人から離れたキツネ目の彼は、さっき美月がぶつかった猟犬のような男性と合流して奥の方へと消えていった。

「なんだ、あの人を待ってたのか……」

 自分に気があると思っていたらしい舞子が、不満げに唇を尖らせた。でもすぐに気持ちを切り替えた様子で、撮ってもらったばかりの写真をスマホでチェックしている。

「まあいいわ。イイ男は他にもいそうだし」

 写真をチェックし終えた舞子は、会場に入っていく参加者へ顔を向けた。
 その視線は、男性だけでなく女性にも向けられている。しばらく人の流れを眺めていた舞子は、強気な表情で頷く。

「そうだね。舞子は昔からモテるもんね」

 それは嫌味やねたみではなく、まごうことなき事実だ。
 美人で明るくお洒落な舞子は、学生時代から異性にモテていた。
 自然と零れた美月の言葉に、舞子は当然と言いたげに頷くと、スマホをしまってレストランの中へ向かう。
 過去の経験から、こういった場所での自分は、間違いなく舞子の引き立て役にされてしまうのだろう。
 確かにこういった場所での出会いは求めていないのだけど、せっかくの休日の過ごし方として、それはさすがにむなしい。

「なにしてるの? 早く行くわよ」

 なかなか足を動かさない美月に、舞子が声をかける。
 わくわくした感情があふれた眼差しで自分を待つ舞子を、いつまでも待たせるのも悪い。
 舞子に連れ出されない限り、自分がこういった場所に出かけることはないのだから、とりあえず美味おいしい料理だけでも楽しもう。
 そう納得して、美月は歩き出した。


「……ええ、私は大手企業の受付をしていて、こっちの美月は小さな印刷デザインの会社に勤めているんです。タイプが全然違う? よく言われます。美月キツそうに見えるけど、話すと良い子なんですよ。……出会い? 地元の高校が一緒だったんです。大学は違うんですけど、同じ都内だったから、ずっと仲良しで……」

 今日何回目かになる二人の概要を、舞子が饒舌じょうぜつに語っていく。
 街コン開催の挨拶あいさつが終わった後、まずは十分ずつのトークタイムが割り振られ、色々な男性と会話をしていく。それを一時間ほど繰り返した後は、自由時間となり、気の合った人と一緒に施設内を回るもよし、自由に散策した先でブレスレットを巻いた人と話を楽しむのもよしといった感じだ。
 そして最後に会場であるレストランに戻り、閉会の挨拶あいさつと共に、気になる相手と連絡先を交換するらしいのだけど、既に多くの人が、最初のトークタイムで気に入った人と連絡先の交換をしているようだ。
 舞子も当然、気に入った人と連絡先の交換をしていくが、そのやり取りに美月が加わることはない。
 舞子に気がある男性が、ついでといった感じで美月にも連絡先を聞いてくることがあったが、美月が断るとそれ以上聞いてくることはなかった。
 舞子の手前、一応は連絡先を聞いたが、期待されても迷惑ということなのだろう。
 会場で出されたオードブルや飲み物はとても美味おいしかったので、舞子の添え物扱いである現状は気にしないでおく。
 積極的に会話に参加することもなく、社交の範囲で笑みを浮かべて、周囲に視線を向ける。すると、レストランの入り口で会った男性たちを見つけた。
 見るからに遊んでいそうなキツネ目の彼と、つやのある色気をただよわせる猟犬っぽい彼という二人組みは、華やかで人目を引く。
 運良く彼らと同じ席になった女子は、目をキラキラさせながら積極的に話しかけている。そんな女子たちを、キツネ目の彼が上手くあしらっているようだ。対して猟犬の彼は、自分から会話に参加している感じはなく、キツネ目の彼に話しかけられて相槌あいづちを打つ程度だ。
 そんな気のない対応でも、彼がやるとうれいのある仕草に見えるから、美形というのはそれだけで得なのだろう。

「印刷会社って、どんな仕事をするの?」

 不意に話しかけられ、美月は視線を前に戻した。
 あちらの二人とはおもむきの違うイケメンが、美月に人なつっこい微笑みを向けてくる。

「えっと……」
「美月は、印刷会社で雑用係をしてるの。本当に小さな会社で、名刺や商店街のチラシの印刷程度の仕事ばっかりで……」

 壁の花的ポジションに慣れている美月は、一瞬自分が話しかけられていることに気付かなかった。その隙に舞子が話し始めるのは、証券マンだと語った彼の容姿が舞子好みだからだろう。
 証券マンだという彼は、華やかな微笑みを浮かべた舞子の言葉を途中でさえぎる。

「なんで君がしゃべるの?」

 そう言いつつ、さりげなく自分の手を美月のそれに重ねてくる。

「俺は、美月ちゃんの口から話を聞きたいんだけど」
「……」

 舞子好みの容姿とはつまり、わかりやすいイケメンということだ。
 そんな彼に手を重ねられて甘く微笑まれたら、それだけで頬が熱くなる。
 素敵な男性が冴えない自分に興味を示す。そんな少女漫画のような展開に驚きながら受け答えしていると、舞子の眉が微かにゆがむ。
 みるみる不機嫌になっていく舞子を気にしつつ、証券マンの彼と会話していると、あっという間に時間が過ぎていった。
 そして話し相手を変えるタイミングで、証券マンの彼がスマホを取り出す。
 話が弾んだので、連絡先を交換していいかな……そんな流れを想定して、美月がスマホを取り出そうとすると、証券マンの彼は美月ではなく舞子にスマホを差し出した。

「ちっとも話せなかったから、舞子ちゃんの連絡先を教えてよ。今度は二人だけで食事に行こう」
「……っ」

 スマホを取り出そうとしていた美月の手が止まる。それと同時に、舞子の顔に勝者の笑みが浮かんだ。


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