41 / 45
第四章
◆チャプター41
しおりを挟む
既に薄くなっていた孤立地帯のドイツ軍防衛線は、まるでカードの家のように一箇所が破られた直後に全面崩壊した。
「武器を手放したら、奴らの扱いは犬以下だぞ……」
襟に濃く臭い垢染みを作ったエルフ達は疲れ果てた身体を引き摺るようにして自軍制圧下の廃墟に後退していく。
彼らを待っているのは温かなスープでも山盛りのサラミでもなく、あちこちに錆が浮いたレールや広場一面に散らばる鋼鉄、焼け焦げた廃材と白い灰、泥海に横たわって死んでいる馬だけ。
それでも何がしかの助けを求めて、四足獣のようにのろのろと……。
「時間通りですね」
アイアンランド西部の駅――ソフィアが来訪するため、捕えた敵兵を酷使した突貫工事で包囲戦前の姿に無理矢理戻されている――前にコートを羽織って佇むアノニマはドイツ人三人組を出迎えていた。
「紳士は時間に正確でなくては」
踵を鳴らした『パブリト』ことヴァイディンガーのすぐ後ろには白旗を持ったベーア少尉と、死体袋を担いだコハール軍医の姿がある。
「シュネーマン将軍は?」
「閣下は自らパンツァーファウストを持って司令部前に立ちはだかり、 敵戦車と戦いながら壮烈な最期を遂げました」
「なるほど。それではお気を付けて。中はもうソ連です」
まだ『中央工場』に到達したキーボルク大隊の戦車は存在しない筈だったが、三人のボディチェックを手早く済ませたアノニマはそう言うと近くに停めていた軍用車に乗って立ち去った。
「どうぞお掛けになって」
構内に後から運び込まれた机でボードレールの詩集を読んでいたソフィアは、入ってきたヴァイディンガーらの姿を見つけるなり席を勧める。
「ドブネズミの死体まで持ってきたんなら、建前じゃなく本音で話してね」
髪を高い位置で結ったポニーテールに変えているソフィアは、自分の反対側に腰掛けた『パブリト』が書類を差し出す前に先制した。
「歴史は常に終末の出来事を強調します」
小さく頷いたヴァイディンガーは『初期の優秀な成果を、その最終的崩壊故に帳消しにするのはけしからん』という自説をソフィアに伝えてから、
「是非、貴方の下で働かせて頂きたい」
改めて希望を口にした。
「私はこの戦いに敗れた」
ヴァイディンガーは言う。上官を操り人形として包囲戦を長期化させたのは、自分にはこれだけの能力があるとアピールするためのものであったと。
「しかし、誰に負けたのか決める力はまだ持っている」
ヴァイディンガーは言う。熱心なナチとして多くのエルフ達を木に吊るしたがヒトラーを妄信してはおらず、単に機動国家社会主義超ドイツ労働者党が自分を高く買ってくれる組織だったから献身したに過ぎないと。
「如何でしょうか?」
一通り喋り終えたドイツ軍中佐は得意気な表情を浮かべるが、ソフィアは何も言わず、ただ右手中指と薬指で机を交互に叩くのみ。
「自分の小便を飲んで乾きに耐えたことは?」
十秒を置いてから、ヴァイディンガーがソ連軍の優勢時には彼らとのパイプを作るため自由ドイツ国民委員会やザイドリッツ部隊といった転向ドイツ人連中を快く手引きしていたことを知っているソフィアは、目の前の人物に必殺の質問を浴びせた。
「ご冗談を」
当然、受け手は困惑しながら首を横に振る。
「そんなこと、ある訳がないでしょう」
「じゃあ飢えを凌ぐために腐乱死体の頭を泣きながら切り開けて、中の脳味噌を貪り食ったことはある?」
必殺の質問その二に対しても『パブリト』が戸惑いつつ経験なしと答えたため、黒髪のスペクターは「じゃあ不採用ね」と座ったまま肩を竦めた。
「売り込みたいならそこまでやらないと。考えが甘過ぎて糖尿病になりそうだわ」
ソフィアは露骨に動揺し始めたヴァイディンガーから、今は床に置かれている死体袋に視線を移す。
「あとそれ、まだ生きてるわよ?」
キーボルク大隊のリーダーが弾かれたように立ち上がって背中側にあるドアに駆け出すタイミングは、異形の大型生物に変貌したレベッカによって黒い生地が弾け飛ぶそれと同じだった。
「ひっ……」
即時飛び上がったレベッカは上官を見捨てて逃げようとしたベーア少尉の前に降り立つと四本の両腕で彼を拘束し、背中から伸びた触手で滅多刺しにする。
「怖い怖いよやっぱり……ッ!」
死体が湿った音を立てて床に落ちた直後、腰砕けで後ずさっていた女性軍医も怪物の右手鞭で首を刎ね飛ばされた。
「言わんこっちゃない」
閉じて閂を差す前にドアから身を乗り出したソフィアは『案の定』を目撃する。
「そいつらは生半可な連中じゃないわよ」
情けない悲鳴を撒き散らし、ズボンの股間も酷く湿らせたヴァイディンガーの脊椎が怒り狂う怪物によって無理矢理引き抜かれていた。
無論、生きたまま。
「武器を手放したら、奴らの扱いは犬以下だぞ……」
襟に濃く臭い垢染みを作ったエルフ達は疲れ果てた身体を引き摺るようにして自軍制圧下の廃墟に後退していく。
彼らを待っているのは温かなスープでも山盛りのサラミでもなく、あちこちに錆が浮いたレールや広場一面に散らばる鋼鉄、焼け焦げた廃材と白い灰、泥海に横たわって死んでいる馬だけ。
それでも何がしかの助けを求めて、四足獣のようにのろのろと……。
「時間通りですね」
アイアンランド西部の駅――ソフィアが来訪するため、捕えた敵兵を酷使した突貫工事で包囲戦前の姿に無理矢理戻されている――前にコートを羽織って佇むアノニマはドイツ人三人組を出迎えていた。
「紳士は時間に正確でなくては」
踵を鳴らした『パブリト』ことヴァイディンガーのすぐ後ろには白旗を持ったベーア少尉と、死体袋を担いだコハール軍医の姿がある。
「シュネーマン将軍は?」
「閣下は自らパンツァーファウストを持って司令部前に立ちはだかり、 敵戦車と戦いながら壮烈な最期を遂げました」
「なるほど。それではお気を付けて。中はもうソ連です」
まだ『中央工場』に到達したキーボルク大隊の戦車は存在しない筈だったが、三人のボディチェックを手早く済ませたアノニマはそう言うと近くに停めていた軍用車に乗って立ち去った。
「どうぞお掛けになって」
構内に後から運び込まれた机でボードレールの詩集を読んでいたソフィアは、入ってきたヴァイディンガーらの姿を見つけるなり席を勧める。
「ドブネズミの死体まで持ってきたんなら、建前じゃなく本音で話してね」
髪を高い位置で結ったポニーテールに変えているソフィアは、自分の反対側に腰掛けた『パブリト』が書類を差し出す前に先制した。
「歴史は常に終末の出来事を強調します」
小さく頷いたヴァイディンガーは『初期の優秀な成果を、その最終的崩壊故に帳消しにするのはけしからん』という自説をソフィアに伝えてから、
「是非、貴方の下で働かせて頂きたい」
改めて希望を口にした。
「私はこの戦いに敗れた」
ヴァイディンガーは言う。上官を操り人形として包囲戦を長期化させたのは、自分にはこれだけの能力があるとアピールするためのものであったと。
「しかし、誰に負けたのか決める力はまだ持っている」
ヴァイディンガーは言う。熱心なナチとして多くのエルフ達を木に吊るしたがヒトラーを妄信してはおらず、単に機動国家社会主義超ドイツ労働者党が自分を高く買ってくれる組織だったから献身したに過ぎないと。
「如何でしょうか?」
一通り喋り終えたドイツ軍中佐は得意気な表情を浮かべるが、ソフィアは何も言わず、ただ右手中指と薬指で机を交互に叩くのみ。
「自分の小便を飲んで乾きに耐えたことは?」
十秒を置いてから、ヴァイディンガーがソ連軍の優勢時には彼らとのパイプを作るため自由ドイツ国民委員会やザイドリッツ部隊といった転向ドイツ人連中を快く手引きしていたことを知っているソフィアは、目の前の人物に必殺の質問を浴びせた。
「ご冗談を」
当然、受け手は困惑しながら首を横に振る。
「そんなこと、ある訳がないでしょう」
「じゃあ飢えを凌ぐために腐乱死体の頭を泣きながら切り開けて、中の脳味噌を貪り食ったことはある?」
必殺の質問その二に対しても『パブリト』が戸惑いつつ経験なしと答えたため、黒髪のスペクターは「じゃあ不採用ね」と座ったまま肩を竦めた。
「売り込みたいならそこまでやらないと。考えが甘過ぎて糖尿病になりそうだわ」
ソフィアは露骨に動揺し始めたヴァイディンガーから、今は床に置かれている死体袋に視線を移す。
「あとそれ、まだ生きてるわよ?」
キーボルク大隊のリーダーが弾かれたように立ち上がって背中側にあるドアに駆け出すタイミングは、異形の大型生物に変貌したレベッカによって黒い生地が弾け飛ぶそれと同じだった。
「ひっ……」
即時飛び上がったレベッカは上官を見捨てて逃げようとしたベーア少尉の前に降り立つと四本の両腕で彼を拘束し、背中から伸びた触手で滅多刺しにする。
「怖い怖いよやっぱり……ッ!」
死体が湿った音を立てて床に落ちた直後、腰砕けで後ずさっていた女性軍医も怪物の右手鞭で首を刎ね飛ばされた。
「言わんこっちゃない」
閉じて閂を差す前にドアから身を乗り出したソフィアは『案の定』を目撃する。
「そいつらは生半可な連中じゃないわよ」
情けない悲鳴を撒き散らし、ズボンの股間も酷く湿らせたヴァイディンガーの脊椎が怒り狂う怪物によって無理矢理引き抜かれていた。
無論、生きたまま。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる