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第四章

◆チャプター41

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 既に薄くなっていた孤立地帯ケッセルのドイツ軍防衛線は、まるでカードの家のように一箇所が破られた直後に全面崩壊した。
「武器を手放したら、奴らの扱いは犬以下だぞ……」
 襟に濃く臭い垢染みを作ったエルフ達は疲れ果てた身体を引き摺るようにして自軍制圧下の廃墟に後退していく。
 彼らを待っているのは温かなスープでも山盛りのサラミでもなく、あちこちに錆が浮いたレールや広場一面に散らばる鋼鉄、焼け焦げた廃材と白い灰、泥海に横たわって死んでいる馬だけ。
 それでも何がしかの助けを求めて、四足獣のようにのろのろと……。
「時間通りですね」
 アイアンランド西部の駅――ソフィアが来訪するため、捕えた敵兵を酷使した突貫工事で包囲戦前の姿に無理矢理戻されている――前にコートを羽織って佇むアノニマはドイツ人三人組を出迎えていた。
「紳士は時間に正確でなくては」
 踵を鳴らした『パブリト』ことヴァイディンガーのすぐ後ろには白旗を持ったベーア少尉と、死体袋を担いだコハール軍医の姿がある。
「シュネーマン将軍は?」
「閣下は自らパンツァーファウストを持って司令部前に立ちはだかり、 敵戦車と戦いながら壮烈な最期を遂げました」
「なるほど。それではお気を付けて。中はもうソ連です」
 まだ『中央工場ミッターベルケ』に到達したキーボルク大隊の戦車は存在しない筈だったが、三人のボディチェックを手早く済ませたアノニマはそう言うと近くに停めていた軍用車に乗って立ち去った。
「どうぞお掛けになって」
 構内に後から運び込まれた机でボードレールの詩集を読んでいたソフィアは、入ってきたヴァイディンガーらの姿を見つけるなり席を勧める。
ドブネズミミュータントの死体まで持ってきたんなら、建前じゃなく本音で話してね」
 髪を高い位置で結ったポニーテールに変えているソフィアは、自分の反対側に腰掛けた『パブリト』が書類を差し出す前に先制した。
「歴史は常に終末の出来事を強調します」
 小さく頷いたヴァイディンガーは『初期の優秀な成果を、その最終的崩壊故に帳消しにするのはけしからん』という自説をソフィアに伝えてから、
「是非、貴方の下で働かせて頂きたい」
 改めて希望を口にした。
「私はこの戦いに敗れた」
 ヴァイディンガーは言う。上官を操り人形として包囲戦を長期化させたのは、自分にはこれだけの能力があるとアピールするためのものであったと。
「しかし、誰に負けたのか決める力はまだ持っている」
 ヴァイディンガーは言う。熱心なナチとして多くのエルフ達を木に吊るしたがヒトラーを妄信してはおらず、単に機動国家社会主義超ドイツ労働者党が自分を高く買ってくれる組織だったから献身したに過ぎないと。
「如何でしょうか?」
 一通り喋り終えたドイツ軍中佐は得意気な表情を浮かべるが、ソフィアは何も言わず、ただ右手中指と薬指で机を交互に叩くのみ。
「自分の小便を飲んで乾きに耐えたことは?」
 十秒を置いてから、ヴァイディンガーがソ連軍の優勢時には彼らとのパイプを作るため自由ドイツ国民委員会やザイドリッツ部隊といった転向ドイツ人連中を快く手引きしていたことを知っているソフィアは、目の前の人物に必殺の質問を浴びせた。
「ご冗談を」
 当然、受け手は困惑しながら首を横に振る。
「そんなこと、ある訳がないでしょう」
「じゃあ飢えを凌ぐために腐乱死体の頭を泣きながら切り開けて、中の脳味噌を貪り食ったことはある?」
 必殺の質問その二に対しても『パブリト』が戸惑いつつ経験なしと答えたため、黒髪のスペクターは「じゃあ不採用ね」と座ったまま肩を竦めた。
「売り込みたいならそこまでやらないと。考えが甘過ぎて糖尿病になりそうだわ」
 ソフィアは露骨に動揺し始めたヴァイディンガーから、今は床に置かれている死体袋に視線を移す。
「あとそれ、まだ生きてるわよ?」
 キーボルク大隊のリーダーが弾かれたように立ち上がって背中側にあるドアに駆け出すタイミングは、異形の大型生物に変貌したレベッカによって黒い生地が弾け飛ぶそれと同じだった。
「ひっ……」
 即時飛び上がったレベッカは上官を見捨てて逃げようとしたベーア少尉の前に降り立つと四本の両腕で彼を拘束し、背中から伸びた触手で滅多刺しにする。
「怖い怖いよやっぱり……ッ!」
 死体が湿った音を立てて床に落ちた直後、腰砕けで後ずさっていた女性軍医も怪物の右手鞭で首を刎ね飛ばされた。
「言わんこっちゃない」
 閉じて閂を差す前にドアから身を乗り出したソフィアは『案の定』を目撃する。
「そいつらは生半可な連中じゃないわよ」
 情けない悲鳴を撒き散らし、ズボンの股間も酷く湿らせたヴァイディンガーの脊椎が怒り狂う怪物によって無理矢理引き抜かれていた。
 無論、生きたまま。
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