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第四章

◆チャプター33

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 一九四九年九月一日。
「おかえりなさい」
 胴体の赤と黄色の帯上にロシア語で『スターリングラードからベルリンへ』と書かれている機体から上官が現れると、彼女の到着を今か今かと待ち兼ねていたアノニマは早足でヘリに近付いた。
「ただいま」
 アイアンランドから西方に八十キロの地点にあるキーボルク大隊(注1)の前線基地に降り立ったソフィアは、公私共に深い関係にある、匿名の女性形を名に持つ者と握手を交わす。
 Fa223ドラッへのドア前に伸びる赤絨毯の左右に並ぶ傭兵達はそれを見て、バラクラバから覗く目元を思わず緩めずにはいられなかった。
「状況は?」
 手が離れるなりレッドカーペットの上を歩き始めたソフィアが問うと、
「この地区のドイツ軍は全て孤立地帯ケッセル内に閉じ込めました。解囲を図った部隊も全て撃退してあります」
 彼女に倣い踏み出したアノニマは「私も五回拳銃の弾倉を交換しましたが」と前置きした上で即答した。
「無理させちゃってごめんね」
「とんでもない。貴方がしてきた無理に比べれば楽なものです」
 そして早足でソフィアの前に出た銀髪鬼は待機していた軍用車のドアを開けて彼女を後席に座らせてから、自らもその左隣に腰を沈めた。
「しかしこの『パブリト』という輩、本当に信用しても宜しいのでしょうか?」
 閉音と共にフィンランド人運転手がアクセルを踏み込むなり、頭に猫耳めいた飾りを付けているアノニマは胸中の懸念を口にする。
 本来ならアノニマに諸々を一任する筈だったソフィアが今こうして東欧某所に舞い戻った理由は二つ。
 一つはアイアンランドの司令部に身を置いているドイツ軍将校が、パブリトの偽名で「貴方の配下に加わりたい」と直談判を申し入れてきたためだ。
「この状況で営業を掛けてくるんだから余程の有能か、それとも救いようのない大馬鹿のどっちかでしょう。少なくとも会ってみる価値はあるわ」
 やがて二人を乗せた軍用車は基地内の臨時修理工場前で停車する。
「わお」
 アノニマから戦車の砲塔がクレーンで吊り上げられ、あちこちで溶接の火花も散っている場所の最奥に案内されたソフィアは依頼物を見た。
「イルザが調整を施しました。適合なしでエネルギー・コアの能力を使用可能、光学迷彩とアクティブ防護システムも追加してあります」
「パーフェクトね。素晴らしいわ」
 油臭い空間で嬉しそうに依頼物を見上げるソフィアに対し、表情を険しくしたアノニマは「ですが」と告げる。
孤立地帯ケッセルに直接出向かれるのはやはり危険過ぎます」
「私を信じてくれた人達はあの中で戦っているわ」
 しかしソフィアは自分用の重武装強化外骨格から一切視線を離さない。
「今回の出撃は、みんなに対する私なりの礼儀と解釈してもらえると嬉しい……」
 ただ、そう返すだけだった。

 注1 ソフィア個人に忠誠を誓う私兵部隊。ロシア語で『サイボーグ』を指す。
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