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第二章

◆チャプター10

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 一九四八年九月二十五日。
 機体側面にロケット弾の直撃を受けたヘリが錐揉み回転しながらビルに激突、続く爆発で夜空を明るく照らし出す。
「行くぞ!」
 それを開始シグナルとして、今現在はケセン・ヌ・マへと強制改称されている米国北東部の都市―旧名ピッツバーグを奪還すべく、今か今かとこの総攻撃を待ち兼ねていたレジスタンスが一斉に行動を開始した。
「アリ共の攻撃です!」
 廃墟が立ち並ぶ市街西地区に作られたビル上の前線指揮所で敵襲を報告されたドイツ軍将校は、無線機にグルジア語の荒々しい叫びを叩き付ける。
 返答から間を置かず、高い強化コンクリート防壁の向こう側にある煌びやかな市街東地区からスラム目掛けてナチス人間砲弾が次々に放たれた。
『撃チ殺セ』
 相次いで降り立った殺人マシンこと、通称『火器人間』は四眼式カメラアイで敵を捉えるなり、早速右手のガトリング砲で反乱者を他愛なく殺し始める。
「怯むな! 撃て!」
 分捕った敵軍のヘルメットを被っている元米軍兵士達は、同じように鹵獲品のMP40短機関銃やGew43半自動小銃を力の限り撃ちまくる。
しかし、射線上に立つ機動国家社会主義超ドイツ労働者党の恐るべき機械兵は全く微動だにせず左手の火炎放射器で逆襲、瞬時に数名をZナチスの名のもとに細胞一つ残さず焼き尽くした。
「任せて!」
 湿った空気を切り裂いた亡霊が濃い硝煙纏う火器人間に向かって突撃したのは、耐え難い高熱流に曝された反ナチス戦士が絶叫上げつつ前のめりに力尽きるのと全く同じタイミングだった。
「戦うばかりがスペクターじゃない!」
 左右の跳躍を繰り返して迫る銃弾を尽く空振りに終わらせたアクアガールは、敵との距離を詰めると即座に得物を突き出す。
 鋭い三又で貫かれた火器人間の黒いコートから勢い良く油臭い液体が飛び散り、舗装上に転がる熱い真鍮製の空薬莢を汚して凄まじい悪臭を立ち昇らせた。
「うおおおおおおっ!」
 そして明るい緋色髪を持つスペクターの――一人一つの特殊な能力を有する、ナチスと戦うヒーロー達――一人は全身に力を入れてそのまま槍先を持ち上げ、頭垂らした火器人間を振り子宜しく後方へ放り投げる。
 残る二体は炎を背にしたアクアガールに発砲するが、青白のスーツに身を包む雀斑顔の少女は多銃身機関砲やロケットランチャーからの火力を容易く回避して足元を蹴り、
「でやぁっ!」
まず一体目の懐に飛び込んで裂帛の気合と共に一撃を放つ。
 北アフリカで採掘されるエネルギー・コア内蔵の近接武器は火炎放射器による熱撃を十戒宜しく二分割、そのまま火器管制システムが隙間なく詰まった頭部を串刺し刑に処した。
「来るッ!」
 直後、背後に気配を感じたカナダ人は即座にスピアを引き抜き後転!
 次に音速で迫るロケット弾を踏み台に跳躍!
 そのまま黒いヘルメットの上を通過、撃った側のバックパック裏に降り立つ!
「奴に攻撃を集中しろ!」
 二体目が背中の三段式弾薬ボックスを貫かれて爆発する有様をビルの屋上から双眼鏡で視認したドイツ軍将校は、雑魚共の前にイレギュラーな強力特異存在の優先撃破を画策する。
「駄目よ」
 だが彼同様正規の立場を得たアイアンランドの元傭兵達が詰める前線指揮所で突如火球が炸裂したタイミングは、改造人間の脳内に電気信号が走るそれよりも僅か〇・五秒だけ早かった。
 空間を薙ぐ幾筋もの熱エネルギーは直撃を受けた兵士達を一瞬で焼き尽くし、並ぶ様々な電子機械をたちまち溶解に追い込む。
「どうも」
 視界端に赤マントの靡きを捉えたグルジア人男性が鼓膜を叩かれて振り向くと、そこにはファイヤーウーマンが膝を折って身を屈め、床に拳を突き立てた状態でこちらに顔を向けている雄姿があった。
「こっ……殺せ!」
 将校の上擦った怒号と共に、まだ生き残っているポーランド人やオランダ人が目元を黒いマスクで隠したヒーローに向けてありったけの弾丸を差し向ける。
 対して炎を自在に操れるスペクターは疾走、先端が赤みを帯びている艶やかな金髪を揺らしつつ射線から逃れ、進路上に並ぶ木箱を踏み台にして飛び上がるとサーチライトの起点となっている監視塔に取り付く。
 そして間髪入れず、自分の足裏と鉄面が接触している僅かな時間でそこにいたスイス人の喉を掴んだ。
 赤黄の密着戦闘服纏う亡霊が「燃えろ」と低い声を漏らした直後、彼女の掌を発起点として兵士の全身が炎に包み込まれる。
 刹那、ファイヤーウーマンは地獄の業火で明るく照らし出された金属柵を蹴り、哀れな敵の背中で殺到する弾丸を防ぎながら斜め下に舞い戻った。
 硬い機材との激突で飛び散った血肉が皆一様に角度付けてMP44自動小銃を構える兵士達の視界を奪った半秒後、
「打ちィ! 肘ィ!」
血塗れの背骨を投げ捨てたアメリカ人は骨法式の掌底で手近な一人の顎を粉砕、次に回転右エルボーで背中側に立つ二人目の顔面を崩壊させた。
「さて」
 一分後、全ての敵を倒し終えたファイヤーウーマンは機器に背を預けて表情を強張らせる将校に歩み寄る。
「遅過ぎた。もう変わらない……何もかも!」
 ノヴォ・ソフィアなる軍閥に身を置き、東部戦線時代から妄信している人物を新しい時代の開拓者と認識している男は、声を震わせつつも強光帯びた瞳を迫るスペクターに向けていた。
「変わらな……」
 額に大粒の脂汗を浮かび上がらせた将校が最後まで言い終える前に、彼の口にファイヤーウーマンの人差し指が押し込まれた。
「胡散臭いのよ」
 火炎亡霊が忌々しげに吐き捨てた途端に南コーカサス生まれの頭部が燃え始め、急速に焼け爛れていく頭の穴という穴から炎が溢れる。
 悲鳴を上げる男の両眼窩から沸騰した血液と共に眼球が飛び出し、髪の焼ける悪臭がファイヤーウーマンの鼻腔を突いた。
『共に戦おう。年金、生命保険、住宅完備。新車供与。君達が必要だ』
『高給と食事保証、終身雇用制度あり。もう嫉妬や羨望に苦しむな』
 将校の肉体を地球上から消滅させたスペクターは指先の敵血を振り払ってから顔を上げ、卑猥な落書きだらけの強化コンクリート防壁に掛けられた垂れ幕と、その向こう側に頭を覗かせている高層ビル群を睨み付けた。
「ソフィア・マリューコヴァ……何もかも胡散臭い……!」
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