ナチス最終兵器 サメ人間

名無しの東北県人

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第一章

◆チャプター7

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『豚ヲ殺セ! 豚ヲ殺セ!』
 何の前触れもなく夜空で照明弾が炸裂した直後、マグネシウム・リボンにより照らし出されたソフィアの豪邸目掛けて一斉に鋸人間が突撃した。
「間に合わなくなるぞ! 撃て!」
 中庭を猛烈前進するナチス殺人軍団に対し、家主の親衛隊以外の何物でもないアイアンランド兵達は屋上や二階の窓から激しい銃撃を浴びせる。
「撃ちまくれ! どんどん撃て!」
 瞬く間に六機が自動小銃及び軽機関銃の集中砲火で戦闘不能に追い込まれた。
『豚ヲ殺セ!』
『豚ヲ殺セ!』
 幾筋もの火線がサーチライトを照射された鋸人間を貫いて手足をもぎ取るが、痛覚や恐怖といった概念を持たないマシンは仲間の四肢を踏み越えて突き進む。
『殺ス! 全テ殺ス!』
「まずい! 一機抜けたぞ!」
 一機が豪邸の入口付近に設営された防御陣地に飛び込むや否や傭兵の上半身が錐揉み回転して土嚢と共に宙を舞い、M2重機関銃の真横で崩れ落ちた下半身の断面からは生臭い臓物が湯気立てて溢れ出た。
「常に慎重かつ、礼儀正しく振る舞うように」
 顔面の半分を弾丸で吹き飛ばされている鋸人間が邸内に突入せんとした瞬間、凛とした声と同時に放たれたロケット弾がその後ろ首に直角で食い込んだ。
『豚……ッ』
 続く小爆発で千切れた四本の腕が空中に放り投げられる。
「リフトワイヤー解除。幸運を」
「ありがとう」
 チェチェン人パイロットとの短いやり取り後、エグゾスケルトン――重武装の強化外骨格を纏った姿で二機のヘリから切り離されたアノニマは、豪邸の入口に立ちはだかるようにして着地する。
「奴らが蔓延させた腐敗によって、あの方の心は荒廃した」
 銀髪鬼は中庭に高速ホバー移動で半円を描きながら敵との距離を詰めていく。
「今や私は、怒りの権化と化して奴らを鉄火の暴風に叩き込める」
 バックユニット左部の六連装ランチャーから発射されたロケット弾が接近する三機中、特に突出した一機のすぐ真横で近接信管を作動させる。
 大爆発で鋸人間の右手が全て吹き飛び、大きくバランスを崩した殺人マシンは砂煙を上げて地面に突っ伏す。
「奴らは自分達が無意識に行った罪を償うことになる」
 残る二機の数メートル横を濛々たる土煙上げて通過した『匿名』の女性形は、バックユニットの右側にマウントされているMG34軽機関銃を自動旋回させて背を向けたまま発砲、更にS字を描き、射線上にいた一機が右膝を撃ち抜かれて姿勢を崩す姿を視界の隅に映すと飛翔した。
「自らの血によって!」
 豪邸の外壁に取り付くと重力に逆らって赤レンガを削りながら直進……足元を蹴り上げ、まだ立っている敵の背後に降り立つ。
「ただ奴らが地獄を見ればそれでいい!」
 アノニマは黒いパッドで覆われた左膝を向き直った鋸人間の腹部に叩き込み、相手の体がくの字に折れ曲がると、即座に防御だけでなく近接戦用武器としても使用可能なシールドを振り下ろして斬首刑を敢行した。
「そうでなければ」
 切断口から激しく火花散らす残骸が前に倒れる姿を背に横回転、損傷個所から鮮血を噴き上げつつ身を起こそうとしたもう一体の頭部に右踵を振り下ろした。
「あまりにも理不尽過ぎる!」
 足首が頭の半分まで一気に食い込み、飛び散った血と脳漿が地面を著しく汚す。
「誰一人としてあの方に手を差し伸べなかったように!」
 言わば、アノニマはソフィアの弁護士のような存在だった。最強の盾として、今日に至るまで内外の全ての敵から彼女を守り続けてきた。
「誰一人として奴らに手を差し伸べない!」
 そしてスペクターとして彼女が持つ能力は、ロンメルのDAKが北アフリカで発見したエネルギー・コア――エグゾスケルトンの動力源――という結晶体との極めて高い親和性だった。
「あの方が切り拓いた道は、獣共の臓腑に繋がっている」
 アノニマは横から接近してくる新たな三機に対し、その場で体ごと急旋回してジョイスティックの上部ボタンを親指で押す。眩い閃光と共に、ランチャーからロケット弾が撃ち出された!
 白煙が濃い灰色の殺人機の間に次々と吸い込まれ、立て続けの大爆発の中から鋸が付いた腕が宙を舞って噴水の中に落ちる。
「奴らのハラワタに!」
 赤黒の強化外骨格を纏う少女は炎に向かって右手を出し、縦二連に装備されたPPSh‐41短機関銃を猛連射しながら突進した。
「豚ハ死ネ!」
 大量の七・六二ミリ弾を叩き込まれ一機が爆発するも、後続は煙を切り裂いて飛び出し、一気に距離詰めて斬撃を放つが、アノニマはそれを右部防盾で防ぐと無防備な相手の腹部に左シールド先端を突き刺し、ジョイスティックを操作して右同様に縦式マウントされている二門の小火器で零距離射撃を浴びせつつ後方に放り投げる。
 守護者は、地面に叩き付けられた衝撃で首を圧し折られながらも立ち上がった鋸人間の喉に右シールドの先端を突き入れた。
 そして左一回転しつつ相手を持ち上げて再び地面に激突させ、強い衝撃で赤い血飛沫を広げるも、今度は突き刺したまま地面に円を描いた上で右回転し彼方に投擲した。
「――ッ」
 刹那、背後に気配を感じたアイアンランドの最強戦力は反射的に身を翻した。
「サッ……!」
 地面を突き破って出現したサメが、大きく口を開けて迫ってくる。
「メッ……!」
 噛み付きは間一髪でアノニマの鼻先を薙ぐ形で終わったが、青と白の大魚体がスローモーションで空中を進む光景は、あまりにも現実感のないリアルだった。
「これは冗談か……!」
 ヒレの代わりに手足が生えたホホジロザメを見て、少女は眉間に皺を寄せる。
「いいえ! 現実ですん!」
 九百キロ以上離れた地下室でソフィアと共に戦況をモニターしているイルザが親指を立てると、彼女の最高傑作は自己進化を開始した。
「いーち!」
 二足歩行で立ち上がった異形の右手が左右に張り出し、その先端に目と鼻腔が存在するシュモクザメの頭部に変化した。
「にーっ!」
 続いて左手がブレード上の長い吻を持ったミツクリザメの頭となり、左右共に剥け落ちた尾ビレは先鋭的なヨシキリザメの頭が代わりを務めるようになった。
「さーんっ!」
 最後に背中から伸びた四本の触手は、その先端全てが古代ザメとして知られるラブカのグロテスクな頭部だった。
「サメ……人間ッ!」
 大きく咆哮したサメ人間を前に狼狽の声を漏らしたアノニマだったが、すぐに冷静さを取り戻し、右手ジョイスティックのトリガーと上部スイッチをそれぞれ人差し指と親指で押してソ連製短機関銃と鹵獲ドイツ製軽機関銃を発砲しながら急速前進した。
 しかし自らも一歩前進したサメ人間は、シュモクザメ頭の平坦部を斜めにして大量の鉄炎を尽く跳弾させる。
「ならば!」
 舌打ちしたアノニマは前進の途中で焼け残った鋸人間の胴体部分を拾い上げ、横一回転分の遠心力を込めて異形に放り投げた。
だが激突する直前、頭に角を二本生やす魚人は左手の鮫刀でそれを両断する。
「本命、行け!」
 魚体の後方に分かたれた残骸が落着する前にアノニマはロケット弾を放つも、立ち止まったサメ人間は背中から伸ばした触手でもう残り少ない彼女の虎の子を弾き飛ばし、周囲に立て続けの爆発を引き起こした。
「なっ……」
 サメ人間は唖然とするアノニマとの距離を詰めるなり上半身を大きく捻り込み、右フックの要領で右手のシュモクザメ頭による噛み付きを放つ。
「――ッ」
 アノニマは上半身を倒して自らも右回転、敵の一撃を空振りに終わらせると、自らはボディブローのように相手の腹部にシールドの先端をぶち込む。
 肉抉られたサメ人間は頭を左右に振って苦悶の咆哮を響かせた。
「いける」
 追撃を与えるためアノニマは前進するが、サメ人間が地面を掘り上げて地中に潜航する方が早かった。
 ソフィアの護り人は自分を軸にして七十五連サドルマガジンが取り付けられたMG34軽機関銃を土盛り上げて進む背ビレに向けて連射する。
 これは、異形が仕掛けた罠だった――。
「しまった!」
 スペクターの足元からラブカの頭が口を開けて多数飛び出す。
「クソッ!」
 急速後退したアノニマは左手で迫ってきた触手の喉元を掴むと右手側の火器を浴びせて粉砕、同時並行で右アーム上の機関銃を旋回させて背後から迫る三本の先端を四散に追い込む。
続いて左右から迫った触手に冷静に両手を広げて発砲して対処、正面から迫るそれを右回し飛び蹴りで肉塊に変えた所で、これが本命なのだと言わんばかりに、ラブカが幾つも転がる地面を突き破ってホホジロザメの頭部が大きく口を開けて飛び出す。
 間一髪で後方に縦回転して死から逃れた亡霊は、地面から出切って咆哮と共に猛烈前進してくるサメ人間に突撃した。
 裂帛の気合と同時に突き出した両手のシールド先が、鮫頭で受け止めならぬ、『噛み止め』られる。
腕四つでの取っ組み合いが始まった。
 鮫キメラは立て続けにホホジロザメ頭で噛み付きを繰り出し、アノニマは髪を左右に揺らしてギリギリで回避する。
「撃たれろ!」
 アノニマはMG34軽機関銃を旋回させて怪物の口内を撃ち抜こうとするが、右から回り込んだヨシキリザメの双頭が機関部に噛み付いて発射を阻止した。
「――ッ!」
 金属破音の方をアノニマが見た一瞬を見逃さず、サメ人間は思い切り全体重を掛けて彼女を押し倒す。
即座にシュモクザメの頭部が鹵獲されたパンター戦車宜しく赤い星が描かれた木の板を貼り付けている右部シールドに歯を立てる。
「アノニマを舐めるな!」
 少女は無防備な自分の顔目掛けて左手のブレードが垂直に突き入れられる前に無理矢理体を動かし、左頬から僅か三・七センチ横に刃を空振りさせると下から巴投げのような形でサメ人間を放り投げる。
 その流れの中で、ぼきりと嫌な音を立ててミツクリザメの吻が圧し折れた。
 着地して大きく咆哮しながら向き直ったサメ人間は、こちらも怒り声を上げて突進してきたスペクターに飛び付いて左シールドに噛み付き、そのまま左回転、勢いのままに彼女を地面に倒す。
 叫びと共にアノニマは上体を起こし、プロレスラーが用いるラリアットに近い右パンチを怪物の下顎に浴びせた。
 今度は自分が倒される側になったサメ人間は下から迫り来るスペクターの体に尻尾を巻き付け、上を取るなり両足を絡めて再び噛み付きの連撃を繰り出した。
「援護します!」
 四度目の噛み付きが失敗に終わったタイミングでサメ人間の右横顔に白煙源が食い込み、直後の爆発で生臭い血と肉片が飛び散った。
「一人で戦わないで!」
 解放されて尻餅をついたままのアノニマが声の方に視線を向けると、米国製のM1バズーカを肩に載せたポーランド人傭兵が屋上から自分に向け手を振る姿が見えた。
「俺達も付き合いますよ!」
 他にも、PTRS1941対戦車ライフルを構えた仲間達もいる。
「ふふーん」
 遥か彼方のイルザから指令を受けたサメ人間の頭部に亀裂が入り、間から光が漏れ出す。
「何の……輝き……ッ?」
 アノニマは、四つに割れたホホジロザメの頭の中から、黒々としたウバザメの頭部が露出する信じ難い光景を目の当たりにした。
「はっしゃーっ!」
 イルザがスイッチを押した瞬間、エラに光を蓄えたウバザメの口が大きく開き、体内の暗黒怨念寄生虫が危機を察して逃走を図る傭兵目掛けて撃ち上げられた。
「逃げろ! 逃げっ――」
 まるでビーム兵器のように右から左にかけて嘔吐物が撒き散らされ、不幸にも射線上にいた者達は蠢く大量の蟲によって肉の全てを食らい尽くされた。
「ひぃっ……」
 その恐るべき光景に恐怖したアノニマは、無意識のうちに近くで擱座していたZPU‐4対空機関砲の陰に後退ってしまう。
「怖い」
 太腿を震わせるスペクターは本心を口にした。
「でも」
だが同時に、そう声に出す。
「私はあの方の兵隊だ。あの方のためなら、どんな相手とでも戦う」
 触手に襲われるソフィアのあられもない姿を脳内に思い浮かべた瞬間、怒りのパワーがアノニマの全身に行き渡り、澱んだ瞳にも生気が戻った。
「憎しみはダナイデスの底なし樽だ!」
 アノニマはソフィアが全てに絶望していた頃、惨めな負け犬に光明を与えた詩、ボードレールの『憎しみの樽』を口走りつつ物陰から飛び出す。
「取り乱した復讐が、赤く強靭な腕で」
 怪物が自分を視認するなり放たれた寄生虫を左右の急機動で回避、空間を狭め、
「空虚な闇に、死者達の血涙を汲み入れている」
 左手の二連装小火器を構えて撃たんとするが、人差し指がジョイスティックのトリガーを引く前に間一髪の差で尻尾の一撃を受け倒されてしまう。
「しかし彼女が犠牲者を蘇らせようと」
 真の頭を閉じたサメ人間は尻尾で擱座した車両を噛み、膝立ちになった少女にハンマー宜しく叩き付けようとする。
「その肉体に活気を与え、再び血を絞ろうと」
 だが亡霊は残存する全ての火器類を力の限り撃ちまくって迫り来る重金属塊を到達直前に完全消滅させた。
「千年の汗と努力は、悪魔が開けた穴から零れ落ちてしまう」
 ヨシキリザメの頭だけが彼女の鼻先を通過し、生臭い風で煤汚れた頬を撫でる。
「憎しみは酒場奥の泥酔漢だ」
 少女は立ち上がる中で残弾ゼロとなった全武装及びシールドを切り離す。
 そして、整備員がハイドラと呼称するエグゾスケルトンの基幹フレームだけを纏った姿で怪物に飛び掛かり、
「レルネーの大蛇そっくりに、内で新たな乾きを生み続ける」
 激しく暴れ回る人造生物に振り落とされそうになりながら、渾身の力を込めてホホジロザメ頭の上二枚を引き剥がした。
「幸運なる酒飲みと違い」
 続いて再び剥き出しになったウバザメ頭に右手のナイフで深い切れ目を刻み、左手でその内部に手榴弾を押し込める。
「憐れむべき運命を与えられた憎しみは」
 アノニマは振り払われた。
 だが勝利を確信した彼女は空中で口元を緩める。
「決して、机の下で眠ることはできない!」
 銀髪のスペクターが土に叩き付けられた直後、ウバザメ頭が内部からの爆発で木っ端微塵に四散した。
 赤黒い血と青白の肉片が天高く舞い上がり、満月に醜い縦筋を走らせる。
 多くの命を呑み込んで行われた失笑モノの茶番劇は、こうして幕を閉じた。
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