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第2章 クリオの休日
第13話 佐那美さん……ゴメンね
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前回からの続き
佐那美から映画の勉強とばかりに秋葉原へ行ってオタク研究する様言われた僕とクリオ。
とりあえずTXに乗り、秋葉原でオタク気分を満喫してきた僕らであったが、どうやら佐那美の反感を買うデートみたいな楽しみ方をしていたらしい。
佐那美は激怒し僕らを詰問する。
一方で、僕らが佐那美に送った画像データに怪しげに写り込む謎の少女。
それは――――美子だった。
恐怖で逃げるクリオを刺し、血まみれの状態で部屋に入ってきた美子。
今回ばかりはちょっとヤバいかも。
本編に戻る。
得物を構えた美子がイッちゃった目で僕らを睨む。
「お兄ちゃん――私、言ったよね。なのに……何で、何でなの」
彼女は涙をこぼしながら得物を握り締めたままだらりと腕を垂らした。
美子の服にはクリオの血痕と思われるものがべっとりと付着している。
「落ち着け美子さん、おちついて!」
僕は両手を肩の高さまであげ、『落ち着け、落ち着け』と前後に揺らして彼女をなだめる――が、彼女は得物を構え振り払う。
「うるさい! 私が先に聞いているでしょ!」
危なく手をきられるところだった。
「裏切り行為は許さないって言ったよね? なのに何でクリオなんかとデートしているわけ?」
「いや、デートではないよ。映画の……オタクの勉強だよ」
「私、おかしいな、おかしいなって思ってお兄ちゃんのGPS確認したらつくば駅にいるんだもん。私、慌ててJRで特急にのって東京経由で秋葉原行ったんだけど、まさか……」
美子は身体をブルブル震わせ、何かを我慢している様子である。
そのうち「あああああああ」と奇声をあげ、「我慢できない」と叫ぶと両手で激しく僕のベットを叩き始めた。
「誰の差し金かしら。誰の……」
もちろん佐那美である。
ここで名指ししても良いのだけど、言ったところで刺される順番が変わるだけ。
黙っていることにする。
「そう言えば、お兄ちゃん。地端の社長はどうしたの? それになんで佐那美がそこにいるの?」
「ソレは……」
これ以上言葉が出ない。
そのうち。
「あぁ、そうか。そうなんだ、そうなんだな。佐那美だね。私のお兄ちゃんをたぶらかしたのは」
美子がギラリとした眼光を佐那美に向ける。
「あ、ああああ……た、助けて、神守君」
彼女は事もあろうか僕に助けを求めてきた。これは逆効果だ。
「なんでお兄ちゃんなのよおおおおお!」
美子は得物を構えて佐那美に襲い掛かる。
「やめるんだ、美子さん!」
「うるさい!」
僕は美子の包丁を取り上げようと手を差し出すが、美子は包丁を振り回し、紙一重で僕手の甲の薄皮を切った。
僕は美子を布団に押し倒し馬乗りにして包丁を取り上げようとするが、美子は暴れ容易に彼女の腕を掴むことが出来ない。
「佐那美さん逃げろ、早く!」
「あ、あああああ……」
しかし、佐那美は腰を抜かしたみたいで、まともに身体が動かせないようだ。
僕が佐那美に気を取られていると、何かが彼女の方に投げられた。
しまった!
それは彼女の方に真っ直ぐ進み、彼女の後頭部を掠めるか掠めないかのところで通過し、柱に突き刺さった。
「ひいいいいいぃぃぃぃ……」
さらに僕がそれに気を取られている瞬間に、美子は僕を蹴り飛ばし、鬼神の様な跳躍力で佐那美に馬乗りになる。
そして佐那美の身体をごろりと仰向けにした。
「い、いやあああああぁぁ! 563れる!」
「4ね、佐那美!」
美子はもう一本隠し持っていた得物を取り出し、彼女の顔面目掛け振り落とす。
「いやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
佐那美は絶叫を挙げる。
もう、これは詰んだかな。僕もこの辺で潮時か。
無情にも、得物が佐那美の額に突き刺さる。
得物はグシュグシュと音を立てて下に沈んでいく。
それと同時に佐那美の言語が段々おかしくなっていく。
一見すると、得物は脳にまで達し、言語能力がおかしくなっている感じである。
――が、事態は意外な人から終わりを告げられた。
「ハイ、カット! お疲れ様です」
そう言ってドアを開けて、あの世に召されたハズのクリオが拍手をしながら現れてきた。
ご丁寧に背中に得物が刺さっているままである。
「あー……疲れた」
美子はかったるそうに佐那美の上から立ち上がり、佐那美の額に押し当てていた得物を放り投げた。
――ちなみにこれ演劇用のゴム製の包丁である。
だからいくら佐那美の額に突き刺しても、死ぬことはない。
もちろん、クリオも自分の背中を指差して「ちなみに私に刺さっている包丁も小道具ね」とおどけている
――はい。これは佐那美に対するドッキリです。
話を秋葉原に戻します。
僕とクリオが秋葉原駅の電気街口である人物を待っていると、もの凄い黒いオーラを背負っている彼女が到着した。
「おーい、美子ここだよ」
クリオが、機嫌が悪い美子に全く動じることなく手を振る。
その彼女がクリオをジトッとした目つきで睨んでいる。
「まあ、突然『クリオと秋葉原に来てるんだ』ってメール送られれば、そうなるよね」
僕がおどけながら美子に近づくと、美子は明らかに不機嫌な表情で僕の足の甲をガンと踏みつけた。
「いっ――たいなぁ! 何するんだよぉ」
「フン!」
美子は腕組みしながらそっぽを向いてしまった。
「まあ、へそ曲げる気持ち、私もわかるよ――ちょっと病んじゃうよね」
『病ンデル入っている?』系CPU搭載のクリオが苦笑いしている。
「それで、私をこんなところにまで呼び出してどうするつもりなの?」
「いや、スクリュー佐那美に『秋葉原行ってオタク服着て勉強してこい』って言われたんだけど――2人で堪能するのもつまらないから」
「はぁ?」
さすがは佐那美と一緒に生活しているだけはある。話が断片過ぎる。
いくら頭脳明晰な美子でも理解出来ず困惑している。
「いや、それは……ちょっと意味わかんないんだけど。第一あの馬鹿はどこにいるの?」
「次回作の参考にと、佐那美さんとうちらで秋葉原に来る予定だったんだけど……彼女が無駄使いしちゃって、結局、彼女はお留守番になってしまったんだ」
僕がそう説明すると、美子は「はあぁ~」と大きなため息をついた。
「本当にあいつ、救えない馬鹿なのね」
「しょうがないので二人で秋葉原に来たんだけど、2人だけで遊ぶのもつまらないから美子さんにも出動願った訳だ」
理由を説明すると美子は「ふぅうん……それなら私が怒る理由はないわね。怒って悪かったわ」とすぐに機嫌を取り戻した。
でも、何かが足りない。
辺りを見回すと、いつも一緒にいる彼女の姿が見えない。
「ところで眞智子さんがいないようだけど」
美子に送ったメールには「眞智子さんも連れて来て」と付け加えてある。
「あぁ、眞智子の奴、家の手伝いがあって行けないって。ヤンキーのくせに真面目かよ。しかも、眞智子から伝言を頼まれた。『仇討ちよろしく』ってさ……それってどういう意味なのかな?」
美子は首を傾げながら僕――ではなくクリオに尋ねる。
「あぁ、それだったら多分あの馬鹿の事だから、オタク名所を一箇所位巡って『クリオ、用がすんだから帰りなさい。神守君は私と一緒にこの後付き合うこと』ってデートに切り替えるつもりだったんでしょ?」
「はぁあ?」
美子が再び不機嫌な表情に変わる。
「でも、あの馬鹿ならやりかねないわね。アイツ、本当にぶっ564てやろうかしら……」
美子はそう言いながら親指の爪を噛みながらジッと僕の顔を睨んでいる。
このまま黙っていると段々物騒になるので、とりあえず話を逸らす。
「とりあえず、折角秋葉原に来たんだからみんなで遊ぼ。まあ、眞智子さんは残念だけど」
「眞智子なんてどうでもいいんだけど、私、ちょっと佐那美のこと納得いかない。せっかく私が面倒見てあげたのにあのクソ女また裏切りやがって……」
佐那美は地雷原を裸足で駆けていくようなおバカさんである。
とりあえず、火消しをしておかないと僕らに被害が及ぶ虞がある。
それを察したのかクリオが美子にハグしなががら宥めに入る。
「ほら美子、そんなにおっかない顔しないで。せっかくここまで遊びに来たんだから楽しく遊ばない?」
――そして背中をポンポン叩きながら悪魔の様に囁いた。
「美子、あの馬鹿に仕返ししない?」
クリオの顔を見ると、あからさまに悪意ある表情をしている。
「ん? それはいいけど、どうやって……」
「決まっているでしょ? あんたが佐那美をぶっ56すつもりで襲えばいいのよ」
クリオはここぞとばかりに佐那美に対する日頃の恨み辛みを美子で晴らそうとし始めたので――
「ちょ、クリオ。うちの妹を犯罪者にさせるのはやめてくれ。それにここでは絶対にやめてくれ」
――と僕が慌てて止めに入る。
だが、クリオは近所のおばちゃんの様に手首を振って「いやだなぁ」と僕の心配を否定した。
「本物じゃなくて、そこは映画用の小道具使うのよ。それだったら本気で56すつもりでもいいから。もちろんこの場所ではそんなことしないけどね」
なるほど、要約すると迫真の演技で佐那美をやっつけるのか。
それは面白そうである……って、そう思う僕も佐那美に酷い目に遭わされている被害者の一人ですから、それについて反対はしない。
でも、いきなり美子が襲い掛かっても、『えっ何。何?』って驚いているだけで、イマイチ恐怖感が湧かない。
僕もちょっと煽ってみる。
「もっと恐怖感を煽ってから襲撃するっていうのはどう?」
僕の助言に美子が何かを思い出したようだ。
「あぁ、そういえば。地端レイってキャラクタあったわよね」
今、美子の顔がもの凄く悪い顔に変わる。
「何よ、その地端レイって。何かあの馬鹿とレイが結婚したみたいで嫌なんですけど!」
クリオがあからさまに嫌な顔をしている。
どうやら、その意味というか駄洒落がよくわかっていない。
「まあ、簡単にいうと――ほら」
美子は以前撮影したウエディング体験の写真をクリオに見せた。そこには、みっともなく窓にへばり付きこちらを覗いている佐那美の姿が写っている、やつである。
「ホント、あの馬鹿みっともないわねぇ……確かに幽霊みたいね」
「だからぁ、こんな感じで、『私も』みっともないことしようと思って」
美子の提案にクリオが「えっ? どういうこと」と問いただす。
「簡単よ。まずあんたらが記念写真を撮る。その時に私が隠れて恨めしそうに覗き込む。それを何回か繰り返すと――って、なんだか自分で言っていて腹が立ってきたんだけど」
美子は体を震わせて怒りをこみ上げている様だ。
こんなところで怒られても非常に困る。
「そ、それは良いけど、本気で僕らをここで襲わないでよ。今、この街そういうのはシャレにならないから」
「それはわかっている」
美子は大きく深呼吸をし、想像したものを否定するかのように頭を振った。
そんな中、とんでもない提案が美子向けられた。
「あーっ、だったら。佐那美の恐怖感を煽るのに私が美子に56さればいいんだ」
クリオである。
「だからっ、ここでやらないでよ! そういうのは御法度だから」
僕の制止を「当たり前でしょ」と遮り、彼女はさらに話を続ける。
「今、佐那美は茨城でイライラしているはず。当然、佐那美の目の前じゃないと意味がないでしょ。それにここは楽しく過ごす場所だから3人で楽しく撮影して遊びましょう」
――というわけで、みんな楽しく撮影しながら買い物・飲み食いした訳です。
もちろん、実際に美子もガチャガチャ回していたし、メイド喫茶や九州ラーメンでは3人でご飯を食べていました。
まぁ、メイド喫茶では僕とクリオが食べ合いっこしているところは美子は怒りに耐え震えながら演技指導。これを佐那美がみたら激怒しまくるだろうと、美子は自分の気持ちを押し殺しながら指導していたそうである。
その後、美子は「そこまで協力しているんだから私にも協力してよね」と好きなアニメグッズをクリオと一緒に買いあさったり、前回話していた「お願いがある」と言っていた物が売っている場所に僕を案内させたり……とまあ結構楽しんでいた。
ちなみに美子が僕に案内させた場所とはパソコンのパーツ屋が集まっている地区。
今回、美子の用件……というかお願いでここに来たのである。
そのお願いとは、彼女から『パソコンの動作が遅くなってきたので何とかして欲しい』というものだった。
さらに今あるパソコンのデータを、新しい環境下でも引き続き使えるようにとのことである。
だからその要望に応えるべく、彼女をここに連れてきた訳である。
ただ、実際に店舗の値段はネットに書かれている値段より高めに設定されている。
『今時ネット注文でしょ?』っていわれそうだが、実は店舗独自のネットに記されていない『セット割り』が存在したり、部品に対する『相性補償』など保険が掛けられるのが魅力である。
最終的にネットで個々に買うより、電車代も差し引いても安くなる。その上、仮に部品の不具合があったとしても保証により部品交換ができるのだ。
ちなみに今回僕はパソコンを強化する必要がないので、その付近にある犬の名前のお店や魚の名前の鉄道模型店に行って目的の車両をゲットして堪能させていただきました。
とりあえず、目的及び撮影終了。
僕のスマホを美子が確認する。
「うん。これよく撮れている。これ以上イチャつかれていたら間違えなく私が暴れるレベルだけど、この位ならギリ『殴ってやろうかしら』ってレベルで収まるかしら」
「えーっそれでも僕ら殴られるの?」
「いやいや、この怒りはどこかの馬鹿に晴らさせてもらうから――」
美子はそう言い、さらに「でも、この写真あんまり見ないで欲しいな。あとでじっくり探してみてよ……たぶん、ビビると思うから」と付け加えた。
とりあえず、美子のゴーサインが出たのですぐに佐那美にメールを送る。
先ほどから『何しているの! さっさと写真送ってよ!』と彼女から若干お怒りメール着信が入っていたので、これを見たら確実に佐那美は大激怒することだろう。
案の定、その後すぐに『ちょっと二人に話したいことがあるから。神守君の家で色々聞かせてもらいたい』と追加の着信があったのは言うまでもない。
話を僕の部屋に戻す。
「この馬鹿、せっかくウエディングドレスを一緒に撮ってあげたのに、速攻で裏切るんだもの。ホンと図々しいよね」
美子はまだ怒っている。
「でも今日は楽しかったなぁ、映画のこと抜きに秋葉原見てもオタクについては参考になったわよ。自分の趣味を他人に気にせず生きるって楽しいってことが」
クリオはウンウンとうなずいている。
確かに自分らも楽しかった。
でも、楽しめなかった……というか自分の所為で遊びに行けず、その上僕らのせいで酷い目に遭わされた女の子もいる。
可哀想にその彼女が伸びている先の柱には得物が刺さっている。
……何もそこまでしなくてもよかったのに。
「ところで美子さん。あの佐那美さんに投げつけた得物、柱に突き刺さっているみたいになっているけど……あれはどういう仕組みになっているの?」
「あぁ、それね」
美子は佐那美の上に座ったまま柱のそれをジッと見つめている。
「あっ、あれ……あれれ?」
首を傾げ出す。
「ど、どうしたの?」
「いや、ちょっとまずった……」
そして、額に汗を掻いて苦笑いをしている
「何がまずった?」
「間違って本物投げちゃった……アハハハハ」
――――――おいおい、そこは笑うところでない!
あの得物って佐那美の後頭部掠めるように飛んでいった奴だよな。
「大丈夫、私コントロールいいから。それにどうせ佐那美だし」
そんな本物の持って演技しないで欲しかった。
もし間違って彼女に当たったら、新聞沙汰になってしまう。
危なくうちの父親が失業するところである。
だが美子は悪びれる事なくケラケラ笑いながら佐那美を足でごろりとうつ伏せに転がし、トドメとばかりに彼女のお尻をケツビンタする――と、美子はその叩いた掌をマジマジと見つめだした。
美子はそれが何か理解すると「うわああ」と悲鳴を挙げ飛び上がった。
「この子、失禁しちゃっている――ぅ」
美子はあわてて佐那美を引き起こすと、彼女は泡を吹いて白目を剥いて失神している。
あらら……あとで社長には僕から謝るしかないかな。
――――それから次の日、再び僕の部屋。
佐那美はぷんすかぷんすか怒りながら僕のベットの上であぐらをかいている。
クリオと美子はゲラゲラ笑いながら全く反省をしていない。
眞智子も合流し、秋葉原の一件を再び話し合う。
「お前、本当に懲りないなぁ」
眞智子が引きつった笑みを浮かべている。
本来、眞智子としてはここは怒るところであるが、事の顛末は美子から聞かされていることもあり、正直呆れてしまったというのが正解である。
「まさか経費で買ったブランド物の服がション○ンまみれになろうとは、ね」
眞智子の言葉に僕はあの後、それの処理に追われていた事を思い出し、なんとも言えなくなった。
まさか学校一の美少女のお漏らしをかたづける羽目になろうとは――普通なら、完全にアウトだよね。
「……五月蠅いわね。あんな頭がおかしい子に得物突きつけられビビらない人はアンタ位よ」
「いや、私だって美子みたいな性格異常者に襲われたら余裕ないわよ」
佐那美と眞智子はそう言って、うちの美子を指差している。
あまりうちの大事な妹を基地外認定しないで欲しい。
美子も『おまえ等に言われる筋合いはない』と言わんばかりに「あのねぇ~、私は至って普通の女の子なんですけどね」と反論する。
だが、その言葉は説得力に欠けるというものだ。
案の定、眞智子と佐那美が言い返した。
「自分の兄貴をレイプしようとはしないけど」
「得物を人の頭目掛けて投げつける人、ほかにいないわよ」
彼女らは『どこが普通の女の子だ』とばかりに白い目で美子を見る。
「いいでしょうよ。もしうちのクソババアがあれじゃなかったら、私はとっくにお母さんになっていたんだから! そしたら得物なんか投げつけないわよ」
うわぁ……また問題発言。そして、結局僕はレイプされる訳ですか。
普通に聞いていると問題発言であるが、彼女らはさすがに聞き慣れたのか「また馬鹿な事言っているよ」と完全に美子の発言をスルーした。
唯一、この中で眞智子以上にまともなクリオが「あぁ~、あんたら……ていうか私も含めて抱けど、結局ソレばっかりなんだよね」と話に割って入ってきた。
「うーん。確かにそうね」
美子がため息をつく。
結局、佐那美に対するドッキリで次回作の話は曖昧になってしまった。
そんなバカ話をしていると、ようやく本題の話を眞智子から振られた。
「ところで、何で急に秋葉原なんて行くことになったの? オタクの研究するんだったらつくばの『TKB』だってあったでしょ」
眞智子が話している『TKB』とは、つくばを中心に活動しているご当地アイドルグループで、アキバのアイドルグループを意識して結成されたとのことだ。
僕はアイドルについて全く疎いので御当地アイドルの存在は知らなかった。
「眞智子さん、アイドルについて詳しいの?」
「いや、私はわからないわよ。ただ、マサがそのアイドルグループの追っかけしているらしくて、琴美から相談を受けていたのよ」
「へーっ、マサやんそんなことしていたんだ。最近、一緒に遊んでいないからわからなかったよ」
一瞬、マサやんがアイドル相手にサイリウムを一生懸命振って踊っている姿を想像し、ちょっと吹き出しそうになった。
「いやぁ~、琴美の奴がマサのこと束縛したがるから私も困っているのよ。所詮はアイドルでしょ? いや絶対にアイドルから言い寄られる事はないから」
眞智子がケタケタ笑いながら手を振って否定した。
「ホント、琴美も心配性なんだからぁ」
美子も大笑いしている――っていうか、君こそ心配性なんじゃないか?
その話が笑い話で終わろうとしたその時、佐那美の「あー!」という叫び声で皆が驚き凍り付く。
「そうよ、その手があった!」
佐那美はベットから飛び降りると、僕とクリオを指差し「神守君、ふぁっきゅうー。近いうちにつくばに行ってそのTKBを見に行くわよ」と言い出した。
「はぁ?」「何で?」
僕とクリオがぽかんとしていると、佐那美がウンウンとうなずいて、話を続ける。
「とりあえず神守君とふぁっきゅうーは池田からアイドルについて教わりなさい。そしてアイドルに恋するオタクになりなさい」
佐那美の突然の指示に僕とクリオがキョトンとする。
「えっ、僕らがアイドルオタクになるの?」
「日本のオタク文化ってアニメとかメイドさんとかじゃないの? ……っていうか何度もファックユーいうな!」
「そうよ。そうなのよ! アイドルの追っかけ、いいじゃないの! しかもアキバに行かなくとも隣町だったら予算的にも助かるわよ」
佐那美が力説している。そして「い~いっ、とりあえず池田に話を聞いてTKBのメンバーどれでもいいからファンになりなさい。そしてその感覚を覚えて映画に――」と佐那美が言いかけた途端、彼女は二人から胸ぐらを締め上げられた。
「ダメに決まっているでしょ! 何でお兄ちゃんがアイドル追っかけしなきゃ行けないのよ。そんなことされたら本気にされちゃうんじゃないかと心配して夜も眠れなくなっちゃうでしょうよ」
美子ががなりまわす。
そして眞智子も血走った目で佐那美の胸元を鷲掴みにして振り回した。
「テメエ、ふざけるな! アイドルに言い寄られたらどうするんだ! マサとは違って礼君は間違いなくアイドル落とすぞ!」
美子と眞智子はさっきまで笑っていた出来事をその場で否定した。
僕は『あのぉ美子さん、眞智子さん。琴美もそういう気持ちだったのだはないでしょうか……』と心の中でツッコミを入れることにした。
でも、これだけ美人に囲まれているのにアイドル追っかけっていうのも何か無理があるよなぁ。
僕は周りにいる女の子の顔を見回す。
するとクリオから「ところでレイ、何で私ら見回しての?」と怪訝そうな表情で尋ねられた。
「いや、別に他所のアイドル使わなくても、皆がいればアイドルユニットができるんじゃないかと……」
だが、この提案は佐那美に一蹴された。
「ダメ。うちらじゃ観客そっちのけで神守君の奪い合いになっちゃうから。それじゃあどっちがファンでどっちがアイドルなのかわからなくなるから」
そして彼女たちも――
「「「それは確かに……」」」
――と口を合わせた様に呟き皆納得してしまった。
佐那美から映画の勉強とばかりに秋葉原へ行ってオタク研究する様言われた僕とクリオ。
とりあえずTXに乗り、秋葉原でオタク気分を満喫してきた僕らであったが、どうやら佐那美の反感を買うデートみたいな楽しみ方をしていたらしい。
佐那美は激怒し僕らを詰問する。
一方で、僕らが佐那美に送った画像データに怪しげに写り込む謎の少女。
それは――――美子だった。
恐怖で逃げるクリオを刺し、血まみれの状態で部屋に入ってきた美子。
今回ばかりはちょっとヤバいかも。
本編に戻る。
得物を構えた美子がイッちゃった目で僕らを睨む。
「お兄ちゃん――私、言ったよね。なのに……何で、何でなの」
彼女は涙をこぼしながら得物を握り締めたままだらりと腕を垂らした。
美子の服にはクリオの血痕と思われるものがべっとりと付着している。
「落ち着け美子さん、おちついて!」
僕は両手を肩の高さまであげ、『落ち着け、落ち着け』と前後に揺らして彼女をなだめる――が、彼女は得物を構え振り払う。
「うるさい! 私が先に聞いているでしょ!」
危なく手をきられるところだった。
「裏切り行為は許さないって言ったよね? なのに何でクリオなんかとデートしているわけ?」
「いや、デートではないよ。映画の……オタクの勉強だよ」
「私、おかしいな、おかしいなって思ってお兄ちゃんのGPS確認したらつくば駅にいるんだもん。私、慌ててJRで特急にのって東京経由で秋葉原行ったんだけど、まさか……」
美子は身体をブルブル震わせ、何かを我慢している様子である。
そのうち「あああああああ」と奇声をあげ、「我慢できない」と叫ぶと両手で激しく僕のベットを叩き始めた。
「誰の差し金かしら。誰の……」
もちろん佐那美である。
ここで名指ししても良いのだけど、言ったところで刺される順番が変わるだけ。
黙っていることにする。
「そう言えば、お兄ちゃん。地端の社長はどうしたの? それになんで佐那美がそこにいるの?」
「ソレは……」
これ以上言葉が出ない。
そのうち。
「あぁ、そうか。そうなんだ、そうなんだな。佐那美だね。私のお兄ちゃんをたぶらかしたのは」
美子がギラリとした眼光を佐那美に向ける。
「あ、ああああ……た、助けて、神守君」
彼女は事もあろうか僕に助けを求めてきた。これは逆効果だ。
「なんでお兄ちゃんなのよおおおおお!」
美子は得物を構えて佐那美に襲い掛かる。
「やめるんだ、美子さん!」
「うるさい!」
僕は美子の包丁を取り上げようと手を差し出すが、美子は包丁を振り回し、紙一重で僕手の甲の薄皮を切った。
僕は美子を布団に押し倒し馬乗りにして包丁を取り上げようとするが、美子は暴れ容易に彼女の腕を掴むことが出来ない。
「佐那美さん逃げろ、早く!」
「あ、あああああ……」
しかし、佐那美は腰を抜かしたみたいで、まともに身体が動かせないようだ。
僕が佐那美に気を取られていると、何かが彼女の方に投げられた。
しまった!
それは彼女の方に真っ直ぐ進み、彼女の後頭部を掠めるか掠めないかのところで通過し、柱に突き刺さった。
「ひいいいいいぃぃぃぃ……」
さらに僕がそれに気を取られている瞬間に、美子は僕を蹴り飛ばし、鬼神の様な跳躍力で佐那美に馬乗りになる。
そして佐那美の身体をごろりと仰向けにした。
「い、いやあああああぁぁ! 563れる!」
「4ね、佐那美!」
美子はもう一本隠し持っていた得物を取り出し、彼女の顔面目掛け振り落とす。
「いやああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
佐那美は絶叫を挙げる。
もう、これは詰んだかな。僕もこの辺で潮時か。
無情にも、得物が佐那美の額に突き刺さる。
得物はグシュグシュと音を立てて下に沈んでいく。
それと同時に佐那美の言語が段々おかしくなっていく。
一見すると、得物は脳にまで達し、言語能力がおかしくなっている感じである。
――が、事態は意外な人から終わりを告げられた。
「ハイ、カット! お疲れ様です」
そう言ってドアを開けて、あの世に召されたハズのクリオが拍手をしながら現れてきた。
ご丁寧に背中に得物が刺さっているままである。
「あー……疲れた」
美子はかったるそうに佐那美の上から立ち上がり、佐那美の額に押し当てていた得物を放り投げた。
――ちなみにこれ演劇用のゴム製の包丁である。
だからいくら佐那美の額に突き刺しても、死ぬことはない。
もちろん、クリオも自分の背中を指差して「ちなみに私に刺さっている包丁も小道具ね」とおどけている
――はい。これは佐那美に対するドッキリです。
話を秋葉原に戻します。
僕とクリオが秋葉原駅の電気街口である人物を待っていると、もの凄い黒いオーラを背負っている彼女が到着した。
「おーい、美子ここだよ」
クリオが、機嫌が悪い美子に全く動じることなく手を振る。
その彼女がクリオをジトッとした目つきで睨んでいる。
「まあ、突然『クリオと秋葉原に来てるんだ』ってメール送られれば、そうなるよね」
僕がおどけながら美子に近づくと、美子は明らかに不機嫌な表情で僕の足の甲をガンと踏みつけた。
「いっ――たいなぁ! 何するんだよぉ」
「フン!」
美子は腕組みしながらそっぽを向いてしまった。
「まあ、へそ曲げる気持ち、私もわかるよ――ちょっと病んじゃうよね」
『病ンデル入っている?』系CPU搭載のクリオが苦笑いしている。
「それで、私をこんなところにまで呼び出してどうするつもりなの?」
「いや、スクリュー佐那美に『秋葉原行ってオタク服着て勉強してこい』って言われたんだけど――2人で堪能するのもつまらないから」
「はぁ?」
さすがは佐那美と一緒に生活しているだけはある。話が断片過ぎる。
いくら頭脳明晰な美子でも理解出来ず困惑している。
「いや、それは……ちょっと意味わかんないんだけど。第一あの馬鹿はどこにいるの?」
「次回作の参考にと、佐那美さんとうちらで秋葉原に来る予定だったんだけど……彼女が無駄使いしちゃって、結局、彼女はお留守番になってしまったんだ」
僕がそう説明すると、美子は「はあぁ~」と大きなため息をついた。
「本当にあいつ、救えない馬鹿なのね」
「しょうがないので二人で秋葉原に来たんだけど、2人だけで遊ぶのもつまらないから美子さんにも出動願った訳だ」
理由を説明すると美子は「ふぅうん……それなら私が怒る理由はないわね。怒って悪かったわ」とすぐに機嫌を取り戻した。
でも、何かが足りない。
辺りを見回すと、いつも一緒にいる彼女の姿が見えない。
「ところで眞智子さんがいないようだけど」
美子に送ったメールには「眞智子さんも連れて来て」と付け加えてある。
「あぁ、眞智子の奴、家の手伝いがあって行けないって。ヤンキーのくせに真面目かよ。しかも、眞智子から伝言を頼まれた。『仇討ちよろしく』ってさ……それってどういう意味なのかな?」
美子は首を傾げながら僕――ではなくクリオに尋ねる。
「あぁ、それだったら多分あの馬鹿の事だから、オタク名所を一箇所位巡って『クリオ、用がすんだから帰りなさい。神守君は私と一緒にこの後付き合うこと』ってデートに切り替えるつもりだったんでしょ?」
「はぁあ?」
美子が再び不機嫌な表情に変わる。
「でも、あの馬鹿ならやりかねないわね。アイツ、本当にぶっ564てやろうかしら……」
美子はそう言いながら親指の爪を噛みながらジッと僕の顔を睨んでいる。
このまま黙っていると段々物騒になるので、とりあえず話を逸らす。
「とりあえず、折角秋葉原に来たんだからみんなで遊ぼ。まあ、眞智子さんは残念だけど」
「眞智子なんてどうでもいいんだけど、私、ちょっと佐那美のこと納得いかない。せっかく私が面倒見てあげたのにあのクソ女また裏切りやがって……」
佐那美は地雷原を裸足で駆けていくようなおバカさんである。
とりあえず、火消しをしておかないと僕らに被害が及ぶ虞がある。
それを察したのかクリオが美子にハグしなががら宥めに入る。
「ほら美子、そんなにおっかない顔しないで。せっかくここまで遊びに来たんだから楽しく遊ばない?」
――そして背中をポンポン叩きながら悪魔の様に囁いた。
「美子、あの馬鹿に仕返ししない?」
クリオの顔を見ると、あからさまに悪意ある表情をしている。
「ん? それはいいけど、どうやって……」
「決まっているでしょ? あんたが佐那美をぶっ56すつもりで襲えばいいのよ」
クリオはここぞとばかりに佐那美に対する日頃の恨み辛みを美子で晴らそうとし始めたので――
「ちょ、クリオ。うちの妹を犯罪者にさせるのはやめてくれ。それにここでは絶対にやめてくれ」
――と僕が慌てて止めに入る。
だが、クリオは近所のおばちゃんの様に手首を振って「いやだなぁ」と僕の心配を否定した。
「本物じゃなくて、そこは映画用の小道具使うのよ。それだったら本気で56すつもりでもいいから。もちろんこの場所ではそんなことしないけどね」
なるほど、要約すると迫真の演技で佐那美をやっつけるのか。
それは面白そうである……って、そう思う僕も佐那美に酷い目に遭わされている被害者の一人ですから、それについて反対はしない。
でも、いきなり美子が襲い掛かっても、『えっ何。何?』って驚いているだけで、イマイチ恐怖感が湧かない。
僕もちょっと煽ってみる。
「もっと恐怖感を煽ってから襲撃するっていうのはどう?」
僕の助言に美子が何かを思い出したようだ。
「あぁ、そういえば。地端レイってキャラクタあったわよね」
今、美子の顔がもの凄く悪い顔に変わる。
「何よ、その地端レイって。何かあの馬鹿とレイが結婚したみたいで嫌なんですけど!」
クリオがあからさまに嫌な顔をしている。
どうやら、その意味というか駄洒落がよくわかっていない。
「まあ、簡単にいうと――ほら」
美子は以前撮影したウエディング体験の写真をクリオに見せた。そこには、みっともなく窓にへばり付きこちらを覗いている佐那美の姿が写っている、やつである。
「ホント、あの馬鹿みっともないわねぇ……確かに幽霊みたいね」
「だからぁ、こんな感じで、『私も』みっともないことしようと思って」
美子の提案にクリオが「えっ? どういうこと」と問いただす。
「簡単よ。まずあんたらが記念写真を撮る。その時に私が隠れて恨めしそうに覗き込む。それを何回か繰り返すと――って、なんだか自分で言っていて腹が立ってきたんだけど」
美子は体を震わせて怒りをこみ上げている様だ。
こんなところで怒られても非常に困る。
「そ、それは良いけど、本気で僕らをここで襲わないでよ。今、この街そういうのはシャレにならないから」
「それはわかっている」
美子は大きく深呼吸をし、想像したものを否定するかのように頭を振った。
そんな中、とんでもない提案が美子向けられた。
「あーっ、だったら。佐那美の恐怖感を煽るのに私が美子に56さればいいんだ」
クリオである。
「だからっ、ここでやらないでよ! そういうのは御法度だから」
僕の制止を「当たり前でしょ」と遮り、彼女はさらに話を続ける。
「今、佐那美は茨城でイライラしているはず。当然、佐那美の目の前じゃないと意味がないでしょ。それにここは楽しく過ごす場所だから3人で楽しく撮影して遊びましょう」
――というわけで、みんな楽しく撮影しながら買い物・飲み食いした訳です。
もちろん、実際に美子もガチャガチャ回していたし、メイド喫茶や九州ラーメンでは3人でご飯を食べていました。
まぁ、メイド喫茶では僕とクリオが食べ合いっこしているところは美子は怒りに耐え震えながら演技指導。これを佐那美がみたら激怒しまくるだろうと、美子は自分の気持ちを押し殺しながら指導していたそうである。
その後、美子は「そこまで協力しているんだから私にも協力してよね」と好きなアニメグッズをクリオと一緒に買いあさったり、前回話していた「お願いがある」と言っていた物が売っている場所に僕を案内させたり……とまあ結構楽しんでいた。
ちなみに美子が僕に案内させた場所とはパソコンのパーツ屋が集まっている地区。
今回、美子の用件……というかお願いでここに来たのである。
そのお願いとは、彼女から『パソコンの動作が遅くなってきたので何とかして欲しい』というものだった。
さらに今あるパソコンのデータを、新しい環境下でも引き続き使えるようにとのことである。
だからその要望に応えるべく、彼女をここに連れてきた訳である。
ただ、実際に店舗の値段はネットに書かれている値段より高めに設定されている。
『今時ネット注文でしょ?』っていわれそうだが、実は店舗独自のネットに記されていない『セット割り』が存在したり、部品に対する『相性補償』など保険が掛けられるのが魅力である。
最終的にネットで個々に買うより、電車代も差し引いても安くなる。その上、仮に部品の不具合があったとしても保証により部品交換ができるのだ。
ちなみに今回僕はパソコンを強化する必要がないので、その付近にある犬の名前のお店や魚の名前の鉄道模型店に行って目的の車両をゲットして堪能させていただきました。
とりあえず、目的及び撮影終了。
僕のスマホを美子が確認する。
「うん。これよく撮れている。これ以上イチャつかれていたら間違えなく私が暴れるレベルだけど、この位ならギリ『殴ってやろうかしら』ってレベルで収まるかしら」
「えーっそれでも僕ら殴られるの?」
「いやいや、この怒りはどこかの馬鹿に晴らさせてもらうから――」
美子はそう言い、さらに「でも、この写真あんまり見ないで欲しいな。あとでじっくり探してみてよ……たぶん、ビビると思うから」と付け加えた。
とりあえず、美子のゴーサインが出たのですぐに佐那美にメールを送る。
先ほどから『何しているの! さっさと写真送ってよ!』と彼女から若干お怒りメール着信が入っていたので、これを見たら確実に佐那美は大激怒することだろう。
案の定、その後すぐに『ちょっと二人に話したいことがあるから。神守君の家で色々聞かせてもらいたい』と追加の着信があったのは言うまでもない。
話を僕の部屋に戻す。
「この馬鹿、せっかくウエディングドレスを一緒に撮ってあげたのに、速攻で裏切るんだもの。ホンと図々しいよね」
美子はまだ怒っている。
「でも今日は楽しかったなぁ、映画のこと抜きに秋葉原見てもオタクについては参考になったわよ。自分の趣味を他人に気にせず生きるって楽しいってことが」
クリオはウンウンとうなずいている。
確かに自分らも楽しかった。
でも、楽しめなかった……というか自分の所為で遊びに行けず、その上僕らのせいで酷い目に遭わされた女の子もいる。
可哀想にその彼女が伸びている先の柱には得物が刺さっている。
……何もそこまでしなくてもよかったのに。
「ところで美子さん。あの佐那美さんに投げつけた得物、柱に突き刺さっているみたいになっているけど……あれはどういう仕組みになっているの?」
「あぁ、それね」
美子は佐那美の上に座ったまま柱のそれをジッと見つめている。
「あっ、あれ……あれれ?」
首を傾げ出す。
「ど、どうしたの?」
「いや、ちょっとまずった……」
そして、額に汗を掻いて苦笑いをしている
「何がまずった?」
「間違って本物投げちゃった……アハハハハ」
――――――おいおい、そこは笑うところでない!
あの得物って佐那美の後頭部掠めるように飛んでいった奴だよな。
「大丈夫、私コントロールいいから。それにどうせ佐那美だし」
そんな本物の持って演技しないで欲しかった。
もし間違って彼女に当たったら、新聞沙汰になってしまう。
危なくうちの父親が失業するところである。
だが美子は悪びれる事なくケラケラ笑いながら佐那美を足でごろりとうつ伏せに転がし、トドメとばかりに彼女のお尻をケツビンタする――と、美子はその叩いた掌をマジマジと見つめだした。
美子はそれが何か理解すると「うわああ」と悲鳴を挙げ飛び上がった。
「この子、失禁しちゃっている――ぅ」
美子はあわてて佐那美を引き起こすと、彼女は泡を吹いて白目を剥いて失神している。
あらら……あとで社長には僕から謝るしかないかな。
――――それから次の日、再び僕の部屋。
佐那美はぷんすかぷんすか怒りながら僕のベットの上であぐらをかいている。
クリオと美子はゲラゲラ笑いながら全く反省をしていない。
眞智子も合流し、秋葉原の一件を再び話し合う。
「お前、本当に懲りないなぁ」
眞智子が引きつった笑みを浮かべている。
本来、眞智子としてはここは怒るところであるが、事の顛末は美子から聞かされていることもあり、正直呆れてしまったというのが正解である。
「まさか経費で買ったブランド物の服がション○ンまみれになろうとは、ね」
眞智子の言葉に僕はあの後、それの処理に追われていた事を思い出し、なんとも言えなくなった。
まさか学校一の美少女のお漏らしをかたづける羽目になろうとは――普通なら、完全にアウトだよね。
「……五月蠅いわね。あんな頭がおかしい子に得物突きつけられビビらない人はアンタ位よ」
「いや、私だって美子みたいな性格異常者に襲われたら余裕ないわよ」
佐那美と眞智子はそう言って、うちの美子を指差している。
あまりうちの大事な妹を基地外認定しないで欲しい。
美子も『おまえ等に言われる筋合いはない』と言わんばかりに「あのねぇ~、私は至って普通の女の子なんですけどね」と反論する。
だが、その言葉は説得力に欠けるというものだ。
案の定、眞智子と佐那美が言い返した。
「自分の兄貴をレイプしようとはしないけど」
「得物を人の頭目掛けて投げつける人、ほかにいないわよ」
彼女らは『どこが普通の女の子だ』とばかりに白い目で美子を見る。
「いいでしょうよ。もしうちのクソババアがあれじゃなかったら、私はとっくにお母さんになっていたんだから! そしたら得物なんか投げつけないわよ」
うわぁ……また問題発言。そして、結局僕はレイプされる訳ですか。
普通に聞いていると問題発言であるが、彼女らはさすがに聞き慣れたのか「また馬鹿な事言っているよ」と完全に美子の発言をスルーした。
唯一、この中で眞智子以上にまともなクリオが「あぁ~、あんたら……ていうか私も含めて抱けど、結局ソレばっかりなんだよね」と話に割って入ってきた。
「うーん。確かにそうね」
美子がため息をつく。
結局、佐那美に対するドッキリで次回作の話は曖昧になってしまった。
そんなバカ話をしていると、ようやく本題の話を眞智子から振られた。
「ところで、何で急に秋葉原なんて行くことになったの? オタクの研究するんだったらつくばの『TKB』だってあったでしょ」
眞智子が話している『TKB』とは、つくばを中心に活動しているご当地アイドルグループで、アキバのアイドルグループを意識して結成されたとのことだ。
僕はアイドルについて全く疎いので御当地アイドルの存在は知らなかった。
「眞智子さん、アイドルについて詳しいの?」
「いや、私はわからないわよ。ただ、マサがそのアイドルグループの追っかけしているらしくて、琴美から相談を受けていたのよ」
「へーっ、マサやんそんなことしていたんだ。最近、一緒に遊んでいないからわからなかったよ」
一瞬、マサやんがアイドル相手にサイリウムを一生懸命振って踊っている姿を想像し、ちょっと吹き出しそうになった。
「いやぁ~、琴美の奴がマサのこと束縛したがるから私も困っているのよ。所詮はアイドルでしょ? いや絶対にアイドルから言い寄られる事はないから」
眞智子がケタケタ笑いながら手を振って否定した。
「ホント、琴美も心配性なんだからぁ」
美子も大笑いしている――っていうか、君こそ心配性なんじゃないか?
その話が笑い話で終わろうとしたその時、佐那美の「あー!」という叫び声で皆が驚き凍り付く。
「そうよ、その手があった!」
佐那美はベットから飛び降りると、僕とクリオを指差し「神守君、ふぁっきゅうー。近いうちにつくばに行ってそのTKBを見に行くわよ」と言い出した。
「はぁ?」「何で?」
僕とクリオがぽかんとしていると、佐那美がウンウンとうなずいて、話を続ける。
「とりあえず神守君とふぁっきゅうーは池田からアイドルについて教わりなさい。そしてアイドルに恋するオタクになりなさい」
佐那美の突然の指示に僕とクリオがキョトンとする。
「えっ、僕らがアイドルオタクになるの?」
「日本のオタク文化ってアニメとかメイドさんとかじゃないの? ……っていうか何度もファックユーいうな!」
「そうよ。そうなのよ! アイドルの追っかけ、いいじゃないの! しかもアキバに行かなくとも隣町だったら予算的にも助かるわよ」
佐那美が力説している。そして「い~いっ、とりあえず池田に話を聞いてTKBのメンバーどれでもいいからファンになりなさい。そしてその感覚を覚えて映画に――」と佐那美が言いかけた途端、彼女は二人から胸ぐらを締め上げられた。
「ダメに決まっているでしょ! 何でお兄ちゃんがアイドル追っかけしなきゃ行けないのよ。そんなことされたら本気にされちゃうんじゃないかと心配して夜も眠れなくなっちゃうでしょうよ」
美子ががなりまわす。
そして眞智子も血走った目で佐那美の胸元を鷲掴みにして振り回した。
「テメエ、ふざけるな! アイドルに言い寄られたらどうするんだ! マサとは違って礼君は間違いなくアイドル落とすぞ!」
美子と眞智子はさっきまで笑っていた出来事をその場で否定した。
僕は『あのぉ美子さん、眞智子さん。琴美もそういう気持ちだったのだはないでしょうか……』と心の中でツッコミを入れることにした。
でも、これだけ美人に囲まれているのにアイドル追っかけっていうのも何か無理があるよなぁ。
僕は周りにいる女の子の顔を見回す。
するとクリオから「ところでレイ、何で私ら見回しての?」と怪訝そうな表情で尋ねられた。
「いや、別に他所のアイドル使わなくても、皆がいればアイドルユニットができるんじゃないかと……」
だが、この提案は佐那美に一蹴された。
「ダメ。うちらじゃ観客そっちのけで神守君の奪い合いになっちゃうから。それじゃあどっちがファンでどっちがアイドルなのかわからなくなるから」
そして彼女たちも――
「「「それは確かに……」」」
――と口を合わせた様に呟き皆納得してしまった。
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