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第2章 クリオの休日

第1話 いつもの日常

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 僕は神守礼。茨城にある市立中高一貫校工科院学校の1年生だ。
 今でこそ普通の高校生であるが、中学の終わりまでアメリカで映画俳優をやっていた。

 ――レイン=カーディナル。

 それが向こうの俳優名である
 自分で言うのもなんだけど、その頃はそれなりに人気はあった。

 そもそも、爺様の命で武道を極めるためアメリカまで武者修行に来ていたのだが、そこで路銀稼ぎに映画俳優のボディガードを引き受けたところ、どこをどう間違えたのかアクション俳優になってしまった。

 もっとも今にして思えば、俳優になったことで当初の目的以上の結果が得られたので、それも修行の一部だったと思うことにした。
 だが、そんな生活も長く続かず急遽帰国することになった。


 帰国理由は、修行を命じた爺様が死んでしまったからである。


 爺様が亡くなったことで、今まで容認してきた両親も『いい加減帰ってきなさい』と口を出す様になり、とりあえず爺様との義理も果たしたことから、今後は自分の人生を歩むことにした。

 帰国後については所属事務所の社長が支援してくれたおかげで、何とか高校も進学することが出来た上、入学式にも間に合った。社長には感謝してもしきれないくらいだ。

 もっとも社長とうちの父は親友同士であり、この先もずっと付き合っていくことになるだろう。

 だが、先に説明したとおり、自分の人生を愉しむつもりなので、社長には申し訳ないが、徐々にフェイドアウトしていく予定である。それまでは事務所を退所せずそのまま在籍しようと思っている。


 さて、僕の自己紹介はこれ位にして、僕の一日を通して僕の仲間達を紹介していきたいと思う。



基本的に僕の朝は早い―― 



 朝、5時には起床し、軽めのジョギングをすることを日課としている。
 役者たるものは健康が全てだからね。

 だが、たまに時間が狂うこともある…例えばこんな風に――
 
 「起きて、起きてよ…」
 
 朝一番、雀のような可愛らしい声で目が覚める。
 妹の『美子』である。僕の一つ下で同じ学校の中等部3年生。
 髪の毛はいくらか茶色がかったふわふわのショートカールで、体型は全てに年齢標準的なかわいい系の女の子だ。
 ひいき目無しで非常に美人で可愛いとおもう。

 その彼女がパジャマ姿で僕の布団の上にまたがって、前後に揺すって僕を起こそうとする。

 「ん――おはよう、美子さん」

 「お兄ちゃんおはよう」

 「今、何時?」

 「4時半だよ」

 「……ちょっと早いかな…もう少し寝ていい?」

 「ごめん、お願いがあるんだけど…ちょっとだけでいいから」

 「何でしょう」

 僕は目を擦りながら上半身を起こし、彼女の話を聞く。

 この子は血の繋がっている実の妹で、僕がらみで色々問題がある子なのだが、僕が中学時代ずっと構ってやれなかった負い目もある。兄として多少のわがままは聞いてあげたいと思う。

 美子はモゾモゾしながら恥ずかしそうに話し始めた。

 「――いやぁ、お兄ちゃんの夢見ちゃってさ」

 「そうか……それでその夢は良い夢だったのかい? それとも悪い夢だったのかな」

 「とっても良い夢だったよ」

 「そいつは良かった。それでどんな夢だったの?」

 「うん…ちょっと恥ずかしいんだけど」


 美子はモジモジしながら照れている。
 
 
 ――何か、厭な予感がする……


 美子が照れくさそうにようやくその内容を口にする。


 「一線越えちゃったの……きゃぁ、恥ずかしい」


 一線とは? 寝惚けた僕の頭の中でその言葉グルグルが巡り出す。
 そして、何となくだが、それが『兄妹としての倫理観』のことであることを理解した。

 「で、でも……それって夢の話……のことなんだよね」

 「まあ、そうなんだけど……でも、私の気持ちはやっぱり現実でも同じなんだよね」

 僕は美子のその言葉で、美子が何を求めているのか理解し、一瞬で目が覚めた。
 美子は再びモジモジし始める。

 「後生なんだけど――」

 彼女はそう言うと着ていたパジャマを徐に脱ぎ始めた。



 「ちょ、ちょっと一発やらせてくれないかな」



 もちろん、これは僕が言ったわけではない、妹の美子の要求である。

 「きょ、兄妹でまずいでしょ……」

 「大丈夫、だいじょーぶ。お兄ちゃんが黙ってくれればそれでいいから。ちょちょっと終わらせてお互いスッキリしたいでしょ?」


 ――もう一度言う、彼女は実妹である。大事なのところなので2回言いました。


 こんな状況下で彼女の事を説明するのも変だが、一応説明させてほしい。

 彼女の良いところは、その外見とずば抜けて優秀な頭脳にある。
 こんな危ない言動こそはしているが、これでも中等部どころか高等部を含めて全学年トップの成績の持ち主で、模試で県下1,2位を争う実力者である。
 それに僕にとことん優しく尽くしてくれる。

 反面、悪いところは……僕がらみだと理性がぶっ飛んでしまう事だ。

 その彼女は何故か僕との結婚を夢見ており、そのためにはあらゆる障害を乗り越えると公言している。
 だから、日中は人目憚らず僕にべったりしている。

 彼女曰く、それは自分の自己満足と同時に
 『僕に可愛い彼女持ちであることをアピールする為のマーキング行為である』
と言っていた。

 学業トップもその一環だそうで、彼女曰く
 『それだけの実力があれば、妊娠等で学校クビになっても、大学入学資格検定を取れればなんとかなる』
位にしか思っていないとのことだ。


 ――そんなのはまだ良い方である。彼女が一番問題なのは、『ヤンデレ』であること。


 僕につきまとう女子はあらゆる手段を使ってまで排除すると公言している。
 それに嫉妬も半端ではなく、自宅に居るので監禁こそはされていないが、いつも一緒に居ないと怒るし、女の子と話しているだけでも不機嫌になる。

 さすがに僕に対して殴る蹴るの暴行はしないけど、
『万が一、他の女といかがわしい行為や結婚する位なら一緒に4のうね』
と脅されている。

 実際、僕の同級生女子に得物を使って攻撃してくることすら厭わない。
 ……ていうか、何度もそんな光景を目の当たりにしている。
 まぁ、攻撃されている子達も、ものすご~くクセのある女の子達で、怯まず反撃している強者なんだけどね。


 ――話を戻そう。


 こういう女の子だから、選択する言葉も慎重に選ばなければならない。

 「いや、さすがに倫理的にどうかなと思う」

 自制を促す僕の言葉に、若干ムッとした表情になる美子。

 「お兄ちゃん、倫理って誰が決めたの? それを決めつけた人って昔の人でしょ? とっくに死んじゃった人だよ。それに実の兄妹から生まれる子って特異な子が生まれるっていうけど、あくまでも確率の話であって、基本的にさほど変わりないって話よ」

 ――どこからそんな情報を集めてきたのか?
 いや、そういう問題じゃない。

 「イヤイヤイヤ、今はそういう気分ではないから」

 とりあえず、そういう形でやんわりと断るが、ここで美子は引き下がるつもりはないらしい。

 「ちょっと、ちょっとだけ目を瞑ってくれないかな……すぐだから……ちょっとお兄ちゃんのシンボル貸してくれればいいから、すぐ終わる! ほんのちょっとでいいから! たった1時間でいいから!」

 美子はハアハア呼吸を荒げながら、自分の下着に手を掛けた。
 ――って、1時間も実の妹にレイプされるんですか?

 「だ、だめだよ……兄妹でこんなことしちゃ」

 「で、でも…お兄ちゃんのシンボルは…拒んでないんじゃないのかしら。朝の生理現象もあることだし…」

 美子は自分の口元の涎を右手甲で拭いながら、僕の布団を剥ごうと強引に引っ張り始める。


 ――妹がっ、妹がエロ漫画のヒロイン化としているぅ!


 いや、これはこれで正直生殺しだ。確かに美子は可愛い。血が繋がっていなかったらそう…しちゃうかもしれない。でも、僕は実兄である。ここは自分や彼女に対して心を鬼にして拒まなければお互いの人生が終わるような気がする。
 だからといって、ヘタな言動で美子をヤンデレ化させるのは論外だし、キツく言って彼女の心を傷つけたくはない。

 ――こうなったら彼女の天敵に出動願うしかない。


 「おかーさーん!」


 僕は母に助けを求めることにした。
 彼女が暴走したときにはこれが一番手っ取り早く、彼女の心を傷つけない方法である。

 「おかーさーん、美子が…モゴォ!」

 美子は慌てて僕の口を塞ぐ。

 「(シーーーーーッ! なんで声出すのよ! 聞こえたらどうするのよ)」

 美子は小声で文句を言いながら、声を潜め辺りの音を確認する。
 辺りを慎重に見回し様子を覗う。
 異常がなさそうと判断したのか、ほっと安堵のため息を漏らし再び下着を脱ぎ始めた。

 「あのクソババアに見つかったら私またぶっ飛ばされちゃうじゃない……さてお兄ちゃん、私と一緒にスッキリ気持ち良くなりましょうね♪」

 真っ裸の美子の呼吸がさらに荒くなる。僕から布団を引き剥がし、いよいよ僕のパンツを剥ぎ取ろうとしたとき――


 バタン!


 僕の部屋のドアが豪快に開く。
 そして開口一番に怒号が鳴り響く。



 「なにしとるんじゃ、この近親相姦娘が!」



 母の『美和子』である。

 彼女は美子唯一の天敵であり、彼女がどんな強行手段に訴えても返り討ちにしてしまう強者である。
 仮に美子が得物を持ち出したとしても、美子が攻撃体勢に入る前には既に美子は轟沈している状況である。
 つまり、得物があろうがなかろうが、美子が暴走したときは、結果として美子の『処刑』が確定されるのである。

  その彼女はそのまま美子を抱き上げるとバックブリーカーで轟沈させた。美子は「ギブギブ…」と叫びながら母の背中を叩くが、泡吹くまで技を解くことはなかった。


 ――ていうか、美子は既に真っ裸なのに股や胸が丸出しなんですけど?!


 この一件で、今日のランニングはやる気が失せてしまった。
 とりあえずありがとう、ミコトラマンの母。僕の貞操も守られ、彼女も傷つかずに済んだ様だ。
 さて安心したところで、引きずられていく美子を見送りながら惰眠を貪るとしよう。
  


そして、朝食――



 うちでは朝6時に皆で食べる事となっている。

 「おはようございます」

 僕は朝一で新聞を広げていた父親『礼治』に挨拶をする。

 「おはよう」

 お父さんはそう言いながら新聞の新車チラシを見つけ出しジッと眺めている。
 彼は一応警察官である。真面目な人だけど、ちょっとやり過ぎちゃう人で……色々と問題がある人だ。

 「母さん。これ、いいとおもわないか?」

 お父さんはクルマのチラシを見ると必ずお母さんにその話をする。

 「ハイハイ、署長さんから武器買い与えないでくださいって言われてますから」

 台所でおかずの盛り付けをしている母からピシッと断られた。

 多分、署長さんからそんなことは言われていないと思う。これは節約志向の母親の口実である。
 母からそう言われると「チェッ…」と言ってその日のチラシを畳んで片付けた。

 「あの時、クソガキがパトカーに向かって飛び込んでこなければ、今頃は……」


 ――いやいや、それってタダ単にパトカーで人を轢いたってことでしょ?
 そういう理屈を言うのは警察官的にまずいぞ。


 そんな家族の団らんをしていたら、朝一番に処刑された美子が2階から降りてきた。
 
 「ちょっとママ、まだ私が首痛いんだけど……」

 彼女は首を掌で抑えながら、台所に入っていく。

 「そりゃ、アンタがお兄ちゃんレイプしようとしたからでしょ?」

 「いつかそうなるんだからちょっとぐらい大目に見てよ」


 ――さっき処刑されたばっかりなのに、平然とレイプ宣言ですか。実に懲りない妹である。


 彼女は悪びれる事なくそう言うと、盛り付け中の煮物をつまみ食いした。

 「う~ん……あと醤油1滴が欲しいところね」

 美子は結構神舌だ。そして作る料理も母さんのそれを凌駕している。

 「うるさいわね。だったら自分で作ればいいでしょ。ほらさっさとおかずをこたつの上に持って行きなさい」

 「はぁい……」


 ――普段は良い子なんだけどなぁ、僕がらみではなければ……



そして家族揃って食事を済ますと、いよいよ登校の時間になる――



 美子と僕は中学生と高校生であるが学校自体は同じなので一緒に登校する。
 その際、僕の同級生である小野乃眞智子も合流する。
 何を隠そう彼女は美子の『敵』である。
 ただ、その時の美子は機嫌悪そうに僕の腕にがっしりと絡みついてくるだけで、眞智子と一緒に登校するのは別に反対はしていない。


 ――それには理由がある。


 彼女は誰もが振り返ってしまう容姿端麗スタイル抜群の黒髪ロングのお嬢様キャラなのだが……

 「まち姉、おはようございます!」

 「オザース!」

 バリバリのヤンキーが眞智子の前では気をつけして礼儀正しくお辞儀していく。
 それに対して眞智子は「はい、おはようございます。今日も皆さん元気が良いですね」とにこやかに挨拶している。
 でもその反面、僕をじっと見ていた女子高生に対して

 「おい――テメェ、誰の断りもなく人の男に対して色目使って見てるんだ。あ゛あん?」

と直ぐさま般若の顔して啖呵を切るありさま。


 ――この眞智子は一応『元』ヤンであるが、たまに現役そのものに戻ってしまうことがある。


 「眞智子さん、怖いからそんなに目をギラギラさせないで」

 「いや、火の粉は小さいうちに払いのけた方がいいから」

 「全くよ、全く――」

 美子が反対しない理由はこれである。
 自分で威嚇しなくても眞智子が勝手に威嚇するので、その威を利用しているのである。

 ご承知のとおり、僕は眞智子からも好かれている。さらに付け加えるならば、彼女から告白を受けている状況だ。
 ただ、それの回答は保留させてもらっている。
 その理由は、僕が交際相手をその場で決断してしまうと、間違えなくヤンデレ連中が564合いに発展してしまう可能性があったからである。それは眞智子も美子も理解した上で保留は了承してもらっている。

 なので、現在彼女らは僕と誰が付き合うのか、お互いに警戒しながら駆け引きをしている様だ。


 ――ただし、僕は根っからのビビリである。


 眞智子は怒らせると怖いし、美子は完全にヤンデレである。
 眞智子の現役ヤンキーが裸足で逃げていくような啖呵もさることながら、美子も彼女を敵として認識し言いたい放題である。
 ただ、今現在は564合いになるまでには至っていない――ていうか至らせていない。
 それは眞智子の方が美子よりも常識人であり、あるの程度挑発行為はするものの、冷静に対応しているところがあるからであろう。
 最終的に眞智子の挑発行為でぶち切れた美子が得物を振り回し、僕と眞智子で取り押さえるのが、いつもの日課となっている。
 つまりだ、裏を返せば美子と眞智子の喧嘩は毎日のお約束となっているということである。


 「眞智子、あんたいい加減にうちの兄さんから離れないと得物で3456すぞ! クソヤンキー」

 「大丈夫、うちは小野乃医院よ。美子に33れても無事に生き返ってみせる。そして返り討ちにしてあげるから」

 ちなみに小野乃医院とは眞智子の自宅である。そこの医師道三みちぞうが眞智子のお父さんだ。うちらは気安く『おいちゃん』と呼んでいる。

 話を戻すが…なにげに恐ろしい事を言っているなぁ…こう言う時に止めると余計火に油を注ぐ結果になるので気の済むまで言い合いさせておく、これもお約束になっている。



さて、教室に到着――



 教室内では僕の親友である池田正勝、通称マサやんと彼女の琴美ちゃんが他愛のないことで遊んでいる事が多い。
 琴美ちゃんは1年下の中学3年。美子と同学年だがちょっと『やんちゃ』で、事ある毎にうちの教室にきては池田のマサやんと遊んでいる。

 しかしマサやんは見た目や言動こそはチャラいが、性格はいたって真面目である。
 なので、授業の時間には必ず彼女を自分のクラスに戻す。けして授業をサボったりサボらせたりしない。
 やんちゃである琴美ちゃんも、マサやんと付き合っているだけあって、そこれは彼に合わせている様だ。

 基本的にうちのクラスの連中は真面目な奴が多い。

 そういえば眞智子も授業をサボったり、教師に楯突いたりはしない。
 それどころか学年1位の秀才。人望厚いクラス委員長でもある。
 元ヤンであるが、僕が絡まなければ、彼女も基本的に温厚で真面目である。



 それでも授業中、彼女が激怒する事がある…それは…授業中にやってくる彼女のことである。



 授業中に『ガラララ――』と大きな音を立てて後ろのドアが開いた。

 (そして、何故か1970年代の青春ドラマ楽曲が聞こえる)

 右人差し指を前に突き出し、戦隊ヒーロー(ヒロイン)みたいなポーズを決める女子が乱入してきた。
 この出来事に授業中の先生は「またか……」と呟き両手で頭を抱えだす。
 

 「そうよ、これこそが青春なのよ!」


 そう勝手に話を進める彼女。


 ――何が青春なのかわかりませんが、さっさと帰って下さい…


 彼女はまるで授業中に演劇をするかのように語り始める。

 「世の中、性が乱れている、おかしいと思わない? ○田先生はこう言ったわ……『迷ったら海岸を走ろう!』と。だから神守君、あたしと一緒に夕日に向かって走らない」


 ――何故そこで僕の名前を出す。


 このちょっと頭がかわいそうな女の子は地端佐那美。同学年隣のクラスの有名人である。

 この子は僕が所属している地端プロダクションの社長の娘。
 ポニーテールでスレンダーな和服が似合う女の子で、学校では1,2を争う位の美少女である。
 黙っていれば、彼女に一目惚れしてしまいそうだ。

 でも、時に神様は残酷である。

 彼女はその美麗な容姿とは異なり、頭がやばいほどぶっ飛んでいる可哀想な女子である。
 言動は滅茶苦茶でその上、周りの連中が被害に被るのは間違いなし。


 ――そしてその彼女の所為で今、僕が公開処刑の場に引きずり出されようとしている。
 

 「おーい、佐那美さんやぁ…宿題忘れたからって人を巻きこんで逃走しようとするのはやめてくれないか?」

 「大丈夫よ、今の世代がダメならば次世代で頑張ればいいのよ。私と神守君が子供を作って、その子がしっかりやればいいのよ。作りましょ、今すぐに! 少子化対策にもなるわ!」


 ――無茶苦茶である。


 「佐那美さん……あなた、先ほど『性が乱れている』って言ってこの部屋入ってきたよね?」

 「興味本位でやらなければ良いのよ! ちゃんとした目的があれば仕方がないわ」
 

 ――ダメだ、聞く耳持たない……ここは眞智子さんの出番である。


 眞智子さんは大きなため息をした後に挙手し、「先生、授業を邪魔する輩の排除を実施します」と告げると佐那美の額にアイアンクローをかましそのまま出口へと引きずり出した。

 「眞智子、い、痛い…」

 「うるさい! 乱れているのはおまえのその『頭』と『性格』だ。頭は無理だとしても、性格だけは今すぐ修正してやる!」

 眞智子はそのまま廊下に放り投げ、そのまま廊下に出て行く。

 そして扉を閉める――



 バッチンバッチン



 ――と廊下から何かを殴打している様な音が聞こえてきた。
 それが10秒ぐらいしたあと、音が止み辺りがシーンと静まり返った。


 ガララララ……


 再び後ろのドアが開く。
 眞智子である。彼女がスッキリした表情で戻ってきた。
 彼女の方を見ると拳には血が滴っており、さらに廊下には横たわる佐那美。彼女の制服は赤く染まっている。
 僕が何か話しかけようとすると、眞智子は何もなかったかのように扉を閉めて自分の席に戻った。
 彼女は血が付いたまま挙手をして

 「先生、佐那美さんが納得して戻りましたので授業をすすめてください」

と解決した旨を報告した。


 ――納得?! 強制排除・実力行使の間違いでは?


 だが、この日の放課後――
 佐那美は「へへへっ、宿題忘れて逃げて先生に怒られちゃった」と何もなかったかのようなけろっとした表情で再び僕らの教室でやってきて、平然とその話をしている。

 それにしても、美子や佐那美はよくそれぞれの天敵にボコボコにされるわけであるが、あれだけやられてもキズ一つなくけろっとしているのには毎度のこと驚かされる。



まあ、こんな感じで一日が過ぎていくのだが、今回はいつもとは違った――



 佐那美が「あっ、そうだ」と何かを思い出し、スマホを僕らの前に差し出す。
 佐那美の携帯の画面は僕が演じているレイン=カーディナルの映画ポスターが待ち受けになっており、彼女はSNSアプリを開き自分の父親のメッセージを見せる。

 メッセージには――


 近いうちにクリオを日本に連れていくから。
 礼君にも伝えておいて。

 追伸
                        
 クリオが『レイの携帯に何度もメールしたけど返事がない』って騒いでいた。その辺フォローよろしく。


 ――そう記されていた。

 眞智子が「クリオって誰?」と恐ろしい表情で僕をジッと睨み付けだしたが、実はそのクリオは彼女も知っている人物である。それは佐那美が説明してくれるだろう――そう思っていた僕が馬鹿だった。

 彼女の回答は大層酷いものだった……


 「『ふぁっきゅうー』のことよ」


 仕方がないので僕が説明する。


 「サンディ=クリストファーでしょ。そういえば近々に遊びに来るってメール寄こしてきたっけ…」


 『サンディ=クリストファー』、彼女は僕の俳優仲間である。
 本名は『クリオ=L=バトラックス』、本人からプライベートではクリオと呼ぶように強く要望されているので、僕はそう呼んでいる。

 歳は僕らと同じ。
 彼女も比較的常識人であるが、緊張すると天然で地雷系のスキルを発動する……撮影時におけるアメリカ版の佐那美というところだろうか。

 彼女は根っからのアメリカ人なので日常会話は英語であるが、僕と話するときは何故か日本語である。それも目を瞑ってしまえば日本人と間違えるくらい流暢な発音だ。

 性格は内向的で、基本的に1人でいることが多く、他人との交流がない。そのくせ仲良くなるとやたら一緒にいたがるちょっと…いや、かなり病んでる女の子である。

 同じヤンデレでも美子が『殺○鬼系』に対して彼女は『メンタル系』であり系統が異なる。
 
 僕がサンディ=クリストファーである旨告げたところ、眞智子はようやくクリオが誰だったのか思い出した。

 「あ、礼君が以前言っていた『ピザンディ』のことか……」

 『ふぁっきゅうー』よりかはだいぶマシではあるが、あまりいい印象は持たれていない様だ。
 この『ピザンディ』というのはサンディー(クリオ)のあだ名であり、映画の撮影中ピザで口をやけどして台詞が回せなくなくなり、監督に怒られた時に付けられた渾名だ。


 ――まぁ、本当の事を言うとその名は僕が付けてあげたものだけど。


 実際にはちょこっとそう呼んだだけなのに、あっという間にその名前が定着してしまった。
 本人は大層ご立腹の様で『責任取りなさいよ!』と何かにつけ僕に文句を言ってくる。
 これはこれで、まわりとの壁がなくなって良いと思うんだけどなぁ…… 

 「あの子か……また問題児が増えそうな気がするわね。それで礼君、『遊びに来るってメール寄こしてきたっけ』て言っていたけど、ちゃんと返事返してあげたの?」


 ――はい、返事していません。なぜ僕が彼女に連絡しなかったのか、それには理由がある。


 「いや、横にいた美子が容赦なくメール消された……」

 そう、美子の所為である。
 実際にメールを消す美子の姿は怖かった……『メンヘラ女、うぜえ4ね』と呟きながら、ガンガン送られてくるメールをその都度消して行く美子。送る方にも恐怖を感じるし、それを消しまくる美子にも恐怖を感じた。
 たしかそれは1時間くらい続いた。

 「あぁ、なるほどね。だったら、それは無理な話よね」

 眞智子はお気の毒と言わんばかりにそれ以上はその話に触れなかった。

 「ところで、『ふぁっきゅうー』来日する際に、宿泊場所は神守君ちを希望していたけどぉ~」

 ちなみに佐那美はクリオのことを『ふぁっきゅうー』と呼んでいるが、これは喧嘩したわけでもなく、ただ『響きがかわいいし、そう呼んであげた方が良い』という理由でそう呼んでいるそうだ。
 クリオにしてみれば非常に迷惑な話だ。これってアメリカではピーって入るほど下品な言葉である。
 話を戻す。

 眞智子はクリオが日本滞在場所を僕の家を希望していた旨を聞いた瞬間、あからさまに不機嫌な表情に変わった。

 「そいつは美子がぶち切れるわけだ……納得した」

 「ふぁっきゅうーのクセにふざけるなってところよね。ソレについては大丈夫、彼女はうちで泊めるから。新参者なんかに神守君の家に泊まらせてあげないわよ。第一あたしらでさえ神守君ちでお泊まり会していないんだもの」

 佐那美が腕組みしながらウンウンと頷く。

 「確かに僕の部屋はお客さんをもてなす程のスペースはないからなぁ……」

 彼女らに聞こえる様に呟いておく。
 もちろんコレは暗に『僕の部屋でお泊まり会は出来ません』と宣言しているものである。
 だが、この一言がマズかったようだ。

 「それなら、私らで美子の部屋でお泊まり会するか? どうせ美子の奴、礼君襲う頭しかないだろうからみんなで邪魔しようぜ!」

 「いいわね、眞智子もたまにはいいことをいう。さっそく美子に連絡しようか?」

 僕の都合お構いなく勝手に話を進めていく女子。


 ――ところでクリオの話はどうなった? 僕の疑問を余所に話が進んでいく。


 「礼君、美子の奴今日も美和子さんに処刑されたんだって?」

 「ちょ――、なんで眞智子さんがそれを知っているの?」

 「今朝、美和子さんから聞いたよ」


 ――おぉ、母よ。頼むから美子の恥ずかしい話をしないでおくれ!


 それからすぐに僕のスマホに電話が掛かってきた。もちろん美子からである。
 出なくても彼女の用件は分かる。
 でもすぐに出ないと彼女の場合は色々と面倒なので、3コール以内に電話を受けた。

 『ちょっと、お兄ちゃん。佐那美と眞智子がうちに遊びに行きたいってメール寄越してきたんだけど、何か聞いている?』


 ――やっぱり……2人ともメール連絡早いなぁ。


 「今、横にいるけど。彼女らと話を代わろうか?」

 『腹立つからそれはいいや。それで何で私の部屋になるの? 片付けなきゃならないじゃない!』

 「僕の部屋ではまずいでしょ? だからそうなったと思う」

 『当たり前でしょ! 馬鹿女のくせにふざけやがって――ところで「あの話」は絶対にしないでよね!』

 美子がいう『あの話』とは今朝の処刑のことである。


 ――でも、それは無理な話だ。


 「僕はしていないけど、既に周知の事実になっています……」

 『はぁ?! あのクソババアか! きぃいいいい~ムカツクぅ』

 不覚にも美子の金切り声が何故か愛らしく感じてしまった。
 多分、僕に向けられたものじゃないからだろうね。
 美子と話していてふとクリオの事を思い出した。

 「そういえば佐那美さんから聞いたけど、クリオ…サンディ=クリストファーが彼女んちに行くそうだ。メール返信しなかった件、釈明求めたいってさ」

 こう伝えると、普通ならどうするかと色々話し合うものだが、美子に関してはそれはない。
 すぐに対応策が出てくるからだ。

 『じゃあこう言えばいいじゃん。「うちには頭のおかしい妹がいるから日本のマネージャーである佐那美とおして下さい」ってこれで一発解決でしょ』


 ――あっ、それは気がつかなかった。さすがである。


 それにしても自覚はあったんだ…と感心していると『その辺じっくり聞かせてもらおうかしら』なんて尋問が始まるだろうから、彼女のアドバイスを素直に受けることとした。

 しかも、佐那美経由であれば、ややこしい話はすべてとんちんかんな回答するだろうから、クリオも要件のみしか伝えてこなくなるはずである。正直クリオの病んでるメールはちょっと…困る。

  『それと、馬鹿佐那美にいつ来るか聞いてくれる? 私、今から家に帰って速攻で掃除するから』

 美子はそういって通話を切断した。

 でも、『なんで佐那美なんだ?』、『なんで今すぐ掃除するんだ?』……とそう思っていたらすぐに理由がわかった。

 「いつ来るの…って美子が聞いているけど?」

 念のため佐那美だけとはいわず眞智子にも尋ねてみる。

 「そうね……週末あたりどうかしら? 一応、美和子さんにも一言言っておいた方が良いと思うし」

 眞智子は常識的な回答したのに対して、佐那美はこちらの都合考えなく速攻答えた。

 「それじゃあ、今日やろう、今すぐ行こう」


 ――なるほど、だから美子が慌てていたわけだ。


 「ちょ、ちょっと佐那美、気が早すぎだろ? 向こうの親御さんに迷惑掛かるだろうし…」

 「大丈夫よ、どうせ結婚しちゃえば関係ないだろうし」


 ――あっ、これはうちの親や眞智子、美子が一番カチンとくる強引なやり方である。


 「ふざけんじゃねえぞ、礼君は私のだっ! 喧嘩売っているのかコラ!」

 「おぉ、ヤンキーが吠えている…おぉ、恐っ! 神守君、こんなヤンキー女絶対やめておいた方が良いよ」

 さすが佐那美、人を一発で怒らせるのは天才だ!
 
 黙っていれば誰もが惚れてしまう大和撫子の女子なのに理性がぶっ飛んでいるだけあって非常に残念な女の子である。
 当然、気が短い人も困るけど、それ以上にこんな理性がぶっ飛んだ女は絶対やめておいた方が良いと思った。

 「ハイハイ、佐那美さん。ちょっと皆の意見を聞きましょう。出来れば僕も金曜日あたりがいいんですけど」

 「あっ、大丈夫よ。美子の部屋だから」

 「そうじゃなくて――」

 こんな話をして約20分後、眞智子の提案した『金曜日オールナイトで女子会』という鬼畜な案で佐那美がようやく折れた。


 ――これはこれで、美子に怒られそうである。


 ところで、クリオの件はどうなったかって?
 さすがはアメリカ版佐那美だけあって、次の土曜日のお昼に成田に来るという、彼女も佐那美同様に強行スケジュールで来日すると佐那美のスマホに連絡が入り、佐那美の提案で、徹夜明けで皆してそのまま成田にお迎えすることになった。
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