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魔法学校在籍、成績上の方。
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天国から帰って2週間が経った。
予想通りカルアは教師に説教を食らい、一時は退学まで検討された程だった。
そんなことさせる訳にはいかない。
カルアがいない学校なんて行く意味がないのだから。
一応「被害者」になっている俺は懇願し、最大限の譲歩をしてもらった。
それが自宅謹慎で、この2週間カルアは学校に来なかった。いや、来れなかった。
俺はと言えばカルアが「どうにかする」と言ってくれていたように何のお咎めもなかった。
終始巻き込まれた可哀想な被害者として扱われ、当然納得が行かなかったのだけれど、カルアを思って反論するのはやめておいた。
(俺は別に共犯者でも良かったのにな)
黒板に書かれた文字をノートに写しながら考える。
天国での出来事は今までにない素晴らしい体験だった。
天使と話したことも魔法を喜ばれたことも幻想的な風景も──何もかもが新しかった。
日常生活に飽き飽きしていた俺には嬉しいサプライズだったと言える。
(カルアはいつも俺を喜ばせてくれる)
本人にそのつもりはないだろう。けれど突拍子もないことをする幼馴染は俺にとって不思議で貴重な存在だ。
カルアがいなければ自分はこの世界を好きになれなかった。きっと学校だって通っていなかった。
現にこの2週間、俺は魂が抜けたかのように学校へ来て帰るだけの日々を送っていた。
クラスメイトには「シャウはカルアがいないから元気がない」と初日から認識され、皆気を使ってくれた。
無理に元気でいることを要求されなくて済むこの空気が俺には有り難かった。
(本当、俺はカルアで出来てるなぁ)
片側だけを隠した長い前髪を耳にかける。
ぼんやりしているうちに進んだ板書を写し終わったところで授業が終わった。
休み時間になったと同時にもう1冊のノートに手をあて、魔法を発動した。
たった数秒の光。それだけでこちらのノートにも俺が授業中に写した言葉が全て書き記された。
これは勿論カルアの為のノートだ。俺は彼が謹慎を受ける度に勝手にノートをとっていた。
お節介かもしれないが、カルアは喜んで受け取ってくれる。少しでも彼の為に役立てることが嬉しかった。
昔からこうしてカルアに対してだけ明らかに贔屓しているというのに、やはり本人は俺の気持ちに気付いていなかったらしい。
天国でキスをした時のこと、告白した時のこと──思い出す度に気恥ずかしくなってそして嬉しくなる。
やっと言えた、と。
いつか言えたらいいなんて軽く思い続けていたけれど、打ち明けてからは清々しい気分だった。
残念ながらあの日以来一度しか会えていないのだが、変わらず元気そうで安心した。そして変わらない態度で接してくれたことも有り難かった。
(ま、そういう所もカルアらしいかな)
トントンとノートを揃えて席を立つ。
次は移動授業だったはずだとカバンの中から次の授業の教科書を取り出していると教室がザワついた。
「シャウ!カルア来てる!」
クラスメイトの声を聞いてバッと顔を上げた。
ちょうどカルアが教室に入ってくる所で気まずそうに手を上げていた。
「カルア!久しぶり」
「おー、久しぶり。てか何で皆こんなに俺のこと歓迎してくれてんだ?」
カルアの問いに答えたのはクラスメイトの1人だった。
「カルアがいなくてずっとシャウが元気なかったからだよ。シャウにはカルアが必要なんだって」
「余計なこと言わなくていいから。まぁ、間違ってはないけどさ」
笑って言うとカルアもニイッと笑った。
「成程。そういうことな。そんじゃ次の授業から参加するか。移動授業だっけ?」
「そう。行こうか」
カルアに会えただけで一気に元気が湧いてきた。
単純でも何でも──やっぱり俺はカルアのことが好きなのだと思った。
「で、謹慎明けの俺を早速また謹慎させるわけか」
「そんなつもりないって。今回はちゃんと俺の責任って言うから。カルアは完全な被害者だよ」
「あの時言ってた次は地獄に行きたいって本当だったんだな。けど今じゃなくても良くねぇ?折角学校行けるようになったのに」
「ごめんごめん。課題が難しくてつい」
「よく言うぜ。お前がコントロール出来ないわけねぇだろ」
文句を並べるカルアだったが、その顔は笑っていた。
とはいえ巻き込んでしまったのは事実で、勿論責任は全部俺が負うつもりだ。
今日の課題は「行きたい場所へ行く」だった。
本来ならば自分1人で行きたいと思った場所へ行き、証拠写真を撮影して帰るという至って簡単な課題だ。
「行きたい場所」を考えた時に魔が差した。
今1番行きたい場所はここ、地獄だったからだ。
とはいえ天国同様地獄へ行くことも掟破りになる。
課題中に飛ぶことなど有り得ないし、減点どころか謹慎処分も起こりうる。
だから「今」じゃなかったのだ、本当は。
けれど久しぶりにカルアに会えてテンションが上がっていたのと、ちょっとした悪戯心が湧いてしまった。
もしかしたら行けるかもしれない、と。
行くなら2人で一緒にと決めていた俺は承諾も得ずにカルアを巻き込んで魔法を発動した。
結果、希望通りの場所に飛ぶことが出来た。
ただこれは俺1人では出来なかっただろう。
地獄という異次元の世界へ飛ぶにはどう考えても俺の魔力は足りない。
隣に最高位の魔力を持つカルアがいたから魔力が増幅された──そう考えるのが正しい。
「さてと、地獄の門は天国と違って歓迎してくれてねぇな」
「こっちはこっちでイメージ通りって感じだね」
降り立った場所から数歩先にある地獄の門は固く閉ざされている。恐怖心を煽るような装飾はいかにも地獄らしい。
「天国の時はすぐに天使がいれてくれたけどな。入るまでに苦労しそうだぜ」
カルアの言う通り、入ること自体が既に難しそうに思えた。どうすべきか考えていると門が赤く光り始めた。
「!」
同時に驚き門を見上げる。しかし門に変化はなかった。
「何だ?よく分かんねぇな。開けてくれるんじゃねぇのかよ。鍵があるわけでもねぇし」
「鍵と言えばカルア。天使からのお土産開けた?」
「あぁ。鍵だったよな。あれも何に使うんだ?」
「行きたい時に天国へ行ける鍵だと思うよ。天使たちに認めて貰えたのかもね」
「へぇ。それは有難いけど滅多に使うことはないな。掟破り繰り返すわけにはいかねぇし」
天使が何故俺たちに鍵をくれたのかは分からない。
ポケットから取り出して見つめると違和感を覚えた。
「あれ?」
「どうした、シャウ」
「鍵の形が変わってる」
貰って帰った時は天使の羽を模して作られた鍵でとても可愛いと思ったのだが、今は飾り気のない鍵になっていた。ただの鉄の塊のようにも見える。
「本当だ。俺のやつももっと天使っぽい鍵だったからよく覚えてるぜ。これは何かありそ……ん?」
カルアが受け取った瞬間、鍵が光り始めた。
同時に地獄の門も赤く光り出した。
「カルア……何したの?」
「何もしてねぇって!鍵受け取ったら勝手にこうなった。でもこれなら開きそうだな」
「つまりこの鍵はいつでも天国に行ける鍵じゃなくて、開きたい物を開ける鍵なのかもしれない」
「便利だな、かなり。じゃ、地獄の門も開けてもらうかな」
カルアの声に反応したわけではないだろうが、門は赤く点滅してからギギギと嫌な音を立てて開いた。
「行くか」
「そうだね」
互いに緊張気味の声。
けれどカルアも俺も──顔は楽しそうに笑っていた。
地獄に足を踏み入れた途端、辺りの空気が変わった気がした。
熱いような湿ったような空気。けれど不思議と不快ではなかった。
「暗いな」
何も見えないわけではないが、遠くの風景までは見えない。ライトのない夜道を歩いているかのような感覚だった。
「明かりの魔法使う?」
「そうだな。頼む」
右手をポワッと光らせる。途端に視界が良くなった。
見えた物は黒い岩や黒い木、黒い建物だ。
「……こりゃ見えにくくて当然だな」
カルアの言葉にこくりと頷く。
天国と違って地獄は想像通り暗くて陰鬱とした場所だ。誰かに説明をして貰いたいが、今の所生物は見当たらない。
とことこと道なりに進んでいくと暗闇が増していった。魔法を強めに発動する。
「誰かいるといいけど」
「シャウ、あそこにいるぜ」
カルアが指をさしつつヒソヒソ声で言う。
指の先には「何か」がいた。
「悪魔、かな?」
建物と建物の間にいたのは黒い生物だった。長いツノと大きな翼が生えている。目は赤く輝いていた。
「多分そうだろうな。どうする?声掛けるか?」
「掛けてみようか。でも気を付けて」
「あぁ。なあなあ」
カルアが声を掛けると悪魔はじっとこちらを見つめてきた。
「地獄に遊びに来たんだけどよ、色々教えてくれねぇか?」
「……」
「何言ってるか分かんねぇな。言葉が通じねぇのか」
「そうかもしれない」
「……」
悪魔は何か言いながら近付いてくる。
その顔は怒っているようにも笑っているようにも見え、感情が伝わって来なかった。
「俺たちのこと敵対視してんのか?」
「どうだろう。全然分からないな」
「でもこっちに向かってくるぜ」
「攻撃されたら防御魔法使うよ。カルアは下がってて」
カルアの前に立ち、魔法を唱える準備をする。
悪魔は俺たちの前でピタリと止まり、大きな口を開けた。
「……!!」
何かを叫ばれ、鼓膜が震える。
「っ!!」
凄まじい音量に耳が聞こえなくなりそうだった。
それが攻撃かは分からないが、身を守るために俺は防御魔法を発動した。
俺とカルアを包み込む魔法。
これなら音も遮断されるはずだ──と、安心した時。
「え!?」
ビリビリと頭上の防御魔法が割れていくのが見える。
こんなことは初めてだ。
「一体何が……」
「悪魔の魔力が強過ぎるんだろ。俺が防御魔法発動する。こんだけ強かったら多少傷付けても大丈夫だよな」
カルアはコントロール出来ない所まで想定しているようだ。確かにカルアなら防御魔法が攻撃魔法になってしまうことも有り得なくない。
頷いた俺の前に立ち、カルアは俺と同じ魔法を発動した。
その威力は桁違いだ。そしてカルア自身が言っていたように防御魔法のはずが攻撃魔法まで発動していた。
悪魔はその攻撃を上手く躱しながら近付いてくる。
カルアが張った魔法を壊そうと何度も攻撃してくるが、防御魔法はビクともしなかった。
「このまま防御してても意味ねぇよな。何とかしねぇと」
「悪魔とは意思疎通出来ないみたいだね。地獄から帰った方が良さそうかな」
「あぁ。コイツだけどうにかして戻るか」
「分かった。なら俺も自分が出来ることする」
カルアの手を握り、攻撃魔法を発動する。
これで俺はカルアの大きな魔力を使って的確に攻撃を与えることが出来る。
「って、手繋ぐだけでも魔力分けられたのかよ!」
「うん。出来そうだと思ってたけど出来たね」
俺の攻撃は悪魔に直撃した。けれどそれは痛め付ける為のものではなく、動きを止める為のものだ。
カルアの魔力があれば可能かもしれないと試してみたが、案の定悪魔の動きを止めることが出来た。
「今のうちに戻ろう」
「そうだな。走るぞ、シャウ」
手を繋いだまま暗闇を走る。
幸い門からそこまで離れていない。
最初の場所へ戻るのは難しくなかった。
「はあ……はあ……」
「大丈夫か?」
「ん、大丈夫。カルアは?」
「俺も平気だ。怪我もない。地獄を旅するのは難しそうだな」
苦笑するカルアに俺は頭を下げた。
「ごめん、カルア。こんなことになると思わなくて。俺、浅はかな考えでカルアのこと巻き込んで……」
「やめろよ。お前らしくねぇことすんな。大体昔から大胆なことするのはシャウの方だったじゃねぇか」
顔を上げるとカルアは笑っていた。
「見た目と性格と素行の所為かいつも俺がシャウを巻き込んでるって思われるけど、意外と巻き込まれてるのは俺の方なんだよな。だから今更謝らなくていいっての」
「カルア……ありがとう」
「地獄について分かったんだから来た甲斐あったんじゃねぇの?来たかったんだろ?」
「うん。カルアは知ってると思うけど、俺って1回気になるとずっと気になる性格だからさ。天国見たら地獄も見たくなっちゃって。来れて良かったよ。天国と地獄が色んな意味で正反対ってことも分かったし」
パンパンと自分の頬を叩いて切り替える。
いつまでも悩んでいても仕方がない。
巻き込んでしまったのは変えられないのだから、先のことを考えた方が良い。
とにかくここから無事に帰ることが最優先事項だ。
「シャウ、マジで気にすんなよ」
「……取り繕ってもカルアにはバレるね」
「当たり前だろ。さ、帰ろうぜ」
伸ばされた手を握り締める。
繋いだ手はすぐに光り始めた。
「……んー」
目を開けるとカルアと目が合った。
「うわっ!ビックリした」
「なかなか起きねぇからこっちこそ驚いたぜ」
「そんなに寝てた?」
「俺が起きてから半日ぐらい寝てたな。魔力の使いすぎだって」
「ここは……医務室かな」
上半身を起こして部屋を見回す。
綺麗なベッドや薬品が並んだここは学校の医務室だ。
「そう。俺たちは3日いなくなってたって話だぜ。起きたら俺も医務室で寝ててさ、保健医に驚かれて怒られた」
「あっ!ごめん。カルアが怒られる必要ないのに」
「って言っても軽く、な。それより心配されたから。本格的に怒られるのはこれからだと思うぜ」
「そっか。それについては心配しないで」
微笑むとカルアはニイッと笑った。
「その時は俺がノートとっといてやるよ」
つくづく素敵な人に恋をしたと思う、俺は。
結論から言えば俺は謹慎処分にはならなかった。
成績上位であること、普段の行い、問題を起こしたことが1回目であったこと──その他諸々考えた結果、反省文提出だけで済んだのだった。
こっぴどく叱られた後、屋上で転がるカルアにそれを報告しに行くと「ズルい」と笑っていた。
「同じことやってもこれだぜ。世の中不平等」
「俺もそう思うよ。覚悟してたから少し拍子抜けした」
「けどま、良かったぜ。お前が学校来れなくなったらつまんねぇし。詳しく聞いたぜ?俺がいなかった時の話」
「……だってカルアいないと何もやる気しないんだもん」
子供のように頬を膨らませぷいっとそっぽ向く。
「俺もそうなりそうだからな。良かった、謹慎処分じゃなくて」
「えー、カルアがそんな風になると思えないけどな」
「あ、そう言えば言ってなかったか。俺もお前のことめちゃくちゃ好きみたい」
「っ!」
驚いて顔を向ける。カルアは照れたように視線を逸らした。
「あのさ、そんな大事なことついでみたいに言わないでくれる?」
「悪ぃ。気持ち言うって決めてから随分会ってなかったしもう言ったもんだと思ってたわ。2人で1人前になれるっていうのもあながち外れてねぇよな」
「でしょ?俺らの力が重なれば出来ないことなんてないと思ってる」
カルアの魔力を俺がコントロールする──それは最強の考えに思えた。
実際、天国にも地獄にも行けたのだから出来ないことなんてない。逆に言えばカルアの力がなければどちらも絶対に行けなかった場所だ。
「最強カップルってやつだな」
「それ、物凄く嬉しい」
ニッコリ笑うとカルアは俺の両肩を掴んで照れ笑いした。
「今更何も変わらねぇけどいいか?」
「勿論。ずっとカルアといられたらそれでいいよ。俺の願いは昔からそれだけだから」
「そっか。じゃあそれ叶えてやるよ」
数秒見つめ合ってからキスをする。
そのまま2人で倒れ込んだ。
「変わらないって言うけど変わったよね。カルアがキスしてくれるなんて有り得なかった」
「……ここの空は青いな。天国も地獄も全然違う色だったけど、やっぱりここが1番いいぜ」
「ふふっ、はぐらかそうとしてる」
もう少しいじろうか悩んでやめておいた。
見上げた空の青さに圧倒される。そして安心する。
「色々ありがとう、カルア」
「いや、こっちこそ。楽しかったぜ、掟破り」
「楽しかったね。探究心満たされたし。今度は何処に行こうかな」
ポケットから鍵を取り出す。
天使がくれたマスターキーは羽の形に戻っていた。
「それさえあれば何処でも入れそうだな」
「うん。あとカルアがいればね」
「……そうだな」
照れたカルアは分かりやすくて可愛い。
ごろりと転がってカルアにくっつく。
頬にキスすると笑みが返ってきた。
「よく分かんねぇけど全部幸せ」
「最高じゃん、それ」
空に向かって手を伸ばし、鍵を掲げる。
キラリと光ったそこには──いつまでも一緒にいる未来が映っている気がした。
2人で1人なら、最強だから。
予想通りカルアは教師に説教を食らい、一時は退学まで検討された程だった。
そんなことさせる訳にはいかない。
カルアがいない学校なんて行く意味がないのだから。
一応「被害者」になっている俺は懇願し、最大限の譲歩をしてもらった。
それが自宅謹慎で、この2週間カルアは学校に来なかった。いや、来れなかった。
俺はと言えばカルアが「どうにかする」と言ってくれていたように何のお咎めもなかった。
終始巻き込まれた可哀想な被害者として扱われ、当然納得が行かなかったのだけれど、カルアを思って反論するのはやめておいた。
(俺は別に共犯者でも良かったのにな)
黒板に書かれた文字をノートに写しながら考える。
天国での出来事は今までにない素晴らしい体験だった。
天使と話したことも魔法を喜ばれたことも幻想的な風景も──何もかもが新しかった。
日常生活に飽き飽きしていた俺には嬉しいサプライズだったと言える。
(カルアはいつも俺を喜ばせてくれる)
本人にそのつもりはないだろう。けれど突拍子もないことをする幼馴染は俺にとって不思議で貴重な存在だ。
カルアがいなければ自分はこの世界を好きになれなかった。きっと学校だって通っていなかった。
現にこの2週間、俺は魂が抜けたかのように学校へ来て帰るだけの日々を送っていた。
クラスメイトには「シャウはカルアがいないから元気がない」と初日から認識され、皆気を使ってくれた。
無理に元気でいることを要求されなくて済むこの空気が俺には有り難かった。
(本当、俺はカルアで出来てるなぁ)
片側だけを隠した長い前髪を耳にかける。
ぼんやりしているうちに進んだ板書を写し終わったところで授業が終わった。
休み時間になったと同時にもう1冊のノートに手をあて、魔法を発動した。
たった数秒の光。それだけでこちらのノートにも俺が授業中に写した言葉が全て書き記された。
これは勿論カルアの為のノートだ。俺は彼が謹慎を受ける度に勝手にノートをとっていた。
お節介かもしれないが、カルアは喜んで受け取ってくれる。少しでも彼の為に役立てることが嬉しかった。
昔からこうしてカルアに対してだけ明らかに贔屓しているというのに、やはり本人は俺の気持ちに気付いていなかったらしい。
天国でキスをした時のこと、告白した時のこと──思い出す度に気恥ずかしくなってそして嬉しくなる。
やっと言えた、と。
いつか言えたらいいなんて軽く思い続けていたけれど、打ち明けてからは清々しい気分だった。
残念ながらあの日以来一度しか会えていないのだが、変わらず元気そうで安心した。そして変わらない態度で接してくれたことも有り難かった。
(ま、そういう所もカルアらしいかな)
トントンとノートを揃えて席を立つ。
次は移動授業だったはずだとカバンの中から次の授業の教科書を取り出していると教室がザワついた。
「シャウ!カルア来てる!」
クラスメイトの声を聞いてバッと顔を上げた。
ちょうどカルアが教室に入ってくる所で気まずそうに手を上げていた。
「カルア!久しぶり」
「おー、久しぶり。てか何で皆こんなに俺のこと歓迎してくれてんだ?」
カルアの問いに答えたのはクラスメイトの1人だった。
「カルアがいなくてずっとシャウが元気なかったからだよ。シャウにはカルアが必要なんだって」
「余計なこと言わなくていいから。まぁ、間違ってはないけどさ」
笑って言うとカルアもニイッと笑った。
「成程。そういうことな。そんじゃ次の授業から参加するか。移動授業だっけ?」
「そう。行こうか」
カルアに会えただけで一気に元気が湧いてきた。
単純でも何でも──やっぱり俺はカルアのことが好きなのだと思った。
「で、謹慎明けの俺を早速また謹慎させるわけか」
「そんなつもりないって。今回はちゃんと俺の責任って言うから。カルアは完全な被害者だよ」
「あの時言ってた次は地獄に行きたいって本当だったんだな。けど今じゃなくても良くねぇ?折角学校行けるようになったのに」
「ごめんごめん。課題が難しくてつい」
「よく言うぜ。お前がコントロール出来ないわけねぇだろ」
文句を並べるカルアだったが、その顔は笑っていた。
とはいえ巻き込んでしまったのは事実で、勿論責任は全部俺が負うつもりだ。
今日の課題は「行きたい場所へ行く」だった。
本来ならば自分1人で行きたいと思った場所へ行き、証拠写真を撮影して帰るという至って簡単な課題だ。
「行きたい場所」を考えた時に魔が差した。
今1番行きたい場所はここ、地獄だったからだ。
とはいえ天国同様地獄へ行くことも掟破りになる。
課題中に飛ぶことなど有り得ないし、減点どころか謹慎処分も起こりうる。
だから「今」じゃなかったのだ、本当は。
けれど久しぶりにカルアに会えてテンションが上がっていたのと、ちょっとした悪戯心が湧いてしまった。
もしかしたら行けるかもしれない、と。
行くなら2人で一緒にと決めていた俺は承諾も得ずにカルアを巻き込んで魔法を発動した。
結果、希望通りの場所に飛ぶことが出来た。
ただこれは俺1人では出来なかっただろう。
地獄という異次元の世界へ飛ぶにはどう考えても俺の魔力は足りない。
隣に最高位の魔力を持つカルアがいたから魔力が増幅された──そう考えるのが正しい。
「さてと、地獄の門は天国と違って歓迎してくれてねぇな」
「こっちはこっちでイメージ通りって感じだね」
降り立った場所から数歩先にある地獄の門は固く閉ざされている。恐怖心を煽るような装飾はいかにも地獄らしい。
「天国の時はすぐに天使がいれてくれたけどな。入るまでに苦労しそうだぜ」
カルアの言う通り、入ること自体が既に難しそうに思えた。どうすべきか考えていると門が赤く光り始めた。
「!」
同時に驚き門を見上げる。しかし門に変化はなかった。
「何だ?よく分かんねぇな。開けてくれるんじゃねぇのかよ。鍵があるわけでもねぇし」
「鍵と言えばカルア。天使からのお土産開けた?」
「あぁ。鍵だったよな。あれも何に使うんだ?」
「行きたい時に天国へ行ける鍵だと思うよ。天使たちに認めて貰えたのかもね」
「へぇ。それは有難いけど滅多に使うことはないな。掟破り繰り返すわけにはいかねぇし」
天使が何故俺たちに鍵をくれたのかは分からない。
ポケットから取り出して見つめると違和感を覚えた。
「あれ?」
「どうした、シャウ」
「鍵の形が変わってる」
貰って帰った時は天使の羽を模して作られた鍵でとても可愛いと思ったのだが、今は飾り気のない鍵になっていた。ただの鉄の塊のようにも見える。
「本当だ。俺のやつももっと天使っぽい鍵だったからよく覚えてるぜ。これは何かありそ……ん?」
カルアが受け取った瞬間、鍵が光り始めた。
同時に地獄の門も赤く光り出した。
「カルア……何したの?」
「何もしてねぇって!鍵受け取ったら勝手にこうなった。でもこれなら開きそうだな」
「つまりこの鍵はいつでも天国に行ける鍵じゃなくて、開きたい物を開ける鍵なのかもしれない」
「便利だな、かなり。じゃ、地獄の門も開けてもらうかな」
カルアの声に反応したわけではないだろうが、門は赤く点滅してからギギギと嫌な音を立てて開いた。
「行くか」
「そうだね」
互いに緊張気味の声。
けれどカルアも俺も──顔は楽しそうに笑っていた。
地獄に足を踏み入れた途端、辺りの空気が変わった気がした。
熱いような湿ったような空気。けれど不思議と不快ではなかった。
「暗いな」
何も見えないわけではないが、遠くの風景までは見えない。ライトのない夜道を歩いているかのような感覚だった。
「明かりの魔法使う?」
「そうだな。頼む」
右手をポワッと光らせる。途端に視界が良くなった。
見えた物は黒い岩や黒い木、黒い建物だ。
「……こりゃ見えにくくて当然だな」
カルアの言葉にこくりと頷く。
天国と違って地獄は想像通り暗くて陰鬱とした場所だ。誰かに説明をして貰いたいが、今の所生物は見当たらない。
とことこと道なりに進んでいくと暗闇が増していった。魔法を強めに発動する。
「誰かいるといいけど」
「シャウ、あそこにいるぜ」
カルアが指をさしつつヒソヒソ声で言う。
指の先には「何か」がいた。
「悪魔、かな?」
建物と建物の間にいたのは黒い生物だった。長いツノと大きな翼が生えている。目は赤く輝いていた。
「多分そうだろうな。どうする?声掛けるか?」
「掛けてみようか。でも気を付けて」
「あぁ。なあなあ」
カルアが声を掛けると悪魔はじっとこちらを見つめてきた。
「地獄に遊びに来たんだけどよ、色々教えてくれねぇか?」
「……」
「何言ってるか分かんねぇな。言葉が通じねぇのか」
「そうかもしれない」
「……」
悪魔は何か言いながら近付いてくる。
その顔は怒っているようにも笑っているようにも見え、感情が伝わって来なかった。
「俺たちのこと敵対視してんのか?」
「どうだろう。全然分からないな」
「でもこっちに向かってくるぜ」
「攻撃されたら防御魔法使うよ。カルアは下がってて」
カルアの前に立ち、魔法を唱える準備をする。
悪魔は俺たちの前でピタリと止まり、大きな口を開けた。
「……!!」
何かを叫ばれ、鼓膜が震える。
「っ!!」
凄まじい音量に耳が聞こえなくなりそうだった。
それが攻撃かは分からないが、身を守るために俺は防御魔法を発動した。
俺とカルアを包み込む魔法。
これなら音も遮断されるはずだ──と、安心した時。
「え!?」
ビリビリと頭上の防御魔法が割れていくのが見える。
こんなことは初めてだ。
「一体何が……」
「悪魔の魔力が強過ぎるんだろ。俺が防御魔法発動する。こんだけ強かったら多少傷付けても大丈夫だよな」
カルアはコントロール出来ない所まで想定しているようだ。確かにカルアなら防御魔法が攻撃魔法になってしまうことも有り得なくない。
頷いた俺の前に立ち、カルアは俺と同じ魔法を発動した。
その威力は桁違いだ。そしてカルア自身が言っていたように防御魔法のはずが攻撃魔法まで発動していた。
悪魔はその攻撃を上手く躱しながら近付いてくる。
カルアが張った魔法を壊そうと何度も攻撃してくるが、防御魔法はビクともしなかった。
「このまま防御してても意味ねぇよな。何とかしねぇと」
「悪魔とは意思疎通出来ないみたいだね。地獄から帰った方が良さそうかな」
「あぁ。コイツだけどうにかして戻るか」
「分かった。なら俺も自分が出来ることする」
カルアの手を握り、攻撃魔法を発動する。
これで俺はカルアの大きな魔力を使って的確に攻撃を与えることが出来る。
「って、手繋ぐだけでも魔力分けられたのかよ!」
「うん。出来そうだと思ってたけど出来たね」
俺の攻撃は悪魔に直撃した。けれどそれは痛め付ける為のものではなく、動きを止める為のものだ。
カルアの魔力があれば可能かもしれないと試してみたが、案の定悪魔の動きを止めることが出来た。
「今のうちに戻ろう」
「そうだな。走るぞ、シャウ」
手を繋いだまま暗闇を走る。
幸い門からそこまで離れていない。
最初の場所へ戻るのは難しくなかった。
「はあ……はあ……」
「大丈夫か?」
「ん、大丈夫。カルアは?」
「俺も平気だ。怪我もない。地獄を旅するのは難しそうだな」
苦笑するカルアに俺は頭を下げた。
「ごめん、カルア。こんなことになると思わなくて。俺、浅はかな考えでカルアのこと巻き込んで……」
「やめろよ。お前らしくねぇことすんな。大体昔から大胆なことするのはシャウの方だったじゃねぇか」
顔を上げるとカルアは笑っていた。
「見た目と性格と素行の所為かいつも俺がシャウを巻き込んでるって思われるけど、意外と巻き込まれてるのは俺の方なんだよな。だから今更謝らなくていいっての」
「カルア……ありがとう」
「地獄について分かったんだから来た甲斐あったんじゃねぇの?来たかったんだろ?」
「うん。カルアは知ってると思うけど、俺って1回気になるとずっと気になる性格だからさ。天国見たら地獄も見たくなっちゃって。来れて良かったよ。天国と地獄が色んな意味で正反対ってことも分かったし」
パンパンと自分の頬を叩いて切り替える。
いつまでも悩んでいても仕方がない。
巻き込んでしまったのは変えられないのだから、先のことを考えた方が良い。
とにかくここから無事に帰ることが最優先事項だ。
「シャウ、マジで気にすんなよ」
「……取り繕ってもカルアにはバレるね」
「当たり前だろ。さ、帰ろうぜ」
伸ばされた手を握り締める。
繋いだ手はすぐに光り始めた。
「……んー」
目を開けるとカルアと目が合った。
「うわっ!ビックリした」
「なかなか起きねぇからこっちこそ驚いたぜ」
「そんなに寝てた?」
「俺が起きてから半日ぐらい寝てたな。魔力の使いすぎだって」
「ここは……医務室かな」
上半身を起こして部屋を見回す。
綺麗なベッドや薬品が並んだここは学校の医務室だ。
「そう。俺たちは3日いなくなってたって話だぜ。起きたら俺も医務室で寝ててさ、保健医に驚かれて怒られた」
「あっ!ごめん。カルアが怒られる必要ないのに」
「って言っても軽く、な。それより心配されたから。本格的に怒られるのはこれからだと思うぜ」
「そっか。それについては心配しないで」
微笑むとカルアはニイッと笑った。
「その時は俺がノートとっといてやるよ」
つくづく素敵な人に恋をしたと思う、俺は。
結論から言えば俺は謹慎処分にはならなかった。
成績上位であること、普段の行い、問題を起こしたことが1回目であったこと──その他諸々考えた結果、反省文提出だけで済んだのだった。
こっぴどく叱られた後、屋上で転がるカルアにそれを報告しに行くと「ズルい」と笑っていた。
「同じことやってもこれだぜ。世の中不平等」
「俺もそう思うよ。覚悟してたから少し拍子抜けした」
「けどま、良かったぜ。お前が学校来れなくなったらつまんねぇし。詳しく聞いたぜ?俺がいなかった時の話」
「……だってカルアいないと何もやる気しないんだもん」
子供のように頬を膨らませぷいっとそっぽ向く。
「俺もそうなりそうだからな。良かった、謹慎処分じゃなくて」
「えー、カルアがそんな風になると思えないけどな」
「あ、そう言えば言ってなかったか。俺もお前のことめちゃくちゃ好きみたい」
「っ!」
驚いて顔を向ける。カルアは照れたように視線を逸らした。
「あのさ、そんな大事なことついでみたいに言わないでくれる?」
「悪ぃ。気持ち言うって決めてから随分会ってなかったしもう言ったもんだと思ってたわ。2人で1人前になれるっていうのもあながち外れてねぇよな」
「でしょ?俺らの力が重なれば出来ないことなんてないと思ってる」
カルアの魔力を俺がコントロールする──それは最強の考えに思えた。
実際、天国にも地獄にも行けたのだから出来ないことなんてない。逆に言えばカルアの力がなければどちらも絶対に行けなかった場所だ。
「最強カップルってやつだな」
「それ、物凄く嬉しい」
ニッコリ笑うとカルアは俺の両肩を掴んで照れ笑いした。
「今更何も変わらねぇけどいいか?」
「勿論。ずっとカルアといられたらそれでいいよ。俺の願いは昔からそれだけだから」
「そっか。じゃあそれ叶えてやるよ」
数秒見つめ合ってからキスをする。
そのまま2人で倒れ込んだ。
「変わらないって言うけど変わったよね。カルアがキスしてくれるなんて有り得なかった」
「……ここの空は青いな。天国も地獄も全然違う色だったけど、やっぱりここが1番いいぜ」
「ふふっ、はぐらかそうとしてる」
もう少しいじろうか悩んでやめておいた。
見上げた空の青さに圧倒される。そして安心する。
「色々ありがとう、カルア」
「いや、こっちこそ。楽しかったぜ、掟破り」
「楽しかったね。探究心満たされたし。今度は何処に行こうかな」
ポケットから鍵を取り出す。
天使がくれたマスターキーは羽の形に戻っていた。
「それさえあれば何処でも入れそうだな」
「うん。あとカルアがいればね」
「……そうだな」
照れたカルアは分かりやすくて可愛い。
ごろりと転がってカルアにくっつく。
頬にキスすると笑みが返ってきた。
「よく分かんねぇけど全部幸せ」
「最高じゃん、それ」
空に向かって手を伸ばし、鍵を掲げる。
キラリと光ったそこには──いつまでも一緒にいる未来が映っている気がした。
2人で1人なら、最強だから。
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