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地獄への旅立ち
命の価値は等価にあらず
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桜が咲き、陽歌のいる学校では入学式と始業式が行われた。在校生は入学式の前日に始業式を執り行う。陽歌は出席しており、ぼんやりと式次第を熟していた。
この小学校は教師の思想が強く、式典で国歌を歌わない。教科書の国歌のページを他のプリントで隠す。これらの行為について、陽歌は特に何も考えたことはない。もちろん、自分がまず平穏でないためそこまで頭が回らないのだが。
理由は確か、法の下に国民は平等だから天皇だけ崇拝するのはおかしい、とかだっただろうか。陽歌にとってそのやんごとなき方々は学者としての印象が強い。皇居の狸に関する論文は彼も何度か読みこんだ。
「式に終わりに、私から皆さんに話があります」
ぼーっと式にいた陽歌は校長の言葉で現実に引き戻される。
「昨年度は皆さんの大切な仲間が、4人亡くなりました」
その発言に陽歌は唖然とする。昨年度、死んだ生徒の数は正確には5人。一人足りない。確実にあの子がいない。陽歌が殺した分しかカウントされていない。
平等だから、そんな理由で指導要領を覆しておいてやることがこれだ。
結局陽歌が復讐として殺せたのは3人。本来はもっと殺すつもりだった。ただ、警察に捕縛され、直後にいろいろあり殺す方法の摸索さえできない状態であった。しかしあの隔絶館の一件で殺人者を客観的に見てしまった。
脳裏に焼き付くのは、自身の肢体さえ餌にして獲物を誘うあのメイドの姿。誰かが死んだことを知り、嘆き悲しむヒナタの姿。あのメイドは殺人が露見しそうになると、それまでとは違う形相で自分を殺しに来た。殺人者は醜く、自分もああなっているのか。そして殺された側は、あれほど悲しむのか。
(軽率だな、僕)
自身の軽率さが嫌になる。確かに紬やあの子を殺したことは許せないが、あれを突きつけられて人殺しを続けるなんてことはできない。
@
同じことばかり考えていても、自分が嫌になるだけだ。修学旅行は5月、一か月はある。自己嫌悪から逃げるために陽歌はなぜ、自分が修学旅行へ来るように言われたのかを考えた。
来ないものと思われていたため、班決めや部屋決めでひと悶着あるものだと思っていた。だが、実際はすんなりといった形になる。猛烈な反発があるものと予想していた陽歌だが、一言で調停は済んだ。
「何もしないから、こっちにも何もするなよ?」
「あ、はい。いや、殴らないならどうでもいいけど……」
事実上の不可侵条約。なぜ、このような形になったのか彼には心当たりがある。今年の冬頃に殺人犯と疑われたことがある。よりによって、この学校の生徒を三人殺した犯人として。事実であるが、疑われた程度で済んだ。
その影響か恐れているのだろう。陽歌にとっては平穏になるのであればなんでもいい。ただ、自分が人殺しであることは余計に自覚する。
授業は分からない。だが当てられることもない。教員からも触らない方がいい存在として扱われている。
心ここにあらず、といった生活を送っていたある日の下校時間、家の前に立っている女性の姿に陽歌は気づいた。
「愛花さん……」
「お、元気そうか? 新しい怪我はないな」
愛花は陽歌のあちこちを確認する。何を見ているのかは彼に分からなかったが、どうやら怪我をチェックしていたらしい。すっかり昔の痣も消えた。残ったのは感電した時の、稲妻のような傷だけ。
「ほい、お土産」
「あ、ありがとうございます」
愛花は食料品を陽歌に渡す。食事にでも連れ出されると罪悪感で押しつぶされてしまいそうになるので、陽歌としては助かったところだ。
「何か困ったら、連絡してくれ」
そして、彼女は名刺を陽歌に渡す。連絡を取らないという決意のもと、メモを捨てたはずだが、愛花は陽歌に接触できる。拒絶はできない。本当はしたくないが、陽歌としては愛花を裏切ることが辛すぎて、拒絶したい。数少ない、優しくしてくれた人だから、離れるのも嫌だが裏切るのもしんどい。
「んじゃ、たまに見に来るよ」
愛花は用事を済ませ、さっさと帰ってしまう。警察関係の仕事でここに来たのだろうか。金湧署は今、前代未聞の再編成をやっているらしい。
「そうだ」
去ろうとして、愛花は振り向く。
「お前のお父さんのこと、分かったら教えるよ。警察官だったんだって」
「お父さん……?」
自分の父親のことを、陽歌はあまり知らなかった。実父ではなく養父であるが、物心つく前に死んでしまった。姉は悪く言っていたが、本当はどうだったのか、知りたいという気持ちはあった。
@
家に戻った陽歌はしばらく休んで、夕食を用意した。愛花がくれた食料にはレンジで温めるだけで食べられる、おかずが一つにまとまっているワンプレートの冷凍食品もある。
「……」
温めている最中、陽歌は愛花のくれた名刺を見つめていた。あの時、復讐をすると決めた時、もう愛花とは会わないと決めた。だからもらった連絡先のメモを捨てた。しかし、養父のことが聞きたい。愛花が自分の住所を知っているとわかった以上、自分がこれを持っている必要はない。だが、突然引っ越すことになったらと思うと手放せない。
「お父さんのことを聞くだけ……お父さんのことを聞くだけ……」
陽歌は自分に言い聞かせ、名刺を固定電話の傍に置いた。ちょうどレンジが鳴り、肉の焼けた匂いが鼻孔をくすぐる。
(これもおいしいけど、ジャンさんの料理おいしかったな……)
中身は唐揚げと付け合わせのセット。
「いただきます」
陽歌は食事を済ませ、次のことを考える。これ以上、復讐としてあの連中を殺すことはできない。それよりも修学旅行という未知の存在に備えねばならなかった。自分に寄り添ってくれる人があれだけいて、あの隔絶館なのだ。そうでない人ばかりの旅行など、どうなったか分かったものではない。
「ごちそうさま」
明日はアジフライがあったからそれにしよう。焼き鮭はその次……と献立を考えて食器を水に浸す。
この時、陽歌は思ってもいなかった。もう肉が食べられなくなるなんてことは、一切。
この小学校は教師の思想が強く、式典で国歌を歌わない。教科書の国歌のページを他のプリントで隠す。これらの行為について、陽歌は特に何も考えたことはない。もちろん、自分がまず平穏でないためそこまで頭が回らないのだが。
理由は確か、法の下に国民は平等だから天皇だけ崇拝するのはおかしい、とかだっただろうか。陽歌にとってそのやんごとなき方々は学者としての印象が強い。皇居の狸に関する論文は彼も何度か読みこんだ。
「式に終わりに、私から皆さんに話があります」
ぼーっと式にいた陽歌は校長の言葉で現実に引き戻される。
「昨年度は皆さんの大切な仲間が、4人亡くなりました」
その発言に陽歌は唖然とする。昨年度、死んだ生徒の数は正確には5人。一人足りない。確実にあの子がいない。陽歌が殺した分しかカウントされていない。
平等だから、そんな理由で指導要領を覆しておいてやることがこれだ。
結局陽歌が復讐として殺せたのは3人。本来はもっと殺すつもりだった。ただ、警察に捕縛され、直後にいろいろあり殺す方法の摸索さえできない状態であった。しかしあの隔絶館の一件で殺人者を客観的に見てしまった。
脳裏に焼き付くのは、自身の肢体さえ餌にして獲物を誘うあのメイドの姿。誰かが死んだことを知り、嘆き悲しむヒナタの姿。あのメイドは殺人が露見しそうになると、それまでとは違う形相で自分を殺しに来た。殺人者は醜く、自分もああなっているのか。そして殺された側は、あれほど悲しむのか。
(軽率だな、僕)
自身の軽率さが嫌になる。確かに紬やあの子を殺したことは許せないが、あれを突きつけられて人殺しを続けるなんてことはできない。
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同じことばかり考えていても、自分が嫌になるだけだ。修学旅行は5月、一か月はある。自己嫌悪から逃げるために陽歌はなぜ、自分が修学旅行へ来るように言われたのかを考えた。
来ないものと思われていたため、班決めや部屋決めでひと悶着あるものだと思っていた。だが、実際はすんなりといった形になる。猛烈な反発があるものと予想していた陽歌だが、一言で調停は済んだ。
「何もしないから、こっちにも何もするなよ?」
「あ、はい。いや、殴らないならどうでもいいけど……」
事実上の不可侵条約。なぜ、このような形になったのか彼には心当たりがある。今年の冬頃に殺人犯と疑われたことがある。よりによって、この学校の生徒を三人殺した犯人として。事実であるが、疑われた程度で済んだ。
その影響か恐れているのだろう。陽歌にとっては平穏になるのであればなんでもいい。ただ、自分が人殺しであることは余計に自覚する。
授業は分からない。だが当てられることもない。教員からも触らない方がいい存在として扱われている。
心ここにあらず、といった生活を送っていたある日の下校時間、家の前に立っている女性の姿に陽歌は気づいた。
「愛花さん……」
「お、元気そうか? 新しい怪我はないな」
愛花は陽歌のあちこちを確認する。何を見ているのかは彼に分からなかったが、どうやら怪我をチェックしていたらしい。すっかり昔の痣も消えた。残ったのは感電した時の、稲妻のような傷だけ。
「ほい、お土産」
「あ、ありがとうございます」
愛花は食料品を陽歌に渡す。食事にでも連れ出されると罪悪感で押しつぶされてしまいそうになるので、陽歌としては助かったところだ。
「何か困ったら、連絡してくれ」
そして、彼女は名刺を陽歌に渡す。連絡を取らないという決意のもと、メモを捨てたはずだが、愛花は陽歌に接触できる。拒絶はできない。本当はしたくないが、陽歌としては愛花を裏切ることが辛すぎて、拒絶したい。数少ない、優しくしてくれた人だから、離れるのも嫌だが裏切るのもしんどい。
「んじゃ、たまに見に来るよ」
愛花は用事を済ませ、さっさと帰ってしまう。警察関係の仕事でここに来たのだろうか。金湧署は今、前代未聞の再編成をやっているらしい。
「そうだ」
去ろうとして、愛花は振り向く。
「お前のお父さんのこと、分かったら教えるよ。警察官だったんだって」
「お父さん……?」
自分の父親のことを、陽歌はあまり知らなかった。実父ではなく養父であるが、物心つく前に死んでしまった。姉は悪く言っていたが、本当はどうだったのか、知りたいという気持ちはあった。
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家に戻った陽歌はしばらく休んで、夕食を用意した。愛花がくれた食料にはレンジで温めるだけで食べられる、おかずが一つにまとまっているワンプレートの冷凍食品もある。
「……」
温めている最中、陽歌は愛花のくれた名刺を見つめていた。あの時、復讐をすると決めた時、もう愛花とは会わないと決めた。だからもらった連絡先のメモを捨てた。しかし、養父のことが聞きたい。愛花が自分の住所を知っているとわかった以上、自分がこれを持っている必要はない。だが、突然引っ越すことになったらと思うと手放せない。
「お父さんのことを聞くだけ……お父さんのことを聞くだけ……」
陽歌は自分に言い聞かせ、名刺を固定電話の傍に置いた。ちょうどレンジが鳴り、肉の焼けた匂いが鼻孔をくすぐる。
(これもおいしいけど、ジャンさんの料理おいしかったな……)
中身は唐揚げと付け合わせのセット。
「いただきます」
陽歌は食事を済ませ、次のことを考える。これ以上、復讐としてあの連中を殺すことはできない。それよりも修学旅行という未知の存在に備えねばならなかった。自分に寄り添ってくれる人があれだけいて、あの隔絶館なのだ。そうでない人ばかりの旅行など、どうなったか分かったものではない。
「ごちそうさま」
明日はアジフライがあったからそれにしよう。焼き鮭はその次……と献立を考えて食器を水に浸す。
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