小さな生存戦略

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地獄への旅立ち

クローズドサークルクラッシャー転

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 陽歌が食堂に戻ると、まだグレースがいないことで少し騒ぎになっていた。いつもなら探しに行こうかという話になるのだが、それで長谷川の死体を見つけてしまったため誰も動きたがらない。
(第一発見者はやだな……)
 すでに人殺しなので何を今更、と陽歌は自分でも思うが死体なぞ好んで見るものではない。ましてや他殺体など。
「仕方ない、私が探してくる」
 立場上は来客の村雨が立ち上がる。もうこの状況で客も従業員もないのだが、そうなるとジャンと池波が動き出す。
「いえ、ここは私ガ」
「そうだな、我々の不始末で手間取らせるわけにはいかない」
 以前は待機していたメイドもヒナタの様子を見て動く。
「今回は私が。ヒナタさんはお二人のことを頼みます」
「……はい」
 当のヒナタは長谷川が死んだ状況に酷似した状態が再び発生し、震えていた。陽歌も二人目の死者などありえない、そう自分に言い聞かせていた。そうでなければ困る。どうしても死ぬ必要のない人間が死ぬところを見てしまうと、あの美容師のお姉さんが脳裏をよぎってしまう。
 池波、ジャン、メイドの三人が食堂を後にし、陽歌、村雨、ヒナタの三人が残る。
「さすがに、これ以上は待てないか……」
 村雨は三人が出て行ったのを見届けると、机に地図を広げた。それはこの一帯のものであり、電波状況の記載もあった。館の周囲だけが綺麗に電波の届かないエリアに入っている。
「いいか二人とも。もし、また何かある様なら私が電波の届くところへ行き、警察を呼ぶ」
「え? 電波の通るところって山の中で……そんなところに入ったら遭難して……」
 ヒナタの言う通り、最短で電波の入るところまで行ったとしても整備されていない山を行くのは遭難の危険もある。だが村雨も無策というわけではなかった。
「有史以来、人間というのは整備されていない電波の通らない山を登ってきた。手順を踏めば問題ない」
 取り出したのはルーペがついたコンパスであったり登山に使う道具の数々。むやみに進むのではなく、方角を確認しながら進むのだ。
「いくら定期連絡が途絶えたから何かあっただろうと思ってくれるとはいえ、相手の察しの良さだけに頼るのは確実性に欠ける。能動的にコンタクトを取る方法は考えた方がいい。よく考えれば、長谷川さんが亡くなった段階でやるべきだったな……」
「……」
 陽歌は神妙な面持ちで地図を見る。よく考えれば、あの木が倒れてふさがった道も車を乗り捨ててでも進んだ方がよかったかもしれない。密室殺人という現実味のない状況に判断力が鈍っているのも事実だ。
「やっぱり、僕も探してきます」
「え? あ、危ないよ……」
 ここでじっとしていても始まらない。そう思った陽歌は行動することにした。ヒナタはそれを止めようとするが、彼の意思は固まっていた。
「確かに、もし死体を見ることになれば……」
 村雨もそこを心配していた。殺人犯と出くわさなくとも、死体を見ることによる精神ダメージは大きい。
「大丈夫ですって、二度目の殺人は起きない。計画外の殺人は足がつく、でしょ?」
 陽歌は自分が村雨に言わせたことを復唱し、食堂を出る。長谷川が死んでいたのは一階の物置だったはず。あれを見る必要性はないので、浴場へ向かってグレースの足取りを追うことにした。
「渡辺さんはここで……メイドさんとお風呂……」
 自分で思い出していて、妙に生々しいというか恥ずかしい気分になる陽歌。あの後、グレースはどこかへ行ったはずだ。客室なのだろうか。
「そういえばみんなどこに泊まって……」
 客室に泊まっていたのは自分と村雨だけ。となると他のスタッフは別の場所に寝泊まりしているはずだ。手がかりを探すため、彼はスタッフルームに足を運んだ。
「ここじゃないよね……」
 スタッフが常駐する場所では確かにあるものの、寝泊まりする場所ではなさそうだ。あるのはロッカーと休憩用の机。そして客室の鍵をかけているキーボックス。
「あれ?」
 キーボックスには当然、陽歌と村雨が持っている鍵以外は並んでいるはずだ。しかし一つ、余分に鍵が無くなっている。
「客室?」
 陽歌は理由を探るため、自分が鍵を持っている客室へ向かう。初日以降立ち入っていなかった客室は、やはり見渡してもこれと言ったヒントはない。ただ、隔絶された空間であるというだけだ。
「ん?」
 よく眺めると、最初は気づかなかったものを見つける。それはボタンみたいなもので、防水と記されている。近くのパンフレットを見ると、何かあった時はこれでスタッフを呼べるらしい。スタッフルームと繋がっているのだろうか。
「……あ!」
 陽歌が客室を調べていると、池波のものと思わしき声が聞こえる。おそらく、グレースもダメだったのだろう。ないだろうと考えた二度目の殺人が起きてしまった。その事実に、陽歌は一体の死体も見ていないにも関わらず冷や汗が噴き出し、楽観はできないと思わざるをえなかった。
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