小さな生存戦略

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地獄への旅立ち

クローズドサークルクラッシャー承②

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 陽歌と村雨、そしてメイドは現場を見なかったが長谷川は死んでいた。一階の倉庫で死んでいたそうだ。
「鍵はかかってたな?」
「…はい」
 池波がメイドに確認する。当然戸締りはされている。そもそもこんな辺鄙な場所に外部犯というのがありえない。当然警察を呼ぼうとしたのだが、なんと電話線が切られていたのだ。陽歌が今朝見たのは、切られた電話線だったというわけだ。
「宿泊施設ゆえに、監視カメラもないか……」
 村雨は監視カメラを確認しようとしてやめる。宿泊というのはつまり、一種プライバシーに片足を突っ込むもので監視カメラの台数は少ない。あったとしてもロビーくらいだろう。
「残念だが……本営業までカメラは起動していない」
 加えて、あったとしてもまだ使えていない。さすがにこの様な状況は予想外だったのだ。
「道もふさがってました」
 陽歌は脱出経路の状況を報告する。ヒナタは陽歌を連れて脱出を試みたのだが、道中の木が倒れており戻れない。しかもご丁寧に電波が入らないエリアまでしか行けない様になっている。ヒナタはすっかり意気消沈してしまっている。あの細い道をバックでは戻れないので、車はおいてきた。
 車を降りても人の足で突破できるようなものではない。うまいことカーブの部分に木が横たえる様に倒されているという、陽歌も頭を抱えるふさがれ方をしている。計画として丹念が過ぎる。
「ゼロゾーンは山岳部にも渡っている。電波が入るところへ行こうとすると遭難の危険もあるな。だが業務用のPCは有線で繋がっているはずだ。それでなんとかならんか?」
 脱出も通報も不可能。村正はさすがに業務の都合で必要だろうと考えて池波にそのことを聞く。
「それが、ダメだ。唯一の配線が切られている」
「……災害の時とか困るな……」
 が、これもダメ。電話線もインターネットの線も一本。フェイルセーフがなさすぎる。
「だがさすがに連絡が来なければ異変に気付くだろう?」
「本社は今日から二日間の休業だ」
 村雨は本社がこの事態を察知する可能性に賭けた、がダメ。犯行タイミングがいやというほど的確だ。これには陽歌も思わずため息をついてしまう。警察に通報さえできないというのは不安が大きかった。ましてや自分に都合が悪い状況なのだから。
「こ、この中の誰かが殺したんだ!」
 グレースはパニックに陥っていた。外部犯の可能性がないと、確実にここにいる誰かが殺人犯ということになる。
「……私たち、逃げられない、殺されるんだ……殺される……」
 ヒナタも釣られて恐慌状態。残る者も現実を受け入れるまでに時間がかかっており、平静を装ってはいるが疑心暗鬼。特に、丹念に連絡手段封じと逃走経路封じをできたということはこの施設に精通している、つまり従業員であるということだ。
「あ、えーっと……」
 陽歌はこのままでは、何かまずいことが起きる気がした。殺されると思ったが逃げられない人間のやることは一つ、相手を殺すことだ。そうなれば確実に殺し合い。自分が巻き込まれる可能性も否定はできない。さすがに大人相手だと逃げ切れるかさえ怪しいところだ。
 ならば、この混乱を鎮めるのが重要だ。
「あ、あの……」
 だが元々声が大きくない上、話しかけるのが苦手なのでなかなか話に入れない。そこで村雨が近づき、助け船を出す。
「どうした?」
「あ、あの……」
 そこで陽歌は村雨に耳打ちをして、伝えてもらうことにした。子供がいうよりそちらの方が通りがいいと思ったのだ。
「なるほど、確かにそうだな」
 村雨は全員に向かって陽歌の案を彼のものと伏せて話す。
「みんな、聞いてくれ。この事件はおそらく、二度目の殺人は起きないはずだ」
「そんなことわかるものか!」
 陽歌の予想では起きる殺人がこの一件のみであり、次はありえないというもの。当然グレースは反発するが根拠もある。
「まず一度殺人が起きたことでこの通り、全員の警戒は強まったはずだ。一回目がうまくいったのも、殺人など起きないという前提があるからだ。二度目となればまずターゲットを油断させること、凶器を用意し隠すことが全体的に困難となる」
 殺人経験者の観点から見れば、いくら閉ざされた空間でも警戒心を高めた人間を殺すのは難しい。単純に腕力で勝っていても死地に追いやられた人間の爆発力というのは凄まじい。思わぬ反撃を受けたりすれば計画は頓挫する。
「でもじゃあなんで警察呼べない様にして逃げられない様にしたんだ?」
「それは初動捜査を誤らせるためだろう。多くの未解決事件では初動捜査のミスがあったらしい。時間が過ぎれば現場の環境も変わるし、警察が来るまでの時間が長い方が証拠隠滅もやりやすいだろう。移動出来たら結局警察を呼ばれてしまうからな」
「そういうものなのか……?」
 それに、と村雨は加えた。
「なにより一番の敵は予想外の殺人だ。計画にない殺人はそこから足がつく可能性が高い。ミステリでもあるまいし、隔絶されたから必ず連続殺人が起きるわけではないはずだ」
 一応、この場の混乱は収まった。陽歌は殺人経験者として半分本心でこの論を唱えたが、もう半分は希望的観測であった。この人たちが殺人などするはずがない、これ以上起こってほしくないという願いがあった。
 しかしグレースの意思は固い。
「だがな! 俺は部屋に籠る! 誰が殺人犯と同じ空間にいられるってんだ!」
「あ……まぁミステリじゃないし死なないか……」
 そのジャンルなら次の被害者確定の行動であったが、陽歌は止めなかった。これは現実、あんな連続殺人起きるはずもない。
「……」
 それ以上に気になったのがヒナタのこと。何かできないかと思ったが、自分が誰かにしてもらった経験が乏しくて何も出てこない。思い出すのは、やはり彼女にしてもらったこと。
「……」
「陽歌くん?」
 頭を撫でて、落ち着かせる。自分にはこれしかやり方がわからないのだ。ヒナタは泣きはらした顔でどうにか笑顔を作り、それに応えようとしていた。
「……ありがとう」
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