小さな生存戦略

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恩返しと怨返し

First kiss②

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 名前も知らぬ女の子はやってきた救急車で病院に連れていかれた。陽歌も右腕の火傷があったため、一緒に救急車に乗せられた。だがそこでのやり取りは残酷なものであった。乗せた時点でもう息を引き取っており、病院へは死亡診断を受けるためだけに行くようなものだった。
(そういえば市民病院の人はまともだなぁ……)
 そんなことを考えて意識を逸らさないといけなかった。医者がああいうことをやらかすと命に係わるため、本当にダメな奴は即座に退職させられるからなのだろうか。
 そんなことはどうでもいい。陽歌は現実を見ないために、すぐ帰宅した。お金は持ってきていないので歩いて帰る必要があったのだが、それも気にならない。風景は一切目に入らない。
 何もなかった。なんなら学校にだって行かなかった。そう考えないといけない。名前さえ知らず特に親しいわけでもなかったが、これほどまでに他人の死に胸を締め付けられるとは。
 家に帰ったが、玄関から先に上がる気になれない。その場で立ちすくみ、何もできなかった。なんで紬とあの子が死んだのかを考える。とにかく合理的な理由が欲しい。自分だって死にそうだから殺したくらいの理由があった。姉夫婦を殺して家くらいの安全は確保しないと自分が死んでしまうからだ。
 なんで自分の様に、犯罪者の子でもない、見た目だってみんなと同じ黒髪黒目なのに、紬達は死んだのか。なぜ殺されなければならなかったのか。
 陽歌は信じていた。どんな方法があるのか知らないが、みんなと同じになれば気分で殴られたりしない、家からも癇癪一つで追い出されたりしない、みんなと同じものが手に入ると。髪が明るい茶色からみんなと同じ黒に、瞳も左右共にみんなと同じ黒に。そうすればもういじめられる理由はない。これで万事解決。
 だが現実は違った。みんなと同じでも、ダメなのだ。
 結局は気分、その時の気持ち次第。あいつらは反撃しない相手を見つけ出しては、理由をつけて殺す。それは自分がここから逃げたり死んだりしても変わらない。この先や未来にあの邪悪な精神の存在が拡散する。
 そんな高尚な理由は必要ない。奴らは自ら教えたのだ、気分で殺してもよいのだと。ならば、自分も、殺したいからあいつらを殺す。
 もう十分に考えた。これ以上はない。
 そう決めた陽歌はあるものをくしゃくしゃに潰してゴミ箱に捨てた。それは愛花のくれた番号の書かれたメモ。もうやり取りをする気はない。正当化さえも投げ捨てて人殺しをするのに、あの人の手を取ることはできない。ここからは一人でやるしかないのだ。

   @

 翌日の学校は何事もなく進んだ。児童が死んだにも関わらず、何事もなく。おそらくいじめが関わっているから言及を避けたいのだろう。それは陽歌にとって決意をさらに推し進めるだけのことになった。
 まずはターゲットの選定。正直なところ、あの学校に通っているのは児童も教師もなく殺してやりたいが、物事には優先順位がある。まずはあの子を殺した連中。数日かけて特定し、その通学経路も把握した。本当に奴らが基地に火をつけたのかわからない。確証が持てない。しかし、そんなものは既にどうでもよかった。
 陽歌はやれ仇だなんだと理由を持つ気は一切なかった。殺したいから殺す、それだけだ。

 そこから行動は早かった。一人を駅の階段から突き落として殺した。もう一人は線路に投げ込んで肉塊に変えた。数日間立て続けに児童が死ぬという事態に全校集会をしても話すことがなくなるほどだ。
 今は朝にした仕込みの結果を待っている。採光窓から光の降り注ぐ吹き抜け。ここにいれば、決定的な瞬間を見ることができた。
「……」
 上を見上げると影が落ちている。もう一度下に目を戻すと激しい騒音が天から降り注いだ。上からガラスやアクリルが落ちてくる。そして、遅れて落ちてくるあいつ。鈍い音が響き、白い床が一瞬で赤く染まる。しばしの静寂の後、悲鳴が上がった。
 陽歌は笑い出したくなるくらいだった。あまりにも芸術的すぎる。人を傷つけ殺すまで追い詰めた者の末路としては満点だ。

 この学校に通っていた児童も教師も、己の行いを悔いても遅い段階まで来てしまったのだ。
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