小さな生存戦略

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恩返しと怨返し

新たなタスク

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ダメだ)
 陽歌は考えうる限りの手を尽くしたが、問題の解決にはやはり至らなかった。能動的ないじめ問題の解決は、原因が自身の変えようがない容姿、生まれにあり、かつ周囲の大人の協力を得られないためほぼ不可能に近かった。
(なら、しばらく待つか……)
 そこで考えたのは、とにかくやり過ごすことである。小学校を卒業し、中学校に入れば人間関係も変わる。そこでこのいじめは打ち切られる可能性がある。あくまで結構楽観的かつ希望的観測であるが。
「そういえばボク、なんで学校行ってんだろう」
 ふと陽歌にある疑問が芽生える。今でこそ廿日ヨットスクール送りを避けるためだが、ここまで命の危険があるのならば行かない方が合理的だ。かつてみたいに姉夫婦が無理やり行かせているわけではない。
 一般的に学校へ行く楽しみとされる友人とのやり取り、行事などに楽しみを感じないタイプなのだ陽歌は。授業もついていけない。今までまともな食事も採れないと普通に授業で使う分の頭が足りなくなる。しかし自分で本を読んで勉強する分には全然問題ない。この違いはなにか気になったがもうそれどころではない。
 ぶっちゃけ無理に登校する必要がない。それこそわからないところを丁寧に教えてくれる教師がいるのならばその価値もあるのだが。
 しかし不登校を理由にした廿日ヨットスクール送りは避けたいところ。
「まぁ、登校の痕跡だけ残せばいいか……」
 なにはともあれ不登校でないアピール。授業はともかく登校さえしていれば廿日行きを防げるのではないか。

   @

 今日も乗り気ではないが登校することになった陽歌。とりあえずいじめについては無視オブ無視。というのも陽歌はネットを見る前にどう見ればいいのかネチケットなるものを調べた。実際は『ネット 初心者 マナー』辺りを検索エンジンに入れて調べたのだが。
 それによると荒らしに構うのは荒らしという言葉があり、荒らしは反応を見て楽しんでいるので無視が一番効くそうな。陽歌はこれが何か活かせるのではないかと考えた。
「よし、これで行くぞ」
 そこに適当な笑顔を張り付けて表情を変えないという作戦。それを決めると、意を決して学校に入る。
「いたぞ!」
 早速見つかり、ボールを投げつけられる陽歌。反応しない様に務め、そもそも想定内なので落ち着き放って笑顔を維持する。
 ボールが顔面に直撃しても平然として歩く。ボール程度は大したものではない。痛みも一瞬で終わり、高熱が出て一週間外に締め出される方がきついのだ。
「こ、こいつ……」
 しかし周囲の子供はその様子に畏怖を覚えたようだ。陽歌は上手く行ったと思い、そのまま前進を続ける。張り付いた笑顔のまま。目の前に児童がいるが気にしない方針をかたくなに守ってそのままよけずに前進。
「く、来るなぁ!」
 児童の一人は恐慌状態に陥り、バットを振りかぶって殴り掛かる。たしか教室のバットは軽いプラスチックのものだからなんてことないと考え、陽歌は避けない。
「ぶっ」
 その見立ては合っていたが当たり所が悪く、目を直撃してしまう。その結果バランスを崩し、思い切り後ろに転倒してしまった。
「がっ……」
 倒れた時も当たり所がよくなく、そのまま意識が遠のいていく。

   @

「あ」
 陽歌はしばらくして目を覚ました。とっくに始業時間は過ぎていたが、教師は誰も呼びに来ていない。
「まぁいいか」
 そこまで頓着するほど彼は真面目に出席するタイプではない。あくまでヨットスクール行きを避けたいだけなのだ。
「え?」
 しばらく頭がぼんやりしており周囲の状況を理解できていなかったが、彼は体育倉庫と思われる場所で縛られた状態になっているではないか。
「これは……」
縛っているのはビニール製の縄跳び。それを使ってボール籠に固定されているのだ。
「この、わっ……と」
 力づくで外そうとすると、軽い上にキャスターがついているボール籠が動いてしまう。このまま移動できそうだが籠が邪魔で困難。なんとも難しい状態になった。これがもっとしっかりと重いものや、それこそグラウンドの鉄棒なんかなら力いっぱい縄跳びを引っ張って持ち手が破損するのを期待することもできた。
(どうする……? どんな結びをしたかわからないけど、素人の結びなら……)
 ロープ結びというのは極めればそれ一つで大海を渡る大きな船を支える要ともなる。一方で使う縄の性質や結び方が甘いと大きな事故を招く。陽歌はそれを本で読んでいた。自分と同じ小学生の結びならば、引っ張るうちに綻びが出るはずだ。
「これで……こう……」
 こういう時に焦ってはならない。ボール籠が動いたり、ましてや倒れてしまわない様に慎重に動く。時間は非常にかかる。ひと思いにできない上、助けは期待できない。
「いけるか?」
 少しずつ拘束が解けているのがわかる。その感覚を頼りに引っ張ったりしつつ縄跳びをほどく。
「よし」
 ぶちっ、という音がし、何かが落ちた。おそらく持ち手から縄が外れたのだろう。これが縛る上での起点になっていたのか、縄は一気に緩んだ。ついに長い時間をかけ、拘束を抜けることができた。
「まぁ、こんなものか」
 陽歌には達成感や安心感などなかった。ごくありふれた危険を回避したに過ぎない。
「いつもより余裕はあった」
 普段は食事も睡眠も不十分な中でこういうことをするのでもっと過酷であった。外に出ると体育倉庫だと思っていたのは学校の使われていない露天に置かれた物置で、日が暮れるところであった。
「ほんと、どうしよっかな……」
 向こうからガンガン仕掛けてくるのでは無視作戦も成立しない。どうにか、より適した戦略を練る必要があった。
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