小さな生存戦略

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最初の戦略編

リザルト・計画の結末

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 まず陽歌は警察署へ連行された。なぜ自分だけ外に出ていたのか、それを聞かれた。当然と言えば当然である。あんな深夜に子供が出掛けていること自体が怪しいのだから。
「あの……前に体調を崩して追い出されまして……。その時も夜中に目が覚めて気分が悪かったので追い出される前に外に……」
 陽歌は事前に考えていたことを述べる。都合のいいことにこの計画を立てる切っ掛けとなった出来事が他人の目にも触れているので、使えるのだ。
「えっと……だから前に家を追い出されまして、その前にと」
 思ったより何度も同じことをしつこく聞かれた。ボロが出ないか心配ではあったが、もしこの計画を立てないとした場合でも同様の行動を取るだろうことから半分嘘は吐いていない。
(カツ丼出ないんだ……)
 空腹と眠気は限界に達しており、自分が警察に何を言ったのか記憶が曖昧になってくる。どうも向こうは一家揃っての無理心中と考えているが、その動機が見えずに苦労している様だ。
(やっぱ遺書用意した方がよかったかな)
 陽歌は遺書の手配をしなかったことに後悔があった。生前の言葉として自殺をほのめかすか、とも思ったがあの心臓に毛が生えていそうな連中が、どう考えれば死のうと思うのか納得できる理由がやはり思いつかない。
 数日は警察署で過ごすことになる。自宅が現場なのでまぁ帰れないのは当然だが、やはり唯一の生存者ということでいろいろしつこく聞かれるのだ。
「よく万引きをしていたそうだが?」
 加えて、彼の以前の行いから陽歌を疑う刑事も一部いた。今目の前で彼を追及する女刑事がその代表だ。
そもそも警察だって役立たないこの地域では自分を犯人だと突き止めることが困難だろう程度には思っていたが、半ば言いがかりみたいな状態で疑われることまでは想定していなかった。
「その……口紅とか取ってくればご飯食べさせてくれるって言うから」
 幸い嘘を言わずに済む。何度か捕まっているので関係者に問い合わせれば確認が取れる。普段の行いは大事。
「線路に置き石して電車を脱線させたことがあるな?」
「それはその、弟の身代わりをさせられて……」
 関係ないじゃん、と思いつつ陽歌は正直に答える。本当に損な役割ばっかしてたのだなと彼も再認識する。あのままの生活が続いていたのなら、死ななくても前科を押し付けられるなど取返しの付かないことになっていたのかもしれない。自分の行動への正当化にしか陽歌自身も思えなかったが、それもまた事実なのだ。
「ふん、誤魔化せると思うなよ」
「……」
 もしこの女刑事が真実に迫っているのなら始末も視野に入るだろうが、全然的外れなのでむしろ泳がせておいた方が都合よい。
(ま、最悪捕まってもいいけど)
 一応死の危機を回避するという目的は達成された。少年犯罪ならば即座に刑事告訴もされず、こちらには情状酌量の材料も持っている。捕まってもそれはそれで構わないくらいの心持ちが陽歌は必要だと考えた。どちらかというと不安なのは殺せないことなのだったのだから。

 やはり警察も決定的な証拠を掴めないのか、しばらくして陽歌は釈放された。よく明らかに事件性があっても自殺として処理することに非難の声があるのだが、実際のところいくら事件性っぽいものがあっても容疑者一人としてあげられない状態だと事件として処理されないことは往々にしてある。『疑わしきは罰せず』を忠実に行っているだけだ。
 陽歌は久々に自宅へ帰る。出る時は持っていなかった鍵を渡され、それで扉を開けて入る。おそらく死体があったであろうベッドも片付けられており、事件の痕跡は無くなっている。
「ただいま」
 陽歌は誰もいない部屋に挨拶をした。腹の虫が虚空にこだまする。日にちを跨ぐ以上、一応警察署でも食事は取らせてもらえたが本来は食べ盛りの身。ちゃんと三食分お腹が減るはずなのだ。
「お腹減った……」
 とりあえず思いついたものを手当たり次第食べて空腹を満たす。袋から出した焼きもしない食パンを頬張る。何もつけていないが、でんぷんが分解されたものだけで十分甘さを感じる程度に陽歌はまともなものを食べていなかった。
「コーラ……」
 食パンくらいなら時折食べる機会があったので、今しか飲めないであろうコーラに陽歌は手を伸ばす。二リットルのペットボトルからグラスに注ぎ、しゅわしゅわと音を立てる黒い飲み物をそっと飲む。
「う、げほっ……」
 舌がピリッと痺れて陽歌は驚く。炭酸というものを一切飲んだことがなく、知識としてどのようなものかは知っていたが体験が欠けていた。
「うん……少し待とうかな」
 放置すれば炭酸が抜けることは知っているので無理に飲まずそっとしておくことにした。
「そうだ」
 陽歌はふと、ゲームというものがしたくなった。ゲーム機を持っておらず、彼はテレビゲームで遊んだことがなかった。話によると時間を忘れて楽しめるものらしいので、彼はうきうきで二階にある甥の部屋へ侵入してゲームを探す。
 子供部屋としては広い方で、おもちゃも山ほどある。殺した罪悪感が失せるほど自分との格差を見せつけられ、陽歌は少し気持ちが暗くなった。なんで自分はこんなに違うのか。犯罪者の子だから? 他のみんなと色が違うから? 血が繋がっていないから? どれも思いつく理由では納得できない。今日を生きるので必死だった頃に比べ、余計なことを考える様になったとは陽歌も思っていた。
「あった」
 死亡当時も夜中まで遊んでいたのか、ゲーム機は机の上に置かれたままだった。この沈んだ気持ちをどうにかしようとゲーム機に触れる。
「これかな?」
 どうにか見様見真似でゲームを進める。しかし当然だがセーブデータは途中かけ。操作方法もよく分からない。
「やっぱやめ……」
 遊び方が分からないので陽歌はゲームを置き、本棚の漫画を読む。同級生が話題にしていた漫画で、さすがにこれはどうやって楽しむのかわかった。
「ははー」
 家族を鬼に殺された主人公が、鬼になった妹を戻す方法を探しながら仇を討つお話だ。これは普通に面白い。絵にされると生々しいシーンもあるが、小説で読んだシーンのことを考えるとこんなものかとも思う。
 ものによっては足首だけで惚れた女を眠らせて勝手に刺青入れる話もあるので、と陽歌は読書内容が雑食極まりない。
「ん?」
 しばらく漫画に夢中になっていると、家のチャイムが鳴る。陽歌は何かと思い、漫画を手にしたまま玄関へ急いだ。
「はい、どちら様……」
 玄関を開けると、見知らぬ男性が立っていた。そしてその人物は陽歌の姿を見るなり思い切り蹴り倒した。
「うっ……」
 不意のことで彼は倒れて腰と頭を打ってしまった。目がチカチカし、呼吸が止まって悶絶するしかない。脅威は去ったものと思っていたので混乱する。
「親が死んだのに漫画など読んでいるとは何事だ! 態度を改めろ!」
 男性は封筒を投げつけると、そのまま扉を力一杯閉めて帰って行った。
「な、なに今の……」
 陽歌は封筒の中身を確認する。そこには葬式の日程と場所が掛かれていた。当然、先日陽歌が殺した三人のだ。
「親戚の人?」
 陽歌は帰省などの際、留守番をさせられていた。そのため自身の親類について殆ど知らない。
「行かなきゃダメかな……」
 あんな怖そうな人がいるとなると行く気も失せるが、怪しまれない為にもここは出席しないといけないのだろう。せっかく頑張ったのに気が重くなっていた。

 葬儀は本当に急な話で、陽歌が警察から帰れた二日後であった。事件性を疑われていたこともあり、すぐ遺体が帰って来なくて葬儀が出来なかったのもある。比較的若い人間の急死なので準備も何もなかったが、この空白期間に済ませることが出来たらしく陽歌的にはかなり詰まったスケジュールとなった。
「これでいいかな?」
 葬儀のマナーを当然知らないのだが、姉たちがどういう服装をしていたか思い出しつつ黒い地味な服を選んできた。全く知らない葬儀場に行くのは苦労したが、学校ほど離れていないのは助かった。
 家族ほぼ全滅の葬儀ということもあって人が多い。同級生や教師の顔もある。
「どうすればいいんだろう……」
 手順に関しては全くの無知。帳簿に名前を書くのか、でも一応自分は親族側だし……と陽歌は混乱する。葬儀に来ること自体が初めてで、服装や場所で手一杯なのもあるがスマホやパソコンで検索する技術もないので知識が皆無なのだ。
 いくら雑食の読書家でも、冠婚葬祭のマナー書を手に取ることはまずない。
「ど、どうしよう……」
 そのためおろおろするしかない。
「貴様ぁ!」
 そんな時、後ろから怒号が飛んで来る。名前こそ呼んでいないが明らかに陽歌を呼ぶものだ。周囲が敵ばかりなせいか、そういうものには敏感に育った。
「は、はい?」
 陽歌が声の方を見ると、手紙を届けにきたのとは違う親戚が喪服を着こんで鬼の形相で迫って来ていた。
「何でお前だけが生き残ってんだ! おかしいだろ!」
「え、え……」
 まぁ自分が犯人なんでそうなんですけど、とも言う余裕すらなく、陽歌は殴り倒される。頬桁が折れたのではないかという鈍い音と共に天地が錯乱し、気づけば地面に倒れていた。硬い革靴の底で何度も踏みつけられ、頭を抱えて耐えることしか出来ない。
 罵られること自体には慣れていたが何故かこの言葉だけが胸に突き刺さった。
『なんでお前が残ったんだ!』
 頭にこだまする言葉。いつものことなのに、自分がしたから当然そうなるのに、これだけは何か受け入れがたいかの様に胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。
「お前が死ねばよかったのに! なんでよりによってお前だけが生き残るんだ! お前のせいで死んだ様なもんだろうが!」
 殺したのは自分なので反論も出来ない。そうでなくとも誰かに反論するなんてことをしたことがしばらくなかった。多分最初はしていたのだろうが、暴力や暴言が返ってくるので出来なくなっていた。
 真実を知っている陽歌からすればそこまで滅茶苦茶な罵倒ではないのだが、自分だけの生存を咎める言葉が妙に苦しく感じられた。
 周りの人間はまるで止めることもしない。それどころかそんな対応が当然かの様にひそひそと噂をする。
「やめなさい! いい大人が子供に向かって!」
 そんな時、蹴りが止まる。誰かが親戚を引きはがし、ぶん投げて地面に転がした様だ。若い女性であり、この人も親族なのだろうか。見ない顔ということは親族、くらいにしか陽歌は見分ける方法を持っていない。
「家族を亡くしたこの子が一番辛いに決まってるでしょ! それなのに大人が八つ当たりみたいなことして!」
 投げた親戚を叱り、陽歌を抱きあげて優しく声を掛けてくれる。陽歌は初めてされた対応に、どういうことなのかまるで理解出来ず硬直していた。
 何をされたかは理解できるが、その際にどんな反応をしてどんなやり取りをするものなのかわからなくなっていたのだ。まるで覚えたテスト範囲がすっぽ抜けるかのように。
「大丈夫? お姉さんとあっちの部屋で休んでよっか?」
 案内されたのは斎場の親族控室。畳の部屋になっており、お茶やお菓子などが置いてある。
「さてと、ごめんね、こんな時だから絆創膏とか全然なくて」
「あ、大丈夫……です」
 女性は陽歌の傷口を濡れたハンカチで拭ってくれる。その間も気遣いの言葉を忘れない。
「沁みない?」
「……うん」
 さすがに傷に触れられると沁みるが、日夜殴られている陽歌からすれば誤差であり、善意でやってくれているので痛くなどない。
「あなたが陽歌くん? 私はヒナタ。名前は聞いたことあったけどこうして会うのは初めてね」
 話自体は伝わっているらしい。もしかして自分が犯罪者の子で引き取られた存在であることも知っているのではないか、と陽歌は少し顔をこわばらせる。それが自分を否定する材料の一つであった。
「ふふ、さすがに親の因果が子に報い、なんて思わないよ。がりがりじゃない、ちゃんとご飯食べてる?」
 ヒナタは陽歌の頭を撫で、落ち着かせる。無表情をなるべく装っているが、脅えの色は隠せていないらしい。自分がどう思っているのかなどノータイムで頭に浮かぶものだが、それがデフォルトになるほど陽歌の状況は最悪だったのだ。
「落ち着いた? 辛かったよね?」
 乱れていた呼吸も整いつつあった。人に優しく触れられるのも初めてな気がしたが、そのおかげだろうか。
「ん? ちょっとごめんね」
 電話が鳴り、ヒナタはそれに出る。通話は短く、要点だけ纏めた様なものであった。
「ごめん、お仕事でちょっと行かなくちゃいけなくて。陽歌くんも辛かったら帰っていいからね? 私から言っておくし」
「うん」
 ヒナタは仕事があると言い、そのまま帰っていく。忙しい人なのだろうか。後のことをまるで考えていなかった陽歌であったが、思わぬ出会いをここで招くことになる。果たして、彼の歩む道に今度こそ平穏が訪れるのであろうか。
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