普通に役立たずなので当たり前の様に追放されたんだけど明日からどうしよう

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漂流した教室編

サブクエスト:女子会『リュウガ・アークライド』について

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「フィルセってリュウガのことどう思っているの?」
 ハルカがフィルセにそう問いかけたことで話は始まった。ハルカからしてみれば、同世代の男女が寝食も共にしている時点で仕事上のパートナーを超えた関係にあると思えたのだが、残念ながらお互いそんなことはない。
「どうって、まぁ頼りないけどうちじゃ数少ないバスターだからね。死ぬ様な無茶しないし真っ先に逃げるタイプだから安心してみてられる奴よ」
「それだけ?」
「それだけ」
「同棲もしてるのに?」
 ギルドの本拠地という同じ屋根の下に暮らすものの、かといって特別な何かを感じることはない。せいぜい、丁度いい距離感で信用のおける同僚くらいなものだ。
「別に珍しくないでしょ、バスターの場合」
 バスターは長旅をすることも多く、パーティーに男女が混じっていても恋愛沙汰に発展するほど不安定では夜営も出来ない。色恋に惑うことなく戦場で命を預け合う程度に信頼が出来なければならない。近場の警らならともかく、旅から旅へとなればそれほどに超越的な関係が必要だ。
「バスターだとそうなんだ」
「まぁバスターが特殊なんだと思うけど。普通、家族でない男女が同じ家で寝泊まりなんてしないわけだし」
 とはいえそんな特別な事情はバスターのみ。普通の家庭では結婚もしていないのに同棲なんて、というのは一般的だ。
「まぁ、そんなにべたべたしていないからそんなことだろうとは思ったけど」
「人前でくっつくなど、はしたない……」
 ハルカ達の世界でいう、ひと昔前の貞操観念に近いのがフィルセ達の感覚である。恋人といちゃつくのは自宅などのプライベート空間。宿屋の主人以外に「昨夜はお楽しみでしたね」などと言われては恥となる。
「ここに来てから会った男の人って、リュウガとかリバストさんとかかっちりしているというか身持ちの硬い人多いよね」
「あいつがかっちりしているかは議論の余地があるけど……リバストさんはまぁそうね。このエンタールの街が派手に遊ぶ場所のないところだし、おあつらえ向きに花街が近くにあるからチャラチャラした感じの奴はそっちに集まるんでしょ」
 そういうちゃらんぽらんな奴は大物がいなくなったと同時にエンタールを出て、すっかりいなくなってしまった。住むには静かで治安もよいエンタールだが、如何せん娯楽が少ない。それでも紙の本を扱う希少な本屋、お茶の美味しい喫茶店にお香屋など静かな遊びは多い部類である。
「イケメンとかじゃないかもしれないし地味だけど、リュウガは清潔感あるじゃない」
「たしかにそうだな……。男にしては珍しく入浴の頻度が多い」
 治水の発達がまばらなこの土地では、女性はともかく男性の入浴頻度が少ない場合も多々ある。その中でも外からの来客に対応する門番のリバストは当然のことながら、リュウガも身体を拭くくらいはしている。
「え? みんな毎日入らないの?」
「入らない奴もいる。うちには洗い場があるだろう? 清潔を保つと病気も防げるからちゃんと入浴する様に国とかは指導してるんだけどね」
 フィルセはゼノリウム園でそのことを学んでいた。公衆衛生の発展は病気を予防する前提であることはハルカも授業で学んでいた。その途上にある世界をまさか実際に目の当たりにするとは思わなかったが。彼女の世界ではそれが当然で、出来ないのは治水などの関係が大きいというもの。ある程度安定して水が供給できるのに入浴の観念が広がっていないというのはある意味レアケースだろうか。
「ちゃんと入って欲しいから入っててよかった……」
「別に私はあいつが入ってようがいまいが臭くなきゃいいけど」
 というわけでハルカのクラスメイト達も男子含め、シンジを除いて、毎日入浴はしている。習慣になっているのを一日やらないだけでも髪が痒くなったり自身の匂いに耐えられなくなったりするものだ。
「木こりって汗かくからお風呂入るのね」
「もう木こりってところには異論ないみたいね……。あいつが言うに身体が資本だから木くずや汁でかぶれたりするのを防ぐ意味があるみたい」
 リュウガが豆に入浴するのは、汗以外にも樹液や木の粉末で肌が荒れるのを防ぐ目的もある。防げるアクシデントは可能な限り防いでいくのが、命を繋ぐ基本である。
「それと一日一回、しっかり身体を見ることで怪我の確認もしているみたい。出血を伴うものばかりじゃないとかなんとか言ってた」
「あー、なるほど」
 破傷風のワクチンが存在しない世界では、傷から細菌に感染するだけで命に関わる。もちろん魔法やそれに類する薬もないことはないだろうが、ハルカ達の世界に比べ医療技術は高くない上で普及率も低い。
「あいつの能力の低さを見た時はどうやって生きて来たのか不思議だったけど、誰かに教えてもらったことを真面目に守っているからやってこれたのね……」
 リュウガは才能に乏しく、バスターとしての加護も極限まで条件が下方修正された審問官しか受けられなかった。それでも、木こりとして一定の技量があること、命を落とさないのは愚直に先人の指導を守ってきたからなのだろう。
 やることがシンプルな世界ほど、真面目さは重要な武器になる。
「へぇー」
「な、なによ」
 フィルセの話を聞き、ハルカはにやにやと彼女を見た。思わぬ反応にフィルセは動揺してしまう。
「いや、リュウガのことよく知ってるなって」
「あいつしかここいないのよ? いやでも覚えるでしょ」
「そうかな? 付き合いは短いって聞いたけど」
 フィルセとリュウガが出会ったのはほんのひと月もしないうち。そこから色々あり、同じギルドの仲間としてやっているわけだが、知らぬ間にフィルセはリュウガのことをよく知る様になっていた。オーバーワークをしていた時期は他人に興味を持たない様に努めていたが、元々社交的なタイプなのでなんだかんだ言葉を交わしてしまっていた。
「ああいうタイプって恋愛やってる時はいい人止まりで目に入らないのよねー」
「当たり前でしょ、いい奴ではあるけど異性として魅力的かっていうとそうじゃないし」
 真面目でいい奴なのは否定できないが、情けない頼りないで男性としては見られないというのが正直な話である。だけどとハルカは続ける。
「でも結婚するならああいう人なのよねー」
「はぁ? 結婚?」
 いきなり話が結婚まで飛び、フィルセは慌て始める。なまじ、一緒に生活している分結婚生活もリアルに想像出来てしまう。
「そう結婚。恋愛だとなんかドキドキを求めちゃうけど、結局生活するってなったらああいう身持ちの硬い真面目な男がいいんだわ」
 確かにそれはそうだ。家庭を持っているのに遊び歩く男など言語同断。というよりフィルセは自分達の世界でハルカ達の歳はとっくに成人を迎えているため、彼女の恋愛観がばばむさいことに気づかなかった。
「いやいや、あいつ稼げないし」
 とはいえリュウガは生活費を稼げる人間ではない。他の仕事をするよりはとバスターをやっているくらいであり、このエンタールではお得意の木こりも需要が少ない上に薪は供給している店があるので新規参入が厳しい。
「そこはほら、フィルセが働いて家のことはリュウガにやってもらえば」
「え? そんなのあり?」
 まだこの土地では男が主に働くもの、という先入観があった。バスターの女性も家庭を持てば加護こそ持っているが、万が一の時に戦う程度で家庭に入る。が、ハルカ達の土地では、実際の給与から難しくはあるが逆でもいいよねとはなりつつある。
「ありあり。家事出来そうじゃん」
「どうかな……やってるところ……」
 見たこと無い、とフィルセは言いそうになったがちょいちょいギルドマスターを手伝っている様子を見たことがある。それもかなり手際よくこなしている。
「よくあいつを破門したわねあのギルド……」
 ぶっちゃけバスターとしての戦闘能力以上に貴重な技術を有している様な気がしたフィルセなのであった。作る方は苦手とかいいながら、家具くらいのサイズなら直している。そもそも専門の修行を積んでいない彼に家屋レベルのものを直す技術は期待していないので十分だ。魔物退治以外なんでもできる男が過ぎる。
「あののこぎりとかいうへにゃへにゃ剣も使えるしなんなのあいつ……」
 リュウガの話をしているとモニカがギルドにやってきた。すっかり怪我もよくなり、今では無人になったエンタールの教会を切り盛りしている。
「あ、モニカさーん!」
「あら、ハルカさんにフィルセさん。先日はどうも。リュウガさんに今日は用事がありまして」
 モニカはリュウガに用があってここへ来ていた。しかし当の本人は生憎外している。
「少ししたら帰ってくるから、一緒にお茶でも」
「では……お言葉に甘えて」
 というわけで女子会にモニカも加わる。フィルセはてっきり、リュウガが教会の何かを直しているのだとばかり思っていた。
「家具の修理?」
「いえ、彼が治癒魔法の訓練を」
「へぇ……治癒魔法!?」
 普通に聞き流そうとしていたが、意外な答えにフィルセは聞き返した。
「はい。審問官はプリーストとアサシンを修めて受けられる加護です。しかしリュウガさんはどちらも条件を満たせていないので治癒魔法が使いたいと」
 リュウガはハイプリーストのモニカに、自分が出来ない魔法を習っている最中だった。一応、審問官の加護はその習得経緯の都合回復系の魔法が使えないことはない。
「だったら、あいつレベルも上がった恩恵で魔力とか向上しているしプリーストやればいいのに」
 基本的に魔法は自力で習得することもできるが、魔物と戦えるものを増やすためその手間を肩代わりするのが加護である。リュウガが愛用している金縛り呪文のナシバとゼナシバ、解呪のデカースは自分で練習したのではなく、加護が一定のレベルに達したことで『解禁』された。
 一度に魔法が使える様にならないのは消費する魔力の都合、強すぎる魔法を使うと干上がってしまう危険があるからだ。解禁された後も使い込めば当然技術は伸びていく。
なのでリュウガも一度プリーストの加護を受けてレベルを上げれば楽に回復魔法を習得できるはずだ。最初は審問官の加護しか受けられなかった彼だが、その審問官の加護のレベルが上がったことで魔力などが向上し、プリーストの条件はクリアしている。
「私もそれをオススメしたのですが、『バスターが少ない状態でレベルを落とすのは何かあった時に危険』だと。敢えて茨の道を往く者を私は尊敬します」
 そういえば前に神殿行った時も斧に補正が入らなくなって戦いにくいと辞めていたなとフィルセは思い出す。
「へぇ、真面目で思慮深いんだ」
「そう? あいつ結構ネガティブで常に最悪のこと考えるからそれだと思うけど」
 その想定が出来るから生きてこられたんだろうけどね、とフィルセはハルカの言葉について思う。
「ところでモニカさんはリュウガについてどう思います?」
「リュウガさん……ですか」
 ハルカはモニカにも恋バナを仕掛けた。フィルセはモニカがリュウガと出会ったばかりで付き合いも自分以上に短いので当たり障りのないことを言うのではないかと考えていた。
「とても素敵な殿方だと思います」
「え? ええ?」
 が、ハッキリと高評価、しかも男性として。そのため彼女は驚きのあまり立ち上がってしまった。
「おお、意外と好感触」
「見た目や風評に惑わされずに冷静な判断力があり、正しいと思ったことを貫く信念があります。華やかな方ではありませんが堅実で努力家なのはとても男性として魅力的です。内面に違わない優しげなお顔も」
「いやいやいや! 一見そう見えるけどビビりが功を奏しているだけのところあるから!」
 確かに結果だけを見ればモニカの評価も納得だが、基本は『これマズイんじゃ』や『こうだったらどうしよう……』で動いているところもあり、臆病な面が熱狂や凝り固まった常識を一歩引いて見る結果になっているとフィルセは考えていた。行動もかなり裏を取ってから起こすことが多い。
「それが冷静なんじゃないの? クールって感じじゃないけど」
 ハルカはそのビビりこそが鍵なのだと語る。
「それにしても見た目までぞっこんだなんて……」
 内面はともかく、外見にまで言及したのはフィルセにとって想定外もいいところであった。リュウガのビジュアルは悪くない一方で取り立てて褒めるところもない。
「いえいえ素敵ですとも。飾らない素朴さというか、いつも困った様なところとか」
「うん、実際いつも困ってるわあいつ。というか精神的に追い詰められたところ助けられてほだされてんじゃないの? 悪い男に騙されるわよ?」
 モニカは相当なピンチをリュウガによって救われた。そのためかなり評価に補正が入っているとフィルセは思っていた。だがハルカは、彼女がリュウガに助けられた一件を聞いていた。
「ええー? それ言ったらフィルセも、会ったばかりなのにピンチのところを助けにきてもらったばかりか呪いまで解いてくれたそうじゃない」
「ええっと……それは……ギルドマスターへの一宿一飯の恩義だし……」
 苦しい言い逃れであったが、ハルカが聞いたのはそこだけじゃない。
「道中でばったり出会って助けてくれたのが最初って聞きましたけどー?」
「う」
 フィルセは初対面での自分を思い出し、気まずくなって黙り込む。精神的に荒れていたとはいえ、通りすがりで助けてくれたリュウガに対してあの態度はなかったな、と謝ることを決心したのであった。
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