12 / 29
醒めない夢
醒めない夢(1)
しおりを挟む
「今朝はどうも、八田です」
痩せた男は、イライラした様子で名刺を出した。
「あ、ああ、野江さんの! 辰巳です、お電話では失礼しました」
えのき……いや、ダメだ、笑いそう。マジでえのきじゃん。
「何か?」
「い、いえ、失礼。そちらは?」
「弁護士の風間先生です。先生は、冤罪事件に尽力されておられます」
出たよ人権派、またややこしい……胡散臭いと思った。
「風間です。単刀直入にお伺いします。今回の事件、野江聡子さんは無関係ではないんですか? それなのに連行するなんて、どう考えてもおかしいでしょう。野江さんの過去の犯罪歴から、適正な捜査もせずに、犯人だと決めつけているんじゃないんですか?」
「連行って、違いますよ。被害者の着信履歴に野江さんのものがありました、野江さんにお話を伺ったところ、自分が関与しているかもしれない、と仰ったので、ご同行いただいたまでです。参考人として、こちらへ護送しました。何もおかしくないでしょう、あくまで、任意同行です」
「なるほど、それでは、聴取はどこで行われましたか。適正に行われたか、後ほど調書開示を請求しますよ」
「結構です。聴取は取調べ室です。特に無理な取調べは行っていません、時間も適正です」
「あなたが担当を?」
「いえ、別の人間が担当しました。私と一緒に護送した人間です。取調べには女性警察官も立ち会っています」
「その方にお会いしたい」
「あいにく、今は捜査に出ています。適正な捜査のために、尽力していますから」
えのきと社会派は顔を見合わせた。
「いいでしょう。私が弁護を担当します、ご本人にお会いしたいのですが」
うわ、まずいな……
「いや、それが……」
「面会拒否はできませんよ」
「体調を崩されて、その、入院を……」
「なんだと! それで、容態は!」
えのきは真っ赤になって、立ち上がった。
「熱が、高いとか……取調べ中に、体調を崩し、迅速に病院へ搬送しました」
「彼女は免疫力がかなり低下していて、環境の変化ですぐに体調が悪化するんですよ。精神的なものもあります。かわいそうに、取調べが辛かったんだな……すぐに会いたい、病院はどこですか」
「あの、それは……」
「できないっていうのか、僕は主治医だぞ!」
なんで俺が怒鳴られなきゃいけないんだ? そんなことしらねえだろ、マニュアル通りにやってるだけだ!
「まあ、八田さん、落ち着いて。聞いてる限りでは、特に違反はないように思えますから、ルール的には仕方ないでしょう。ただね、辰巳刑事、彼女には配慮すべき項目がありますから、そこのところは、よろしくお願いしますよ」
「もちろんです、八田先生、すみませんが、こちらへ彼女の診療データをいただけますか。担当の医師へ渡します」
「彼女は非常にセンシティブだ、くれぐれも、無理はさせないでくださいよ、命に関わりますから」
「承知しました」
ああ、あーあ、疲れた。もういやだ、辞めたい。タバコでも吸いに行くか。
今日もまた、陽が沈んでいく。毎日毎日、何やってんだろうな。屋上から、東京の街を見下ろす。ビルの窓から、忙しなく人が動いているのが見える。みんな何やってんだろ。こんな狭い箱ん中で、時間に追われて、ストレス抱えながら、何が楽しいんだ? いっそ飛び降りちまえば、楽になるのかな。いや、ダメだ。飛び降りと飛び込みは、税金の無駄使いだからな。死んでまでストレス抱えるなんか、バカバカしい。定年まであと15年か……結構長いじゃねえか。こうやって時間を過ごして、行き着く先はなんだ? 警備員か、探偵か、地域のパトロールか? くだらねえな……
「おい、やめろ!」
後ろから羽交い締めにされて、驚いて振り向くと、青い顔の御堂がいた。
「おちつけ、一真、一旦おちつこう」
「違うよバカ、下を見てただけだ」
「な、なんだよ、びっくりさせんなよ……てっきり、飛び降りるのかと思ったよ」
なんだ、こいつ、俺のこと心配してくれてんのか?
「そんなことするわけないだろう。これ以上仕事増やしたら、恨まれるわ」
俺たちはベンチに座って、タバコに火をつける。すっかりあたりは暗くなって、ビルの灯りがギラギラと光っている。
「聞き込み、収穫は?」
「特にないなあ、現場の公園はホームレスが住みついてたらしくて、夜中に人がいるのは珍しくないみたいだ」
「そうか、都会はそんなもんだな」
「マンションの防犯カメラに、12時前に出ていく彼女の姿が映ってた。戻ってきたのは1時ごろだ。マンションから公園までは歩いて10分くらいだから、死亡推定時刻から逆算すると、時間的には合ってることになる」
「そんな夜中にひとりで出て行くなんて、女にも問題があるだろう」
「本当にストーカーされてたのなら、怖くて出ていくのもわかる」
「おまえ、あのホームレスが本気でストーカーしてたと思うか? 金に決まってんだろ。車からサラ金の督促状がたんまり出てきたし、着歴も督促の電話ばっかりだった。金でもせびられてたんじゃないか、あの女も」
「なんで」
「それを調べるのがおまえの仕事だろうが」
「調べていいの? クローズって言ったけど」
「仕方ねえだろ……」
あんなややこしいやつに嗅ぎ付けられたら、やるしかないからな。
「気が変わったんだ、改心したの?」
「野江聡子の主治医ってやつが、ややこしいのを連れてきた。人権派の弁護士だ、冤罪がどうとかって」
「主治医が? なんで」
「わかんねえけど、つきあってんじゃねえか? 男のほうはえらく必死だった。あの部屋もそうだけど、普通に事務で働いてて、あんなとこ住めるなんかおかしいだろう。社長との関係も不自然だ。水商売やってたみたいだし、金持ちのパトロンが何人かいるんだろう」
「そうかな、そんなふうには見えないけど」
「御堂、おまえさ、捜査はテキトーだけど、人を見る目だけはあるはずだろう。惚れてんのかしらねえけど、曇っちまったか?」
「曇ってるのは、一真、おまえのほうだよ」
御堂は、2本目のタバコを取り出した。
「濁ってるって言ったほうがいいかな」
「きれいごとで事件は解決できねえよ。どいつもこいつも……人権派も言ってたよ、マエがあるから、犯人だって決めつけて、ろくに捜査もしてないんじゃないかって」
「その通りじゃん」
「決めつけてるわけじゃない、本人が自分だと言ってるんだから、それでいいだろって言ってんだよ」
「マエがあるからだろ?」
「それは……」
何も言い返せなかった。でも、ひとつでも多く立件したいんだよ。タバコの箱は、空になっていた。ああ、コンビニで買っときゃよかった。
「ほれ」
御堂が一本、差し出してくれた。
「わ、悪いな」
「昔さ、よくタバコわけわけしたよね。お互い、金なくてさ。ほら、あのラーメン屋、覚えてる? チャーハンセット500円の」
「ああ、あのまずくもうまくもない店な、まだやってんのかな」
「俺さあ、あの頃、一真に憧れてた」
「はあ? なんだよ、キモいな」
「怖いものなんかないって感じでさ、上の言うことは聞かないし、勝手に捜査してバンバン検挙する。腕っぷしも強いし、射撃も抜群、体もデカいし、年下だけど、かっこいいなって思ってた」
「若かったんだよ、バカだっただけだ」
「俺がキャリアから外れたのは、一真と一緒に仕事したかったからなんだよね。おまえと現場でいるの、楽しかったからさ」
そうなんだよな、俺もこいつと、一緒に仕事するの、楽しかった。俺とは正反対のやつだけど、なぜか気が合う。どんな時もクールで、穏やかで、スタイリッシュ。人当たりがよくて、取調べや聞き込みが得意な御堂に俺も、やっぱり、憧れてた。でも、もう昔の話だ。今はもう……そんな自分は捨てた。
「出世なんか興味ないくせに、無理すんなよ」
「おまえに何がわかるんだよ、俺は……無難にやりたいだけだ。この10年、無難にやってたらこうなっただけだ。出世なんかどうでもいいよ、でもな、こうなったらやらなきゃ仕方ないだろう。俺のデスクを見ろよ、いつまでも減らない書類で溢れてる。新人は使えない、中津はあれでも母親だ、無理はさせられねえ、おまえは毎日女とデートだろ? おまえらがやらない雑多な仕事はどうすりゃいい、俺がやらなきゃしょうがないだろう。そのためには、くだらない案件になんか時間かけてられない」
御堂は、不思議そうな目で俺を見た。
「ごめん、そんなに仕事抱えてるって、知らなかった」
「デスクを見りゃわかんだろうが!」
「いや……ただ、汚いだけかと思ってた」
き、汚い……だけ?
「ロッカーも汚いから……散らかすタイプなのかなって、みんなたぶん、そう思ってる」
「家に帰ってないから、洗濯物がたまってるだけだ!」
「ああ、そっか……結婚したほうがいいのになって、みんなで言ってたんだけど……」
け、結婚……こんな状態で結婚なんか……ダメだ、笑けてきた、汚いだけって……
「気がつかなくて、ごめん」
「い、いや、ああ、もういいよ、そうか、汚いだけか!」
なんだよ、じゃあ俺は、ひとりでハムスターみたいに、くるくる走ってただけか。バカバカしい、どうでもよくなってきた。
腹かかえて笑う俺につられて、御堂も笑い出して、俺たちは屋上で、おっさんふたり、爆笑する。こんなに笑ったのはいつぶりかな?
「これからは、何でも言ってよ、ひとりで抱えんなって」
「別に構わねえよ、現場はもう出たくないしな」
本音は、そうなんだよ。管理職になったのは、現場にあまり出たくないからだ。
「あれ、まだ気にしてんだ」
「……二度と同じことを繰り返したくないだけだ」
「だからといって、捜査の手を抜くのは、間違ってるだろ。どんな小さな案件でも、最善を尽くす、それが警察官の使命だろ?」
使命、か……そんな言葉、忘れたフリしてたな。
「はい、これ」
御堂は、メモを一枚、差し出した。
「桐山龍二? 誰だよ」
「中ちゃんが昔のツテ使って探し出してくれた。聡子ちゃんの元カレ」
「でもこいつ、ヤクザだろ? ヤクザが警察官に喋るか?」
「そこは、元暴対辰巳様のウデじゃん」
「え、俺に行けって? ヤクザに捜査協力ってのはなあ、出張許可出ないかも」
「もう、めんどくさいな! それじゃ、休暇で行けよ。有給溜まってんだろ? 息抜きしてこいよ」
痩せた男は、イライラした様子で名刺を出した。
「あ、ああ、野江さんの! 辰巳です、お電話では失礼しました」
えのき……いや、ダメだ、笑いそう。マジでえのきじゃん。
「何か?」
「い、いえ、失礼。そちらは?」
「弁護士の風間先生です。先生は、冤罪事件に尽力されておられます」
出たよ人権派、またややこしい……胡散臭いと思った。
「風間です。単刀直入にお伺いします。今回の事件、野江聡子さんは無関係ではないんですか? それなのに連行するなんて、どう考えてもおかしいでしょう。野江さんの過去の犯罪歴から、適正な捜査もせずに、犯人だと決めつけているんじゃないんですか?」
「連行って、違いますよ。被害者の着信履歴に野江さんのものがありました、野江さんにお話を伺ったところ、自分が関与しているかもしれない、と仰ったので、ご同行いただいたまでです。参考人として、こちらへ護送しました。何もおかしくないでしょう、あくまで、任意同行です」
「なるほど、それでは、聴取はどこで行われましたか。適正に行われたか、後ほど調書開示を請求しますよ」
「結構です。聴取は取調べ室です。特に無理な取調べは行っていません、時間も適正です」
「あなたが担当を?」
「いえ、別の人間が担当しました。私と一緒に護送した人間です。取調べには女性警察官も立ち会っています」
「その方にお会いしたい」
「あいにく、今は捜査に出ています。適正な捜査のために、尽力していますから」
えのきと社会派は顔を見合わせた。
「いいでしょう。私が弁護を担当します、ご本人にお会いしたいのですが」
うわ、まずいな……
「いや、それが……」
「面会拒否はできませんよ」
「体調を崩されて、その、入院を……」
「なんだと! それで、容態は!」
えのきは真っ赤になって、立ち上がった。
「熱が、高いとか……取調べ中に、体調を崩し、迅速に病院へ搬送しました」
「彼女は免疫力がかなり低下していて、環境の変化ですぐに体調が悪化するんですよ。精神的なものもあります。かわいそうに、取調べが辛かったんだな……すぐに会いたい、病院はどこですか」
「あの、それは……」
「できないっていうのか、僕は主治医だぞ!」
なんで俺が怒鳴られなきゃいけないんだ? そんなことしらねえだろ、マニュアル通りにやってるだけだ!
「まあ、八田さん、落ち着いて。聞いてる限りでは、特に違反はないように思えますから、ルール的には仕方ないでしょう。ただね、辰巳刑事、彼女には配慮すべき項目がありますから、そこのところは、よろしくお願いしますよ」
「もちろんです、八田先生、すみませんが、こちらへ彼女の診療データをいただけますか。担当の医師へ渡します」
「彼女は非常にセンシティブだ、くれぐれも、無理はさせないでくださいよ、命に関わりますから」
「承知しました」
ああ、あーあ、疲れた。もういやだ、辞めたい。タバコでも吸いに行くか。
今日もまた、陽が沈んでいく。毎日毎日、何やってんだろうな。屋上から、東京の街を見下ろす。ビルの窓から、忙しなく人が動いているのが見える。みんな何やってんだろ。こんな狭い箱ん中で、時間に追われて、ストレス抱えながら、何が楽しいんだ? いっそ飛び降りちまえば、楽になるのかな。いや、ダメだ。飛び降りと飛び込みは、税金の無駄使いだからな。死んでまでストレス抱えるなんか、バカバカしい。定年まであと15年か……結構長いじゃねえか。こうやって時間を過ごして、行き着く先はなんだ? 警備員か、探偵か、地域のパトロールか? くだらねえな……
「おい、やめろ!」
後ろから羽交い締めにされて、驚いて振り向くと、青い顔の御堂がいた。
「おちつけ、一真、一旦おちつこう」
「違うよバカ、下を見てただけだ」
「な、なんだよ、びっくりさせんなよ……てっきり、飛び降りるのかと思ったよ」
なんだ、こいつ、俺のこと心配してくれてんのか?
「そんなことするわけないだろう。これ以上仕事増やしたら、恨まれるわ」
俺たちはベンチに座って、タバコに火をつける。すっかりあたりは暗くなって、ビルの灯りがギラギラと光っている。
「聞き込み、収穫は?」
「特にないなあ、現場の公園はホームレスが住みついてたらしくて、夜中に人がいるのは珍しくないみたいだ」
「そうか、都会はそんなもんだな」
「マンションの防犯カメラに、12時前に出ていく彼女の姿が映ってた。戻ってきたのは1時ごろだ。マンションから公園までは歩いて10分くらいだから、死亡推定時刻から逆算すると、時間的には合ってることになる」
「そんな夜中にひとりで出て行くなんて、女にも問題があるだろう」
「本当にストーカーされてたのなら、怖くて出ていくのもわかる」
「おまえ、あのホームレスが本気でストーカーしてたと思うか? 金に決まってんだろ。車からサラ金の督促状がたんまり出てきたし、着歴も督促の電話ばっかりだった。金でもせびられてたんじゃないか、あの女も」
「なんで」
「それを調べるのがおまえの仕事だろうが」
「調べていいの? クローズって言ったけど」
「仕方ねえだろ……」
あんなややこしいやつに嗅ぎ付けられたら、やるしかないからな。
「気が変わったんだ、改心したの?」
「野江聡子の主治医ってやつが、ややこしいのを連れてきた。人権派の弁護士だ、冤罪がどうとかって」
「主治医が? なんで」
「わかんねえけど、つきあってんじゃねえか? 男のほうはえらく必死だった。あの部屋もそうだけど、普通に事務で働いてて、あんなとこ住めるなんかおかしいだろう。社長との関係も不自然だ。水商売やってたみたいだし、金持ちのパトロンが何人かいるんだろう」
「そうかな、そんなふうには見えないけど」
「御堂、おまえさ、捜査はテキトーだけど、人を見る目だけはあるはずだろう。惚れてんのかしらねえけど、曇っちまったか?」
「曇ってるのは、一真、おまえのほうだよ」
御堂は、2本目のタバコを取り出した。
「濁ってるって言ったほうがいいかな」
「きれいごとで事件は解決できねえよ。どいつもこいつも……人権派も言ってたよ、マエがあるから、犯人だって決めつけて、ろくに捜査もしてないんじゃないかって」
「その通りじゃん」
「決めつけてるわけじゃない、本人が自分だと言ってるんだから、それでいいだろって言ってんだよ」
「マエがあるからだろ?」
「それは……」
何も言い返せなかった。でも、ひとつでも多く立件したいんだよ。タバコの箱は、空になっていた。ああ、コンビニで買っときゃよかった。
「ほれ」
御堂が一本、差し出してくれた。
「わ、悪いな」
「昔さ、よくタバコわけわけしたよね。お互い、金なくてさ。ほら、あのラーメン屋、覚えてる? チャーハンセット500円の」
「ああ、あのまずくもうまくもない店な、まだやってんのかな」
「俺さあ、あの頃、一真に憧れてた」
「はあ? なんだよ、キモいな」
「怖いものなんかないって感じでさ、上の言うことは聞かないし、勝手に捜査してバンバン検挙する。腕っぷしも強いし、射撃も抜群、体もデカいし、年下だけど、かっこいいなって思ってた」
「若かったんだよ、バカだっただけだ」
「俺がキャリアから外れたのは、一真と一緒に仕事したかったからなんだよね。おまえと現場でいるの、楽しかったからさ」
そうなんだよな、俺もこいつと、一緒に仕事するの、楽しかった。俺とは正反対のやつだけど、なぜか気が合う。どんな時もクールで、穏やかで、スタイリッシュ。人当たりがよくて、取調べや聞き込みが得意な御堂に俺も、やっぱり、憧れてた。でも、もう昔の話だ。今はもう……そんな自分は捨てた。
「出世なんか興味ないくせに、無理すんなよ」
「おまえに何がわかるんだよ、俺は……無難にやりたいだけだ。この10年、無難にやってたらこうなっただけだ。出世なんかどうでもいいよ、でもな、こうなったらやらなきゃ仕方ないだろう。俺のデスクを見ろよ、いつまでも減らない書類で溢れてる。新人は使えない、中津はあれでも母親だ、無理はさせられねえ、おまえは毎日女とデートだろ? おまえらがやらない雑多な仕事はどうすりゃいい、俺がやらなきゃしょうがないだろう。そのためには、くだらない案件になんか時間かけてられない」
御堂は、不思議そうな目で俺を見た。
「ごめん、そんなに仕事抱えてるって、知らなかった」
「デスクを見りゃわかんだろうが!」
「いや……ただ、汚いだけかと思ってた」
き、汚い……だけ?
「ロッカーも汚いから……散らかすタイプなのかなって、みんなたぶん、そう思ってる」
「家に帰ってないから、洗濯物がたまってるだけだ!」
「ああ、そっか……結婚したほうがいいのになって、みんなで言ってたんだけど……」
け、結婚……こんな状態で結婚なんか……ダメだ、笑けてきた、汚いだけって……
「気がつかなくて、ごめん」
「い、いや、ああ、もういいよ、そうか、汚いだけか!」
なんだよ、じゃあ俺は、ひとりでハムスターみたいに、くるくる走ってただけか。バカバカしい、どうでもよくなってきた。
腹かかえて笑う俺につられて、御堂も笑い出して、俺たちは屋上で、おっさんふたり、爆笑する。こんなに笑ったのはいつぶりかな?
「これからは、何でも言ってよ、ひとりで抱えんなって」
「別に構わねえよ、現場はもう出たくないしな」
本音は、そうなんだよ。管理職になったのは、現場にあまり出たくないからだ。
「あれ、まだ気にしてんだ」
「……二度と同じことを繰り返したくないだけだ」
「だからといって、捜査の手を抜くのは、間違ってるだろ。どんな小さな案件でも、最善を尽くす、それが警察官の使命だろ?」
使命、か……そんな言葉、忘れたフリしてたな。
「はい、これ」
御堂は、メモを一枚、差し出した。
「桐山龍二? 誰だよ」
「中ちゃんが昔のツテ使って探し出してくれた。聡子ちゃんの元カレ」
「でもこいつ、ヤクザだろ? ヤクザが警察官に喋るか?」
「そこは、元暴対辰巳様のウデじゃん」
「え、俺に行けって? ヤクザに捜査協力ってのはなあ、出張許可出ないかも」
「もう、めんどくさいな! それじゃ、休暇で行けよ。有給溜まってんだろ? 息抜きしてこいよ」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~
及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら……
なんと相手は自社の社長!?
末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、
なぜか一夜を共に過ごすことに!
いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……
雨宮課長に甘えたい
コハラ
恋愛
仕事大好きアラサーOLの中島奈々子(30)は映画会社の宣伝部エースだった。しかし、ある日突然、上司から花形部署の宣伝部からの異動を言い渡され、ショックのあまり映画館で一人泣いていた。偶然居合わせた同じ会社の総務部の雨宮課長(37)が奈々子にハンカチを貸してくれて、その日から雨宮課長は奈々子にとって特別な存在になっていき……。
簡単には行かない奈々子と雨宮課長の恋の行方は――?
そして奈々子は再び宣伝部に戻れるのか?
※表紙イラストはミカスケ様のフリーイラストをお借りしました。
http://misoko.net/
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました
宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー
私の何がダメだったの?
ずぶ濡れシリーズ第二弾です。
※ 最後まで書き終えてます。
捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」
挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。
まさか、その地に降り立った途端、
「オレ、この人と結婚するから!」
と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。
ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、
親切な日本人男性が声をかけてくれた。
彼は私の事情を聞き、
私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。
最後の夜。
別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。
日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。
ハワイの彼の子を身籠もりました。
初見李依(27)
寝具メーカー事務
頑張り屋の努力家
人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある
自分より人の幸せを願うような人
×
和家悠将(36)
ハイシェラントホテルグループ オーナー
押しが強くて俺様というより帝王
しかし気遣い上手で相手のことをよく考える
狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味
身籠もったから愛されるのは、ありですか……?
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる