Dusty Eyes

葉月零

文字の大きさ
上 下
6 / 29
消えない罪

消えない罪(5)

しおりを挟む
 新しい職場は、保護士の先生の紹介の、小さな運送会社。トラック乗ってるのが7人と、事務のおばちゃんがひとり。あとは社長と社長の奥さんの10人。私は城田さんに連れられて、みんなに挨拶をする。社長はおっちゃんやけど、ええ人そうで、私はちょっと安心していた。
「ちょっと気強いとこもあるんですけど、真面目でええ子なんで、よろしくお願いします」
 城田さんが深々と頭を下げて、私も慌てて、頭を下げた。
「そんな堅苦しいことええですって。聡子ちゃん、ここにおるのは、みんなちょっとまちごうてしもたんばっかりや、気使うことないからな。みんな気ええやつばっかりやし、すぐに仲良うなれるわ」
「はい、あの、が、がんばります」
「がんばってや、しっかり働いてくれたら、お給料も上げるからな」
 私はそのまま、事務のおばちゃんに連れられて、社長の部屋を出た。
「聡子ちゃんゆうの?」
「あ、はい、野江聡子です」
「私、明石真由美ゆうんよ、よろしくね。いくつ?」
「21です。今年、22です」
「そう、ここ、トラックは若い子もいてるから、仲良うなれるおもうわ。……聡子ちゃん、左目、悪いん?」
 あのとき、ヤクザに殴られた左目は、そのまま見えなくなった。手術したら治るって言われたけど、人殺した罪を消そうとしてるみたいで、そのままにしてる。
「生まれつき、見えなくて」
「そう、大変やね。困ったことあったら、なんでもゆうてね」
 真由美さんは、おっとりした、きれいなおばちゃん。後から聞いたけど、真由美さんは、旦那から暴力受けてて、子供守るために、殺してしまったらしい。そんなん、罪なんかな。暴力する旦那のほうが悪いんちゃうんかな。

 事務の仕事はすぐに慣れて、花見やバーベキューやって、なにかとみんなで集まっては、わいわいやって、私もそれなりに楽しんでる。なんとなく、彼氏もできて、いつのまにか、彼と一緒に住むようになった。
 彼はトラックの運転手で、私とは同い年。窃盗で少年院に入ってたらしい。子供の頃から、お父さんに金庫やぶりやらされてて、今は、そのお父さんの残した借金を肩代わりしてる。
「聡子、シャンプーもうてきたで。配達先の倉庫あるやん、売れ残りのやつ、持って帰ってええっていうから、ほら、めっちゃもうてきた」
「わあ、こんなに、一生買わんでええなあ」
 私たちは、お金はなかったけど、いろんな人に助けてもらって、なんとか生活してる。時々、城田さんも会いに来てくれて、彼はしょっちゅう、怒られてる。
「ほんま、城田のオヤジ、まじでうるさいわ」
「龍二のこと気に入ってるんよ。私には、めっちゃええ男やって、褒めてるで」
 彼は嬉しそうに、茶髪をかきあげて、タバコをくわえた。
「それ、私のやねんけど」
「ええやん、また返すから。なあ、それよりな、聡子。俺な、考えてんけど」
「何を?」
「親父の借金、このままいったらちゃんと返せそうやねん。そしたら、その、一緒にならへんかなって思って」
「一緒にって……それ、結婚ってこと?」
「まあ、そういうことや。指輪は、まだ買われへんけど、俺、一生懸命働くし、絶対、苦労はさせへんから」
 いつになく、龍二は真剣な顔してる。ああ、城田さん、ゆうてたなあ、一緒におって落ち着く男がいいって。
「龍二、私な、赤ちゃんほしいねん」
「ガキか? ええなあ、俺と聡子のガキやったら、絶対かわいいわ」
「うん……幸せになれるかな」
「幸せにする。何があってもな、聡子のこと幸せにするからな」
 私たちは、狭いアパートで、壁の薄い部屋で、普通の若い恋人みたいにエッチする。音が聞こえへんか、いっつも冷や冷やして、顔を近づけて、くすくす笑いながら。

 貧しいけど、穏やかで、静かな生活。龍二と暮らし始めて3年が経って、私は夜の街も、ブランドのアクセサリーも、全部忘れて、彼との生活に満足していた。
「どういうことや! 話しちゃうやんけ!」
 アパートに帰ると、先に帰っていた彼が、電話相手に、声を荒げていた。
「ちょっと待て、そんなもん知るか! 俺は払わんからな!」
 そう怒鳴って、携帯を畳に叩きつけた。
「くそっ、なんでやねん!」
「龍二、なんかあったん」
「親父の借金、膨らんどったんや。俺が今まで返したんは、利息分やとか……どうなってんねん!」
「あと、なんぼ残ってるん」
「わからん、また勝手に借金しとるみたいで……なんでやねん、俺はいつまで……」
「なあ、城田さんに相談しようや。なんか、力なってくれるかもしれん」
「あかん、相手はヤクザや。逆に迷惑かかる」
「返そう、私も働くし、生活は今まで通りでええやん」
 彼はふと、テレビの横の、あの写真を見た。
「あれ、雅子やったっけ」
「ああ、そうや。入る前の写真や」
「おまえ、別人みたいやな。髪の毛も長いし、化粧もしてるし……」
「昔のことやん。あれも、盗んだ金でやってたんや、生活は今と変わらへん」
「あの雅子って子、どないしてるんや」
「わからん、あれ以来会ってないから……そやけど、東京で幸せにやってると思う」
「東京で……幸せにか……」
 龍二は携帯を拾って、立ち上がった。
「どこ行くん」
「ちょっとな。聡子、約束したやろ、幸せにするって、俺、絶対守るからな」
 なんか、嫌な予感がする。いっつも優しい龍二の顔からは笑顔が消えて、そんな顔、見たことない。
「龍二、私、今のままでええから、なあ、今のままでええやん」
「あかん、ガキほしいんやろ? このままやったら、ガキなんか育てられへん。俺に任せとけ、大丈夫や」

 そのまま出て行った彼は、夜遅くに帰ってきた。
「どこ行ってたん」
 彼は無言のまま、布団に入って、私を抱きしめる。
「龍二、なあ」
「前からな、声かけてもうてたんや。院におったときにしりおうた人でな……」
「あ、あんた、まさか……」
「組入りするわ」
「そんなこと、あかんに決まってるやろ!」
「大丈夫や。おまえはなんも心配せんでええ」
「龍二……」
「聡子、幸せにするからな。シャネルでもグッチでも、なんでもこうたる。美容院も行ったらええ、きれいに髪の毛、染めてこい。ええ車こうて、かわいいガキ連れて、マイホームや。ええ生活させたるからな」
 幸せ、ええ生活……どっかで憧れてた。働いても働いても、口紅ひとつ、買うのも迷ってしまう生活、もう、どっかで、嫌になってた。
「私、どないしたらええん」
「おまえはそのままでええ。このまま、俺のそばにおったらええ」

 まだ子供だった私たちは、それで幸せになれるって、本気で信じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~

及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら…… なんと相手は自社の社長!? 末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、 なぜか一夜を共に過ごすことに! いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく
恋愛
 空木ましろはオタク趣味をひたすら隠して生きる、孤独なインドア女子高生だった。  友達が欲しいけど、友達の作り方が分からない。  スポーツ万能で頭が良くて、友達が多い……そんな憧れの美少女・梓川ほたか先輩のようになりたいけど、自分なんかになれるはずがない。  そんなましろは、ひょんなことから女子登山部を訪問することになるのだが、なんと登山部の部長は憧れのほたか先輩だった!  部員減少で消滅の危機に瀕しているため、ほたか先輩からは熱烈な歓迎を受ける。  それはもう過剰なまでに!  そして登山部は、なぜか美少女ぞろい!  スーパーアスリートで聖母のようにやさしいお姉さん・ほたか先輩。  恥ずかしがり屋の目隠しボクっ娘・千景さん。  そしてワイルドで怖いのに照れ屋な金髪少女・剱さんの甘々な色香に惑わされていく。 「私には百合の趣味はないはず! 落ち着けましろ!」  ……そんな風に誘惑にあらがいつつも、特殊スキル『オタク絵師』によって少女たちを魅了し、持ち前の『観察眼』によって絆を深めていく。  少女たちは次々にましろを溺愛するようになり、ましろはいつの間にか百合ハーレムの姫になっていくのだった。  イチャイチャで甘々な百合ハーレムの真ん中で、ましろのゆる~い青春の物語が幕を開けるのですっ! ※「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアップ+」でも公開中です。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

ずぶ濡れで帰ったら置き手紙がありました

宵闇 月
恋愛
雨に降られてずぶ濡れで帰ったら同棲していた彼氏からの置き手紙がありーー 私の何がダメだったの? ずぶ濡れシリーズ第二弾です。 ※ 最後まで書き終えてます。

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

処理中です...