【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ

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71皇太后と毒

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 ひたすらルイス王子を見つめていたマリアンヌは皇太后からの提案に、みるみる頬を高揚させ、両手を胸元に当て胸いっぱいの様子で「はいっ!」と元気よく返事をする。
 ホージ侯爵も満足げに口角を上げ、「ありがとうございます」と頭を下げた。

 エマなど最初からいないものとされた。
 目の前に座っているのにもかかわらず、皇太后からは何かしらの感情すら向けられない。

(絶対的な権力を持つこの人の判断が正義なんだ。
魔女として対決するとかしないとかそんな次元じゃない。
この人が白と言えば黒でも白になる。

ルイス王子やジークヴァルト様が何を言ったところでこの人が聞く耳を持たなければ話しさえ始まらない。)

「自分の妃は自分で決めます」

(っ!ルイス王子……)

「皇太后様、まず、私とマリアンヌ嬢との婚約のご命令の撤回をお願いいたします」

 ルイス王子のはっきりとした拒否の声は、その場を沈黙させた。

 マリアンヌは笑顔が固まったまま何か聞き間違いをしたのかと言うようにルイス王子をうかがい、ホージ侯爵は慌てて皇太后に視線を送った。


「もう一人…魔女が見つかったというあれね」

 その一言で全ての視線がエマに向かった。

 エマはいきなり向けられたあらゆる感情の視線に息をつめた。

 皇太后は面倒そうにため息をつく。

「いよいよ結婚を決心したのかと思ってみれば、お前は庶民、それも田舎出のパン屋の売り子と結婚したいのかい?
その娘、さぞ魅力的なのでしょうね?
お前に取り入るほどのしたたかさだもの。
純朴なマリアンヌでは到底太刀打ちできないわね。
かわいそうに」

「お言葉ですがっ!
彼女はそんな女性ではありません」

 皇太后をさえぎるようにすぐさま否定したのはジークヴァルトだった。

 皇太后は、しばしの沈黙の後ふっと失笑した。

 そして、

「そういえばお前の屋敷で『保護』しているらしいわね。
では、お前はその娘を?」

と、意味深に問えばジークヴァルトは「はい」ときっぱりと答えた。

 その様子に皇太后は、「あらあら、まあまあ、ふふふふふ」と馬鹿にしたように笑い、デイヴィッドは「愚息が申し訳ございません」と皇太后にまた頭を下げた。

 話が見えない。でも、見ていられなかった。エマのことでジークヴァルトが馬鹿にされていることだけはわかる。エマは唇をかみしめた。



 マリアンヌは怒りで震えた。エマを視界にいれるのも嫌なのに、ルイス王子からは結婚を拒否されジークヴァルトまでエマを大切にしているなんて…絶対潰す!

 マリアンヌは立ち上がり、

 「ひどいっ!このひとはなんって、性悪なんでしょう!」

と、非難がましくエマを睨みつけた。

「皇太后様!この卑しい平民を罰して下さいませ!お二人ともこの女に惑わされていらっしゃいます!この女は危険ですわっ!」

 今日ここで絶対エマを排除する!
 テューセック村でお膳立てしてやったのに村長の息子は役にたたないし、義父が雇った男たちも顔ばっかり凶悪で全然役にたたない。ちゃんと見届けるべきだった。だから今日こそは絶対失敗しない。

 皇太后の権力には誰も逆らえない。エマがいくら本物の『魔女』と言い張っても、この老人に一番気に入られているのは、あたしなんだから。
 
(ルイスはあたしの男なんだ。ジークヴァルトだって、あたしのものなんだ。こんないい男たち、こんな贅沢な生活、絶対こんな女になんか渡すもんかっ!)

「皇太后様、証拠もなく『魔女』と言い張って、ルイス王子様や宰相補佐様まで言いくるめて、こうして皇太后様のお手を煩わせておりますっ!
こんな不敬で罪深いことはございませんわ!」

 マリアンヌが泣きそうな声で訴えると、ホージ侯爵が「よく言ったマリアンヌ」と娘を思う父親のような声で褒めてくれた。
 義父と信頼関係はなくても、エマを潰したい気持ちは同じだ。

 ホージ侯爵がひとつ咳払いをして言葉をつづけた。

「マリアンヌとの結婚は白紙にと、ルイス王子様はおっしゃった。
ですが、皇太后様のお望みはルイス王子様と『魔女』との結婚。
 どうでしょう、さっさと問題点を潰しませんか」

 もちろん、問題点とはエマのことだ。

「問題点…そうね、このままでは話が進まないわね。では、そろそろ」

 皇太后がホージ侯爵の言葉に応えると、今日はお茶会なのだからと皆にお茶を勧めた。
 全員のティーカップに紅茶が注がれたが、エマのカップのかたわらにだけ白い小さなミルクピッチャーが置かれた。
 中にはミルクではない液体が入っている。

「そこの娘」

 皇太后にいきなり呼ばれ、エマがびくりと体を震わせる。

「お立ちなさい。
その中にあるシロップにはスイモアの汁が垂らしてあります。
それがどう言う意味か分かるかしら?」

「はい」

 もちろんエマは知っているだろう。
 スイモアは毒花で有名な花。でも、少量なら舌が痺れる程で毒性は弱い。

「そう、それくらいは知っているようね。
テューセック村の出身らしいわね。
侯爵、お前が村に行った時にはこの娘はいなかったのだね?」

「恐れながら、村にいたのは薬草の扱いに長けた老婆だけでございました。
その者は自身を『魔女』だと言いましたが、様子から冗談にしか聞こえませんでした。

薬草の扱いに慣れた者は田舎に行けば村に一人はいるものです。
他にも『魔女』と自称する者どもはおりましょう。

この娘、貴族が『魔女』を捜しているとどこかで聞きつけ村に住み着き、春の大祭を見計らって王都へ出て来たのでしょう。
テューセック村の出身で少々薬草を扱えれば『魔女』を自称できると思ったのではないかと」

「ふむ。では娘、今ここで『魔女』の技を見せてごらん。
それを無毒にして飲んでごらんなさい。
薬草を扱う『魔女』なら容易いのでしょう?
心配することはない、せいぜい舌が痺れてしばらく話せない程度の毒だ。ふふふ」

 不愉快にも、ジークヴァルトがエマッ!と止めるように声を上げ、ルイス王子が「なんてことをっ」と皇太后を非難する。

(二人に心配されていい気になってるんじゃないよ!さっさと飲め!)

 このテストは皇太后が思いついたことだ。そこに便乗させてもらおうと義父と意見が合った。
 シロップの中身は当然そんな軽い毒じゃない。猛毒にすり替えてある。

 テューセック村でエマの薬作りをみた。エマならどんな猛毒の解毒薬も作ることができるんだろう。
 でも、それを作れない状況ならどうすることもできないはず。

(植物毒だけだと物足りないから、ヘビ毒も入れておいたよ。あはは♪
お義父さまが手配してくれたけど、今までこんなに気があったことはなかった!あーワクワクする!)
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