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「あの薬草屋とは、どこで知りあったんだい?」

「……スーラさんの紹介です」

 ずっと引っかかっていた。以前、エマが最近体調を崩す若者がいると話をした時、ルイス王子は「心配ない」といった。
 あの時、ルイス王子がもこもこ草のことを言っていると直感した。ルイス王子の「心配ない」にはとても重さがあった。「(あの毒草のことは調べているから)心配ない」と言われたような。

(あの時はずっと心配だったから安心したけど…
でもーーーなぜ、話が通じたのか…)

 『毒草のことを言っている』と、ルイス王子はなぜ分かったのか。ものすごく気になるが、エマから問うことはできない。
 なぜ薬草屋と知り合いなのかと何でもない世間話のように聞かれても、その奥に意図があるのではと勘ぐってしまうのに、こちらから違和感の正体を探りにいけない。
 
 いつも気さくなこの人は、この国の為政者だから。

(踏み込んで、もし魔女だとバレたらその先が見えない。利用される危険があるし、魔女だと隠して毒草だけ見つかればただの危険薬草所持者扱い…まさか…何か気づいてる!?
だからいつも私に会いに…いつも親しげに接して手なずけようと…)

「スーラはどこか悪いのかい?」

「……いえ、常連のおばあさんの膝痛の薬を調合してもらったのがきっかけで、知り合いました」

「ずいぶん親しそうだね」

「はい、同じ歳なので気が合うんです」

 まっすぐ前を見てサクサクと歩くルイス王子に歩調を合わせエマもサクサクと歩く。

(決定的な証拠なんてないんだから、王子様がいつも通りの態度なら、私もいつも通りでいるのが、とりあえず正解よね。)

✳︎
 たどり着いた図書館は、国立と名前につく通り、大きな石造りの立派な建物だ。

 正面の何本も立ち並んだエンタシスの石柱が、せり出した屋根を支えている様子が元の世界のギリシャ神殿のデザインになんとなく似ている。
 エマが図書館が好きなのはこうして元の世界の景色と重ねて懐かしい気分になれるからでもある。

 中へ入ると、まず目に入るのは中央の大階段。そこを中心にして、一階と二階に学校の教室ほどの大きさの部屋が左右にズラリとならんでいる。
 部屋は本のジャンルごとに分かれ、出入り口は開館中は開け放たれている。自由に出入りし好きな本を選び、様々に配置された木製の椅子や机の置かれた閲覧場所で読むことが出来る。

 エマとルイス王子、ジークヴァルトが図書館に入ると場の空気がざわりとした。
 平日の昼間、そんなに人が多くない時間帯だが、それでも寂しくない程度には人がいた。
 服装は下級と言っても貴族、それも極上の容姿をした男性たちが入ってきたのだ、誰?何?とざわつくのは当然だろう。
 ルイス王子とジークヴァルトはそういう反応に慣れているのか、気にする様子もなく図書館の中をぐるりと見回している。

「ほう、なかなか立派なものだね」

「王宮図書館の半分ほどだな」

 エマは半分?!と声が出そうになったがここは図書館だ、すんでで止めた。

 とにかく早く用事を済まそうとその場からさっさと離れカウンターへ向かうが、二人もきっちりついて来る。
 カウンター内の司書たちが固まり、手続きをしていた数人が場所をサッと開ける。

(お願いだから、他人のふりして下さいっ!)

と、エマが背中で訴えるが、後ろの高貴な方々に伝わるはずもない。
 エマがよろよろとカウンターに近づき、自分とスーラの図書館カードを固まっている司書に差し出したところで、カウンター横の部屋のドアが開いた。

 貴族が来ていると誰かが知らせたのだろう。出てきた男はルイス王子とジークヴァルトを認めると驚愕に目を見開く。
 だが、ルイス王子は面倒くさそうにハッと息を吐き出し、くるりと男に背を向けてしまった。
 背を向けられたことに気を悪くするふうでもなく、男はこちらに近づいてくるとジークヴァルトに向かって、

「畏れながら、このような場所でお目にかかることができまして恐悦至極に存じます」

と、媚びへつらう見本のように少々女性的にくねっと腰を曲げて低く頭を下げ、両手をにぎにぎと揉み合わせながら挨拶してきた。

 相手ははるかに年上だがジークヴァルトは全く動じない。眉間にシワがより嫌悪感さえ出している。

「わたくし、この図書館の館長をしております、ゲオルーー」「お忍びだ。業務を続けろ」

 名前も言わせてあげないのか、とエマは思ったが、カウンター付近に聞こえる程度の静かな声でピシャリと言ったジークヴァルトの気持ちも分かる。

(媚なんか売られ慣れているんだろうなあ。
それもうんざりする程。
いい顔をすればきりがないんだきっとーー)

 そう考えてエマはハッと気づいて瞬きを何度か繰り返した。

(初めてこの人と会った時と同じだ。あの時の私はこの男の人と同じだったんだ。)

 ジークヴァルトが再びエマの元を訪れてこうしているのは、ルイス王子につきあわされているだけ。

(もしも、王子様と同じなら、嘘でも私に優しくするはず…。お茶やお菓子を食べてくれたのは、とりあえず『害が無い』と判断しただけのこと。)

 彼の態度に心を乱していたことは、本当にエマ一人がジタバタしてただけだったんだなあと、とても納得がいった。

 すると、エマの心の片隅で燻ぶっていたわずかなジークヴァルトへの恋心が急速に冷えて固まっていくのが分かった。


 ぎこちなく動きだしたカウンターで返却の手続きが終わった。

「次は借りた本を元の場所に戻しに行きます。どうされますか?ここは自分で本を棚に返却する決まりなので、私は返却に本棚を回りますが、お二人は何か読まれますか?」

 時間を決めて集合制にすればいいと思いついて、そう尋ねてみたが、

「いや、エマの返却に付き合うよ。お前は?」

「私も」

「あ…そうですか」

残念、ついてくるようだ。

 中央の大きな階段を上り二階へ。
 ズラリと並んだ部屋の一つにはいる。ここの一角にはファンタジー系や恋愛系小説が置いてある。
 国立図書館といってもお堅い書籍ばかりでなく、こういったジャンルも充実していることが図書館に女性が足を運ぶ理由でもある。

 部屋に入ると予想通り、部屋の温度がうわっと一度上がった。
 閲覧の机で読書をしていた女子たちの目の前に、小説から抜け出たような美丈夫な青年が二人も現れたのだから。しかも、本物の貴族。

 本で顔を隠しながら友達同士でヒソヒソと色めき立ち、目の前を通り過ぎていく青年たちを本を胸に抱きながらぼーっと見送る女子たち。

 エマは二人から早足に距離をとると目的の本棚まで素早く移動をして彼女たちの死角に入った。

(だから別行動にしたかった!お嬢さん方の妬みを買いたくはない。
目を付けられたらこれから来にくくなるじゃない!
それにしてもこの部屋の異様な空気に二人は気づかないのかな?いやいや、こういうことにも慣れてるんだ。)

 二人に見つからないうちにと、エマは袋から本を取り出しテキパキと返却していくが、二人ともすぐにやってきて、本のタイトルを珍しそうに眺める。

「『メイドの私が王様の花嫁に?!』、『悪役令嬢はざまぁがお好き!』、『公爵様と愛の逃避行』、『世継ぎの王子様は洗濯女を溺愛する』…。
愛されちゃおうシリーズ?もっと愛されちゃおうシリーズ?」

(何ですか?その、理解不能なものを見たような反応は。)

「エマはこのような本が好みなの?」

 ルイス王子は適当な一冊を手に取って、小馬鹿にしたような口調で聞いてきた。

「いま返しているのはスーラさんの分です」

「はは、スーラが?」

「……私は時代物が好きです。主人公が悪徳貴族をバッタバッタと成敗するんです。勧善懲悪系は痛快ですから。でも私も『愛されちゃおうシリーズ』もたまに読みます。ちなみに『もっと愛されちゃおうシリーズ』は年齢制限モノなので借りるとき年齢をチェックされます。キュンキュンときめくのは女子の心の癒しに必要なんです。それとこれとは別です。年齢なんて関係ないです」

 ルイス王子の態度が気にくわなくて、店を出てからこっち気疲れさせられたことがイライラに変わり、何か文句ありますか?的に淡々と説明するエマ。

(たしかにネタにされてるあなた方の複雑な気持ちはわからんでもないですが、女子がキュンキュンしてちゃなんか悪いんですか?年齢制限あるんですか?この国にそんな法律でもあるんですか?どーうなんです?)

「キュ……」

 ファンタジーな絵が描かれた本の表紙を眺めながら何か口ごもったルイス王子だったが、小さくため息をついて手にしていた本をそっと棚に戻した。

「他の返却も直ぐに済ませます。ここには他のジャンルの本もたくさんありますし、是非こちらでお座りになってごゆっくりなさっていて下さいませ」

と言って微笑みながらエマはしれっと部屋を出た。女子たちの観賞用になればいいとルイス王子たちを置き去りにした。

 分かりにくいささやかな抵抗だったがルイス王子には伝わったようで、ジークヴァルトに向かって肩をすくめて見せた。
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